107 銀に光るもの
「その後のことはエルドレン様も知っての通りです。」
アンナはメアリーの体を拭き終わったようで、その手ぬぐいを水盆に浸す。
「この少年は巻き込まれただけでは?」
「私もエーデル様は悪くないと思います。ただ、プリ、いえマシュベリー皇太后を殺してしまったために、メアリー様に盛られた毒の成分を聞き出すことができなかったことを気に病んでいるようで。」
「……。」
エルドレンは隣にいるエーデル少年をちらりと見る。
「ただ、私がマシュベリー皇太后にメアリー様を引き渡してから、エルドレン様と対峙、そして逃げ出して捕まって、彼女が倒れるまで長い時間ではありません。盛られた毒の量は多いかもしれませんが、大部分を吐かせたので大丈夫だと信じていますが……。」
アンナはあの夜よりは血色の良くなったメアリーの頬を見つめる。
「アンドルーにも協力してもらっているんだが、その毒がどこからも見つからなくて。」
エルドレンは下唇を食み、悔しそうにしている。アンナは口元に手を当て、何かを考え込む。
「あの、マシュベリー皇太后の遺体は埋葬されましたか?」
「済まない。そこまでは。」
「……王族だから、王宮内の墓に埋葬されていると思う。」
エーデルが口を挟んだ。
「エーデル様、そこまで私を連れて行ってもらえませんか。」
アンナの申し出に男性2人は理解できないままであったが、エイダにこの場を任せて3人は部屋をあとにするのだった。
◇
「身内の了解を得ているとは言え、墓荒らしはしたくないのですが。」
連行されてきたエルドレンの部下のラウルは悪態をつく。従者のユーリははなから諦めているようで、黙ってシャベルを動かしていた。ずらした石板の下の土は、周りと少し色が違っており、ここ最近掘り返されたものだと言うことが一発でわかる。
「もしかしたら、メアリー様を助けるヒントを得られるかもしれないんです。ごめんなさい。」
アンナが申し訳なさそうに2人に頭を下げる。ラウルは彼女を見てにこやかに、ユーリは汗を垂らして手だけを上げる。エルドレンは遠巻きに彼らを見つめながら、彼女に声をかけた。
「マシュベリーの身に着けていたものも探させたが、何をするつもりなんだ?」
「探されたのって軍人さんだけではありませんか?それも男性の。」
アンナはくるりと振り返り、こちらの瞳を凝視する。
「それが何か。」
「それに品の良いお家柄の方だけですよね?」
エルドレンの問いには答えず、アンナはさらに質問を重ねた。沈黙を肯定と受け取った彼女は前に向き直る。
「なら、たぶん場所はわかりました。」
ラウルがこちらに声をかける。どうやら棺が見つかったようだ。息も絶え絶えのユーリとは裏腹に、軍人であるラウルはぴんぴんとしている。
「では、エーデルを頼みます。」
アンナはそう言い残すと棺へと向かっていった。
◇
あの後、アンナは5分もかからないうちに、マシュベリーが隠し持っていた毒を見つけてきた。メアリーの治療が良い方に進みそうだ。
早速、アンナが新しく薬を用意する。それはゆっくりとメアリーの口に注がれるが、意識のない彼女の口から漏れ出るその茶褐色の液体は、口にしなくてもまずそうな見た目をしていた。
「それで、毒はどこに隠し持っていたんだ。」
エルドレンはアンナが介抱を終えたのを見計らって、声をかける。すると、彼女はエーデルを一瞥したあと、瞼を軽く閉じる。
「彼女は経産婦でした、とだけ。」
首を傾げるエーデルに、周りは沈黙を決め込む。
「じゃあ、あのシュレインという少年はそれが原因でおかしな行動を?」
エルドレンはあの夜にマシュベリーとともに亡くなった、彼女の実の息子のことを思い出す。
「そう、でしょうね。もしかしたら、最初の子も……。」
アンナは少し言い淀む。毒を盛って他人を操っていた者が、その毒によって身を滅ぼしていく。それがなければ、最初の子は無事に誕生し、エーデルは母から引きはがされることもなく、アンドルーの恨みを買うこともなく、マシュベリーは簡単に皇太后の地位に就けていただろう。
「皮肉なものだな。」
エルドレンは窓の外を眺める。すっかり日も天に上り、春の日差しが燦々と降り注ぐ。当初、スッツデール帝国に来た時よりも春めいて、日によっては初夏の訪れが近しいことを感じさせる。いつになったらメアリーの目は覚めるのだろうか。
エルドレンがメアリーの亜麻色の前髪を優しく撫でる。そうしていると、ノックの音と共に、エイダが現れて大きなワゴンを運んできた。湯気の立つお皿からは焼きたてのパンが香り立つ。
「お昼にいたしませんか。」
メアリーの小さい頃から侍女としてお世話をしてきたエイダも不安を抱えているが、皆の前では気丈にふるまっている。だが、この状況を受け入れた訳ではなく、彼女が指示して作らせた料理はいつも、目覚めたメアリーでも食べやすい食材が選ばれていた。彼女なりにメアリーの目覚めをずっと待ち望んでいることは他の皆にもわかっていた。
いつもと同じようにその皿は手をつけられずに冷めてしまうであろう。それでも、メアリーのベッドサイドに置かれた食事を見ても、そんな野暮なことは誰も指摘しない。
「さあ、お昼にいたしましょう。お腹がすいてはメアリー様の看病もできませんよ。」
エイダもつらいだろうに、部屋の陰鬱な空気を察してか鼓舞させるように声を上げる。それぞれが色々な思いを抱えつつ、皆がエイダに視線を取られていると背後から物音がした。
「あれ、みんなどうしたの?」
かすれたその声はベッドから聞こえてきた。




