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幸せの在り処  作者: yukko
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揺れる気持ち

忍はスマホを落としてしまった。

母の弥生はスマホを拾い上げて、「どうしたの?」と声を掛けた。

忍の顔色は青白く、生気が無くなっている。

「忍っ!」と発すると同時に弥生は娘を抱き締めた。

⦅何が起こったの? スマホで何を見ていたの?⦆と思った弥生が、忍のスマホの画面を見た。

YouTubeの画面、その中に戸川数馬の姿があった。

それは記者会見の動画だった。

あの時、何度も繰り返しテレビのワイドショーでも取り上げられていた。

弥生はYouiTubeでも動画が流れていることを山崎光に教えて貰った。

「おばさん、ネットで炎上している。」と………。

その動画を忍が見たのだ。

母に抱かれながら泣いている忍を強く抱き締めていた。


「忍………思い出したの?」

「………うん………お母さん……。」

「全部? 全部、思い出したの?」

「……………うっ……ううう………。」

「全部、思い出したのね。」


忍は声を殺して泣き続けている。

どのくらい泣いたのか分からない。

何も言わずに抱きしめ続けて、母も泣いていることに忍は気が付いた。


「お母さん……お母さんのことも、お父さんのことも……

 忘れてしまって……本当にごめんなさい。」

「謝らないで………謝らないで………お母さんが、守ってあげられなくて……

 ごめんね………忍の記憶が戻っても戻らなくても………。

 お母さんは、忍が生きて帰って来てくれたこと……それだけで十分よ。

 忍…………生きて帰って来てくれて……ありがとう。」

「お母さん……………。」

「辛かったよね……痛かったよね……怖かったよね………。

 でも、犯人は皆、捕まったのよ。

 もう忍に危害を加える人は居ないの。

 皆、高い塀の向こうだから!」

「うん。」

「ゆっくりでいいのよ。

 思い出しても苦しくて堪らない時があるはずだものね。

 ゆっくり心と身体を癒して……また、歩んでくれたら……。」

「うん。」

「病院で先生に話しましょうね。

 精神療法?だったっけ?

 あれは、これからも続けた方がいいわ。」

「うん、分かった。」

「お茶、飲もうか?」

「うん。」


弥生は紅茶を淹れた。

レモンティーを忍の前に置いた。


「好きでしょう。レモンティー。」

「うん、ありがとう。」

「少し、落ち着いた?」

「どうかな? 分かんない。

 頭の中がぐちゃぐちゃなの。」

「そうだよね。」

「………数馬さん……あの場所に私が居ること、知らなかったって……。」

「そうね……本人からと加賀さん、相馬さんからそう聞いたわ。」

「そう………。」

「………お母さん………私、ぐちゃぐちゃなの。」

「………忍……ゆっくり……ね。

 急がないで………。

 あぁ! 母なのに、どう言えば忍が楽になるか分からない。

 ごめんね、忍。」

「お母さん……悪くないのに謝らないで………。」

「忍……一番苦しいのに……優しい言葉を掛けてくれて………。

 本当にありがとう。」

「お母さん、頭の中がぐちゃぐちゃなのね。」

「うん。」

「………数馬さん……に、されたこと忘れられないの。」

「当然よ。」

「でもね………でも………記憶を失っている時の………優しい数馬さんも………。

 私………忘れられないの………数馬さん………優しかったの………。」

「………そうよね、優しかったわ。本当に優しくて大切にしてくれたよね。」

「うん、だから、ぐちゃぐちゃなの。」

「そうよね。

 忍………今はぐちゃぐちゃのままでいいんじゃない?」

「え…………………。」

「時が解決してくれる場合もあるわ。

 辛い想いを一杯させた数馬さん、優しい数馬さん。

 時を経て、忍がどちらの数馬さんを求めるか、だと思うわ。

 許せないままかもしれないし、そうではないかもしれない。

 時が……もしかしたら忍の心の傷をゆっくり癒してくれるかもしれない。

 今は、そのままで、いいんじゃないの。

 まぁ、お母さんはお医者様じゃないけどね。」

「うん、お医者様じゃないね。

 ………ありがとう。お母さん。」


忍はその日なかなか寝付けなかった。

気が付くと朝を迎えていた。

それは、隣の部屋で眠る弥生も同じだった。



眠れぬ夜を忍は一人で過ごしている。

その忍の視界の中にフォトフレームが入って来た。

忍は結婚式の時の集合写真を、フォトフレームに入れてある集合写真を、忍は手にした。


「数馬さん、この写真、飾りたいんです。

 いいですか?」

「飾る………うん、いいよ。

 じゃあ、フォトフレームを買おうか。」

「フォトフレーム?」

「見たら分かるよ。今から買いに行こう。」

「ええ~~~っ、今からですか?」

「うん、今から………嫌?」

「ううん、嬉しい………。」


眺めていると、今なら分かるように思うことがある。

加賀陽、寒川翔、古谷新が入らなかった理由が、なんとなく分かるような気がする。


「私に酷いこと言ったからだ……。

 だから、入りにくかったんだ。」


母が拾ってくれたスマホ。

スマホを買いに行く時も、カバーを買いに行く時も、数馬が付いて来てくれた。

スマホの使い方を優しく丁寧に教えてくれた。


「忍はどうしたい?」

「忍が望むなら………。」


何度も数馬の口から忍が聞いた言葉だ。

そして…………父の記憶を断片的に取り戻した時の数馬を忍は忘れていない。


「忍、産まれて来てくれて、ありがとう。

 生きていてくれて……ありがとう。」


泣いている忍を抱き締めて、そう言った時の数馬の声を覚えている。


そして、結婚してから忍が最も欲した言葉………。


「僕は……………愛してるんだ……忍………愛して………。」


そう数馬が言った。

あの言葉は嘘だと思えない。

左手薬指には新しく数馬が買ってくれた結婚指輪が光っている。

結婚式で数馬が左手薬指に嵌めてくれた……あの指輪が光っている。

いつの間にか、忍はスマホもとフォトフレームを胸に抱き、左手の薬指の結婚指輪も抱き締めるように右手で覆っている。

涙が溢れる。

憎いのに、許していないのに、離婚をすると決めて家を出たのに……忍は、数馬とのことを決められていない。

忍は揺れている。

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