取り戻しつつある記憶
少しずつ忍は記憶を取り戻しつつある。
父親のこととは取り戻した。
弥生は嬉しかった。
父の話をするためにアルバムを見せて話をする。
今までも何度も見せて来た家族のアルバム。
そこには3人家族の幸せな笑顔で溢れている。
「これは、何処へ行った時の写真ですか?」
「これはね、お父さんが忍を初めて動物園に連れて行った時の写真よ。
ソフトクリームを美味しそうに食べてるでしょう。」
「ええ。」
「初めて食べたのよ。」
「そうなんですか! へぇ~~っ、初めて………。」
「5人で映っていますけど、誰が撮ってくれたんですか?」
「これを撮ってくれたのは、戸川さんのおじいさんよ。」
「じゃあ、この人は何方ですか?」
「この方は戸川さんのおばあさん。」
「じゃ……じゃあ……この子は……数馬さん……ですか?」
「ええ、そうよ。」
忍は頬を赤く染めながら数馬の幼い頃の写真に見入っている。
弥生は記憶が戻るのが忍にとって幸せ何かどうか不安になっている。
「可愛くって……カッコいいですね。」
「ええそうね。」
「なんか……私は釣り合わないですね。」
「えっ?」
「数馬さん、素敵すぎますから……。」
「数馬さんは戸川家の御曹司で、忍は戸川の大旦那様の専属運転手の娘よ。
立場が違い過ぎて……だから、着ている物もね。 その差よ。
忍は……見て、こんなに可愛いわ。
お父さんの……自慢の娘………なのよ。」
「………お父さんの自慢の娘……。」
「ええ、そうよ。」
「あ………これ。」
「なぁに?」
「見たことある………このスカート……お母さんが作ってくれた………。」
「忍っ! 思い出したの?」
「お母さん! このスカート、覚えてる。
覚えてる………お母さん………このスカート、私のお気に入りだった。」
「…………うっ……ううう………。」
「このスカートのポケットのハローキティ。
お母さんがアップリケで作って………。」
「……そうよ………そう………。」
「お母さん……覚えてる。」
「忍………思い出したのね。」
「うん、思い出した。全部じゃないけど……思い出したわ。」
それからは、ゆっくり記憶を取り戻していった。
数馬は忍から「お母さんのことを思い出しました。」と連絡を受けた。
数馬はカウントダウンが始まったと覚悟した。
忍が記憶を全て取り戻したら、やることは決めている。
加賀陽に連絡した。
やって欲しいことを伝えた。
やって欲しいこと――それは、離婚に向けての話を進めてもらうことだった。
離婚届は弥生に渡している。
陽には離婚届の記入を確認して貰い、提出を依頼した。
弁護士としての仕事である。
慰謝料と財産分与についても陽に行って貰う。
それも弁護士の仕事。
陽という親友が弁護士で良かったと数馬は思った。
そして、忍に会いたいのに、会うのが日に日に怖くなっていく。
忍の記憶が戻ることの恐怖………全て思い出したら、もう会う資格さえない。
そして、会う度に関係を深めたいと願う己の気持ち……それが恐ろしい。
会えば抱きしめたくなる。
抱き締めたら口づけしたくなる。
口付けしたら………もっと忍を欲しくなる。
それは、許されない。許されないことを理解しているのに……求めてしまう自分が居る。
結婚式で「忍へのキス」を額にした。
それは重大決意だった。
額にキスすら許されないと数馬は思っている。
そして、記憶を取り戻しつつある忍を良かったと喜ぶ気持ちの裏で、最後の別れに日まで、せめて忍にとって楽しい日々にしたいと思った。




