旅立ち①
忍はPTSDの症状が軽減されてから、看護学校に通いたいと願いつつも、症状ががある忍に看護の仕事を行えない。
行ってはいけないのだと忍は思った。
⦅いつ? いつになったら私は職を得られるの?
このままではお荷物………お母さんに頼ってばかりいられないのに……。
焦っても仕方ないのかな……………でも、このままは………。
…………私、役立たずよね………。⦆
忍は就職の為のプログラムを病院で受けるようになって1ヶ月が経った。
もう何でもいいから就職したかった。
それが今の忍の本音だった。
パニックになることが少なく、そして急に泣くことも少なくなった。
でも、不安は消えない。
仕事をしていて急にパニックになるかもしれない。
仕事をしていて急に涙を流し続けるかもしれない。
仕事をしていて急に怯えるかもしれない。
あの犯人たちの声を、もう思い出せないのに……見知らぬ男性の声を聞くと恐怖が襲って来る。
それは、いつ終わるのだろうか……。
だから、不安なのだ。
完璧に治ってから就職を考えた方が良いのかもしれない。
忍は犯罪被害者になって初めて生きていくことの困難を感じている。
数馬は何も出来ない自分を責め続けている。
就職を手伝いたい。
でも、それはコネで戸川グループに入るのが一番早い。
それを忍が受け入れてくれるかどうかが一番難しい。
一郎が数馬を呼んだ。
「忍はどうしている?」
「通院だけではなく、就労支援事業も受けています。」
「そうか……それで、就職は出来そうなのか?」
「今は……忍が望む看護師への道は厳しいのではないかと……。」
「そうか…………それはPTSDで?」
「ええ………パニックになる可能性がまだあるそうです。」
「…………可哀想に………何とかできんのか!」
「どこでも良ければ……どこかに紹介することも可能です。
ただ、忍が……それで良いと思えるか……分かりません。」
「会ってないんだから分からん。」
「………はい。」
「もう会わないのか?」
「はい。」
「そうか……私が会って聞こう。」
「お願いします。」
「忍は、私が大学在学中に結婚させた。
就職を一度もせずに……何もかも私が奪った。」
「おじいさん……それは僕ですから!」
「数馬………後継者は血縁を避けるべきだったと言ったそうだな。」
「済みません。」
「否、それが正しかったと思う。」
「僕には子どもが居ません。
何もしなくても血縁ではない後継者になります。」
「そうだな……数馬。」
「はい。」
「再婚は……全く考えられないのか?」
「離婚して間もないですよ。おじいさん。」
「再婚を考えられないのは、忍のことがあるからだな。」
「……………忍が幸せになったら……考えるかもしれません。」
「そうか………。」
一郎が弥生の家を訪れた。
忍の就職について聞くためだ。
「大旦那様、お身体は如何でございますか?」
「ありがとう。君は無理してないか?」
「いいえ、私は大丈夫でございます。
大奥様のお具合は如何でございますか?」
「あまり良いとは言えないな……まぁ、年だから何時お迎えが来ても……。」
「そんなこと仰らないで下さい。」
「済まない。もう言わないよ。」
「そうです。もうそんなこと仰らないで。おじいさん。」
「忍……君はどうしてるか気になってね。
おばあさんも具合が良かったら会いたかったのだけどね。」
「私も会いたかったです。
今度、会いに行ってもいいですか?」
「来てくれるのか! 本当に来てくれるのか!」
「ええ、伺います。」
「千代の奴、喜ぶぞ。
忍、ありがとう、本当にありがとう。」
「大旦那様、今日はゆっくりして頂けるんですか?」
「うん、そうさせて頂こうかな。
忍と話すのも久し振りだからな。
………ところで、忍。 体はどうなんだ?」
「もう大丈夫です。」
「そうか………それで……心の方は?」
「それは……ゆっくり……と思っています。」
「今も苦しいのか………済まない。数馬が君をもっと大事にしていれば……。」
「おじいさん、もう、そのことは………。」
「それで、就職をしたいと聞いたのだが……希望の職種はあるのかい?」
「前までは看護師を希望してたんです。
でも、私では、パニックになったり、涙が止まらなくなったり………。
不安定なので無理だと思うんです。
兎に角、今はお給料を頂けるようになりたいと思っています。」
「それは、どんな職種でも一応見学とかする気があるのかい?」
「はい。働きたいです。」
「そうか! それなら働く先を紹介出来るぞ。」
「コネ……ですか?」
「そうだな、世間ではそう呼ぶな。
でも、就職して仕事をしていれば、コネと呼ばれることは無くなるよ。
要は仕事に対する熱意なんだ。
熱意があれば仕事を覚え、人からコネだと言われなくなる。
忍なら出来る。 大丈夫だ。」
「そうでしょうか……。」
「先ずは社会見学のつもりで行ってみないか?
忍は大学在学中に結婚して就職せずに数馬を支えてくれた。
職場がどんなものか見たことが無いだろう。」
「はい。」
「だから、先ずは職場見学だよ。
職場を見て、少し仕事をやってみないか?
職場見学、もし出来れば少し体験……は、どうかな?
無理だと思うなら断ってくれ。
断れないと思わないでおくれ。
無理強いなどしたくないんだ。」
「……おじいさん、ありがとうございます。
少し考えさせて下さい。」
「うんうん、いっぱい考えてくれ。
無理に受けることは無いよ。」
「はい、分かりました。
おじいさん、ありがとうございます。」
「大旦那様、ありがとうございます。
夕食をご一緒に………。」
「否、千代が待っているからね。
もう帰るよ。」
「おじいさん、おばあさんに宜しくお伝えください。」
「うん、伝えるよ。」
「大旦那様……。」
「千代に伝えるよ。弥生さん。
では、帰ることにしよう。」
忍は2日間考えて、一郎の職場見学を受けようと思った。
相馬を通じて戸川本家に伺いたいと一郎に伝えると、とても喜んでくれた。
電話で伝えるのではなく、会って伝えたいと思った。




