99 再会
「お兄ちゃん!」
アンナは古城の部屋に足を踏み入れる。目の前にはベッドに横たわり、荒い息をするキリアンの姿が見えた。
「待って、私が治してあげるから。」
抱き着きたい気持ちを押さえ、アンナは鞄から薬をいくつか取り出して、周りに熱湯を持ってくるよう指示する。テーブルでは彼女がごそごそと既に作業を始めていた。
「本当に……本物のアンナ……なのか。」
「そうよ。」
彼女は兄の言葉に涙を堪えながら、すり鉢で薬を砕く。同行していたメアリーはすることがなく、扉の横にもたれていると、新たな人物が顔を出す。
「情報によると毒は『黒』と呼ばれる品だそうだ。キリアンは毒を盛られたことに気づいて、不審を抱かない程度に少し舐め、あとは中身をぶちまけることで摂取量をなるべく少なくしたらしい。」
「あら、ルイ様お久しぶりです。」
そこには、部屋の軒を窮屈そうにくぐったアンドルーがいた。彼は声をかけたメアリーを見て微笑みを返す。どうやら今のところ上手くやれているようだ。
「そうですか。症状からそうではないかと推測しましたが、確定情報があると助かります。これも私が『プリンセス』に依頼されて作った品なので、解毒はできますが。」
アンナはそちらに視線を向けながら、手は止めない。
「そうか、それならよかった。」
アンドルーはそう言うと、部屋の端においてあった小さな椅子を2脚出してきて、メアリーにも座るように促してきた。
「キリアンは捕えられていると言うのが見立てだったが、毒殺未遂とはマシュベリーはおっかない女だったのだな。」
「でも、彼が助かってよかったです。」
メアリーはアンナに介抱され、薬を飲み始めているキリアンを見る。アンドルーもそちらに視線を移した後で、耳元で囁いてきた。
「そういえば、キリアンを信じろという君の友人、どういう者なんだ。」
「ただの占い師ですよ。ちょっと未来が見える。」
「そうか。」
アンドルーはそれ以上聞いてもメアリーが答えてくれないことを察したようだ。
「それより、上手く行きそうですか?」
メアリーは彼の深緑の瞳を見つめる。
「キリアンがこちらに着いてくれて、軍勢としても安心ができる数が味方になった。モッケナとも連絡が取れ、第2団、第3団以下も協力してくれる手はずになっている。エーデルがこちらの手の内に入ったなら、恐れることはないな。」
「それならよかったです。」
2人が呑気に会話をしていると、いつの間にか介抱を終えたアンナがそばに立っていた。
「ああ、アンナ。もう大丈夫なの。」
「あとは2、3日安静にしていれば問題ないわ。それより、」
彼女はそう言うと、メアリーの隣に座るアンドルーに目を向ける。
「失礼ながら、あなたはアンドルー皇帝ではありませんか?」
「そうだが。もっとも既に皇帝ではないが。」
「……申し訳ありません。」
彼は警戒心を露わにする。ところが、相対するアンナはそれを見ることなく、顔を伏せて、自分の胸元を強く抑える。
「私はあなたに謝らなければならないのです。兄の裏切りは私のせいなのです。」
彼女がサザランカ領に囲われていたという話だろうか。それにしても、彼女は今、あまり病弱そうに見えないが。
「私、幼い頃より体が弱くて子が成せない体なのです。貴族の令嬢にはそれは致命傷で、結婚は望めませんでした。そんな私に、侍女として働かないかと声をかけられたのが『プリンセス』、皆さんが言うところのマシュベリー皇太后だったのです。」
「縁故もなければ、病弱な侍女など雇わないのでは?」
部外者ながら、メアリーも口を挟む。
「ごもっともな指摘です。ただ、私の故郷、父の領地は薬となる草木の一大産地で、一族はその取扱いに長けた者が多く、私もその1人でした。兄は興味がないようで、こちらの道は全く分かりませんが。」
アンナは苦笑する。
「表向きは侍女でしたが、マシュベリー様の本当の目的は私に毒を作らせることでした。ただ、私も薬師の端くれ、もちろん抵抗はしました。ただ……。」
「人質でも取られたか。」
言い淀む彼女に、アンドルーが声をかける。
「そうですね、私の体と兄を。」
「体?」
疑問を呈するメアリーの声が大きかったのか、眠っていたはずのキリアンがピクリと動く。
「そう、既にマシュベリー様は毒を手にしていて、抵抗する私にゆっくり、そして確実に毒を盛っていたのです。遅効性の毒を。」
アンナは、そっとキリアンに掛けられた毛布のずれを直す。
「もともと私は病弱な侍女でしたから、持病が悪化したのだとマシュベリー様が言えば疑う人間などおりません。」
「療養を名目に、マシュベリーの父の領地であるサザランカ領に囲われて、キリアンも身動きが取れなくなったと言うことか。」
アンドルーの言葉に、アンナは首を縦に振る。
「私は彼女にとって毒を作らせることができ、万が一抵抗しても、既にアンドルー様と懇意になり始めていた兄も人質に取ることができる、願ってもない人物だったのでしょう。」
「そうして脅しに負けて、毒をつくり始めたということか。」
「ええ、ウィリアム前皇帝、いえ、今は前々皇帝ですか。彼のコップに塗られた毒も私がサザランカ領で研究し、作ったものでしょう。」
「そうか、ウィリアムもあの女に……。」
アンドルーも兄に思うところがないわけではないが、まさか毒殺されているとまでは思っていなかった。すでに離宮に隔離されていた自分には、狩りで負った怪我で段々と弱りがちになり、兄は自然と亡くなったと思い込んでいたのだ。
「それなら何故あの女はウィリアムを早くに殺してしまったんだ。シュレインを即位させたいはずなのに、みすみす私に即位させるなど。」
アンドルーは口元にこぶしを添える。
「ウィリアム様はエーデル様を後継に押していたと耳にしたことがあります。領内では離縁の噂もありましたから、シュレイン様を庶子にされてはたまらないと、犯行に及んだのでしょうね。」
「私の即位を認めてでもか。」
「病弱でないエーデル様まですぐ殺しては疑われますし、あなたに対する保険としても彼は残しておきたいはずです。アンドルー様は結婚されないと噂の皇帝でしたから、死後、エーデル様を殺して、シュレイン様を即位させる魂胆だったのではないでしょうか。」
なるほどと部外者のメアリーが頷いていると、隣のアンドルーは神妙な顔をしていた。
「お前、私とエーデルとの関係を知っているのか。」
「マシュベリー様側の一員として働いていましたから。」
アンナは冷たい石の床からメアリーへと視線を移す。
「ただ、メアリー様と婚姻されたので計画が変わってきたのですよね。」
「え?」
部外者だと思って隣で話を聞いていたのに、突然関係者になってしまったメアリーは驚きを隠せない。だが、アンナはむしろ何で驚くのだという表情を向ける。
「だって、メアリー様が子を成したら計画通りにいきませんもの。」




