106 女たちの作戦
メアリーの提案はこうだ。
幽霊であるポリーにアンナがこれまで纏っていた黒装束を着てもらい、アンナとエーデルを塔から連れ出した後も彼女がまだそこにいるように偽装するものだ。司祭だけはサザランカ領にいる黒装束の女がマシュベリーではなくアンナだと知っているらしいが、これならアンナが司祭に報告する必要はなく、司祭もアンナがまだ塔にいると誤認するはずだ。
ポリーは一度触れたものなら意識的に姿を見せることができるが、そうでない場合は見えないのだ。司祭や他の関係者たちも、メアリー達一行は3人だけだと認識しているから、ポリーがここに残ってアンナの代わりをしてもおかしいとは思わないのだ。後はアンナとエーデルがバレないようにこの領地を離れられれば良いのである。
マシュベリーが拘束されるか、アンナとエーデルが無事にどこかに逃げおおせたら、ポリーは姿をくらまし、メアリー達の元に戻ってくる。それは完璧な計画に思えた。
「そんなことができるの?」
アンナは幽霊を見たことがないようで、信じられないという表情だ。だが、エーデルがスッツデールの城で仲良くしていたポリーの話を楽し気にするので、どうやらメアリーの提案が突拍子もない嘘ではないらしいということは理解してくれたようだ。
メアリーとアンナが情報交換のために手持ちの情報を交わしていると、それを黙って聞いていたエーデルが口を開く。
「メアリー、僕は逃げずに城に行きたい。アンナからも聞いたんだ。父上……さっきの話で血のつながりはないと言われたけれど、ウィリアム皇帝は僕にとって父であることには変わりない。本当の原因が母上による毒殺だったなら、僕は仇を取らないといけない。」
エーデルはそれまでの幼い様子から一転、覚悟を決めた凛々しい表情を2人に見せる。それから彼は、メアリーに説明するようにウィリアム皇帝が亡くなる直前の数年の話をしてくれた。
「そっか、ありがとう。つらい話をさせてごめんね。」
最後の方には嗚咽交じりに語っていたエーデルの背をメアリーは撫で、アンナはいつの間にか用意したハーブティーを彼の手に握らせる。カップからは湯気が立ち上り、部屋の寒さを感じさせた。
「私が作った毒が原因なの。命じられたとはいえ、エーデル様には申し訳ないことをしてしまったわ。」
アンナはハーブティーを一口飲み、息を吐く。それは彼女の前に白い靄を描いた。
「さっきも少し話したけれど、私は毒を製造して、プリンセス、つまりマシュベリー皇太后に届けることが仕事なの。毒は相互作用によるもので、毒殺だと見抜かれにくいけれど、長期間保存すると毒性が弱まってしまうから、使用直前にプリンセスの手元に届ける必要があるの。」
「それはさっきも聞いたわ。」
「今、その依頼が届いているの。」
アンナは立ち上がり、窓辺の近くにある机の引き出しから封筒を取り出すと、メアリーに手渡す。彼女の目線に素直に従い、それを開封すると、指示書のような記載がある。端に書かれた月日から、この手紙は数日前に書かれたものらしい。
「もしかして、あなたの知り合いがスッツデールの城にいたりしないかしら。」
メアリーはその瞳を大きく開いた。何故なら、その手紙の日付はエルドレンたち一行が城に到着して間もない頃だと察することができたからだ。
「その顔は思い当たりがありそうね。」
「ええ、エル、いえ、シェレンディア帝国のエルドレン第1皇子が講和のために城にいるの。」
メアリーは急いでもどうにもならないとわかっているが、どこか早口になる。
「今、プリンセスは城にいる。つまり、城にいる誰かに毒を盛る可能性がある。本人や実の息子であるシュレイン様に毒を盛ることはあり得ず、アンドルー様やエーデル様が城にいない今、誰に使うのかと不思議に思っていたけれど、そういうことね。」
「じゃあ、エルが狙われているの?」
アンナは首を縦に振る。
「本当に講和だけが目的なのかしら。」
「実はアンドルーが城を包囲する予定になっているの。」
メアリーは白状する。
「なるほど。軍はアンドルー皇帝派が多いと聞くけれど、皇太后の手先が全くいないわけがないものね。その話がどこかから漏れて、そのエルドレン様とアンドルー様が連携していると踏んだのかもしれないわ。」
「そんな。」
顔を真っ青にするメアリーに、今度はアンナが提案する。
「エーデル様を逃がすために先ほどの案はそのままで、メアリー様は私に捕まってくれないかしら。」
「どういうこと?」
「要はそのエルドレン様に毒を飲ませなければ良いのよ。だから、私はあなたを捕まえることで、プリンセスの信頼を得つつ、例外的に毒を彼女に直接持参するの、細工をして毒性を抜いておいたものをね。」
アンナの提案でエルドレンの命が助かるのなら、メアリーは喜んでその提案に乗るつもりだったが、1うの疑念が浮かぶ。
「私、彼女にとってそんなに価値のある人間かしら?」
メアリーはアンドルーと婚姻を結んでいたとは言え、その期間は一瞬であり、その彼もスッツデール帝国では行方不明扱いになっている。そんな元皇帝の妻など今でも価値があるだろうか。
「アンドルー皇帝の即位は慣習的にはおかしいけれど、認められているの。だから、順番から言えば、彼亡き後はアンドルーの子、そして先帝であるウィリアムの子の順番で皇位継承権があるわ。彼女は自分の息子を皇位につけたいと思っているのに、あなたが妊娠していればその子は邪魔になるの。」
「私、彼とはそんなこと。」
「そうかもしれない。でも、疑り深い彼女としてはメアリー様を手元に置いておきたいはずよ。」




