岩居静
断ったはずの見合い。
それなのに、岩居静は何度も病院へやって来た。
それも、一日に何度も………である。
戸川本家の執事・橋本旭が丁寧に「お帰り頂いております。」と、数馬の病室へ入れないようにしているが、執拗に静はやって来る。
旭は「【名は体を表す】と申しますが、あのお方は残念なお方でございます。」と呟くように数馬に言った。
数馬は小さく吹き出した。
旭の大真面目な顔のまま人のことを評した。
それは、数馬が生まれて初めて聞いた旭が人を評した瞬間だった。
数馬が「それは冗談なのか? 面白い。」と言うと、また大真面目な顔で「真面目にお話し申しました。」と言う。
少しの笑みも漏らさずに……こんな能面のように表情一つ変えたことが無い旭だが、何故だか忍に対してだけは表情が和らいでいたことを数馬は思い出し、胸が痛くなった。
そして、何故だか数馬が離婚した今も旭は忍のことを【若奥様】と呼んでいる。
そして、今日の午後2時に忍の友人・山崎光が夫婦で訪れると旭から聞いた。
「忍の友人夫妻?」
「はい、若奥様のご友人ご夫妻でいらっしゃいます。
お見舞いをお受け致しました。」
「…………そうか、分かった。」
数馬は覚悟した。
断罪を受けることを………。
そして、それは当然なのだと思った。
2時になった。
山崎光と結弦がやって来た。
折り鶴を手にしていた。
「こんにちは。お久し振りです。
覚えていらっしゃいますか?
結婚式に招かれました。」
「覚えています。その節は、ありがとうございました。
今日もご足労頂き、ありがとうございます。」
「あの……敬語は使わず話しますから、そちらも敬語無しでお願いします。」
「はい、承知致しました。」
「先ずは、これを……折り鶴ですけど、どうぞ。」
「ありがとうございます。こんな心がこもったお見舞い。
嬉しいです。」
⦅折ったのは、しーちゃんですけど……内緒なので……。⦆
「えっと………しーちゃんのこと、どう思っているんですか?」
「あの……どう……とは………?」
「愛しているか、いないか、です。」
「………それは…………。」
「ハッキリ言いなさいよね。」
「おい、言葉。」
「いいの、いつもの言葉でないと何も言えなくなるから………。
立場が違い過ぎるから……敢えて!なの。」
「そのままで、結構です。
………言っていい立場ではないけど………。
僕は忍を愛しています。
気付くのが遅すぎて………こういう結果になった。
あの………忍は元気ですか?
怪我をしていないと相馬から聞きました。
火傷とか……してないって、本当ですか?」
「……………。」
「おいっ! 返事。」
「えっ?」
「しーちゃんが怪我してるかどうか、って。」
⦅しーちゃん! 彼はしーちゃんって……そんなに親しいのか……。⦆
「怪我、してません。
そのことで、しーちゃんを守って頂き本当にありがとうございました。」
「いいえ、当然のことをしたまでです。」
「怪我の具合はどうなんですか?」
「僕……ですか?」
「勿論!」
「僕は、そのうち退院出来ます。」
「もう大丈夫なんですね。」
「はい。」
「良かったです。」
「しーちゃんに話せるね。」
⦅また……しーちゃん、って呼んだ………僕の知らない忍の交友関係………。⦆
「うん。」
その時、旭の制止を無視して、旭を連れて来た屈強の男性が羽交い絞めにして、岩居静が病室に入って来た。
「数馬さぁ~~ん、やっと二人っきりに…… ! 貴女、誰っ!」
「貴女こそ、誰?」
「岩居さんでしたよね。」
「はい、静!とお呼び下さい。数馬さん。」
「岩居さん、お帰り下さい。」
「数馬さん、どういうことですの!
こんな女を入れて、婚約者の私を締め出すの?」
「婚約者ぁ~~~!
数馬ぁ~~~! あんた、婚約したのぉ!」
「おいっ、落ち着け! 婚約者を締め出したりしない。普通は……。」
激しい言葉の応酬が光と静香の間で行われていた時、看護師がやって来た。
数馬がナースコールをしたのだ。
「どうなさいました?」
「こちらのブランド物で飾っておられる女性にお帰り頂きたいのです。
友人でもなければ知人でもない!
ましてや婚約者などではありません。
無関係の方なので病室への立ち入りを制限して頂きたい。」
「数馬さん!」
「僕が何時、貴女と婚約しました?
嘘は止めて頂きたい!」
「でも!」
「母が勝手にした見合いの話。
既に祖父から正式にお断りしています。
聞いていないのですか?」
「数馬さん、私は」
「お帰りを!
それから、その男共っ! 戸川本家の執事を放せっ!
岩居家へこのことを伝える。 覚悟しろ!」
看護師がゆっくり説明する。
「ここは病院です。
他の患者さんに迷惑が掛かりますので、お引き取り願います。
早く、その方を放して下さい。
そのままなら、当病院から警察へ通報を致しますよ。」
静が連れて来た屈強の男性たちは旭を放して、「お嬢様、御帰宅を……。」と言った。
静はそれでも出ようとしなかったため、旭がその場で一郎に電話を架けた。
「大旦那様、岩居静様がお帰り下さいません。」
『岩居の娘に代われ。』
「はい。 岩居様、大旦那様でございます。」
『岩居の娘か?』
「はい、そうですけど。」
『今直ぐに帰りなさい。見合いは無かったことになった。
親から聞いてないのか?』
「聞いていました。」
『こんなこと、世間が知ったら、それこそ良縁は来なくなるぞ。
早く帰りなさい。
数馬には想い人が居る。その人以外とは再婚しない。
早く諦めた方がいい。
帰りなさい。居れば居るほど、惨めになるだけだ。』
「………………。」
スマホを旭に返した静は大きな声で泣き出した。
まるで幼子のようだった。
光と結弦はその泣いている姿を呆れた!と言わんばかりの顔で眺めている。
静は連れてきた男性達に抱き抱えられるように出て行った。
静が出て行って、スマホを数馬に旭は渡した。
「おじいさん、ありがとうございました。」
『岩居のことは、こちらで話がついていたはずなんだ。
もう一度、私から話しておく。』
「ありがとう………おじいちゃん。」
『数馬………おじいちゃん、と……幼い頃のようだ。』
「済みません。」
『いいんだ。私の前では……いいんだよ。数馬………。
今、そちらに忍の友達が来ているんだろう?』
「はい。お見えになっています。」
『忍が初任給で私と千代に贈り物をしてくれた。
ありがとうと言っていたと伝えてくれないか?』
「それは忍本人に言ってやって下さい。」
『もう電話してありがとうと伝えたが、友達にも忍の優しさを伝えたくてな。
言ってくれ。』
「はい、伝えます。」
『これからも、忍を宜しく頼むと伝えてくれ。』
「はい、分かりました。」
『えっ?』
「スピーカーに数馬さんがしてくれていますから、聞いてました。」
『そうか……忍は孫嫁だったが、私達夫婦にとって、最早、孫娘。
これからも仲良くしてやって下さい。頼みます。』
「はい。」
『では、これで失礼します。』
「はい、失礼します。」
『数馬、旭に代われ。』
「はい。」
スマホを受け取った旭がゆっくり数馬のベッドから離れた。
「数馬さん、疲れましたよね。
私達、今日で福岡に帰ります。」
「そうなんですか。」
「しーちゃんのこと、愛してるなら………。
もう一度、振り向かせたら、どうですか?」
「無理です。これ以上、傷つけたくありません。」
「弱虫なんですね。」
「そう……ですね。
過去の自分は酷過ぎて……彼女の前には、もう………。」
「あの………諦められるんですか?
俺は……こいつを諦めろと言われても無理なので………。」
「このままで忍の幸せになった姿を見届けます。
それしか僕には許されないので………。」
「ふぅ~~~ん、そうですか。
済みません。長居をしてしまって……帰りますね。」
「はい、今日はありがとうございました。
忍のこと……お願いします。」
「あのね、あんたになんか、お願いされなくても!
これからも、ず~~っと友達だから!」
「はい、そうですね。…………済みません。」
「あんたも、早く治して下さい。」
「はい。」
「じゃあ、もうここには来ませんから。」
「おい、そんな言い方あるか。」
「いいの、これで。」
「お気をつけて!」
「あ、ありがとうございます。
では、失礼します。
うちのが、済みませんでした。」
「いいえ、お元気で!」
「はい、戸川さんも!」
「おい、待てよ。」
仲良く帰って行く夫婦を見送った数馬は羨ましかった。
そして、そんな夫婦になれずに壊してしまったことを改めて悔やんだ。
先をどんどん歩く光に追いついた結弦は言った。
「どうして、あんなこと言ったんだ?」
「あんなこと?」
「もう来ませんって! お見舞いで、そんなこと言うのは………。
人として、どうなんだ?」
「聞いてなかったの?
ここにはもう来ません。って言ったの。」
「言ったんじゃないか。」
「ここに、何度もお見舞いに来たくなかったの。
来るってことは、また何かで入院した時でしょう。
もう誰かが怪我するのも嫌だし、病気も嫌だ。
それにね、福岡からだよ。 遠いもん。
誰も何事も無く平平凡凡に過ごせたら、それが一番だって!
おばあちゃんが言ってたし、ね。」
「そっか……そうだな。
でもな、言い方! もうずっと前に大人なんだからな。」
「うん、気をつける……ってか、相手があいつだからさ。
ずっと腹が立ってたから、仕方なくない?」
「もう、帰ろう。」
「ねぇ、私の話、聞いてるの?」
「聞いてる、聞いてる。」
数馬がこの会話を聞いていたら羨ましく思うだろう。
病室で過去を振り返っている数馬は「忍と会話をどれだけしたのだろう。」と考えていた。
非常に少なかったと思い出していた。
もっと話すべきだったのだと思った。




