結婚式③
忍と数馬の結婚式当日になった。
忍は愛らしい純白のウェディングドレス。
選んだのは数馬だった。
一郎と千代が「購入っするように!」と言ったが、忍は固辞した。
「一度きりの花嫁衣裳です。買うのは勿体ないです。レンタルで充分です。」と言った。
それを聞いた加賀陽は「忍さんらしい。」と数馬に言い、数馬は忍のその言葉を聞いた瞬間、忍が数馬名義で作った通帳を思い出した。
忍が数馬の元から去ったあの日から、数馬は一人で自宅に居る時、忍が残して行った物を抱き締めている。
結婚指輪、通帳、そして手紙。
ずっと後悔して来た。
あの日、数馬は忍を助けずに土屋華蓮を先に助けてしまったことが、あの瞬間から自分を許していない。
一番許せないことをした。
忍を助けたのは、数馬ではなかった。
それも許せないことだった。
助けられた忍は、過去の記憶の全てを失っていた。
⦅僕は忘れ去られたんだ……もしかしたら、もう二度と……。⦆と忍が思い出してくれることを願う一方で、⦅僕のことを思い出したら、近づくことさえ許されないんだ。⦆と忍が過去の記憶を取り戻すのを恐れている。
忍が望んだ数馬との結婚式。
数馬は「これが僕の最初で最後の結婚式だ。」と呟いた。
場所は軽井沢にある小さな教会。
バージンロードを忍は母・弥生と歩く。
見守る人は少ないけれども、忍は幸せだった。
歩いた先に数馬が待って居る。
白いタキシードが凄く似合っている。
数馬が差し出した手に、忍はそっと手を預けた。
二人で牧師の前に立つ。
「新郎 戸川数馬 貴方は青木忍を妻とし
健やかなる時も 病める時も
喜びの時も 悲しみの時も
富める時も 貧しい時も
これを愛し 敬い 慰め合い 共に助け合い
その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います。」
「新婦 青木忍 貴女は戸川数馬を夫とし
健やかなる時も 病める時も
喜びの時も 悲しみの時も
富める時も 貧しい時も
これを愛し 敬い 慰め合い 共に助け合い
その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います。」
忍の頬を涙が伝う。
参列者も泣いている。
数馬の祖父母、一郎と弥生も、大叔父の次郎も、そして、忍の母・弥生も……。
友人として参列した山崎光は大粒の涙を流し、隣に居る夫の結弦がハンカチを取り出して優しく拭っている。
数馬の友人達も涙を堪えつつ笑顔を見せている。
あんなに忍のことを悪く言っていた古谷新も、酷い目に遭わせたあの土屋華蓮の言いなりだった寒川翔も、そして、ただ一人一番最初に忍のことを正しく理解した加賀陽も目には涙を湛えている。
指輪の交換の時間になった。
忍は⦅指輪? 交換? えっ?⦆と声にならない想いが頭の中で木霊した。
指輪が2つ。
⦅えっ? なんで……あるの?⦆と忍は一人だけ軽い混乱の中に居る。
数馬が呆然としている忍の左手を取り、その細い薬指に指輪を填めた。
左手薬指に数馬が填めてくれた結婚指輪が忍には煌めいて見えた。
牧師の「新婦、指輪を。」と言う小さな声で忍は我に返った。
数馬の結婚指輪を取る忍の指が震えた。
震える指で忍の前に差し出された数馬の左手薬指に指輪を填めた。
それから後は、忍にとって何が何だか分からないうちに過ぎた。
教会内で参列者全員と記念撮影をして、二人で一番最後に教会を出ると、ライスシャワーで迎えられた。
夢のような時間だった。
「陽、誰も来てないみたいだな。」
「報道協定をお願いしたからね。」
「そっか……被害者なのに報道されたら二次被害だよな。」
「うん、忍さんは記憶を失ってしまったからな。
より一層騒がれたくない。」
「そうだな。」
「僕は本当に人を見る目が無いって思い知らさせたよ。」
「それは、僕もだ。」
「今日のドレス、レンタルだって? 戸川家の結婚式なのに……。」
「忍さんが『一度きりなのに勿体ない。』って言ったそうだ。」
「はぁ………本当に僕は駄目だな。
忍さんを金目当てって……勝手に思い込んで……。」
「許されないな。僕らは………。」
「許しを乞うことさえ許されないんだ。」
「数馬………どうなるのかな……忍さんの記憶が戻ったら……。」
「離婚だろうな。」
「離婚……………あんなに愛してるのに……。」
「それは、ちゃんと向き合わなかった数馬の罪だから仕方ない。
それに………忍さんを助けずに華蓮を助けたんだ。」
「あれは」
「助けたんだよ。数馬が………。
誰の言葉を聞いても、信じても………妻を置いておくか?」
「それは…………。」
「やっちゃあ駄目だな。」
「そうだ。二人を助けることをすべきだったんだ。」
「じゃあ、陽! 君ならどうしたんだよ。」
「僕なら、僕が人質になって二人を解放して貰う。」
「あ…………………。」
「まぁ、数馬は拉致されたのが華蓮だけだと思って入ったし……。
華蓮にナイフかなんかを突きつけてたんだろう。
だから、華蓮を先に……だったんだろうな。」
「先に華蓮しか見えなかったのかもしれないしな。」
「でも、最悪だった。」
「そうだな……殺されかけたのは忍さん………。」
「殺させたんだよ。華蓮が………そういう約束での一人頭100万円だろう。
有り得ないほどの幸運で忍さんが助かっただけで……目的は殺害だから。」
「忍さんは生涯……数馬を許さないだろう。
だから、思い出したら離婚しか有り得ないんだ。
僕が忍さんの立場なら、離婚して生涯視界に入らないことを求めるよ。」
「生涯……視界に入ったら駄目……なのか………。」
「僕なら……そうする。記憶を失った張本人を傍に置くか?
置かないだろう。」
「数馬………大丈夫なんだろうか……。」
「数馬よりも心配なのは忍さんだ。
記憶を取り戻した時に命を絶つ可能性もあると僕は思う。」
「そんな……………。」
「記憶……取り戻すのが忍さんにとって幸せなのか?」
「………分からん。未来は分からん。」
3人だけが重苦しい空気を纏っていた。
その前を幸せそうな笑みで……幸せの涙を流して忍が歩いていく。
その先に止まっている数馬の車に、数馬と忍は乗った。
車は教会を後にして遠ざかっていった。
「二人に幸あれ」と参列者全員が祈った。




