外食でも
外。
夜風が吹き抜ける、広大な研究所の敷地内。
名残惜しいが、秘密の共有を終え、別れの時が来る。
「約束通り、今日ここで見聞きしたことは全て、ドクター苑奈さんの脳内完結でお願いしますね。間違っても、隠しカメラや盗聴器で映像や音声データの記録なんてものはやめてください。サーバーのデータを消去するだけならともかく、苑奈さんの優秀な脳みそから記憶を物理的に消すなんてことは、極力したくないです。こっそり隠れてやってもダメですよ、私には全て分かるので」
「あ、あぁ。約束通り、そんな野暮な真似はしない」
その飄々とした発言を受け取ると、テクノロジー操作の様な能力で電子データを自在に消去できること、さらには人間の記憶操作すらも容易く可能な事が容易に予想出来た。過去、彼女の能力の深淵を知り、メディアや機関に暴露しようと企てて、無惨にも記憶を消去された哀れな愚か者でもいるのだろうか。
「ちなみに、私の他に君のこの模倣能力を知る人はいたりするのか?」
苑奈は、ふと気になり問いかけた。
「いますよー、片手で数えるくらいですが、何人か。みんな、神でも見たみたいな度肝を抜かれた反応しててすっごく面白かったですけど。でも、苑奈さんが一番いいリアクションで驚いてました」
「そりゃあ、あれを見せられて驚くなと言う方が無理な相談だろうな」
くくく、と暗闇の中で互いに笑い合う。
初対面の頃にあった、探り合いの隔たりはもう何処にもない。
「ようやく手に入れたナノテク能力、存分に活用させてもらいますね。また、バーの方へも遊びに来てください。では、私はこれで」
煮麼筮が、漆黒のコートの裾を翻して背を向けた。
「待て」
苑奈は、思わずその背中に声をかける。
煮麼筮が不思議そうに振り返る。
「どうかしました? 忘れ物でもありましたかね」
「いや、違う。だが、まだ時間は、いいか」
「まぁ、はい。明日も仕事がありますけど、バーの開店時間は夕方からですし、夜更かしは大丈夫です。まぁ、寝なくても平気な能力は持っていますが、やっぱり寝た方が気持ちいいので睡眠は取りたいものです」
そんな異能も持っているのか、最早何が出来ないんだ、と考えつつ、苑奈は、
「思えば、私のラボに招いて長話をしただけで、少しも饗してやれなかった。どうだ、これから一緒に外食でも」
「外食、ですか」
「能力を使って、かなり腹、減ったんだろう?」
軽く笑い、自身の腹部をさすって見せる。
「以前、君のバーでは素晴らしいカクテルを奢って貰ったからな。その時の礼も兼ねて、どうだ。もちろん、代金は私が持つよ」
煮麼筮は、目を丸くして数秒瞬きをした後、
「ふふっ。食べますよ、私は。今すっごくお腹ぺこぺこですから」
「構わんよ。この近くに、とびきり美味い肉を出す隠れ家的なレストランがある。幾らでも遠慮なく食べてくれ」
苑奈は、年上の余裕を見せて柔らかい笑みを向けた。
愛しい助手である星ヶ咲以外の誰かと、こうしてプライベートで外食へ出かけるのは、ひどく久々な気がする。
煮麼筮は、暗がりに大輪の花が咲いた様に、にまっと嬉しそうに笑った。
「なら、遠慮なく。今日は、たっぷりご馳走になりますっ」




