98 半旗
エルドレンは従者のユーリを従えて、城の廊下を歩く。日中にも関わらず、足音がほとんどない。埃が什器に積もっていれば、スッツデール帝国の城は廃墟だと言われても信じたかもしれない。
「ラウルから何か話を聞いているか。」
「昨日の軍部同士の会談はつつがなくと。」
「そうか。」
ここ数日、エルドレンは皇帝、皇太后と会食を、部下たちは軍部同士で講和の詳細な取り決めを打ち合わせるのみで動きがない。城にいるとされたアンドルーの部下、キリアンの姿はどこにもなく、見つけられずにいた。
窓の外では軍人たちが素振りや馬の手入れに勤しんでいる。つい先日までは敵同士であっても、身一つの強さで生きてきた者たちはどこか打ち解けているようで、シェレンディア帝国軍人もちらほらその中に混ざっていた。
「止めた方がよろしかったですか。」
外を見つめるエルドレンに気が付いたユーリは主人の視線を咎めるものだと思ったらしい。
「……いいや。」
そう発言するも、エルドレンは少し先の扉から外に出て、簡素な闘技場のようなそこに足を踏み入れた。途端に、バラバラと訓練をしていた者のうち、シェレンディアの者は急に姿勢を正し、直立姿勢を取る。それに気が付いたスッツデール帝国の者も、どうやら貴人がやって来たことを察したらしく、身なりのよい男の号令に従い整列していく。
「訓練を見に来ただけだから。気にしないでくれ。」
エルドレンは外向きの笑顔をその男に向ける。
「私はスッツデール帝国軍第1団隊長モッケナ・カシュドールと申します。エルドレン皇太子殿下がなぜこのような場所に。」
その声に、彼の部下たちは驚きの声を上げる。まさか、そんな人物がここに来るとは思っていなかったらしい。
「モッケナ、そんなに警戒しないでくれ。」
「ですが。」
「見られたくないことでもしていた?」
モッケナは眉を上げる。彼の合図とともに、部下は皆散っていく。シェレンディアの軍人たちも慣れた様子で、元の訓練に戻っていく。
「殿下、何か聞かれたいことでもあるのでしょう。」
「察しが良くて助かるよ。まず、あれは?」
エルドレンは旗竿の先端から半分ほど下げられた、帝国軍旗を指し示す。
「明朝、キリアン軍隊長が亡くなりまして。」
「それはそれはご愁傷様。膠着している戦地しかなく、年も若いのに不思議だな。」
「……。」
モッケナは黙り込む。馬の尻尾よりもはるかに長い茶色の髪だけが揺れている。
「それに今日は軍人の数が少ないね。」
エルドレンの視線の先にいる軍人たちの数はまばらだ。
「軍隊長の棺を外に運んでいるのです。亡くなっても城内に留めておけるのは王族くらいですから。」
「そう。エーデル皇子はそうではなかったのにね。」
「殿下、さっきから何が仰りたいのです。」
もはや苛立ちの隠せないモッケナは、靴底を鳴らす。
「いいや、弔いに参列してやろうかと思って。」
「殿下とは言え、部外者は結構です。」
「そう?うちのメアリーがお世話になったらしいから、挨拶ぐらいはしておきたかったけど。」
エルドレンは飄々とのたまう。
「なら、墓を暴くしかないか。」
「いくらシェレンディア人とは言え、冗談が過ぎますぞ。……殿下、冗談ですよね。」
「返答次第では。まあ棺の行先は変更した方がいいと思うが。」
「は?」
唖然とするモッケナにエルドレンは続ける。
「君たちが何をやろうとしているか、私は知っているよ。」
それを聞いたモッケナは静かに瞳を閉じる。
「伝言だ。『キリアンよ、一度の裏切りは許す。私に付け。』だそうだ。誰からかはわかるだろう。」
エルドレンは懐から一枚の手紙と写真を手渡す。
「陛下……。」
「待ち合わせ場所は示してある。あとは上手くやってくれ。」
エルドレンはひらひらと手を振ると、ユーリを連れて城内に戻る。室内の静けさは相も変わらないが、外の喧騒は嘘のように静かになり、再び活気が戻った。
「行ったみたいですね。」
ユーリのその声に、エルドレンが横目で窓の外を見やると、馬と駆ける音と共に茶の長い髪がたなびいた。




