結婚式②
忍の友人夫婦が福岡からやって来た。
忍の挙式2日前だった。
山崎光と結弦。
二人に会うのは二度目だった。
記憶が無い忍は「ありがとうございます。」と言った。
それを少し悲しそうな目をして光は「ううん、しーちゃんの為だもん。」と返した。
忍の口から「ヒカちゃん」というニックネームが出ることは無い。
それが悲しかった。
光が忍を誘って、幼い頃に二人で行った駄菓子屋に向かった。
駄菓子屋は昭和からある古い店だった。
今もお菓子を置いて居る。
子どもがお小遣いで買える金額のお菓子が並べられていて、忍も光もお小遣いを手に通ったそうだ。
全く記憶に無い忍だが、誘われて行くことにした。
行く間、何を話したらよいのか全く分からずに黙る時間が長かったが、光は全く気にせずに話し掛けてくれた。
「しーちゃん、今から行く店はね。良く行ったの。
学校から帰って二人ともランドセルを置いて直ぐに買いに行ったのよ。
お小遣いを、100円握り締めてね。
楽しかったぁ~。」
「……そうだったんですね。」
「私は、結婚が決まってから二人で行ったの。お店に……。」
「……………………。」⦅私は、どうだったんだろう?⦆
「おばちゃんが……ね。
『皆、大人になって恋人が出来たら、店に来てくれるのよ。』って。
おばちゃんに恋人を見せに行くみたいよ。
おばちゃん、とっても喜んでくれたわ。
今日もきっと喜んでくれると思う。」
「…………顧客を覚えてくれてるんですね。」
「うん! そうなのよ。
それも、大人になっても分かるらしい。」
「…………凄い方ですね。」
「そうなのよ。
だから、今日、会うのが楽しみなの。」
「……………そうですか。」
小さな古めかしい店に着いた。
「ここよ! ここ。」
「………………………。」
「おばちゃぁ~~ん。」
「あらっ、ま………結婚してからは初めてだね。」
「うん、来ちゃった。」
「ご主人さんは?」
「実家に置いて来たの。」
「一緒だったら良かったのに、会いたかったわ。」
「その分、ほら! 懐かしいでしょ?」
「まぁ………大人になって……しーちゃん。」
「しーちゃん………。」
「しーちゃん、でしょ?」
「あ! ごめん、おばちゃん。
しーちゃん、ね。記憶が無いの。」
「えっ? なんでなの?」
「色々あって、記憶を失ったの。
それで、幼い頃のことなんかから思い出して貰えたら、いいなぁ~って思って。
連れて来ちゃった。」
「そうなの………身体は? 大丈夫なの?」
「………はい、お陰様で………。」
「そう、身体が元気だったら、何とかなるわよ。」
店の奥から子どもの声がした。
「おばちゃん、これ、幾ら?」
「書いてあるよ。読んで御覧。」
「えっとぉ………100円。」
「これにするのかい?」
「どうしようかな? 100円しか無いし……もうちょっと見る。」
「そうしなさい。ゆっくり見てよく考えて買いなさいよ。」
「うん!」
忍は、駄菓子屋のおばちゃんと子どもの会話を見たような気がした。
「しーちゃん、中に入ろう!」
「はい。」
忍は店に所狭しと並んでいる菓子を次から次へと見ていた。
光は買うのを決めていたようだった。
早くも数点の菓子を買っている。
「たくさん買うんだね。」
「そりゃあ、主人の分と両親の分もありますからね。
それに、大人買い出来るもん。」
「大人だからね。」
「!」
「しーちゃん、どうしたの?」
「これ……何だか懐かしいような気がします。」
「あぁ! それは、しーちゃんが好きだったお菓子だよ。
良く買ってたよ。」
「そうなんですね。」
「やったぁ――っ! 一つ思い出せたよね。」
「そうなのでしょうか。」
「そうなの!」
⦅聞いてもいいのかな? どうしよう………。⦆
「どうしたんだい? 買わないのかい?」
「………買います。」
「そうこなくっちゃ、連れて来た甲斐が無いもんね。」
「あの…………教えて頂きたいんですが………。」
「うん? 何だい?」
「私も結婚する前に、その………夫になる人と一緒に伺いましたか?」
「しーちゃん、結婚してたの?」
「え…………………。」
「知らなかったよ。そうかい、そうかい。」
「では、私は来てないのですね。」
「まぁ、いいじゃん。
忙しかったんだよ。戸川さん………。
だって、社長に就任して直ぐの頃だったよね。
だから、忙しかったんだよ。
あんなに若くて就任したんだからさ。
大変だったんだよ。」⦅なんで、あんなクズを庇わなきゃいけないんだ!⦆
「そうだったんですか………。
恥ずかしいですよね、数馬さんのこと覚えてなくて……。
妻なのに………。」
「それは………仕方ない事じゃない。」⦅あやつが悪いんだよ!⦆
「そのうち、思い出すよ。
ゆっくり時間を掛けて、焦ったら駄目だよ。」
「はい、ありがとうございます。」
「また、二人とも買いに来ておくれ。待ってるからね。」
「はい。」
「実家に帰ったら来るから!」
駄菓子屋を出て、忍の実家に二人で向かって歩く。
会話はほとんど光が一方的に話している。
忍は聞いているだけだった。
ただ、一つだけは、一つの話題だけは違っていた。
「胸に傷があるんです。」
「あ…………うん、聞いたよ。」
「結婚式の後で、いつか………私は数馬さんと暮らしたいんです。」
⦅えっ? あの野郎とぉ!⦆
「けど、胸の傷を数馬さんに見られるのが怖いんです。」
「見られるのが怖い?」
「はい、嫌われるかもしれません。
私は数馬さんに不釣り合いですし、胸に傷まであります。
だから、傷だけは治したくて……。」
「それって……………。」⦅言ってしまいたい。あいつのせいだって……。⦆
「はい、数馬さんが治すって約束してくれたんです。
もう、嬉しくって……結婚式も数馬さんが全て準備してくれてるんです。
こんなに幸せで……私、怖いくらいです。」
「しーちゃん…………幸せなの、ね。」
「はい!」
「戸川さん………優しくしてくれてる?」
「ええ! 私なんかが、愛されてるって思えるんです。」
「えっ? 今……なんて言ったの?」
「数馬さんに愛されてるって………。」
「愛してるって言ったの?」
「はい、涙を流して……言ってくれたんです。」
「泣きながら? 愛してるって?」⦅どうなってるのよ! 戸川数馬っ!⦆
「傷を治す為に、今はテープを貼ってるんです。
でも、数馬さんと暮らす前に手術を受けたいんですね。
あぁ……結婚式が2日後だなんて……嬉しいんです、嬉しいんです。
でも、手術を受けられないままは嫌だなぁ~って思います。
贅沢ですよね。」
「結婚式の後でもいいんじゃないの?
それで、何時から一緒に住むの?」
「それが、まだ日にちが決まってません。」
「そうなの?」⦅そういう所だよっ! 戸川数馬っ! 不安にさせるな!⦆
「決めて欲しいって言ってもいいのでしょうか?」
⦅えっ! 私に相談してくれてるの! しーちゃん、嬉しい!⦆
「あの……相談したらいけませんでした?」
「ううん、嬉しくって、ちょっと時が止まった。
相談してくれて……ほんとに、ありがとう。
あぁ――っ、涙が出て来るよ。」
「あの………ごめんなさい。」
「しーちゃん、そんな……ごめんなさい、は言わないで!
……嬉しいんだから………。
でっ、相談内容の答えですが、言いましょう!
はっきり決めてと、言いましょう。
大切なことだからね。
決めて貰った方が安心するだろうし!」
「そうですね。何時から一緒に暮らせるのか分かったら不安は消えます。」
「うん!」
「数馬さんに聞きます。」
「うん! 頑張れぇ!」⦅って、これでいいのか? これしかないよね。⦆
光と一緒に実家に帰った忍は数馬に電話した。
数馬は直ぐに出てくれて、手術のことは了承してくれた。
一緒に住むことは「先生に聞いてからにしよう。」と答えが返って来た。
「どうしてですか?」
「まだ、幼い頃の記憶が戻ってないから……。
幼い頃の記憶から取り戻した方がいいのかな、って思うんだ。
だから、結婚式の後の受診日に聞こうか?
それで、僕と暮らしても良いって先生が仰ったら………
そう仰ったら……一緒に暮らすのは、どうかな?
お義母さんにも相談したいし………。」
「相談してから……ですね。」
「うん。」
「…………数馬さん。」
「うん?」
「数馬さんは………私と……一緒に暮らすのは……嫌ですか?」
「嫌じゃないっ! 今直ぐにでも一緒に暮らしたい!」
「本当ですか?」
「本当だ、忍こそ……お義母さんと離れる不安は無い?」
「数馬さんと一緒なら……。」
「……ありがとう………ありがとう………忍………。」
「数馬さんて、泣き虫さんですね。」
「……そうだな、泣き虫だ。」
笑い合って会話を終え電話を切った。
数馬は一緒に暮らしたいが、不安は大きかった。
あの家では忍にとって辛い記憶だけしか残っていないのではないか――そう思うと不安が増大されて前に進めなくなる。
あの家で暮らすことに対する不安は大き過ぎたのだ。




