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幸せの在り処  作者: yukko
10/20

離婚へのステップ7

数馬は車の中で一言も話さない。

運転手は無言で運転している。

時折、バックミラーで後方確認の際に数馬の様子が窺えた。

数馬の顔に翳りが見えた。

そんな顔を運転手は初めて見た。


「社長、間もなく若奥様のご実家に到着致します。」

「………分かった。」


公営団地に似つかわしくない黒いセダンが入って来た。

御料車ごりょうしゃと同じトヨタ・センチュリーである。

見慣れぬ車両が入って来て、団地の住民は驚いた。

そのセダンから降りて来た高身長の男性を見て「うわぁ~~~っ、めっちゃイケメン!」と言う声が聞こえる。

ボディガードは車の傍に居る。


「ここで待っていろ。」

「はっ!」


数馬は周囲の喧騒など気にも留めずに、団地の三階にある忍の実家へ向かって階段を上がっている。

古い公営団地の三階にある忍の実家の前で立ち止まった。


⦅インターフォンも無い……そんな家があったのか……。⦆


数馬は人生で初めてチャイムを鳴らした。

中から忍の声がした。

「忍……。」数馬は妻の名を呼んだ。その声は小さかった。

胸が高鳴った。

その高鳴りは不安、戸惑い、そして声を聞けただけで感じたこの上ない喜びだった。

「やっと見つけた。」と呟いた。


「はい。」


返事をしてからドアスコープから忍は玄関に居る人を見た。


⦅嘘………数馬さん………どうして……ここに来たの?⦆


出ないことも考えたが「はい。」と返事をしてしまった。

やむを得ず忍はドアを開けた。

ドアの前に数馬が立っていた。

この場所に不釣り合いな高級スーツを身に着けた美男が立っている。


「どうして……来たの?」

「話すためだ。」

「もう話すことがないわ。」

「僕にはある。」

「………何の話?」

「ここでするつもりか?」

「………入って。」


入ったら、廊下と言えないスペースがあった。

その先に引き戸がある。

前に引き戸が一つ、左にも一つ見えた。

右にはドアが一つ。

玄関も狭い。

狭い玄関で向かい合っている距離が短い。

忍は胸がドキッとした。⦅まだ……消えてない。⦆と思った。そして、その動揺を隠した。

数馬は手の届く距離に居る忍を抱き寄せたい衝動に駆られた。


「何のお話でしょうか。」

「ここでするのか?」

「ええ。」

「入れてくれないのか?」

「ここで。」


前の引き戸から忍の母が出て来た。


「まぁ、戸川さん。」

「お義母さん、お久し振りです。」

「いらっしゃいませ。」

「お母さん!」

「忍、入って頂きなさい。」

「でも、話すことが無いわ。」

「ちゃんと話し合わないといけないのよ。

 話し合ってから終わりにしないとね。」

⦅終わり……? 僕と忍が?……嫌だ! それだけは嫌だ!⦆

「分かったわ。」

「さぁさ、戸川さん、狭い所で驚かれたでしょう。」

「あ………いいえ……。」

「どうぞ、お座りくださいね。」

「はい。」


古い畳、日に焼けているイ草。

数馬は、なんとなく懐かしい思いがした。

祖父母の屋敷を思い出した。

忍と結婚するきっかけになった祖父。

祖父の専属運転手をしていたのが忍の父だった。

あの日、祖父が暴漢に襲われた。

祖父を守って忍の父が命を奪われた。

祖父が「どうか、あの子を守ってやってくれ。頼む。」と数馬に病床で言った。

それで、数馬と忍が結婚した。

数馬は祖父の為に忍と結婚したのだ。

愛など一欠けらも無かった。

愛があったのは、忍だけだった。

忍だけが……愛していた。

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