97 薬草畑
メアリーは教会横にある花壇を眺めていた。時折、花をつけた美しい植物が咲いていたが、観賞用ではないのか雑草に見えてしまうほどだ。
腰を下ろしたメアリーは、花壇から1つ花を手折ると、それ越しに塔を見上げた。だが、今は鐘の鳴る時間にも程遠く、人けもない。そうしていると、頭上からメアリーの体にゆらりと影がかかる。
「あなた、何をしているのよ。」
黒い服を纏った女性はチュールで表情を隠したまま、メアリーを見下す。春とは言え、日中の日差しを浴びては暑そうに思えてしまう。
「マシュベリー様。」
「危ないから、花壇に立ち入らないでくれる?」
「危ない?」
彼女はメアリーに手を差し伸べたかと思ったが、目的は手の内にあった花だけらしい。それは彼女に奪い取られて、代わりにハンカチが渡される。彼女が顎を上げるそぶりを見せたので、どうやら手を拭えと言うことらしい。
「こんなところで道草を食っていて良いのかしら。他の2人は朝早くから孤児院まで奉仕活動に出かけたと聞いたけれど。」
「交代で行っているのです。本日は私が炊事と家事の当番ですので。」
「あらそう。」
彼女は話を振っておきながら、興味がなさそうに言う。
「そういえば、スッツデール帝国の北に住む民には星信仰があるらしいですね。」
メアリーが突拍子もなく話題を振ると、彼女から唾を飲み込む音が聞こえた気がした。
「……知らないわ、私、首都とサザランカのこと以外は知らないもの。」
彼女は先ほどまでの優雅な口調より、少し早口で話す。何も知らなければ、気にならない程度だ。
「そうなのですね。では、何故、昨晩に星に願われたのでしょう。『どうか星々よ、我ら兄弟、いえ、エーデル様も助けてください。』と。」
「……なぜ、あなたがそれを。」
先ほどの星信仰の話題とは違い、彼女は後ずさる。それもそうだろう。それが漏れていると言うことは、昨日密室で話したことも、エーデルのことも、メアリーは知っているということになるのだから。
「あなた、キリアンの妹、アンナさんですよね。そして、あなたは今、エーデルとともに塔の上で暮らしている。」
彼女は黙秘するのが最善と判断したようで、踵を返して、そのまま足早に立ち去ろうとする。そんな彼女にメアリーは言葉を投げかけた。
「ところでアンナさん。あなたのお兄様から手紙は届きましたか?」
数日前から、講和という名目でエルドレンはスッツデール帝国の城に滞在している。そんな彼が早馬で知らせてくれたことがある。
「……。」
アンナはその歩みを止める。
「では、もう1つ。そのお兄様が毒を盛られたことはご存じですか。」
「……毒?」
そう言った彼女は振り返る。思い当たることがあるらしい。
「……あなた何者よ?」
「お兄さんを助けたいとは思いませんか。」
一種の賭けだった。黒幕がマシュベリーなら、きっとアンナはその手下のはずだ。だが、ポリーが知らせてくれた彼女の願いを鑑みるに、彼女たち兄弟も黒幕に囚われているだけで、本意ではないのだろう。
春の心地よい風がメアリーを撫でる。それは、周りの草木たちも同じで、心地よい音を奏でた。
「話を教えてもらえるかしら。」
アンナはメアリーの耳元でそう囁くと、アンナは2人が初めて出会った階段の先、塔のその上までメアリーを案内したのだった。




