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夢、落ち

 どろっとしたヘドロのような声に心臓を鷲掴みされたよう飛び起きた。

 「――ひぃ! あっ……はぁ……夢?」

 足の裏にはまだじんわりとした熱が残っている。

 慌てて靴下を脱いで指先でなぞって見たが、なんの痕跡もない。


 抉れた肉は元通り。

 カサカサの皮膚が突っ張るように被さっていた。


 『今日のニュースです。

  〇〇区の駅前には仮装した人達で賑わいを見せております。

 前年に比べれば、取り締まりが厳しくなったせいか人は少ないですが、様々な格好をした人達が集まっているとのことです。

 駅前のロータリーには警察車両が複数台並び、警察官が混雑の誘導にあたっています。

 日付が変わるまで残り10分となりましたが、現場は静まる気配はなく、依然として熱気に満ちあふれています』


 テレビを付けたまま眠りこけたようだった。

 そこには、若い男女が様々なコスプレをして騒ぎ立てる姿が映っていた。


 肌の露出も多く、自分とは違う人種と思えてしまう。


 「これのせいで、あんな夢見たんじゃないのか?」

 勘弁してくれよ。

 こっちは明日も仕事だってのに。


 机の上にあったリモコンを手に取ると、力強く電源ボタンを押してテレビを消す。

 そのまま乱暴に投げ捨てて、半端のビールを口に運ぼうとした。


 ――ピンポーン


 一人しかいない部屋の中に、チャイムの音が鳴り響く。

 こんな時間に?

 夢のできごとを思い出すと、全身の血液が足先に逃げていくような気がした。


 ――ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。


 さっきのは夢だったにしろ、こんな時間に押しかけてくる奴はろくでもない奴しかいないだろう。

 息を潜めて居留守を決め込む。


 激しくチャイムが鳴り続けて、それが消えるのを待った。


 「……はぁ。やっと諦めやがった、か」

 飲もうとしてビールを片手に止まった手を、口元に動かして、一口飲み込んで、息を吐くように目を瞑る。

 さて、寝るか――

 

 「――お、菓子くれない、と悪戯しちゃ……ウゾ」


 「は? え? なん……で」

 子供の声。でも、酷く潰れたように引き伸ばされている。

 反射的に瞼を開けると、俺は玄関に立っていた。

 開け放たれた扉がぎぃっと音を立ててゆっくりと閉まる。

 風圧が頬を掠め、視線を落とすと、お椀のように両手をくっつけた子供が立っていた。


 「とりっく、おあ……とりーと」

 口がねちゃりと開いて赤い血が滴った。


 なん……で?

 夢だった、どうし……意味、わかんね。


 足が自然と後ろに下がる。

 それに合わせて、子供が一歩前に足を伸ばす。


 「あは、ちょ、ちょっと待ってろ」

 慌てて部屋に戻ると、冷蔵庫の中を漁る。

 あんな思いをするのは嫌だ……怖い。

 早く……お菓子渡さないと。

 

 「……ない」

 アイス昨日買ってたよな?

 「チョコレート、あそこに……」

 部屋を漁るがなにひとつ見つからない。


 「意味わかんねーよ! ない! ない! ないぃいいっ!」


 床にへたり込むように座ると、廊下を人が歩く音が聞こえてくる。

 ビクリと肩が跳ねて、部屋の入口を見つめる。


 「ひっ! 来るなっ!」


 顔と体がちょうど半分だけ見えるように立っている。

 少しだけ上に上がった左目が細まって、ニヤニヤと笑っていた。

 子供の可愛らしい指先が、扉の縁を上から下に撫でている。


 「な、なんなんだよ。お菓子なんてねーよ! 出て行け!」


 そう叫び、近くにあった物を手当たり次第投げつけるが、そいつは何も反応を見せなかった。

 それよりも、俺の言葉に嬉しそうに肩を揺らしている。


 ゆらゆらと左右に体を揺らす。

 ピタリとそれが突然とまると


 「お菓子ぃいいっ! ないのぉおおおっ!」


 ドタドタと走るように向かってくるが、その顔はまったく揺れていない。

 逃げる暇もなく、尻もちをついている自分の前でピタリと止まると、顔だけがにゅっと伸びてくる。


 くっつきそうなくらい近づいたそいつの顔が、急に膨れ出す。

 風船に空気を入れたようにパンパンと腫れて、視界を全て覆い尽くした。


 「ドリッグゥ、おア、ドリー……ド」

 喋りづらそうにぬちゃぬちゃと音を立てながら、その言葉を繰り返す。


 あ……あ……。

 言葉すら出なかった。

 そいつはにやにや笑いながら同じ言葉を繰り返している。

 飛び出しかけた目玉が片方だけ、ポロリと落ちると神経がそれを繋ぎ止めた。

 笑うたびに目玉がピョンピョンと跳ねて、その化け物は乱雑に掴むと自分の眼窩に押し込んだ。


 限界だった。


 「……ぁあっ、あああっ!」

 喉が裂けそうくらい叫んで、這うよにして立ち上がる。

 足に思うように力が入らなくて、何度も床に顔を打ち付けた。


 その拍子に鼻がゴキリと曲がり、前歯が床に転がる。

 鼻水と血が混ざって顔から半分はわけのわからないことになっているが、そんなことよりも早く逃げ出したかった。


 大の大人がしょんべんを漏らしながら、逃げ惑う。


 奴は追いかけて来なかった。

 頭だけがどこまでも俺のことを追ってくる。


 なんとか玄関にたどり着いて、ドアノブを握った。


 ――シュ……ぼと……


 金属が滑るような音が聞こえてから、遅れて地面になにかが落ちる音がした。


 「俺……ゆびぃ? ……あれ?」


 ドアノブから突き出したナイフのような刃先には、今付着したばかりの血液がついていた。

 下に目を向ければ3本のソーセージのような物体が落ちている。


 「――へ? は? 指、なんでない。手……や、辞め、て」

 手を引こうとするが、貼り付いたままはずれない。

 足で扉を押しながら強引に外そうとするがびくともしなかった。


 刃先が動き出す。

 ギコギコとノコギリのように上下しながら、指に近づいてくる。


 「ひ! 辞めろ、辞めてくれよ! お菓子、お菓子探すから頼む!」


 そう懇願するが、一本。

 また一本。


 ぼと……ぼと……。


 誰か……きて、くれ。


 「ぎぃいいっ! 痛い、痛い、痛い! 誰か、たずげでぇえ!」


 ――……ヒタ……ヒタ


 「おがし、くれな……いたずら、しちゃう」

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