二度目の敗北
「しかし、まさか普段大人しい柄長が、ここまで派手に街を破壊するなんてね……ま、次入った時はリセットされて全部直ってるから、別にいいんだけどさ」
筮麽は、眼下に広がる、柄長の猛攻によって完全に荒廃し、無惨な瓦礫が散る街並みをふと見下ろした。
「いやぁ、ちょっとムキになり過ぎたわ。しかし、やっぱりいくら仮想空間でも、こんなコトをするのは気が進まないな。罪悪感芽生えるし、もう二度とやらん」
柄長は、筮麽と共に自らが作り出した荒廃した街を眺め、少しだけ罪悪感に苛まれて眉を顰めた。
普段の生活において彼女は、直接触れずに離れた場所から電子機器を作動させたり、アパートの電気代の節約や、ホロフォンの急速充電程度にしか能力を使わない。
そんな極めて平和的思想な柄長にとって、能力を全解放した周囲への破壊行為や、例え無敵の筮麽とはいえ、人に向けて明確な害意を伴った攻撃をするのは、やはり精神衛生上、気分の良いものではない。
極めて強力で応用性の高い異能を保有していても、その根底にある魂は、平和と日常を愛する一介の小市民そのものだ。
「じゃ、続きやろうか」
筮麽が視線を柄長に戻した。
しかし、その時柄長は、ふと空中に浮かぶ筮麽の姿を見て、にやり、と悪戯っぽく口角を上げた。
「……ん? てかさ、筮麽」
「なに? 急に悪い顔して」
「あんた、私と話してる今、普通に空飛んでるだろ。それって、触手以外の別の能力使ってるじゃん」
「あ」
筮麽が、今更になって己の致命的なミスに気付いたのか、あんぐりと間抜けに口を開けた。
左手指から生やした紫色の触手を引っ込める。
「ははは、ルール違反。私の勝ちだなっ」
「しまった……柄長がずっと空飛んでたから、無意識の内につい……」
「てか、さっき私の光線防いだ時、触手が少し欠けたって自分で言ってたよな? ……あの出力の攻撃で、少し欠ける程度の耐久力には心底ドン引きするけど。でも、それってかすり傷判定で、結局筮麽の負けだよね?」
「ぐっ……痛いところを」
「つまり、条件の二つを同時に満たしてダブルで勝利。略してダブ勝」
敗者に現実を突きつけ見せびらかすように、柄長は両手で高々とピースサインを作った。
余計な事言わなきゃよかった、と筮麽がむず痒い顔で悔しがる。
「わ、わかったよ。私の負けってことで……」
お互い浮遊を解除し、荒れた地上へと着地すると、筮麽が渋々といった様子で自らの敗北を認めた。
「筮麽」
「何さ」
「夏のFPS対決じゃあ負けたけど、今度は私の勝ちだったね。これで一対一だ」
「まぁそうだね。あ、ならこの勝負は三番勝負にしない? 今回のはナシにして、また別の時に勝負して先に三勝した方がご飯を奢るというのは──」
「アホゼニマ。あんた、あの時は私に回転寿司奢らせただろ。百皿近く食いやがって。それに、能力有りで先に二勝したら勝ちって私の提案蹴りやがっただろ」
「さ、さぁなんの事かな」
筮麽が目を泳がせるが、
「という訳でその提案、却下。今の筮麽はただの哀れな敗北者なんだから、勝者の私に命令権も提案権も一切ありません」
「わ、分かったよ。あの時の私と同じこと言わないで」
「やっぱり覚えてるじゃねぇか」
柄長が、鋭いツッコミを入れた。
「ははは……は……」
筮麽が、諦めたように乾いた笑い声を漏らす。
柄長は満足気な顔をし、
「くくく、よろしい。じゃあ、この後現実に戻ったら、約束通り美味しいご飯奢ってもらうからね。……で、これ、どうやって現実の世界に戻るんだっけ」
「ここで静かに目を閉じて、意識を集中させれば、現実の肉体の自分を感じ取れるはず。そうしたら君は、向こうの体で目を開ければいいよ。それで戻れる」
「なるほど。あ、ほんとだ。なんか引っ張られる感覚がある。じゃ、お先に失礼」
目を閉じた柄長の姿が、ノイズが走ったかと思うと、パッと空間から完全に消滅した。
「……柄長って、あんなに強かったんだな」
一人残された灰色の世界で、ぽつりと独りごちた。
筮麽とて、いくら仮想空間で怪我がないとはいえ、友人の柄長に痛い思いをさせ傷を負わせる気など毛頭なく、限りなく手加減をしつつも適当にあしらい、ぱっと楽に勝利し、またいつものように友人の金で奢り飯をたかるつもりだった。だが、まさかの完全敗北。それも、自身のミスとはいえダブルで負けるとは夢にも思わなかった。
それに、あの破壊力。
今までは精々、異能の出力が高く、あらゆるテクノロジーの操作が出来るという、生活において凄く便利な能力、程度にしか軽く考えていなかったが、まさか純粋な電気エネルギーの火力がここまで強大だとは。
柄長の能力は生活において非常に便利なので、筮麽自身も普段使いはしていた。だが、電気系の能力など、これまでに集めたコレクションの中に腐るほど持っているし、圧倒的な神の如き強さを持つ筮麽にとって、他人の単純な異能出力など、どれも等しくしょぼいとしか思えなかった。それ故に、今まではもうひとつの属性のテクノロジー操作の方にしか興味がなかった為、柄長自身のポテンシャルの異常な高さには素直に驚かされる。
確かに、最近になって柄長は、能力の応用で色々な高度な事象が出来るようになっている。
自分と違い、たったひとつしか能力を使えないはずなのに。
(もしかして、柄長ってとんでもない才能の原石だったり……?)
筮麽は自らを自称・天才と呼ぶ揺るぎない自負があるが、柄長もまた、自分ほどではないにせよ、類い稀なる能力者としての才能が眠っているのではないだろうか。
視認した能力を行使する能力、という本来の異能だけで言えば筮麽は単一属性だが、柄長は二重属性。とは言え、彼女の力は電気とテクノロジー操作なだけで、あらゆる異能を使える自分には到底及ばないだろう。
だから私が張り合うには及ばないかな。
そんな真面目なことを考えていたら、ぐぅ、と腹の虫が間抜けな音を鳴らした。まただ。幾千万もの多種多様な能力を脳内に保有していると、それだけでそれを維持する燃費が著しく悪く、直ぐに猛烈に腹が減る。
能力をカテゴリー別に細かく分け、似たようなものを統合し、その総数を減らすという対策はしているものの、道行く人々の能力を無差別に適当にコピーしまくったり、休日にも暇を持て余して千里眼の能力を使い、遠距離から安全に能力の乱獲を行ってコレクションを増やしている。そのせいで保有能力の総数は日に日に爆発的に増えていく一方だし、まとめる作業も途轍もなく面倒で、たまにしかやっていないという怠惰な弊害がモロに出た形だ。
(ま、そんな難しいことはどうでもいいか。それより早く戻ろ。柄長に遅いってまた怒られる)
思考を放棄し、静かに目を閉じる。
仮想空間から、最強の能力者の姿が陽炎のように消える。
その意識が現実へと跳躍する際、ひとつだけ切実な願いを祈った。
「頼む、奢る店は安い牛丼とかのチェーン店であってくれ……」
しかし、現実の部屋に戻った際、勝利に味を占めた柄長は以前の仕返しとばかりに容赦なく高級な回らない寿司を選択し、結果として筮麽は財布の紐を限界まで緩め、大いに散財してしまう羽目になったとか。




