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幸せの在り処  作者: yukko
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退院祝い

数馬は退院した。

退院してから、岩居静は数馬の自宅にも会社にも来るようになった。

何度、静の父親に【見合いを断ったので、静に数馬を訪問しないように!】と伝えても、暖簾に腕押しで彼女は来る。

迷惑千万である。

今日もやって来て、受付を無視し最上階まで上がって来た。

そして、社長室に入ろうとするので、秘書室長の相馬が今日も対応している。


「数馬さんに会いに来ただけですわ。」

「アポイントメントは取っておられないと存じます。

 社長にお会いになるには、どうかアポイントメントをお取り下さい。」

「必要ございません。

 私は首都銀行の頭取の娘で、先ほど数馬さんのご両親から婚約者と認めて頂きま

 したのよ。

 婚約者が会いに来ただけですわ。」

「社長は不在です。」

「あらっ? そうなのですか。

 どちらへ行かれたのでございましょう。」

「今日は商談で複数の会社を訪れる予定でございます。

 商談中でございますので、ご遠慮下さい。」

「まぁ、そうですか。

 ……妻になるのですもの、夫の仕事の邪魔をしてはなりませんね。

 分かりましたわ。

 数馬さんがお帰りになられましたら、数馬さんにご連絡下さいと静が申していた

 とお伝え下さいね。」

「承知致しました。」⦅伝えますけどね、社長は連絡取りませんよ!⦆


相馬は静をエレベーターの前まで送り、エレベーターのボタンを押した。

エレベーターが最上階に着き、静が乗り込むのを見届けて、頭を深く下げた。

そして、社長室に入ると、数馬に「お帰りになられました。」と報告した。


「そうか、済まないな。」

「いえ、これも秘書の仕事ですから………。

 それにしても、上がってくる時はご自分でエレベーター内のボタンを押しておら

 れるのに、帰る時は私に押させる………これって、上流階級の令嬢ならではのこ

 とではありませんよね。」

「相馬、この令和の時代に上流階級というもの自体が本来は無いのだよ。」

「まぁ、そうでございますね。

 憲法で平等を歌っておりますから………。

 でも、それは理想でございます。

 現実には、あのようなお方がいらっしゃいますから!」

「そうだな。迷惑かけて済まない。」

「本当でございますよ。

 あの土屋華蓮をコネで入社させたのは社長でございました。」

「済まない。」

「社長………土屋華蓮より、岩居静様より……忍様が一番素敵な女性でございま

 す。」

「…………分かっている。」

「逃した魚は大きゅうございましたね。」

「……………………相馬。」

「はい。」

「もう、私を虐めてくれるな。」

「虐めてなど……おりません。」

「私が一番、分かっている。」

「左様でございますか。」

「仕事をしろ。」

「はい。」


◇◇◇◇

その日は、数馬が退院してから1週間が経っていた。

数馬の友人達が退院祝いをしてくれるという。

場所はホテル内のレストラン。

仕事を終えて、数馬を乗せた車がホテルに到着した。

車を降りた数馬はホテルを見上げた。

⦅ここには、何度も来たな……あの頃は華蓮が中心に居た。僕は馬鹿な事をした。⦆と思うと溜息が自ずと漏れた。


レストランの広い個室に向かった。

ドアを開けると、そこには友人達が居た。

古谷新、寒川翔、加賀陽。


「数馬ぁ~~! 退院おめでとう!」


クラッカーが鳴らされた。


「おいっ! クラッカーは駄目だぞ。」

「許可は得ているよ。」

「そうか…………あ! ありがとう。」


大学の頃からの友人達と楽しい時間を持った。

翔はおずおずと数馬に近づいて「会いたくないだろうけど、会いたかったんだ。」と言った。

「僕も会いたかった。」と数馬が言うと、翔は笑みを零して涙が見えた。

色々、話をしているうちに、友人達が忍に会ったことも話題に上った。

数馬は羨ましくて仕方なかったが、⦅会う資格はない!⦆と自分を戒めた。

楽しい時間。

そんな時だった。

ドアが開いた。


「数馬さん、やっとお会い出来ましたわ。」


数馬は思わず立ち上がった。


「静さん、どうして、ここに?」

「古谷新さんという数馬さんの御学友でいらっしゃる方のSNSで知りました。」

「…………え?………僕?」

「あらっ? 貴方が古谷新さんでいらっしゃいますの?」

「はい、僕が古谷新です。」

「初めまして。私は数馬さんの婚約者の岩居静と申します。

 よろしくお願い致します。」

「婚約者ぁ―――っ!」

「婚約ぅ―――っ!」

「してない、してない。」

「なんだ、してないのか。」

「ホッとしたよ。」

「お待ち下さいまし。

 私は数馬さんのご両親に婚約者と認められております。」

「見合いはお断り致しました。

 何度もそのように申し上げております!」

「いいえ、婚約しております。

 だって………数馬さんのお母様が仰いました。

 前の数馬さんの奥様は家柄が悪く、育ちが良くなかったと。

 それで、再婚に当たり家柄を重視なさったのでございます。」

「両親が何と言おうとも、本人である私がお断りしたのです。

 さぁ、お帰り下さい。」

「――日本国憲法第三章第24条、婚姻は、両性の合意のみに基いて成立――と

 憲法でも定められています。

 婚約はその婚姻の前の状態ですよね。

 両性の合意自体がなされていませんよね。

 故に、婚約は成立しません。

 それに、今日は誰も貴女を紹介しておりません。」

「そうです。誰も招待しておりませんのでお帰り下さい。」

「まぁっ! 無礼な!」

「無礼は何方でしょうね!」

「翔、落ち着いて。」

「静お嬢様、ご迷惑でございますから………。」

「貴方は黙って居なさい。」

「……はい。」


その時、またドアが開いた。

新も翔も陽も……顔が明るくなった。

数馬は放心状態だ。


「忍さん!」

「来てくれたのですね。」

「忍さん、ありがとうございます。」

「いえ、お礼を述べたくて参りました。

 お礼が終わりましたら帰ります。」

「そんな! ゆっくりしていって下さい。」

「いえ……私は……お礼だけで………。」


数馬はゆっくり後退った。

会わせる顔など無いと……ゆっくり後退った。


3人の態度を見た静が怒りだした。


「どういう……ことでございましょう。

 私には帰れと仰って、そちらには歓迎なさるなど……

 あってはならないことでございます。

 数馬さんのお父様、お母様に申し上げます。

 ここでの皆様の態度をお伝え致しますわ。」

「どうぞ、父と母に訴えて下さい。

 ただ、私は両親と不仲でございます。

 両親がどのように申しましても、私の交友関係には口出しさせません。

 さぁ、岩居静さん、お帰り下さい。」


その時、後退っていた数馬が忍を守るかのように間に入って強く告げた。


「数馬さん………私は諦めません。

 ……………貴女、お名前は?」

「私ですか? 私は」

「名乗らなくていい!

 どうぞ、お帰りを! 岩居静さん!」

「数馬さん、覚えておいて下さいまし。

 私が貴方を諦めないことを………。

 伊織! 帰ります。」

「はい、静お嬢様。」


伊織と呼ばれた若い男性がドアを開けて岩居静は帰って行った。


「なんなんだ! あのご令嬢は………?」

「父と母が僕に見合いさせた。その相手………。」

「断ったんだろう?」

「断っても断っても……やって来るんだ。見合いの話は消えたんだけどな。」

「断ったのにか!…………ゲっ、怖っ!」

「…………忍さん! 怖かったですよね。

 でも、もう大丈夫ですからね。

 数馬がちゃんと追い払いましたし…………。」

⦅………あ………忍に知られた…………。⦆

「……………………………。」

「数馬、何、後退ってんだ?」

「…………あ…………済まない…………。」

「数馬…………俯いて…………どうした?」


立ち尽くしている忍と後退る数馬。

じれったくなった陽が忍の背に手を当てて少し押した。

「前に出て下さい。座って下さいよ。」と耳元で囁く。

それを目の端で捕らえた数馬は手を握り締めた。

⦅触れるな! そんなに近づくな! 囁くな!……陽、止めてくれ。⦆

そして、数馬は後退らなくなった。


「数馬、座ろうぜ。 

 忍さんも座って下さいよ。

 新、数馬を座らせよう。」

「うん。陽、忍さんをエスコートして。」

「分かった。」

⦅エスコート?………嫌だ……止めてくれ……見たくない!⦆

「さぁ、座れよ。数馬。

 なんだ? 具合悪いのか? 顔色が良くない……。」

「大丈夫か? 数馬。」

「数馬さん、大丈夫ですか?」

⦅忍が……僕に………。⦆

「…………………なんとも………ないから。」

「あの時、守ってくれて本当にありがとうございました。」

「いや………そんな………何もしてないから………。」

「御身体は?」

「もう………大丈夫だから…………。」


終始、数馬は俯いていた。

大きな体を小さくして………嬉しさと苦しさが交互にやってきているような感覚だった。

忍の顔を見たい想いが溢れるのに、それは許されないと制する気持ちの方が勝った。


「済まない……二度と会わないという条件を僕は破った。」

「それは、偶然なのですよね。」

「偶然であっても……嫌な想いをさせて申し訳ない。」

「…………その偶然のお陰で私は掠り傷一つ無く無事に出たの。

 数馬さんのお陰なの。

 数馬さん、ありがとう。」

「………………無事で……良かった。」

「……………あの……あの方と婚約したの?」

「してない! 勝手に婚約者って言って迷惑なんだ。」

「本当なの?」

「うん、本当。」

「やっと目が合った。」

「えっ!」

「話している時は目を合わせる方がいいよね。」

「……………うん。」


それからは、無言になった二人だった。

気が付くと二人きりになっていた。

それでも、二人は言葉を交わす余裕が無かった。

優しく時間は過ぎていった。


◇◇◇◇

その頃、岩居静が忍を特定するよう父親の銀行と関係がある興信所に依頼した。


「あの方………どちらの方かしら?

 どうして、あの方は……御呼ばれしたの?

 何故なの? 調べて対処するわ。 

 忍って呼ばれていたわ。………忍……どういう方かしら?」

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