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幸せの在り処  作者: yukko
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説明

数馬と祖父母・一郎と千代、そして忍の母・弥生は、医師から説明を受けた。

刺し傷が深部まで達しておらず、神経も血管の損傷していなかったこと、6時間以内に縫合出来たこと、形成外科医が縫合したことなど幸運が重なって、治るのが早いと説明を受けた。

抗生物質の投与をしていて、破傷風のワクチン接種を予定していると今後の治療についても聞いた。


「記憶ですが……戸川忍さんは解離性健忘、所謂(いわゆる)、記憶喪失です。

 忍さんの場合は、全般性健忘だと思われます。」

「全般性健忘とは何なのでしょうか?」

「個人的な自己同一性や過去の経験すべて、時に習得した技能や世界に関する情報

 を含みます。」

「全ての記憶を失くしてしまう、ということですか?」

「はい。そうです。

 過去の人生全てを忘れてしまったのです。

 これは、非常に稀に起こることです。

 例えば、戦闘を体験した退役軍人、性的暴行の被害者、極度のストレスや葛藤を

 経験している人で比較的多くみられます。

 忍さんは拉致されて、殺害されそうになり海に落ちたのです。

 極度のストレスが掛かった故に記憶を失ったと考えられます。」

「忍の……娘の記憶は戻りますか?」

「確実に何時とは分かりません。

 それに、記憶を思い出しても、困難が待っている可能性があります。」

「困難とは、何でしょうか。

 僕はどんなことをしても妻を元に戻したいのです。

 その為に、教えて下さい。」

「解離性健忘患者の中には、後にPTSDを発症する人もおり、特に健忘の引き金と

 なった心的外傷的出来事やストレスの強い出来事を認識した際にそうなることが

 多くあります。

 また疲労、脱力感、睡眠障害などの漠然とした症状がみられることもあります。

 うつ病や自殺行動などの自己破壊的行動(物質乱用や無謀な性行動など)がよく

 みられます。

 自殺行動のリスクは、健忘が突然回復してトラウマ的記憶に圧倒されることで高

 まる場合があります。

 まれに、極端な解離性健忘を起こした人が突然家を飛び出し、一定期間を戻って

 来ない場合もあります。

 その間は、自分が誰なのか(自己同一性)など、それまでの人生の一部または全

 部を思い出すことが出来ません。

 この状態は解離性とん走と呼ばれています。」

「どうすれば良いのですか……僕は、どうすれば……。

 どうすれば忍を……幸せに出来ますか?」

「治療はまず、例えばさらなるトラウマ体験を避けられるようにすることです。

 辛い出来事の記憶を取り戻さなければならない緊急の理由がなければ、このよう

 な支持的な治療だけで十分な場合もあります。」

「私は忍に、思い出させたくありません。」

「お義母さん……。」

「そうよね、忘れたままなら……それが幸せかもしれないわ。

 ねぇ、数馬、おばあちゃんは……そう思うわ。」

「おばあちゃん……。」

「そうだな、私達のことなど忘れていてくれた方が忍は幸せ……だろうな。」

「おじいちゃん………。」

「催眠法や薬剤を用いる面接で記憶を取り戻すことも出来ますが、この方法で再生

 された記憶は正確でないこともあります。

 それで、他者や情報源による確認も必要になります。

 そのため、催眠法または薬剤を用いる面接に先立ち、医師は患者に対しこれらの

 方法で再生された記憶が正確でない場合もあるということを告げ、その上で治療

 の同意を得ます。」

「忍自身が望まないと治療は出来ないということですね。」

「はい、そうです。

 催眠法と薬剤を用いる面接は、記憶の空白期間に関わる患者の不安を軽減すると

 ともに、苦痛に満ちた経験や葛藤を思い出さないようにするために、患者が心の

 中に築いた壁を突き崩したり、迂回したりするのに役立ちます。

 記憶の空白期間をできるだけ埋めることが、その人の自己同一性や自己認識に連

 続性を取り戻すのに役立ちます。」

「忍が望んでくれたら……私は、その治療をさせたいと思います。」

「お義母さん、僕が良い病院を選びます。」

「………それは……。」

「お願いします。僕にさせて下さい。

 忍への償いの一つとして、させて下さい。お願いします。」

「青木さん、この子の願いは、私の願いでもあります。……頼みます。」

「会長さん……。」

「それは、この病院からの転院先と思っても宜しいですか?」

「はい!」

「分かりました。決まりましたら、お伝えください。」

「はい!」


数馬は直ぐに相馬に転院の手配を頼んだ。


「相馬、済まない。

 仕事ではないが……忍がしっかり治療できる病院を探すのを手伝ってくれない

 か?」

「社長……いいえ、若旦那様。

 私は先代会長に秘書として育てて頂きました。

 それだけではありません。

 プライベートでも大変お世話になりました。

 その会長……大旦那様が若奥様のことを孫娘のように可愛がっていられます。

 大切な若奥様の為になら、仕事と同様……いえ、それ以上です。

 どうか、私にさせて下さい。」

「ありがとう……ありがとう、相馬。」

「では、今から探します。」

「頼む!」


数馬達は、忍の病室へ行った。

弥生は医師から聞いた話が頭の中で渦巻いていた。

忍の病屋に入る前に数馬に頼んだ。


「思い出したら、この子は壊れてしまうかもしれない。

 記憶を失うほどの恐怖だったから……

 もしかしたら忘れることで命を繋いでいるのかもしれない。

 それなら……私のことも、お父さんのことも……このまま……

 思い出さない方がいい……その方がいい……。」

「お義母さん。」

「戸川さん、先のことは忍が選んだとおりに………。

 お願いします。」

「弥生さん、勿論よ。そうでしょう? 数馬。」

「…………………………。」⦅ここに居させたくない。⦆


数馬は忍を離したくなかった。一瞬たりとも……だから、弥生に返事が出来なかった。


⦅この島に居たら、忍は誰かに恋をするだろう。

 この島で忍が幸せに暮らすのを見守るべきなのかもしれない。

 でも………出来ない……嫌だ……。

 今直ぐにでも連れて帰りたい。

 償いたい……そして叶うことなら……許されたい。⦆


数馬の表情は翳っていた。

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