千代の想い
千代の見舞いから数日たったある日。
次郎から電話が架かって来た。
忍と弥生に来て欲しいというものだった。
千代の退院祝いを手伝って欲しいと言われた。
忍も弥生も声を掛けられたことを喜んで、退院祝いの準備に戸川本家へ向かった。
団地に黒塗りのトヨタセンチュリーが度々来ているので、団地の人達も慣れてしまったが、最初の頃は車好きの人達が少し騒いでいた。
今日も黒塗りのトヨタセンチュリーが団地に止まり、忍と弥生を乗せて行った。
戸川本家に到着した忍と弥生は、台所に立ち手伝っている。
次郎からは内内のお祝いだと聞いているが、様々な料理を出す為に台所は忙しく動く人達で溢れている。
退院時間10時になり、一郎と次郎、そして数馬が病院へ向かったようだ。
忍と弥生は台所で奮闘していたので、迎えに行ったことを知ったのは、千代の帰宅寸前だった。
「お帰りなさいませ。大奥様!」
「ただいま帰りました。
まぁ! 忍ちゃん、弥生さんも来てくれてたの?」
「はい、お帰りなさいませ。」
「こんなに嬉しい事はありません。」
一郎が手を差し出したが、千代は「忍ちゃんがいいわ。」と言った。
ゆっくり食事を摂り、千代は忍を傍に置きたいと願った。今この時だけ………。
広縁で椅子に座って、忍は千代と庭を見ている。
千代は少し昔語りをした。
「私とおじいさんはね。
八百屋の旦那さんのお声がけで結婚したの。
おじいさんはね、他に好きな人が居たのよ。
でも、諦めたの。
店主が願ったことだったから………可哀想だったわ。
だから、数馬と忍ちゃんの結婚を私は少し不安だったの。
忍ちゃんは数馬を想ってくれてるのを知っていましたよ。
おじいさんも、それを知っていたから結婚をさせたいと思ったのね。
でもね、数馬の気持ちが分からなかったの。
ごめんなさいね。 辛かったわよね。」
「………いいえ、おじい様とおばあ様が優しくして下さいましたから……。」
「私はおじいさんが好きだったの。
だから、好かれてないのに夫婦で居ることの辛さを知っています。
辛い目に遭わせてしまって本当にごめんなさい。」
「いいえ、いいえ……そんな……謝らないで下さい。」
「いつか忍ちゃんの心を射止める優しい方に出逢えることを祈っています。
幸せになって欲しいの。
今は男性に幸せにして貰う時代じゃないわね。
私の頃とは違うわね。
女が独りでも生きていくことが出来る時代になったのよね。」
「昔は違うんですか?」
「そうね、昔は女が独りで生きていかれなかったわね。
さぁ、弥生さんに返さないといけないわ。
大切なお嬢さんですものね。」
「………おばあ様。」
「今の時代なら……おじいさんに好きな人と結婚出来て幸せに暮らしてくれてたの
よね。」
「おばあ様?」
「何でもありませんよ。疲れました。横になって来ますね。」
「はい。」
忍が手を出したが、千代は「いいのよ、大丈夫ですからね。ありがとう。」と言って断った。
少し寂し気な千代の後姿を忍は見つめていた。




