101 待ち合わせの場所
女3人とシュレインは地下道のような秘密通路を歩く。その横には水が流れ、シュレインは興味深そうに手を伸ばそうとするが、マシュベリーが何度も引っ張って止めていた。
「プリンセス、私だけで3人をお守りするのは難しいかと。」
先頭を歩くアンナが顔だけを後ろに向ける。
「近衛兵が通路の先で待っているわ。あちらはここを知らないし、大丈夫よ。」
「わかりました。」
最後尾をシュレインとともに歩くマシュベリーは全く心配いらないと言った様子で、安心しきった声色を見せる。
「そんなことより、アンナ。うちの領地にはこの子の仲間もいたんでしょ。他の女は何故捕まえなかったのよ?」
「サラ・デュメル嬢は大司教からの紹介ですから、取り立てて疑う余地もない人物2人を連れて来る方がよろしくないのでは?プリンセスは教会とは仲良くしたいと常日頃仰っていたではありませんか。」
「それもそうね。」
メアリーの前と後ろで言葉が飛び交う。
「彼女はラウスト王女なのに、パスポートが偽造されていましたから。」
「どこの?」
「カヴァリアです。」
「へえ、連邦の。自分の姿を考えれば、それは悪手じゃないかしら。」
いつの間にかマシュベリーはこちらに近寄ってきていたようで、メアリーの亜麻色の髪を掴む。
「それは私にはわかりかねますが……。」
「もともと下位貴族で、あれ以降田舎に引きこもっているあなたが、彼女がラウストの王女様だと確信できるの?」
垂れた目元に反して、その瞳は獅子のような鋭さを見せた。マシュベリーは常日頃から疑り深いのか、アンナも取り立てて気にする様子はなく、堂々としている。
「いえ、私ではなくエーデル様が気がづいたのです。」
「へえ。……あの子も少しは役に立つじゃない。」
「シュレインもわかるよ!」
何処かから見つけてきた大きな木の枝を引きづりながら、シュレインはもう片方の手でメアリーの手を掴む。マシュベリーが彼の頭を撫でると、きゃっきゃっと声を上げて、駆け出していく。
「プリンセス、荷馬車を手配してあります。外に出たらそちらに乗り込んでください。」
「ねえ、アンナ。どこに行くの?」
シュレインは振り返り、まるで遠足にでも出かける子供のようにはしゃいでいる。ことの深刻さがわからないのは彼くらいなものだろう。
「ひとまず修道院でしょうか。用意したのが荷馬車ですので、サザランカに直接向かうと怪しまれてしまいますから。」
「そういえばアンナ。サザランカを出るときには、ちゃんと司祭には挨拶したのかしら。」
「ええ、言いつけは守りましたよ。」
アンナはそう言いつつ、目的の場所まで到着したようで、何やらごそごそと作業をしている。しばらくして、蓋を外に向かって開けると、頭だけ出して周りをきょろきょろと見回してから、1人飛び出していった。
「先にメアリー様を出します。手を伸ばして!」
素直に指示に従ったメアリーは近衛兵らしき人物にひょいと担がれる。その人からは少しの血なまぐさい匂いと懐かしい匂いがした。
良かった。上手く行ったのね。
メアリーは安心してその身を彼に預ける。
「メアリー、まだ眠っちゃいけないよ。」
その声の主はエルドレン本人だった。
「数時間前には食堂で倒れていたはずなのに。」
メアリーはくすくす笑う。エルドレンは困った顔で笑うと、
「幕引きを見届けなくてはね。」
と言い、同じく近衛兵に扮するラウルのもとに下ろされた。マシュベリーの野太い声が遮るもののない草原に響き渡ったのは、ほぼ同時だった。
「アンナ、あなた裏切ったのね。」
メアリーたちがその声の方を見れば、近衛兵に扮したシェレンディア軍人たちに彼女とシュレインは拘束されていた。
「そもそも先に裏切ったのはあなたでしょう。」
マシュベリーに呼応したのはアンナではなく、彼女を拘束した男性だった。
「あなた。」
「ごきげんよう、プリンセス。あのコーヒーはなかなか癖がありますね。」
「……キリアン?あなた、まさか、生きていたの?」
彼女は幽霊でも見たかのように、腰を抜かして前に手をつく。
「ええ。部下が知らせてくれたので、致死量まで飲まずに済みましたよ。」
キリアンは胸の勲章を指で揺らす。スッツデール帝国軍人ではない彼女は知らないだろうが、黒の勲章は存在しない。マシュベリーの部下の処分方法を知っていたため、そうした警戒を怠らなかったのだ。
それまで遠巻きに見ていたエルドレンが、下草を踏みつぶしながらマシュベリーに近づく。
「言いたいことはそれだけか?ここにいた近衛兵は処分した。城もアンドルーが押さえたから、これ以上の助けは望めないぞ。」
「あなたも何故生きているのよ。」
わめく彼女に、アンナが代わりに口を挟む。
「残念でしたね。先にお渡ししたゴブレットの中身には毒なんて入ってなかったのですよ。毒ではないただの薬草酒です。」
「毒も多少は耐性もあるが。あれは昔耐性をつけるために服用した毒のいくつかの初期症状を思い出して演じてみたが、意外なところで経験は役立つものだな。」
補足するエルドレンの言葉にメアリーは1人納得していた。メアリーは事前にアンナの信を勝ち取ったこと、エルドレンには彼女が調合した毒を盛られる可能性があるが、無毒にしているから飲んでくれと依頼した。だが、普通はわかっていても勇気がいる。アンナがこちらを裏切る可能性もあるし、ゴブレットの中身なんて一気には飲めないだろう。
「メアリーの要望なら毒でも何でも飲むよ。」
「そんなもの要望しないですよ!」
メアリーの心情を読んだかのようにエルドレンがこちらを振り向き突拍子もないことをいうものだから、緊迫した場面にも関わらず、思わず叫んでしまう。
何処か緩みつつあった緊張感を再度もたらしたのはマシュベリーの言葉だった。
「あら、そんな余裕ぶっていていいのかしら。保険は何重にもかけておくものよ。」
「どういうことだ。」
エルドレンの焦る声を聞いて、彼女はとても楽しそうに黒い腹を見せる。
「残念だったわね。アンナがサザランカ領を出た時点でエーデルは拘束されているのよ。」
「エーデル様が……。私のせいで……。」
アンナは顔に手を当てて、泣き崩れる。
「あなた絆されやすいものね。アンナがサザランカを離れるのは、私を裏切る時か、何か重要なことがあった時だもの。私の身代わりをしていたアンナ、あの姿の人物がいなくなれば、司祭にエーデルを拘束するように依頼してあるわ。残念ね。」
「サザランカ領主のあなたの父君も、アンドルーの手によって既に拘束済みだ。」
「あら、そんなへまはしないわ。父に預けるのなら、最初からそこに預けるでしょう。何かあれば、そこが押さえられるのはわかっているのよ。」
エルドレンの応報にも、マシュベリーは余裕の笑みを浮かべている。
ラウルの後ろ、メアリーの目の前を通って、その男性はマシュベリーの前に立つ。
「今度は何?」
彼女は顔をしかめてフードの男性を見る。彼はそのフードをゆっくりと捲る。
「母上。」
そこには月の光に照らされたエーデルが立っていた。




