自首
警察が2泊入院の土屋華蓮への事情徴収を進めていた。
その頃、事件翌々日の朝に一人の男が自首した。
「俺は吉田優弥です。
戸川グループ社長夫人の拉致の実行犯です。」
「戸川グループ社長夫人の拉致事件?
自首してきたのか?」
「はい。俺が実行犯の一人です。
全てお話します。」
「じゃあ、話して貰おうか。」
取調室で、吉田優弥はスマホを差し出した。
「この中に動画とメールが入っています。
奥さんを助けて下さい。」
「動画とメールだな。」
「はい。」
「最初から順序立てて話しなさい。」
「はい。俺の母親が癌でその手術代が無くて犯罪に手を染めました。
ネットで募集していました。
拉致の実行犯を……。
金に目が眩んで応募しました。
その書き込みは今は無いです。
応募したらメールが届きました。
それが、このメールです。」
「見るぞ。」
「はい。」
メールには拉致をする相手の名前と住所が記載されて写真も添付されている。
内容は日時と、拉致後の行動について詳しく記されていた。
①拉致にあたっては、目隠しと手錠、そしてガムテープで口を塞ぐこと。
②車で拉致してから港の倉庫に連れて行き、椅子にロープで括りつけること。
③動画を撮ること。
撮った動画は証拠としてメールに添付し、このメアド宛てに送信すること。
動画を確認してから入金する。
④社長夫人について、用意したボートで遠く離れてから海に投げ入れること。
⑤すべてが終わったら、メールと動画を破棄し、渡したスマホは壊すこと。
「動画も確認するぞ。」
「はい。」
動画は戸川社長が土屋華蓮を助けたが、妻の戸川忍は助けなかった様子が映っていた。
刑事は言葉を失った。
その次に、戸川忍に覆面の男たちの中の一人がナイフで胸を刺し、忍が後ろ向きで倒れるように海に落ちた所で終わっていた。
「撮影は君がしたのか?」
「はい。」
「刺された所から動画が酷くブレている。」
「ナイフが出て来て……そんなことまでするとは思わなくて……怖かったんです。
本当に殺そうとするとは思わなかった……思わなかったんだ。」
優弥は大きな声を上げて泣いた。
「直ぐに自首しなかったのは何故だ。」
「入金を確認して病院に支払いました。
それで、遅くなって……奥さん、見つかりましたか?」
「まだ、見つかっていない。」
「見つかっていない………そんな……済みません。」
「落ちた場所は?」
「場所は行けば分かります。」
「よし、今から行くぞ。」
「はい。」
倉庫があった港から離れた場所だった。
警察はまだ拉致犯が忍を拘束したまま逃走している可能性も視野に入れていたが、それは捜査から外した。
メールと動画の検証を行い、吉田優弥の口座に入金された金融機関から捜査をやり直している。
それと併せて、土屋華蓮への事情聴取も進めている。
「土屋華蓮だろうな。」
「そうですね。任意から強制に変えますか?」
「否、まだだ。今は物証がない。
被疑者の一人だ。
先ずは実行犯の確保。
そして、何よりも見つけなければな……戸川忍さんを!」
「はい。」
「家族に返してあげよう。
お母さんはどんなにか帰って欲しいと願っておられるだろう。
待っておられるだろう。」
「はい!」
優弥に届いたメールは一時的に作成したメールアドレスだった。
既にアカウントは削除されていた。
「まぁ、そうだろうな。」
「金の流れですね。」
「そこから行くしかない。」
「はい。」
何度も刑事達は動画を見た。
「こいつ、ヤバい奴ですね。」
「あぁ……一生閉じ込めておきたい奴だ。」
映像はブレて居て鮮明ではないが、忍の胸を刃で刺した男と周囲の男との会話がハッキリ分かる。
「おいっ! ナイフで何をする気だ!」
「刺したら、人はどうなるのかなぁ~って思ってたんだよね。」
「お前………。」
「こいつ、変だぜ!」
「奥さん、刺しますよ。」
「止めろ!」
「別にいいんじゃないか? どうせ海に落として殺すんだから、ね。」
「お前も……。」
忍の胸を小さなナイフで刺した男は、血と痛がる忍を見て笑っている。
「じゃあ、次は、こっちで刺そうかなぁ~。」
「止めろ!」
「人を殺して見たかったんだよね。痛めつけて……。」
「止めろっ!」
刺されて痛みに耐えている忍に、尚も別のナイフで刺そうとする男を1人の男が止めようとしている。
その瞬間だった。
忍が蹌踉いて海に落ちた。
それが動画の終わりだった。
ブレまくっている。
優弥は画面を見ていなかったのだろう。
床が映って居たり、空が映っていたりした。
それでも、ナイフが胸に刺さった瞬間と、忍が落ちた瞬間が映っていた。
忍が落ちた瞬間は、映像が斜めになっている。
「自首した吉田優弥、動画に収まっていると分かって持って来たんですよね。」
「だろうな……そして、もう死んでいると思ってたんだな。
それにしても……一人たった100万円。
4人だから400万円……この奥さんの命は、そんな金額だと!
人一人の命は、そんなに軽くない!」
「そうっすね。」
「死んだと思ってるから、入金を確認して病院へ入金したんだよな。
それから自首したんだ。」
「それにしても、実行犯への入金がめっちゃスムーズですね。」
「入金は前日の午後3時以降だったんだろうな。
そしたら、翌日に振り込まれるからな。」
「あ……そうっすね。」
「気付くの遅すぎるな。しっかりしろよ。」
「はい!」
自首した吉田優弥は取調べに誠実に嘘偽りなく供述した。
面会に来た女性が居た。
「ちーちゃん! なんで? 何で来たんだよ。」
「ゆーちゃん……おばさんの手術後のこと話に来たんだ。」
「母さんの……こと。」
「思ったより取れたんですって……癌。」
「そ!……そっか……良かった。」
「これからは抗がん剤に頑張って貰って……ね。
だから、おばさん、頑張ってるよ。」
「……うん。」
「ゆーちゃん、おばさん待ってるからね。
ゆーちゃんが出て来る日を……待ってるからね。
待ってるって、ゆーちゃんに伝えってって、おばさん。」
「うん……うん……。」
「待ってるね。」
「うん、ありがとう。母さんに親不孝してごめんって言って。」
「うん……ゆーちゃん、待ってるからね。」
「うん。」
「私、待ってるから!」
「えっ?」
「だから、帰って来てね。」
「ちーちゃん、俺のことなんか忘れて幸せになってくれよ。」
「待ってる。」
「ちーちゃん……駄目だ。」
「おばさんから聞いた話のようにハンカチで迎えるわ。」
「え……………?」
「ハンカチを私は持って大きく降るわ。
ゆーちゃんから見えるように!
出た時に、門の前で私がハンカチを振ってたら、逃げないでね。
おばさんと私、3人で生きていこうよ。
やり直すなら3人で、ね。」
「ちーちゃん。」
「時間だ。」
「ゆーちゃん、忘れないで。待ってるし、また来るから!」
「ちーちゃん………母さん………。」
吉田優弥は裁判でも争うことなく全て受け入れ、刑に服した。
刑務所から出た日、刑務所の門の前で「ゆーちゃん!」と呼ぶ声と………。
ハンカチを大きく振っている女性の姿があった。
その女性の隣には泣いている初老の女性の姿が見えた。
走って二人に近づいた優弥は、二人を抱き締めて泣いていた。
優弥は女性からハンカチを受け取り、しっかりと握り締めた。
そのハンカチは優弥が初任給で購入し、ちーちゃん(千草)に始めて贈った品だった。
二人にとって大切な大切な想い出のハンカチだった。
ハンカチ……松竹映画『幸福の黄色いハンカチ』、1977年、監督:山田洋次、主演:高倉健の「黄色いハンカチ」を小道具として利用しました。
あらすじ⇒真っ赤なファミリア(4代目のFRファミリア)で、失恋の傷を癒すため一人フェリーに乗り北海道を目指している花田欽也(武田鉄矢)と、欽也からナンパされた朱美(桃井かおり)、そして網走刑務所から刑期を終えた出所した元炭鉱夫の島勇作(高倉健)。
この3人で北海道の旅を続ける。
旅の終わりは、勇作の妻・光枝(倍賞千恵子)の家。
面会に来た光枝に離婚を決意した勇作が「幸せになってくれ。」と言った。光枝は泣きながら「勝手に決めたこと」を責めた。
そして、出所直後に光枝に出した葉書に「もし、まだ1人暮らしで俺を待っててくれるなら…鯉のぼりの竿に黄色いハンカチをぶら下げておいてくれ。それが目印だ」と書いた。
朱美が欽也に声をかけると「ほらー、あれ!」と叫ぶ。
視線の先には、なんと数十枚もの黄色いハンカチが風にたなびいていた。
勇作の背中を押し出す二人。
歩いて来る勇作を見ているうちに込み上げるものがあり、わっと顔を伏せる光枝。
この映画から出所と待っている女性と「ハンカチ」を使わせて頂きました。




