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幸せの在り処  作者: yukko
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嵐のような存在

忍は数馬に会いたかった。

今更だが、どうして離婚公正証書の条件を飲んだのかと思っている。

聞きたいことがある。

知りたいことがある。

数馬本人の口から聞きたい。

要らない妻だったのか、それとも…………。

あの記憶を失った日々の優しさを忘れられない。

でも、過去の数馬の言動が今も辛い。


「しーちゃん、それって、あいつのこと好きなんじゃないの?」

「………………………。」

「まだ好きなんじゃないの?」

「………………………。」

「そうして答えられないのが答えじゃないの?

 今回もさ、あいつにせいでしょう?

 だから、あいつは当然のことをしただけなのよ。 でしょ?」

「………………………。」

「条件って言うけどさ、それは、あいつから近づかない!でしょ。

 しーちゃんからは近づいていいのよ。」

「………………………。」

「ねぇ、さっきから無言なんですけど……聞こえてる?」

「聞こえてるよ。」

「…………しーちゃん、何が引っ掛かってるの?」

「………………………分かんない。」

「職場で若い男の人居ないの? 独身の!」

「居るよ。」

「その人達はどうなの? 会うと胸がどきどきとかする?」

「しない。」

「即答なんだ………結局、あのイケメン御曹司だけじゃない。

 しーちゃんが好きになったのは……そして、今も好きだということよね。」

「イケメン御曹司のご友人の話は聞いたのよね。」

「うん。」

「何となく分かったの? あいつの気持ち……。」

「うん、なんとなく……。」

「じゃあ、決定じゃないの。

 元に戻りたい!でしょ。

 戻ろうよ。元に………それが、しーちゃんが選んだ未来よ。

 しーちゃんから伝えられないのなら、私から会えるように頼もうか?

 秘書さんの連絡先を教えて貰えたら、電話するよ。」

「…………ううん、自分でする。」

「頑張れ!」

「うん。」


忍の心の中は山崎光にとって分かりやすい。

光は電話を終えて「まぁ、あいつでも……いいよ。しーちゃんを幸せにしてくれさえすれば!」と独り言ちた。


◇◇◇◇

忍は何度も何度もスマホを見ている。

なかなか電話を架けられない。

スマホと睨めっこをしている時、着信があった。

相馬ではなく、戸川本家の執事・橋本旭からだった。


「若奥様!」

「お久し振りです。」

「若奥様、大奥様が倒れられました。」

「おばあ様が!………どうなさったの?」

「ご自宅で倒れられて緊急搬送されました。

 若奥様、大奥様が待っておられます。

 何卒、病院へ……。」

「行きます! どこの病院ですか?」

「当社の一番近い支社から車を向かわせております。

 その車にお乗り下さい。

 車に乗って居るのは、支社長の上田敦でございます。」

「分かりました。」


弥生も一緒に行くと言った。

二人で家を出て団地の前で待った。

待つ間がとても長く感じた。

⦅直ぐにでも行きたい! おばあ様………ご無事で………。⦆と忍は祈り続けた。

病院に着き車のドアが開くと、忍は飛び出た。

走って病院へ入った。

弥生も後に続いた。

相馬が病院の正面玄関を入った所で待っていた。


「若奥様!」

「相馬さん、おばあ様は?」

「洞不全症候群で急に倒れられました。

 一時的な心臓停止によって意識を失われたようでございます。」

「今は? おばあ様、意識が戻られたのですか?」

「はい、今は病室に居られます。

 社長もいらっっしゃいますが……宜しいでしょうか?」

「いいに決まっています。

 数馬さんはたった一人の孫です。」

「ありがとうございます。

 大奥様は、こちらでございます。

 弥生さん、ありがとうございます。」

「いいえ、大奥様には私もお世話になってばかりですので……。」


病室に入ると、そこには一郎、次郎の兄弟、一昌、可那子の夫婦、そして数馬が居た。

可那子が声を上げた。


「お義父様、どうして忍が居るのでございましょう。

 家族ではありませんわ。」

「家族なんだ。私と千代にとって……忍は孫娘と同じなのだよ。」

「そんな………お義父様!」

「可那子、黙って居なさい。

 忍を呼んだのはお母さんだから……。」

「あなた!」

「忍ちゃん、来てくれたの?」

「おばあ様!」

「傍に来て頂戴、可愛い顔を見せて…………。」

「おばあ様………。」

「何で泣いてるの? 泣かないで頂戴。」

「はい。」

「弥生さん、貴女も来てくれたの?」

「はい、大奥様。」

「嬉しいわ、ありがとう。」

「千代、疲れてしまうから……。」

「だって、やっと会えたのですもの。

 会いたくて仕方なかったのよ。忍ちゃんに………。」

「………私も会えて嬉しいです。会いたかったです。おばあ様………。」

「手が………握り締めてたの?」

「…………はい。」

「心配掛けてごめんなさいね。

 大丈夫よ、まだ死ねないの。

 おじいさんを置いて逝けないのよ。」

「当たり前だ!」

「大丈夫よ、ペースメーカーとかいうのを入れるの。」

「そうなんですね。」

「傍に居てね。直ぐに帰らないで頂戴。

 次に会うのは、何時になるか分からないんですもの。」

「はい、傍に居ます。」


忍は千代が休みまで手を離さなかった。

繋がれた手は優しい皺がある数馬の祖母の手。

いっぱい苦労して来た女性の手。

千代がどれだけ苦労したか忍は知らないが、一郎も次郎も中学卒業してから一郎は八百屋に、次郎は魚屋に就職した。

それから一郎は暖簾分けをして貰い、自分の店を持った。

次郎も呼び寄せて兄弟二人で青果店を営んだ。

千代は、その頃から夫である一郎を支えて来た。

出逢いは八百屋だった。

二人とも、八百屋で働いていた。

店主が二人を結婚させた。

恋愛結婚ではなかったが、二人はともに歩んだ。

店を営みながら一郎も次郎も定時制の高校を卒業した。

それを支えたのは千代だった。

スーパーに出来たのは、次郎が魚屋で働いていたからだった。

魚の目利き、そして魚を卸すことが出来るからだった。

千代の手は夫を支え、店を切り盛りした妻の手。

忍は千代の手が愛おしく思えた。


数馬は忍から目が離せなかった。

祖母を心配しながらも、忍から目が離せない。

千代が「少し休むわね。」と言った時、一郎が「じゃあ、皆でご飯を食べよう。」と忍と弥生を誘った。

忍と弥生は気が引けたが、一郎に誘われて断れなかった。

執事の旭が予約したレストランへ向かった。

忍と弥生は数馬と同じ車、一郎と次郎は別の車、一昌と可那子も別の車。

3台の車で向かった。


可那子は車の中で憤懣遣るかたなく、その憤りを一昌にぶつけている。

「何故、あの運転手の妻と娘をお義父様はあのように………。あなた! 私は同席したくありません。今から帰りましょう。」と何度も言う。

一昌はその都度「まぁまぁ、直ぐにアメリカへ帰るのだから……。」と宥める。

この繰り返しをしている間に車はレストランに到着した。


「好きな物を頼みなさい。」

「あら? フルコースではありませんの?」

「頼みたかったらフルコースにすればいい。」

「では、私はフルコースで。」

「私も妻と同じで………。」

「私は………食欲が無いから、食べられないな。」

「次郎、食べてくれ。千代の為に……。」

「じゃあ、サラダだけにする。」

「私もそれにする。」

「おじいちゃん! 食べないといけないよ。

 お義父さんも……食べて下さいね。」

「え………………。」

「数馬! 貴方、今、何て?」

「お義父さん、だけど……何でしょうか? 可那子さん。」

「貴方! 母のことを可那子さん?」

「可那子、次郎叔父さんの養子になったんだから、呼び方は間違っていないよ。」

「あなた!…………あなたは平気ですの?」

「数馬が選んだことだから、いいんじゃないか?」


可那子の身体は、わなわなと震えた。

そして、苛立ちの矛先は忍に向かった。


「どうして、貴女が居るんです?

 遠慮というものを御存知ないのかしら?」

「…………申し訳」

「可那子さん! 貴女の言葉は人を傷つける。

 止めて頂きたい! 

 出来ないのであれば、ここから出て行って頂きたい。」


一郎も次郎も可那子の口を封じようと声を出す前に数馬が動いたことを驚いた。

それも「お母さん」とは呼ばず、「可那子さん」と呼んだのだ。

忍と弥生も驚いた。

数馬が次郎の養子になったこと、母親を名前で呼んだこと………そして、誰よりも先に忍を庇ったこと。

尚も数馬は続けた。


「可那子さん、貴女は何をもって上流と思われているのですか?」

「数馬! 先ほどから私のことを『可那子さん』と呼んで………。

 私を馬鹿にしているのですか!」

「上流とはなんでしょうね。」

「数馬っ!」

「東証一部上場企業の社長は上流ですか?

 では中小企業の社長は?」

「数馬、貴方は何を言っているのですか?」

「可那子さん、御存知ですか?

 この日本を支えているのは中小企業なのです。

 経済産業省・中小企業庁の資料では、企業数の約99%前後が中小企業とされてい

 ます。

 支えているという事実を理解して下さい。

 その中小企業も大企業も株主は大切です。

 それと同様に社員も大切です。

 忍のお父さんは社員でした。戸川グループを支えてくれていた社員でした。

 そして、おじいちゃんの命と僕の命を……その命に代えて救ってくれた。

 なのに、可那子さんは忍に辛く当たる。

 僕は許せない!

 もうお帰り下さい。居て欲しくありません。」

「あ、あ……貴方は、母親を侮辱するのですか!」

「帰ろう、可那子。」

「あなた!……私がこんなことを言われて平気ですの?」

「帰ろう、数馬は大人になったということだ。」

「あなた?」

「帰るぞ。お父さん、叔父さん、帰ります。

 お母さんに早く元気になって欲しいと言っていたと伝えて下さい。」

「うん、分かった。」

「叔父さん、数馬のことお願い致します。」

「分かった、任せなさい。」

「あなた?」

「弥生さん、忍さん、申し訳なかった。

 この通りだ。」

「旦那様………そのような……どうか頭を上げて下さいませ。」

「会長……。」

「忍さん、いつかまた、お義父さんと呼んで貰える日が来ることを願っていま

 す。」

「あなた! な、なんてことを仰るの?」

「数馬の気持ちを私は今日、はっきり分かったよ。」

「………それは…………。」

「数馬! 想いが通じることを祈ってるよ。」

「………………そ………それは……有り得ません。」

「そうです。有り得ないことですわ。」

「可那子、出よう。」

「あなたが、そう仰るなら………。

 では、皆様、御機嫌よう。」

「一昌、元気で暮らせ。」

「はい、お父さん。

 お父さんもお元気で!」


戸川家にとって可那子は嵐のような存在だと次郎は思った。

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