業務上横領罪
土屋華蓮の罪は忍の拉致監禁罪だけではなかった。
その命も奪おうとしたことで、罪状は増えた。
殺人教唆罪も加えられたのだ。
この逮捕劇は一人の実行犯の自首が大きかった。
そして、数馬は土屋華蓮を業務上横領罪で告訴した。
華蓮が行っていたこと――それは、二つある。
一つは、実行犯に渡したスマホだ。
華蓮は社長秘書室で使うスマホを会社で購入した。
通信費も会社の経費で落とした。
華蓮にとって、簡単なことだった。
何故なら、土屋華蓮こそ社長である数馬の最愛の人だと、社長秘書室長・相馬仁以外の秘書達は思い込んでいた。
秘書達だけではない経理部の社員達も同様に思い込んでいた。
いいや、本社勤務の社員達は、ほぼ全員そう思い込んでいた。
400万円用意出来たのも、スマホを簡単に用意出来たのも、「数馬の妻になる人=土屋華蓮」だと思い込んでいたからに他ならない。
そう、二つ目は現金400万円の横領だ。
これも華蓮は経理に伝えた。
「数馬が必要だと言って購入した品なの。用意して!」と………そして、簡単に400万円を得られた。
華蓮が経理に渡した領収書は、今まで数馬が個人的に購入した品々の領収書だった。
購入する際に数馬が華蓮に「購入しておいてくれ。今後、取引先の社長夫人に贈るから。」と言った。
その際に、数馬はポケットマネーで支払っていた。
数馬個人のブラックカードで………。
領収書は数馬に渡したが、それはカラーコピーした物だった。
そして、金額は偽装していた。
経理に請求した金額を数馬の口座に入金するのも、華蓮にとっては簡単だった。
「振り込み先は、いつもの口座ですね。」
「ええ、宜しく。」
「……承知しました。」
土屋華蓮は数馬の口座を開いていた。
それを数馬は知っていた。
以前、「数馬さんの口座、もう一つ作っておいて欲しいの。」と華蓮に頼まれた。
「お取引先の会社の社長や社長夫人への贈り物をした時に、購入してから経理に支
払って貰うでしょう。
プライベートでの口座とは別の口座にした方がいいと思うのよ。
通帳やキャッシュカードは秘書課で持っておけば、何か急にお金が居る時に引き
出せるし……ねぇ、いいでしょう。」
華蓮は数馬名義の通帳を管理していたのだ。
その口座に400万円が入金された。
そして、直ぐに華蓮の口座に振り込まれて引き出した。その後、その400万円は実行犯へ支払われた。
ネットバンキングで数馬の口座から華蓮の口座へと金銭が移されたのは、この400万円だけではなかった。総額は1,050万円だった。
分かった時、数馬は「よくよく考えると、結構、稚拙な方法だな。」と自嘲気味に言った。
陽は「そうだな。現金で引き出したんだからな。誰かに強奪される可能性もあったのに……。それに、スマホも……実行犯から返って来たようだな。急に開設した民間の私書箱で受け取った。」と言ったきり、もう言葉はなかった。
数馬は「僕の金が忍の拉致に使われたと思うと、土屋を一生恨む。でも、一番許せないのは僕自身だ。」と言った。
その後は二人共やる瀬無い気持ちで外を眺めていた。
外は雨が降る前だった。
空はどんよりした雨雲が広がっていた。
土屋華蓮がした罪は、まるで三文小説のような話だ。
だが、現実に起きてしまったことだった。
悲しいことに忍が社長夫人だと社員の誰も知らなかった。
忍を対外的な場に数馬は出さなかった。
結婚式も披露宴もしていない。
ただ、「結婚しました」と伝えただけだった。
相手の名前しか分からなかった。
社長夫婦の不仲を仄めかしていた社長の友人達の存在が、「数馬の妻になる人=土屋華蓮」と思い込ませてしまった一因でもある。
そして、華蓮は常にブラックカードをチラつかせていた。
聞かれると「あぁ、これね。これはね、数馬……あっ………ごめんなさい。社長から預かっているの。」と答えていた。
そのブラックカードは誰の物かを誰も確かめたことはない。
数馬達の態度が、常に数馬の傍に居て、数馬のエスコートを受けていた「土屋華蓮は次の社長夫人になる人」と思い込ませてしまったのだ。
数馬も数馬の友人達も幾ら反省しても遅かった。
忍は拉致されて記憶を失ってしまった。
胸に刺し傷も……残ったのだ。
「取り返しがつかないことをした。」と幾ら思っても、謝罪したくても……その謝罪を受けられるような状態ではない忍。
これまでのいきさつを忍が知ったら……記憶を取り戻した時に、忍が自ら命を絶たないと言い切れない。
それが、全ての記憶を失うということなのだ。
「数馬、告訴した。」
「ありがとう。」
「数馬、済まなかった。」
「いや、一番罪深いのは……僕だ。」
「数馬………話しておかねばならないことなんだけど………。」
「何だ?」
「翔、あいつ……華蓮を待つと思う。」
「そうか……仕方ないな。」
「ただ、もう二度と忍さんの前に姿を現さない。
そう約束すると言ってた。」
「そうか………。」
「翔を許してやらなくてもいい。」
「うん。」
「いつか、翔が忍さんに謝ることを、忍さんが許してくれる日が来たら……。
そんな日が来たら、いいな。」
「そうだな。」
「そうだな。」と言いながら、⦅自分は許しを得るチャンスが来るのだろうか?⦆と数馬は思った。
数馬の表情は翳りを帯びたままだった。




