加賀陽と古谷新
陽は独身貴族を貫くつもりなど全く無い。
だが、縁はなかなか巡って来ない。
愛した人が結婚を望んだ時、陽はまだ弁護士としての力量が無いと結婚を全く考えていなかった。
陽が結婚したいと願った時、愛した人の心は冷めてしまっていた。
それからは誰かに心を寄せること自体が無くなった。
出逢いも無い。
出逢いがあっても、一方的に思いを寄せられて困ってしまう場合だった。
仕事での出逢っただけなのに……。
新と数馬が羨ましいと思う。
気が付くと周囲はほぼ既婚者になっている。
アプリでの出逢いなどする気は全く無い。
弁護士というだけで高額所得者と思われてしまう。
サラリーマンと大差ないのに?
弁護士事務所を構える高名な弁護士ならいざ知らず、弁護士事務所に勤務している弁護士でしかない。
数馬夫婦の結婚何周年かのお祝いで、その日、陽は花屋に寄った。
可愛い店員が居た。
「お祝いの花なんですが、どんなものがいいでしょうか?」
「どんなお祝いですか?」
「友人夫婦の結婚何周年だったかな?
結婚何周年かのお祝いです。」
「奥様が好まれていらっしゃる花など、勿論のこと御存じありませんね。」
「ええ、知りません。」
「では、一般的な花束になさいますか?
色だけお決め頂ければ作らせて頂きます。」
「お願いします。」
「どんな色目が宜しいですか?」
「色目?」
「ええ、ピンク系の花で纏めるとか……色の指定です。」
「それも分かりません。」
「奥様はどんな方ですか?」
「優しい人ですね。ほんわかとした雰囲気で……。」
「じゃあ、ピンクと白になさいますか?」
「それで、お願いします。」
「予算はお幾らですか?」
「えっと………。」
見ると、指先に傷があった。
「その傷は? どうして?」
「花屋の店員の手の傷など誰も気にしませんのに……。
ありがとうございます。
これは薔薇の枝にある棘を一つ一つ取ったからです。」
「そうなんだ……大変なんですね。」
「大変でないお仕事ってありませんものね。
お客様のお仕事も大変でしょう。 一緒です。
出来上がりました。
これで宜しいでしょうか?」
「はい、綺麗だ………ありがとうございます。」
「いいえ、こちらこそ……ありがとうございました。」
陽は花屋に通い詰めた。
そして彼女を射止めた。
射止めてからの陽は早かった。
直ぐに結婚したのだ。
まるで数馬の再婚のように………。
今も陽は以前と同じ弁護士事務所勤務で戸川グループの顧問弁護士をしている。
そして妻は、いつか自分の店を持つ夢に向かって頑張っている。
◇◇◇◇
古谷新は子どもを三人育てている。
妻の尻に敷かれているが、本人は「これこそ家庭円満に秘訣だ!」と公言して憚らない。
忍に対して当初は暴言を吐いていた新だったが、それも妻の一言で態度を改めた。
新は忍の許しを得て、また以前のように数馬の取り巻きになっている。
最近よく言う言葉は「幸せだなぁ~。」になった。
何事も起きない平平凡凡の生活が如何に幸せなのかを、忍の事件で思い知った新だ。
この平平凡凡な暮らしを妻子の為に守りたいと新は切望している。




