転院
病院に着いた。
転院することを医師から忍は聞いているはずだ。
病室に入ると、そこには彼が居る。
忍を助けた彼が………。
数馬は嫉妬で可笑しくなりそうだった。
上田隼人は笑顔で迎えてくれる。
二人が並んでいると数馬の目には【お似合いの夫婦】に見えた。
黒く焼けた健康的な肌、強い腕……漁師の仕事をして得た身体だ。
ジムで作った身体より、魅力を忍は感じるだろう――そう数馬は思った。
「こんにちは―!」
「こんにちは。
いつも娘のことを気に掛けて頂き、本当にありがとうございます。」
「ありがとうございます。」
「いいえ、今日はちょっと……違うんですよね。」
「違う?」⦅何が違うんだ?⦆
「あのね、隼人さんね。」
「忍さん! 俺から言うから。」
「え、そうなの?」
「俺のことなのに、忍さんが言ったら、変だろう。」
「そうね。
ではぁ~~っ、発表します。
隼人さん、さ、どうぞ!」
「あの、ですね。俺、結婚します!」
「え……………。」
「まぁ………何方なんですか?」
「もうすぐ戻って来るんですよ。
今、売店に行ってます。
………あぁ~~~~っ、忍さんの旦那さんには会わせたくないなぁ~。」
「良かった………。」
「へっ? 何が良かったんですか?」
「あ! ご婚約が……良かった……と………。」
「へへへっ………ありがとうございます。
あっ! 旦那さん。」
「はい。」
「俺の婚約者に会わないでくれます?」
「え、どうしてですか?」
「イケメン過ぎるんですよっ!
居ないでしょう。こんなイケメン!
会わないでくれます?」
「じゃあ、僕は車に戻ってます。
後で、呼びに来てくれますか?」
「オッケーです!」
「じゃあ………忍、後で。」
「………はい……かずま……さん。」
数馬は上田隼人に婚約者が居ることを知って、小さくガッツポーズを取ってしまった。
それを見た相馬は「社長、何を成さっておられるんですか?」と声を掛けた。
見られたことを知って数馬は恥ずかしくて思わず「何でもない!」と大きな声で言ってしまった。
車の中でノートパソコンを起動し、仕事を始めた数馬。
⦅呼びに来てくれるのが忍であれば嬉しいな。⦆などと、思っていたら、看護師が呼びに来てくれた。
若い看護師は頬を染めて「戸川さん、部屋で待っておられます。」と言った。
相馬は「はぁ…………また、だ。」と呟いた。
⦅何度も見て来たんだよな。社長を見るあの女性の目、可哀想に一瞬で終わる恋。⦆というのは口から出なかった。
忍の病室に入ると、もう上田隼人は居なかった。
忍は嬉しそうに満面の笑顔で「数馬さん。」と呼ぶ。
「お母さん、数馬さんに見せてあげて下さい。」
「ええ、そうね。」
弥生がスマホの画面を向けると、そこには上田隼人と婚約者、そして忍と弥生が写っていた。
「お似合いでしょう! ねっ!」
「ええ、ええ、そうね。」
「いいなぁ~~っ、素敵だなぁ~~。」
「そうね、素敵だわ。」
「………恋するって……素敵ですね。」
「そうね、素敵だわね。」
「………か……かずま……さんと……私は……どんな……だったんですか?」
「僕と忍…………僕と……忍は………。」
「恋愛結婚じゃなかったのよ。」
「え…………………じゃあ、なんで結婚したんですか? 私達………。」
「お父さんが亡くなって、経済的に大変だったの。
経済的に大変だった私達を助けて下さったのが、数馬さんのおじい様だったの。
数馬さんのおじい様が、忍を大学卒業させて下さったの。
そのおじい様が忍を数馬さんの妻にと望まれたから……結婚したの。」
「………………愛が無かった?」
「そうね、でも、愛してたのよ。数馬さんのこと貴女は、ずっと片思いだった。
愛してたのよ。愛して……いたの。」
「数馬さん………迷惑だったんですね。私との結婚。」
「そんなことはない。僕にとって大切な妻だ。今も変わらない。
記憶を取り戻すのは、辛いことも思い出すことになる。
それでも、僕は思い出して欲しいんだ。
お義父さん、お義母さんのことを思い出して欲しい。
そして、僕のことも思い出して貰えたら嬉しい。
だから、島の病院ではなく、都内の病院で治療を受けて貰いたいんだ。
転院の話、聞いてくれた?」
「はい、聞きました。」
「思い出すこと自体が怖いかもしれないけど、この通り頼む。
転院して治療を受けてくれ。」
「島を出るんですね。」
「うん、そうだ。」
「忍! お願い、治療を受けて。」
「治療中は……お義母さんが傍に居てくれる。
だから、お義母さんに………何でも聞いて貰えばいい。」
「………かずま…さんは?
私の傍に居てくれないんですか?」
「忍?」
「か……ずま…さん、居て欲しいと………お願いしたら……居てくれます?」
「僕が……居てもいいのか?」
「私と夫婦、なんですよね。」
「うん。」
「居て下さい。傍に……。」
「お義母さん、いいですか?」
「忍が、そう言うんだったら……しゃ……戸川さん、お願いします。」
「はい!」
「じゃあ、忍。転院はいいのよね。」
「はい。」
忍の転院について、その日、数馬と弥生は島の病院と詳細まで決めた。
この日から弥生は数馬を苗字で呼ぶようになった。
弥生は頑なに「社長」と呼んでいたが、忍にとって「戸川さん」と呼ぶ方が良いように思ったからだ。
特に忍の前では……。
◇◇◇◇
そして、転院の日になった。
島でお世話になった方々へお礼をした。
特に助けてくれた上田隼人には、弥生も数馬も感謝の念が堪えない。
「上田さん、本当にありがとうございました。」
「上田さん、大変お世話になりました。
上田さんが居なかったら、忍は今、こうして……
忍が居ないのは、家族の誰もが堪えられないことです。
本当にありがとうございました。」
「隼人さん、ありがとう。」
「忍さん、早く記憶を取り戻せたら、皆、喜ぶよ。」
「うん!」
「向こうへ行っても、島の自然とか思い出して……苦しい治療の時に。
ここは、いいでしょ!」
「うん。」
「俺は頑張ってとか言わねぇよ。
だって、頑張ってただろ、ずっと…………。」
「うん、ありがと。
隼人さんも……頑張ってね。
結婚するんだからさ。」
「……おうよ。」
「じゃあ、いつか……また、来るね。」
「観光で来いよ!ってか、観光ってこの島にあるかぁ……だよな。」
「お元気で……お幸せに!」
「ありがとうございます。ってか、そっちも、新婚気分で!」
「もおっ、隼人さんったら………。」
「……では、お世話になりました。」
「ありがとうございました。」
いよいよ忍が都内の病院へ向かった。
都内の病院に到着した頃、忍の体力は尽きてしまったかのようだった。
直ぐに病室のベッドに向かった。
「うわぁ~~~っ、いいんですか?
こんなに綺麗な病室、初めて見ました。」
「忍が少しでも楽に出来る部屋がいいと思った。
別の部屋が良いと思っても、今は空いてないから………。
暫くの間、我慢してくれないか?」
「いいえ! こんなに綺麗で大きな部屋を私が……いいんですか?」
「いいに決まってる。 心配しなくていい。」
「ここでいいわよね、忍。」
「うん…………かずま…さん。」
「うん?」
「ありがとう。」
頬を染めて恥ずかし気に言う忍を見て、弥生は一瞬身動き出来なくなった。
⦅忍………まさか……数馬さんのこと……また、恋したの?⦆
忍の一通りの検査を終え、記憶を戻す為の治療が始まった。
忍の胸の傷は、数馬の行いの為に負った傷だ。
数馬は、その傷を忍が消したいと願ったら叶える。
そして、傷が消えても……数馬はその傷を一生忘れられないと思っているし、忘れてはならないと思っている。




