墓参り
忍の家の前に来た。
数馬は緊張している。
あんなに会いたかった忍が、この団地の3階に居る。
古い公営住宅の3階が忍の実家だ。
エレベーターが無い。
階段を上がっていくと、忍の実家の玄関ドアが目の前に……数馬の緊張が募る。
緊張と同時に胸の鼓動も高まった。
口が渇く。
意を決してチャイムを鳴らした。
「は~い。」
⦅忍だ……忍の声……。⦆
ドアが開いて、零れる忍の笑みが目の前に………。
数馬の声が出なかった。
「数馬さんっ! いらっしゃい。」
⦅溢れる笑顔……忍のこんな笑顔……僕は随分見てない。⦆
「どうしたの? 入って!」
「うん、ありがとう。」
数馬は忍の母・弥生に挨拶してから、忍の父の仏壇の前に座り線香をあげ手を合わせた。
⦅…………祖父と僕の命を救って頂いたのに………誠二郎さんの大切な……
大切な忍さんを守れなくて申し訳ありませんでした。⦆
「長かったですね。
何を……あの……父に?」
「忍さんを守れなくて申し訳ありませんでした、と……。
お義父さんに謝ってた。」
「………守れなかった?」
「うん、そうだよ。守らないといけないのに守れなかったんだ。」
「戸川さんっ!」
「僕が守れなかったから、記憶を失ったんだよ。
ごめん………本当にごめん。」
「戸川さんっ!」
「あの………それは私が海で溺れてたからですよね。
隼人さんが言ってました。
溺れている人を助けるのは大変だって………。
でも、不思議だったんです。
どうして、胸に傷があるのか……溺れた時に受けた傷。
誰も教えてくれなかったんです。
教えて欲しかったけど……誰も教えてくれないんです。
あの………この傷をどこで受けたか分からないんですか?」
「忍! そうそう……戸川さんに何処へ連れて行って欲しかったの?
会えたら一緒に行きたいって言ってたじゃない。」
「僕と行きたい場所?」
「あ…………あの…………ね。
初めてのデート、何処へ行ったのかなぁ~って………。
一緒に行きたいなぁ~って………。」
「デート…………。」
「覚えてないの……………私と一緒ね、うん、一緒。」
「………ごめん……結婚が決まった頃に、僕は社長に就任した。
忙しくて……誰とも何処にも行ってないと思う。
会社も回復したといっても、父が広げ過ぎた部門を統合したり………。
社長といっても……副社長の大叔父に学ぶ毎日だった。
もう二度と社員を解雇したくなかったから………。
だから、ごめん。
覚えてないんだ。その頃のことは忙しかったことだけしか覚えてない。
初めてのデートの場所は覚えてないけど……一緒に行った場所に行く?」
「数馬さんが覚えている場所なら行きたいです。」
「じゃあ、今度行こう。」
「あ………はい。」
「忍、もしかしたら今から行きたいの?」
「…………うん………行きたい。」
「戸川さん、今から忍を連れて行ってあげて貰えますか?」
「今からでも行けますけど、お義母さん、宜しいんですか?」
「お願いします。」
「じゃあ、相馬を待たせていますので、今からお義母さんも一緒に。」
「え……………数馬さんと二人だけじゃないの?」
「二人だけは……………また、今度……いいかな?」
「分かりました。」
「忍は私が居たら嫌なの?」
「あ………済みません。」
相馬が待つ車に数馬と弥生と忍が乗った。
運転するのは相馬ではなく、専属の運転手。
相馬が助手席に、後部座席に弥生と忍、そして数馬が座った。
向かって到着した先は墓苑だった。
「ここは……………戸川さん!」
「何? 何なんですか?」
「行けば分かるよ。さぁ、降りて行こう。」
歩いていくと、青木家の墓石があった。
「戸川さん……ありがとうございます。」
「いいえ、本当にここなんですよ。
忍と結婚して二人だけで最初に一緒に来た場所は……。」
「そうなんだ! 数馬さんが私をお父さんのお墓に連れて来てくれたんですね。」
「うん。」
⦅そうだ、少なくとも、ここに来た時は誓ったんだ。
守りますと……それなのに…………。⦆
ゆっくりお参りした後、二人を実家に送り、数馬は家に帰った。
別れ際、忍が数馬に聞いた。
「次はいつ会えますか?」と……数馬は即答出来なかった。
やっと出た言葉が「また連絡する。」だけだった。
その一言が忍の心の中の奥深くの何かに触れた。
そのことは誰も分からなかった。




