離婚へのステップ5
忍はハローワークで職業訓練のことを聞いた。
ハロートレーニング。
忍は手に職を持つ女性ではない。
資格を取得したかった忍にとって、何よりも大切な訓練だと思った。
求職申し込みをしているので、受講申し込み出来た。
先ずは一人で生きるための第一歩!
ほんの少しだけ前に勧めたように思った。
帰宅してから母に話すと喜んでくれた。
戸川数馬の妻としての日々に何があったかなど一切母は聞かない。
それが今の忍にとって一番有難かった。
「どんな職業に就くか、良く考えなさい。」
「うん。」
「一生のことよ。これから先、長いんだから……。」
「うん、お母さん…………あのね………。」
「何?」
「ごめんね……こんなことになって、居候で……お金入れなくて……
本当にごめんなさい。」
「何言ってるのよ。この子は………。
二人分くらい、何とかなるわ。
お父さんが残してくれたお金、まだ残ってるのよ。
心配しなくていいからね。」
「本当に……ごめんなさい………。」
「忍……泣かないで……これから先のことを考えて、ね。
忍の人生はまだ長いのよ。」
「うん、頑張る。
………私ね。介護職を目指そうと思うの。」
「どうして?」
「結婚生活のほとんどが看病だった。」
「だったら! 離れた方がいいわ。」
「ううん、私に合うのはそれしかない……そう思うの。
お母さん、私頑張るから! 見守ってね。」
「分かった。忍の人生だものね。忍が決めた道を歩みなさい。」
「うん。」
忍が介護職を選んだ理由は一つだけだった。
直ぐに就職できること。
何時までも母のお荷物ではいけない!からだ。
数馬は煙草の火を点けた。
煙草を吸わなかった数馬が煙草の火を点けたことに華蓮は驚いた。
「数馬さん、どうしたの?
煙草なんか……吸わなかったじゃないの。」
「あ……あぁ、何となくだ。」
「本当に? 何となく?」
「あぁ………あ!」
「なぁに?」
「今日の晩餐会……行かないから……。」
「えっ? どうして? 皆さん楽しみにしてるのに。」
「使った食事代は支払う。」
「お金のことを言ってるんじゃないわ。
数馬さんが居ないと始まらないじゃないの。
来て貰わないと困るわ。」
「仕事じゃない。大学からの付き合いの友達だけだろう。」
「そうだけど………。」
「僕は用事がある。」
「用事? 大切なことなの? 私達より!」
「…………大事な用事だ。」
「それは、何? 私達より大事な用事って何なの?
お母様? お具合が悪いの?」
「…………言う必要はない。」
「数馬さん!」
「……………相馬を呼べ。」
「数馬さん!」
「仕事だ。相馬を呼べ。」
「はい。」
土屋華蓮は不安になった。
⦅まさか……まさか……あの忍と会うんじゃないわよね。
離婚届が届いたのに………そういえば数馬……署名したのかしら?
してるわよね。あんなに嫌っていたのに……しないはずないわ。
………でも、邪魔ね。
あの女………忍! 死んでしまえばいいのに!
………殺したいわ!⦆
唇を噛み締めた華蓮は、相馬の視線を感じた。
笑顔で「社長がお呼びです。」と伝えた。
華蓮と入れ違いに相馬が社長室に入って行く。
その後姿を苛立ちの目で見つめた。
⦅必ず、私が数馬の妻になって社長夫人の座を射止めるから!
相馬なんか辞めさせるわ。⦆
相馬は数馬の前に進んで「社長、お呼びでございますか?」と言った。
目を上げた数馬はゆっくり聞いた。
「忍の実家は何処だ?」
「お調べ致しましょうか?」
「頼む。」
「承知致しました。」
「相馬!」
「はい。」
「車で忍の実家に行く。」
「はい、手配致します。」
「このこと、誰にも言うな。」
「承知致しました。」
社長室を出た相馬の目に華蓮が映った。
目の前に居る華蓮の姿が映った。
「土屋君、何か?」
「数馬……社長は何の用で?」
「仕事だ。他にあるか?」
「いいえ……仕事ならいいんです。」
「君、今日は用があるんじゃないのか?」
「あ…………はい。」
「絶対に残業しないと言ってたから、もう帰るのかと思った。」
「そ……それは……帰ります。」
「うん、それがいい。
皆も帰ってくれ。
もう今日の業務は終わった。
それに、今日はノー残業デーだぞ。」
「はい。」
「お先に失礼します。」
「お疲れ様。」
相馬は忍の実家の住所を社長専属の運転手に告げた。
「行き先は、奥様のご実家だ。ただ、誰にもこの御訪問を話してはならない。いいですね。」と運転手の口外を制した。
運転手は⦅どうして奥様のご実家への訪問を話したらいけないんだ?⦆と思ったが、良く考えると初めての訪問だと気が付いた。
そして、夫婦仲が芳しくないことも分かっている。
「はい、口外致しません。」と答えながら、⦅奥様が可哀想だな。やっぱり身分違いの結婚は幸せじゃないな。⦆と思った。
数馬が車に乗った。
華蓮はそれを見つめていた。
そして、数馬の取り巻き達に、今日の晩餐会に数馬が来ないことを知らせた。
「何があった?」「何も無かったよな。」というメッセージが次々に流れた。
陽がメッセージを送った。
「いいんじゃないか?
支払ってくれるんだろう?」
「そうだな。」
「そうだ。」
「君は来るんだろう? 華蓮。」
「勿論だよな、僕らのお姫様なんだから!」
「行くわよ。待っててね。」
陽は⦅晩餐会、ね……そう名付けたのは華蓮だったよな。ただ大学の頃の友達が会って飲み食いするだけなのに、な。何が晩餐会なんだ。⦆と思った。そう思ったのは陽一人だけだった。




