離婚へのステップ4
忍は署名した離婚届を2通用意した。
1通は会社の社長室当て。
そして、もう1通は自宅宛て。
最初は自宅にだけ送った。
だが、無視されてしまったら意味が無い!と思った忍は、会社へも送ったのだ。
目論見通りに、会社に届いた離婚届は秘書室長が最初に見た。
妻である忍からの封書と思わなかったからだ。
そう、会社の顧問弁護士の事務所の封筒で送ったからだ。
顧問弁護士も数馬の親友だった。
そちらから実家に送られてきた封書が残っていた。
いつも綺麗に封書を開ける忍は、それを実家に残していた。いつもの癖で……。
実家に送られてきた顧問弁護士からの封筒の中に入っていたのは、婚姻に関する同意書だった。
「①コロナ禍でもあり、挙式並びに旅行は無し。それは、今後も無い。
②専業主婦として数馬並びにその家族を支える。
③家計については、数馬から渡される金銭にて行う。
④数馬の預貯金について関与しない。
⑤忍の預貯金を数馬は関与しない。」
忍は夫・数馬の収入を全く知らない。
毎月与えられた現金のみで生活していた。
毎月30万円を受け取っていた。
光熱費も交際費も、その30万円から支払う必要はなかった。
だから、毎月残った。
その残った現金を、忍は数馬名義の通帳を作り貯金していた。
顧問弁護士に頼んで通帳を作って貰った。
顧問弁護士の加賀陽は驚いた。
裕福とは掛け離れた忍の実家だ。
金目当ての結婚だと思っていた。
それなのに、忍は実家とほぼ同じ暮らしをしていた。
新しい服を買って欲しいと強請ることも無く、宝石など持っていない。
自分でスーパーに買い物に行き、食事を作る。
数馬は外食が多いから、夕食を作るのはほとんど忍の為だった。
家政婦と仲良く掃除や洗濯をする。
通帳を作った時、忍はネットバンキングではなく自宅近くの銀行を選び、「カードは作らなくていい。」と言った。
陽は、残高を確認するために忍に内緒でカードを作った。
カードで残高を確認すると、増えるだけだった。
⦅あいつ……下ろしてない。⦆と、驚いた。
それが、覆っていく最初の出来事だった。
秘書室長の相馬仁は顔色を変えて社長室のドアを叩いた。
「相馬でございます。」
「入れ。」
相馬はその場に居る秘書の土屋華蓮の姿を見て吐き気がする思いだった。
眉をひそめて⦅まただ……これだから、離婚をお考えに……当たり前だ。⦆と思ったが、それは僅かな間だった。
相馬は社長である数馬だけを見て、静かに言った。
「社長、これをご覧下さい。
若奥様から離婚届が届きました。」
「何っ!」
忍の文字で署名された離婚届を数馬は手にした。
その封筒の中には、便箋が入っていた。
そこには………
「今までお世話になりました。
これからはお互いに自由になりましょう。
つきましては、離婚届に署名後、役所への提出をお願いします。
財産分与など一切要りません。
金銭の請求は全く致しませんので、ご安心下さい。
数馬さん、貴方の御多幸と御健康をお祈りしております。
さようなら。」
忍の文字だった。
数馬の顔から動揺が見えた。
その動揺を見たのは相馬と加賀陽だった。
土屋華蓮は口角を上げて微笑んだ。
それは一瞬のことだったが、相馬は見た。
「まぁ……奥様、家を出られたのは離婚の為でしたのね。
ご決意は揺らがないのかしら?」
「土屋君、貴女は秘書ですよ。
社長ご夫妻の夫婦関係に口出ししてはならない。」
「それは、申し訳ございませんでした。
でもね、室長。こうなるのは分かっていたのでは?」
「土屋君! 控えなさい。」
「はい。」
その間、数馬は一言も漏らさなかった。
言葉さえ出なかったのだ。
衝撃が大き過ぎて………。




