失恋
忍の家に数馬と陽が乗る車が着いた。
陽が車から降りた。
だが、数馬は降りなかった。
陽はそのまま相馬と一緒に忍の家に行く。
チャイムを鳴らして、忍が出迎えた家に入った。
「忍さん、大変だったね。」
「…………加賀さん。」
「数馬と僕と二人で岩居静さんのお父さんに会った。」
「頭取さんですか?」
「うん、そうだよ。
岩居泰正氏と会って、直接、融資について聞いたよ。」
「はい。」
「融資に静さんは全く関わっていない。
だから、言いなりにならなくても会社は大丈夫だ。
万が一、融資を止められても数馬が居る。
数馬の会社から他の金融機関を紹介出来るし、一時的な支援も出来る。
だから大丈夫だ。」
「…………はい、ありがとうございます。」
「静さんのことだけど………。」
「はい。」
「数馬は見合いの話を断った。
だから、婚約などしていない。」
「……………婚約していない?
でも、お義母様が婚約者だと仰いました。
お義父様も………。」
「何度も断ってるんだ。
数馬のおじいさんも断った。
今日、数馬が断った。再度なんだ。
これから、数馬は両親に会いに行く。
その場で、このことの決着を付ける。」
「………決着?」
「そう、決着。
もう数馬の気持ちを無視した再婚など出来ないことを理解させる。」
「……………………………。」
「今回のことで数馬は君に申し訳ない思ってる。
君に迷惑を掛けたこと謝罪している。
もし可能なら、このことに関しては数馬を許してやってくれないか?
他の過去のことに関しては数馬を許さなくていいんだ。
だが、今回は数馬も被害者だ。
だから、今回についてだけ許してやって欲しい。」
「加賀さん、私………数馬さんを恨んでなど………。」
「そうですか………ありがとうございます。
今回のことだけは………許して頂いて、ありがとうございます。
それから、鹿児島へ行きませんよね。」
「はい、行きたくなかったので、行かなくて良くなって嬉しいです。」
「今後ですが、また岩居静さんや戸川可那子さんが接触して来ても会わないで下さ
い。
いいですね、会わないで下さい。」
「………はい。」
「そして、接触して着たら直ぐに! 直ぐにです。
僕か相馬さんに電話を下さい。」
「はい。」
「青木弥生さん、本当に申し訳ありませんでした。
戸川数馬に起因した出来事は当方に責任があります。
今後、岩居静さんが何もしないと言い切れません。
何かあった時には必ずご連絡下さい。
こちらで対処致します。」
「はい、宜しくお願い致します。」
「では、失礼致します。」
陽と相馬が車に戻ると、車の中で数馬はスマホを握り締めて大粒の涙を落としている。
「聞いたか?」
「…………うん。」
「忍さん、今回のことは許すって、さ。」
「…………うん。」
「しっかり親に話せよ。」
「分かってる。
陽、電話……スピーカーにしてくれて、ありがとう。」
「どういたしまして。 じゃあ、行くか。」
「うん、これで終わりにする。」
車が走り出した。
数馬の両親の家に向かっている。
車の中で数馬は決意を新たにした。
そして、大叔父の次郎に電話を架けた。
「どうした数馬。」
「叔父さん、僕を養子に迎えて下さい。」
「養子縁組か?」
「はい。」
「いいよ、好きにしなさい。」
「ありがとうございます。」
数馬と陽、そして相馬を乗せた車が両親の家に着いた。
「数馬………来たのか。」
「数馬! まぁ、どうしたのです?」
「ええ、来ました。」
「数馬………そちらの方は?」
「私は加賀陽でございます。
戸川グループの顧問弁護士をしております。」
「まぁ、そうなの……。」
「加賀君、久し振りだね。」
「お久し振りでございます。」
「お父さん、お母さん。
今日は岩居静さんのことで伺いました。」
「静さんのことで来てくれたのですね。
結納の日取りなど決またいと思っていました。
貴方と静さんを会わせようと思っていましたのよ。
来てくれて良かったわ。」
「結納? するわけがありません。
今日、改めて岩居泰正氏にお会いして再度お断り致しました。」
「数馬! 貴方って子は………。」
「勝手に婚約者とSNSで発信しておられますので、既に会社としても否定してお
ります。
それでも尚、静さんは忍に退去の話をしました。
引っ越して鹿児島へ行けと……それも、あろうことか忍の会社への融資をチラつ
かせて……!
脅すような人間を妻に迎えると御思いかっ!」
「数馬! 親に向かって、そのような口の利き方は許しません。」
「結構です! 望む所だ!
許されなくとも何ともない!
僕は絶縁する!」
「ぜ……絶縁など……親に向かって子どもが言う言葉ではありません。」
「貴方方の子どもでなければ良いのです。
忍に手出しするような親など要りません!」
「数馬、私は忍に手出しなどしていない。」
「お父さん、結果的に手出しをしたのですよ。
貴方があの岩居静を息子の嫁と勝手に認めたからに他ないのです。
勝手に見合いさせて、勝手に婚約者にして………。
僕は嫌だと言いましたよね。
覚えていないのですか?」
「数馬…………。」
「おじいちゃんも断りを入れてくれて、岩居泰正氏とはこの話は無かったことに既
になっているのにも関わらず!
勝手に忍とあの静を会わせて!
どれだけ忍を傷つけたら気が済むのですか!」
「数馬………。」
「数馬っ! 貴方は私が決めた縁談を勝手に断って!
私の立場はどうなるのです。世間の笑い者にしたいのですか!
あの土屋華蓮とかいう女が事件を起こして、世間の笑い者にして……。
次は縁談を断るなど、許しません!」
「土屋華蓮についてはお父さん、お母さんに申し訳なかったと思っています。
ですが、勝手に再婚を決めて欲しくない。
第一、僕の結婚は、お母さんに許しを得る必要がない!
そうですよね。お父さん………。」
「………………………。」
「憲法で認められていますよね。」
「そうだ。」
「僕は今まで両親の愛を感じたことがありません。
お父さんは常にお母さんだけを見ていて、お母さんは世間だけを見ている。
僕を見てくれなかった。
成人してからも、それは変わらなかった。」
「数馬…………。」
「数馬、いい加減にしなさい。」
「親は産んでくれただけだと分かっていました。
だから、僕は次郎叔父さんの養子になります。」
「数馬ッ! 貴方……なんてことを言うの?」
「…………………。」
「成人の普通養子縁組は、本人が決めて出来ます。
もう次郎叔父さんには頼んでいます。」
「数馬………私達と距離を取りたいと言うのかい?」
「はい、本目を言えば、もう要りません。」
「要らないって……言うのですか?
私は貴方の母親です。」
「ええ、産んで下さったことは感謝しております。
でも、それだけです。」
「数馬っ!」
「陽。」
「はい、私が普通養子縁組に関して進めさせて頂きます。
数馬は既に結婚した時分籍しており、そして今回普通養子縁組を行います。」
「もう僕に対する過干渉は止めて頂きたい。
僕は、もうお二人を親だとは思いません。
僕から連絡を取ることはありません。
…………忍に!………忍に何もしないで頂きたい。
もう忍に会わないで頂きたい。
何かなさったら、僕は全力で貴方方を排除します。
そこに親子の情など無いと御思い下さい。」
「………数馬、親子の情など無いと言うほど愛しているのか?」
「はい、僕には忍しか居ません。
彼女だけを愛しています。」
「数馬………親を捨てて、あんな娘を取るのですか?」
「ええ、母親が与えてくれなかった愛を与えてくれた女性です。
貴女よりも僕を愛してくれた。」
「……なんてことを言うのです!」
「可那子、止めなさい。」
「あなた……こんなこと許されませんわ。」
「数馬は成人した男性だ。
私が結婚した時、父は言った。
愛する人を娶ったのだから、誰よりも大切にしなさい、と……。
私は息子を大切に出来なかったのだな。」
「あなた?」
「妻だけだったのだな。
数馬がそう感じたのだな。」
「あなた?」
「数馬……岩居静さんから何か言って来たら、私が話しておくよ。
数馬にはただ一人の女性が居ると………。」
「あなたっ!」
「だから、諦めなさいと言っておく。」
「お父さん………お願いします。」
「養子縁組………父親としてはショックだが、止むを得ないのだね。」
「あ……あ……あなた………。」
「身体に気をつけなさい。」
「はい。」
「私は可那子を連れてアメリカに戻るよ。
今度こそは父にも叔父にも、そして息子にも恥じないように……。
立て直す。」
「はい。」
「可那子、結果も分かったんだろう。」
「え、結果?」
「検査結果だ。」
「ええ、分かりましたわ。」
「問題なかったんだね。」
「はい。」
「じゃあ、アメリカへ戻ろう。
チケットの手配をしよう。」
「え? まだ日本に居ると仰って……。」
「もう帰って立て直さないといけないんだよ。
可那子、付いて来てくれるよね。
私の妻なら…………。」
「………ええ、勿論ですわ。」
「数馬、元気で……加賀君も、相馬も……元気で。」
「はい、お父さん。」
「はい、会長。」
「はい。」
終わった。
これで、親との距離を取れた。
数馬は安堵しながら、少し寂しかった。
◇◇◇◇
その頃、岩居家では泰正が静に伝えていた。
海外へ行くことを……。
「お父様、何と仰ったの?」
「君をスイスへ留学に行かせたいと思っているんだ。」
「スイス? 留学?」
「行きたがって居ただろう、スイスへの音楽留学。」
「それは、そうですけれども………。」
「今日ね、戸川数馬君に会ったんだよ。」
「数馬さんに ♡ 」
「彼から聞いたよ。
融資を脅しに使ったと………鹿児島の家に引っ越せと……。」
「お父様…………どうして数馬さんがそのことを御存知なの?
あの忍って方? あの方なの?」
「静………君は婚約しても居ないのに婚約したとSNSで発信したそうだね。」
「ええ、しました。
だって、もう数馬さんのお母様から嫁だと認めて頂きましたもの。」
「数馬君は認めていないよ。」
「………そ、それは、これからです。」
「静はお断りだと……君とは結婚する気が全く無いと………。
何度も正式に断られていた。
それなのに………どうして、融資のことまで持ち出した?
融資を決めるのは行員ですらない静ではないよ。
おじい様に頼んだ鹿児島の家、私から断った。
全て話した。」
「お父様!」
「おじい様も驚いておられた。
婚約者だと言い切ったのだね。
婚約していないのに、断られたのに………。」
「……………間違っています。」
「え………………。」
「そんなのは間違っています。
あの忍とかいう方が数馬さんの妻になれて、あの方よりも全て勝っている私が妻
になれないなんて! 間違っています。」
「静………静! 間違っているのは静だよ。」
「愛されても居ないのに結婚出来ないんだよ。」
「お父様、何故なんです?
何故、私より劣るあの方が妻になれましたの?」
「劣るとは……どういうことなんだい?」
「あの方、数馬さんのおじい様の運転手の娘だと伺いました。
使用人の娘が妻になれて、何故、私は妻になれませんの?」
「静………君は……諦められないのだね。
諦める為にスイスへ行きなさい。」
「お父様!」
「これは決定なんだ。
もう決まったことなんだよ。」
「お父様!」
「離れられて様々な人との出逢いがあれば、その執着したような想いから解放され
るはずだ。
スイスでピアノの上達を……目指しなさい。」
「お父様!」
「これは、おじい様も同意されている。
おじい様に泣きついても無駄だよ。」
「お父様!」
静はスイスへ行くまでの日々、家から出られなかった。
祖父が一緒に時間を過ごした。
父が軟禁状態にしたのだ。
SNSのアカウントは削除された。
もう数馬とのことを静が発信することは無くなった。




