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幸せの在り処  作者: yukko
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忍と数馬①

忍は思い切って戸川本家を訪問した。

事前に連絡していない。

社会人として有るまじき行為だと分かっているが、数馬のことが知りたくて来てしまった。

来てしまったが、インターフォンのボタンに指を伸ばしたが、押すことが出来ない。

勇気は無かった。

門の前で躊躇して、そして帰ろうとした。

帰ろうとして後ろ髪を引かれる思いで振り返った。

何度も訪れた戸川本家。

その時の忍は数馬の妻だった。

ふと妻だった頃の辛い記憶を思い出して涙が流れた。

最初の流産も、二度目の流産も……数馬は会社に居た。

その頃の会社が大変だということは知っていた。

だが、傍に居てくれない数馬に、忍はやはり愛されていなかったと思った。

卵巣嚢腫で緊急入院し手術を受けても連絡を取れなかった。

退院の時に迎えに来ると言っていたのに、数馬は迎えに来なかった。

一人で退院し帰宅すると、数馬は華蓮と自宅でホームパーティの真っ最中だった。

――あの時に離婚を決意した――それを思い出した。

拉致されて殺されそうになったあの事件より前から、破綻していた夫婦だった。

愛されるより愛するのが愛だとしたら、忍は確かに愛を貫いていた。

だが、それは数馬と二人であれば…………。

数馬と華蓮、そして忍……三人になった時、愛されるよりも愛しても無意味なのだと忍は思った。

いつから華蓮が居たのかさえ思い出せない。

気が付くと、数馬の隣に華蓮が居た。

そして、その二人を忍は見ていただけだった。

それを思い出した時、忍は戸川本家をもう振り返らなかった。


◇◇◇◇

数馬は気道粘膜の腫れが治まり、やっと口から挿入されていたチューブが外された。

やっと話せるようになった。

数馬の第一声は「忍は? 忍は? 怪我してないのか? 今、何処に居るんだ?」と忍の身体を案じる言葉ばかりだった。

その時、傍に居たのは可那子だった。


「数馬、あんな子のこと、忘れなさい。

 お母さんが貴方に寄り添ってくれる素晴らしい方を見つけましたよ。

 退院したら直ぐに会いなさい。

 お母さんがお見合いの場を設けてあげますからね。」

「お母さん……いつ帰って来たんだ?」

「数馬が大火傷をしたって聞いて急いで帰って来たんですよ。

 お父さんと一緒に………。」

「そう…………ありがとう。」

「親ですもの。当たり前です。 

 早く良くなりなさい。お見合いは決めてますからね。」

「お母さん、僕はお見合いなどしません。」

「何を言ってるの! 貴女は戸川家を継いだのよ。

 跡継ぎを産んでくれる妻が必要よ。」

「お母さんは恋愛結婚だったのに? 僕にお見合いさせるんですか?」

「それは………忍との結婚を受け入れたのだから……お見合いも、ね。

 受け入れると思いますよ。」

「忍だったから結婚したんです。」

「数馬………何言ってるの。」

「本当ですよ。僕が愛したのは忍だけだから………。」

「だって、貴方……あの土屋華蓮とかいう秘書を愛して……違うの?」

「ええ。違います。

 彼女は大学時代の友人の一人で、僕にとっては初めての友人達だったから大切に

 しただけなんです。

 ただ、それだけですよ。」

「まぁ、あんな犯罪者はどうでも宜しいわ。

 それよりもお見合いは絶対にしますよ。」

「お母さん! 僕はしないと言いましたよね。」

「数馬、お母さんの顔を潰す御積り?」

「……………顔を潰すとか……脅しですか?」

「数馬! 母に向かって良くそんなことを言いますね。」

「脅しに脅しと言って何が悪いんですか?

 相馬は? 相馬は居るか?」

「数馬! お母さんが話しています。」

「会社はまだ大変なのです。

 お父さんが広げ過ぎた事業で会社は潰れそうになった事、知ってますよね。

 今もスーパー部門以外は立て直している最中なんですよ。

 仕事の話をするんです。

 帰って頂けますか? アメリカへ………。」

「数馬、貴方は……親を何だと思っているのですか!」

「お母さんにとって僕という子どもはアクセサリーだと思っています。」

「数馬!」

「帰って下さい。仕事の邪魔です。」

「覚えていなさい。お母さんを怒らせたことを………。」

「出口は分かりますか?」

「分かります!」

「それなら、結構!」


可那子は息子の数馬を睨み付けて帰って行った。」

傍に居たのは戸川本家の執事・橋本旭だった。


「若旦那様、何か御用でございますか?」

「これから、父と母を入れないで欲しい。」

「承知致しました。先ほどは申し訳ございませんでした。」

「いいよ、急に来たんだろう?

 僕も面会したくないって言ってなかったから……。」

「若旦那様……このことを大旦那様にお伝えしても宜しゅうございますか?」

「勿論、おじいさんが父に来るように行ったんだろう、ね。」

「はい、左様でございます。」

「僕は会いたくないから……そう伝えておいて。」

「はい、承知致しました。」

「それから、相馬を呼んでくれ。」

「はい、承知致しました。」

「それから…………それから……忍は? 忍は大丈夫だったのか?」

「若奥様はご無事でございます。」

「そうか………良かった。」

「若奥様から若旦那様の御容態をお尋ねになるお電話を秘書室長が受けておりま

 す。

 若旦那様の御意向をそのまま秘書室長は若奥様にお伝え致しております。」

「そうか……ありがとう。」

「では、退がらせて頂き、秘書室長に連絡致します。」

「頼む。」


数馬はチューブを挿管される前に相馬に頼んでいた。喉の痛みに耐えながら……。


「お義母さん……弥生さんから万が一電話が架かって来たら、その時は僕の状態を

 話すな。」

「どうしてですか。」

「僕は忍を守って当然なんだ。

 でも、お義母さんが知ったら、たぶん、あの人ならお礼を言わないと……

 そう思うはずなんだ。

 忍のお母さんだから……常識的で優しいんだ。

 でも、たまたま同じクリニックに通っていて、たまたま同じ日同じ時間。

 受診日だっただけで……。

 あんなことが起きなかったら、僕は診察を受けずに帰ってた。

 もう会わないと、離婚公正証書に記載した条件だから守らないといけない。

 第一、お礼を言って貰えるような立場じゃない。

 僕が忍にしたことは罪深い。

 だから、大丈夫だとだけ答えてくれないか?

 頼む。」

「承知致しました。

 取締役と加賀陽さんにもお伝えしておきます。」

「頼む。」

「お話しは終わりにして下さい。 

 無理に話すとよくありません。

 挿管します。」


相馬は一郎と陽に数馬の意志を伝えた。

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