呼び覚まされた記憶
失神した忍は車で病院へ移動中に回復した。
気を失って数馬の腕の中に居た忍が、我に返ったのだ。
「忍……大丈夫か?」
「あ………数馬さん………。」
「今、病院へ向かっている。
このままで居た方がいい。」
「重くないですか?」
「軽いよ……もう少し重くていいくらいだ。」
「………………数馬さん……私………。」
「今は無理に話さなくていい。倒れた直後だからね。」
「はい。」
病院に着いて診察後に、主治医から「記憶で一番辛いことを思い出した可能性があります。これから精神法を行います。」と説明を受けた。
数馬は恐れる日が近づいたように感じている。
車の中で相馬から弥生と一郎、次郎に忍のことが伝えられた。
弥生も、一郎と次郎も急ぎ病院へやって来た。
診察を終えた忍が言った。
「私、思い出したんです。
胸を刺されたことを………その時の顔を………。
…………怖い……………痛い……………。
………海に落ちて………真っ暗……………。」
そう言っている忍は震え出し、そして恐怖で顔が青褪めている。
恐怖が忍を支配した。
その瞬間に、目の前が真っ暗になったという。
その日から数馬は忍に会うのがより一層怖くなった。
春から夏へ……夏から秋へ……そして冬へと季節が変わっていく。
その季節の移ろいを忍は数馬と共に感じ時間を共有した。
夏には実家近くの神社のお祭りに数馬は忍と一緒に行った。
初めて忍の浴衣姿を数馬は見た。
紅葉狩りにも二人で行った。
そして、冬………クリスマスを二人で迎えた。
忍からのプレゼントは手編みのセーターだった。
忍が編んでくれたセーターを数馬は嬉しくて、直ぐにその場で着た。
「一生大事にする。ありがとう。」と数馬は言った。
そして、そんなクリスマスを過ごしている時の事だった。
数馬が予約した店でクリスマス料理を二人で楽しんでいた。
数馬のスマホが震えた。
「忍、ちょっと、ごめん。電話が架かって来た。」と言い、電話に出た数馬は、席を立ち店の中の化粧室前に行った。
少し経ってから、忍は化粧直しをしようと化粧室に行った。
数馬が電話をしている。
「あぁ……分かった。」
「頼む、そうしてくれ。」
「何?………分かった、直ぐ行く。待ってろ。」
「いや、大丈夫だ。彼女は分かってくれる。」
「気にするな。僕に任せてくれ。」
数馬の言葉を聞いた瞬間、忍の中で眠っていたものが現れた。
『あ………奥様でいらっしゃいますよね、私は秘書の土屋華蓮です。
数馬に代わって頂けますぅ?』
「何かあったのか?」
『ちょっと困ったことが起きたのよ。』
「分かった、直ぐ行く。待ってろ。」
甘えた声で「数馬」と忍の夫を呼ぶ女性。
数馬の腕を取り、まるで恋人のように歩く女性。
「ごめんなさい、数馬。
私、忍さんを怒らせてしまったみたい。」
「いや、大丈夫だ。彼女は分かってくれる。」
妻よりも夫の傍近くに居る女性。
夫が妻より愛している女性。
「本当にいいのかしら? このままで………。」
「気にするな。僕に任せてくれ。」
忍の記憶が呼び覚まされたのだ。
愛している夫に全く愛されなかった妻が忍だった。
動けなくなった忍の頬を一筋の涙が伝わり落ちた。
「忍………どうした? 具合が悪いのか?」
「……………………思い出したわ、私。」
「え……………。」
「………思い出したの。」
「……………忍……………。」
「………もう、行って。
待ってるんでしょう。貴方の最愛の人が………。」
「忍…………僕の最愛の人」
「土屋華蓮、彼女が待ってるんでしょう。
早く行って!」
「違う! 違うんだ。忍、僕の話を聞いてくれ。」
「嫌よっ! もう私に関わらないでっ!」
「忍………頼む。僕の話を聞いてくれ。」
「離婚しましょう。今直ぐに!」
「忍……………。」
「さようなら。」
「……………忍…………待って!
せめて家まで送らせて欲しい。」
「要らない。」
「忍、相馬に送らせる。頼む、送らせてくれ。」
「近づかないで!」
数馬は動けなくなった。
忍の後姿をただ見ているだけだった。




