寂しい色
忍が全ての記憶を取り戻したことは、加賀陽から数馬は聞いた。
加賀陽が離婚公正証書の作成の為の連絡を取った。
その時に「加賀さん、私……全て思い出しました。」と忍が話した。
陽は一瞬真っ白になった。
頭の中が真っ白で言葉も出なかった。
「………忍さん、それは本当なのですね。」
「はい。」
「そうか……思い出されたんですね。
良かった……良かったですね。」
「良かったかどうかは……分かりません。」
「でも、ご家族のことを思い出されただけでも喜ばれていらっしゃいますよ。
親って、そういうものなんだと、うちの母が言ってました。」
「そうですね。亡くなった父のこと、一人で私を育ててくれた母のこと。
忘れてましたものね。」
「離婚はこのままで、宜しいでしょうか?」
「それは!…………それは、揺れています。」
「え………………。」
「忘れられないんです。
離婚するために家を出たのに、記憶を失くして、思い出したら……。
記憶を失っている間のことも忘れてないんですよね。」
「あ………そうですよね。」
「優しかったんです。数馬さん………。
私が……あの家で数馬さんの妻だった頃の私が心から欲しかった言葉。
欲しかったこと………叶えてくれたんです。
だから……頭の中がぐちゃぐちゃで………。
情けないんですけど………。」
「情けないなんてことないです。
当たり前です。
忍さん、謝るのは加害者である僕の身勝手です。
でも、謝らせて下さい。
許さなくていいんです。
謝られたからいって許さないといけないのではありません。」
「加賀さん。」
「忍さん、貴女を金目当てだと勝手に思い込みました。
土屋華蓮を重要視して、貴女を危険に晒しました。
謝っても許されない。償えない。
でも………申し訳ございません。
本当に……申し訳ございません。」
陽は電話なのに頭を深々と下げていた。
陽は涙ぐんでいた。
大変なことをしたと改めて思った。
「加賀さん……加賀さん? 聞いてますか?」
「あ!………はい。」
「私、加賀さんに対しては、そんなに悪い人だとは思っていませんよ。
あの頃も、一人だけ何故だか変わりましたよね。
私の悪口は言わなくなった。
一番最初に私を知ってくれたのが、加賀さんだと思っています。
だから、許しますよ。」
「忍さん………貴女は優し過ぎる……。」
「………加賀さん、離婚………もう少し待って頂いても?」
「あ………はい、結構です。
ただ、公証役場に誰が行かれるか考えて置いて頂けませんか?
ご本人か、代理人か………。」
「………数馬さんは? 行くのですか?」
「数馬は私が代理人で行きます。」
「そうですか………。」
「どうしてですか?」
「聞きたいこととか、言いたいこととか……あるんです。
まだ頭の中でぐるぐる言葉が回っていて……文章にはなっていません。
でも、知りたいことがあるので……。」
「会いたいですか?」
「あ………条件に……数馬さんがもう二度と私の目の前に現れない!がありました
よね。」
「ええ、そうです。」
「何故?」
「それは、数馬に聞いて頂かないと……私では分かり兼ねます。」
「そうですね。」
「会いますか? 数馬の返事は分かりません。
聞いてみますか?」
「お願いします。
……喉に骨が引っ掛かっているみたいな気持ち悪さがあります。
だから……お願いします。」
「分かりました。数馬に伝えます。」
陽から忍のことを聞いた数馬は、ひと言。
「会えない………そういう条件で離婚する………。」
「忍さんが聞きたいことがあるって言ってても、か?」
「………怖いんだ……会うのが怖い。」
「どんな言葉でも受け止める勇気が無いのか。」
「……………勇気………欠片も……無い。」
「数馬………。」
「僕が華蓮を先に助けたことも、あの火の中でも助けに行かなかったこと
も………今更、僕の言葉は、ただの言い訳だ。
言い訳でしかない。」
「数馬……………。」
「忍には伝えてくれないか。
会う資格すらないと………。」
「数馬!………君は…………。」
「僕は……………。」
「数馬、休んでいるか?」
「……………………。」
「痩せて、食べてないのか?」
「大丈夫だ。」
「数馬………君って奴は……本当に…………。
相馬さんから聞いたけど、酒、ほどほどにしろよ。
身体、壊すぞ。」
「別に………いいんだ。
第一、今も会社は充分に回復してないからな。
父が退いて、祖父が立て直したが、Ⅴ字回復したのはスーパー部門だけだ。
父が多角経営して広げ過ぎた他の部門は、回復出来てないどころかスタート地点
にも達していない部門もある。
頑張らないと……従業員を解雇しいないために、僕が頑張らないと……。」
「数馬、病気で倒れたら会社を……従業員を守れないぞ。」
「うん、分かってる。」
「傍に……………。」
「うん? なんだ?」
「否、何でもない。
兎に角、無理すんなよ。」
「ありがとう。」
陽は数馬の本社を出た。
数馬の会社の社屋を見上げた。
⦅忍さんが傍に居てくれたら……
数馬はあんなに無理しないかもしれない。
大体、結婚当初の方が経営は大変だったはずだ。
だから、忍さんのこともなおざりになったのかな。
どちらにしても……数馬!
忍さんの想いに応えたらどうなんだよっ!⦆
社長室辺りに灯りが見える。
その灯りは寂しい色をしている。




