離婚成立
忍はPTSDの症状がありながら、前を向いて歩みたいと思うようになった。
この症状が緩和されたら、出来れば治ったら、看護師になりたいと思うようになった。
記憶を失う前は介護職を目指していたが、それは経済的なことが理由だった。
でも、今は経済的なことでは無く、社会に役に立つ仕事をしたいと思っている。
それは入院した経験に基づく。
そのことを母・弥生に話すと、とても喜んでくれた。
弥生から相馬を経由して、数馬に伝わった。
数馬は「主治医と相談してからで、看護学校の費用は全て支払う。」と言ってくれた。
相馬は忍に「主治医と相談って当たり前ですよね。社長、時々こうなんですよ。参ります。」と笑って話してくれた。
忍は数馬が大真面目で話して、相馬が笑いをこらえている様子が目に浮かぶようだった。
そして、忍は陽と離婚公正証書を公証役場での提出を経て、その日のうちに役所で離婚届を提出した。
役所で提出する時に数馬がやって来た。
忍は⦅随分長く会ってなかった……窶れた? 数馬さん……。⦆と数馬の姿を見て思った。
数馬は「ごめん、会いたくなかったよね。」と俯いていた。
その日は数馬と視線すら合わなかった。
数馬は視線すら合わせるべきではないと思っているように忍は感じた。
役所で離婚届が受理された時点で「離婚成立」。
陽が説明した。
「協議離婚で夫と妻が二人で離婚届を役所に提出したら、これで終わりです。
役所の担当者が本人確認しましたからね。
役所から書類など届きません。
それ以外のときは、協議離婚届の受理後、本人確認出来なかった夫または妻の住
民票所在地の住所に【離婚届受理確認通知書】が送付されます。」
「僕達の場合は本人が提出した時に本人確認出来てるから、何も来ないんだな。」
「そうです。
お二人は離婚が成立致しましたので、戸川忍さんではなく、青木忍さんに戻られ
ました。」
「青木忍………そうですね。私は青木忍。」
「陽……ありがとう。」
「いいえ、ちゃんと頂く物を頂いておりますので!」
「加賀さん、ありがとうございました。」
「忍さん、お元気で!」
「ありがとうございます。加賀さんもお元気で!」
「ありがとう。」
「忍………否、忍さん………今まで本当にありがとう。
辛い想いばかりさせてしまって幸せから遠かった結婚で………
本当に申し訳ありませんでした。
これからは………幸せになって!
祈っています。」
「………数馬さんも………お幸せに………。
帰りますね。
……………さようなら…………。」
「………………………。」
数馬は頭を上げなかった。
ずっと深々と頭を下げたままだった。
涙がアスファルトに落ちた。
陽が忍の姿が見えなくなってから、数馬の肩をポンと叩いた。
「忍さん、もう見えなくなったよ。」
「……………ありがとう。」
「いいえ! さぁ、帰ろう。」
「……うん。」
「今日は飲もうか!」
「いいのか?」
「今日だけだぞ!」
「うん、ありがとう。」
陽は数馬を抱き抱えるようにして車に乗せた。
相馬は運転手に数馬の自宅へ向かうよう目配せした。
車はゆっくり走り出した。
役所から遠く離れて数馬の姿が見えなくなってから、忍は振り返った。
⦅離婚………私から言い出して……家を出たわ。
記憶を失っている時の数馬さんの優しさを忘れられなくて……
離婚を躊躇した……けど、やっぱり許せなかった。
許せなかった………。⦆
自分に言い聞かせた。
⦅自立しないと!
働いて自分で生きていく力を持たないと……。
前を向いて歩むために!
………いつか……笑顔で数馬さんに会えるようになりたい。
そんな日が来たら、いいな………。⦆




