恋心
静の数馬への一方的な想いは叶うはずが無い。
それなのに、静は数馬の会社へ毎日、会いに来ている。
数馬は何度も「貴女のことは何とも想っていません。僕には心に決めて人が居ます。」を繰り返している。
正直な所、数馬は疲れて来ている。
うんざりなのだ。
最初は会社に来るだけだったのが、そのうち数馬が離婚後住んでいる戸川本家へも来るようになってしまった。
執事が丁寧に帰って貰っているが、そのうち一郎が直接言うと息巻いている。
◇◇◇◇
そして、ある日。
忍が勤務している会社に一本の電話が架かって来た。
銀行頭取の令嬢からの電話だった。
しかも、融資を受けている銀行だった。
周囲も忍自身も、どうして電話が架かって来たのか分からない。
「青木さん、うちが融資を受けている銀行頭取のご令嬢からの電話だ。
君、お知り合いなのか?」
「?………いいえ、存じ上げておりません。」
「何か分からないけれども、君を指名されている。
出てくれないか。
それから、先方に御不快な思いをさせないように気をつけてくれ。
頼む。」
「はい。」
「お電話代わりました。青木でございます。」
「青木忍さんでいらっしゃるのね。
私は先ほどお目に掛かった岩居静でございます。」
⦅岩居静様…………!…………数馬さんの婚約者…………。⦆
「先日はありがとうございました。」
「覚えて下さったのね。」
「はい。」
「急でございますけれども、今日、お会いしたいのです。
お会い出来ませんかしら?」
「今日でございますか………?」⦅無下にできないのよね。⦆
「ええ、今日でございます。」
「あの、何方に伺えば宜しいのでしょうか?」
「ホテル・カルディナルへ午後6時に来て頂けるかしら?」
「少し遅れると思います。
定時で業務を終えましても、6時には間に合わないことと存じます。
その場合は何卒ご了承下さいますよう、お願い申し上げます。」
「分かりました。
では、後程………。」
忍は理解出来なかった。
何故、一昌、可那子夫婦と静がこんなにも忍を牽制するのか。
それが分からなかった。
離婚した元妻が呼び出されることの意味はあると思えないのだ。
あんなに美しい人が忍に対して何か思うはずが無いのだ。
あのように姑になる可那子からも大切に想われている。
それなのに、何故なのか理解出来なかった。
母に遅くなるとだけ伝えた。
向かっているうちに⦅もう、こんなことに振り回されたくない。⦆と思った。
数馬の婚約者と会いたくも無かった。
あの美しい家柄の良い人と居ると惨めになりそうだった。
自分と違い過ぎて……数馬に相応しい人を見たくなかった。
涙が出そうになった。
何故か加賀陽に電話してしまった。
「どうしました?」
「加賀さん………私、数馬さんの婚約者の方と今から会います。」
「えっ? 数馬の婚約者?」
「はい、岩居静さんと仰る方で、前に会長ご夫妻から招かれた時にいらっしゃいま
した。」
「え………ちょっと待って。
あの数馬の両親に忍さん、会ったの?」
「はい。」
「何故?」
「分かりません。お呼びがありまして……。」
「呼び出されたのか?」
「はい。」
「それで、その時に岩居静が居たんだね。」
「はい。ご紹介されました。」
「紹介…って…………で、なんて言われたの?」
「数馬さんの婚約者の方だと伺いました。」
「うん、それで?」
「二度と数馬さんに会わないように……と………仰いました。」
「誰が?」
「お義母様です。」
「!………それで、岩居静と今から会うの?」
「はい、会社に電話が架かって来て、お断り出来なかったんです。
うちの会社が融資を受けている銀行の頭取さんのお嬢様だそうで……。」
「どこで何時に会う約束?」
「ホテル・カルディナルへ午後6時です。」
「僕が今から向かうから、ホテルの前で待ってて。
一人で会わないように!いいね。」
「はい………でも………。」
「一人では会わないで! 分かった?」
「はい。」
「待っててくれ。」
「はい。」
「忍さん、電話架けて来てくれて、ありがとう。
今から向かうから……。」
「はい。加賀さん、ありがとうございます。」
「………いいえ。」
忍は何故だか安堵した。
一人で会うのは怖かったのだ。
陽は数馬へ電話した。
数馬の電話に繋がらなかった。
メッセージを送ったと同時に相馬に電話した。
相馬は直ぐに数馬に伝えた。
数馬はホテル・カルディナルへ急いだ。
まだ仕事は残っていたが、全て止めて急いだ。
数馬は忍にこれ以上嫌な思いをさせたくなかった。
車の中で数馬は先に岩居静に会い、忍と静が会うことを止めさせたいと思っている。
運転手に「急げ!」と言った。




