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オール・ギフテッド  作者: パラデミコプス
第二部 第一章 異能の花

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83/89

該当日

          五


 夕暮れの冷たい空気が身を凍わせる中、苑奈アゲハは、予め指定しておいた研究施設近隣の目立たない集合地点にて、煮麼筮との合流を果たした。

 苑奈の装いは、いつもの如く自らの異能で精巧に編み上げた防刃・防弾仕様の特殊繊維インナーの上から、長年の酷使によって使い古され、すっかりよれよれとなったトレードマークの白衣を羽織ったもの。

 対する煮麼筮は、闇に溶け込むような漆黒のロングコートにその身を包んでいた。

 街中で改めて対峙すると、彼女の持つ異常なほどのスタイルの良さが嫌でも視覚に訴えかけてくる。

 常軌を逸した長身から伸びるスラリとした長い手足。コートの内に隠された服装は至ってカジュアルなシャツとデニムであったが、布地を突き破らんばかりに隆起した豊満な胸元が、暴力的なまでの自己主張を放っている。

 苑奈も百七十五センチという女性としては十分な長身を誇り、胸のサイズだって決して平均に劣るものではなく、十分巨乳と言えるサイズを誇り、己の洗練されたプロポーションには確かなる自負と自信を抱いている。とは言え、いざこうして真横に並び立つと、絶対的な骨格の差と迫力において、煮麼筮の方が断然目を惹き、場を支配してしまう。

 そもそも、決定的な敗北要因として、彼女には張り裂けんばかりの若さという無敵の武器がある。

 今年で三十路という節目を迎えた自分に対し、煮麼筮の年齢は二十四だとか。六つという決して埋められぬ年月。年齢という残酷な時の流れもさることながら、己が誇りとしていたスタイルにおいてすら完膚なきまでに敗北を喫するとは。何より、その弾むような若さがどうしようもなく羨ましい。

(ぐぬぬ……神は二物も三物もこの女に与えたもうたか……!)

 そんな嫉妬の業火に身を焦がす暗澹たる黒い感情を内心で煮えたぎらせつつも、苑奈は表情には一切出さず、毅然とした態度で目的の研究所へと彼女を案内した。

 厳重なセキュリティゲートを潜り抜け、軽く施設内部の構造を解説しながら歩を進めた後。苑奈は数ある施設の中でも比較的空間に余裕のある第六実験棟へと煮麼筮を誘った。込み入った秘匿の話をするのならば、防音設備と防壁が完備されたここが最適解。

「なるほど、これが噂に名高いドクター・苑奈アゲハの専用ラボですか……。物凄く広大な空間なのに、チリひとつ落ちてないほど清潔に保たれているだなんて。流石、恐ろしく几帳面な性格をしていらっしゃるんですねぇ」

 煮麼筮は、輝くほどに磨き上げられた床面や整頓された機材を感嘆の面持ちでぐるりと見渡し、心底感心したように言った。

「ふっ、ああ、そうだとも。この実験棟を常に無菌状態と清潔に保つこともまた、真理を追求する一流科学者として当然の勤めだ」

 苑奈は、至って平坦かつ知的な声色で丸メガネのブリッジを中指でくい、と押し上げた。

 なんたる白々しく厚顔無恥な態度か。

 事前の涙ぐましいナノテク清掃の努力など微塵も感じさせず、声色は一切震えることなく、あたかも生まれついての潔癖症であるかのように真実を偽証する。

 とはいえ、この研究所に隣接する本館、すなわち苑奈の生活空間たる自宅の中身は、数ヶ月分の食品類の空き容器と衣類、飲み終えた酒瓶が地層を成す、地獄のゴミ屋敷そのもの。万が一にもあの魔境の扉が開かれようものなら、苑奈アゲハの社会的名誉は一瞬にして崩壊する。これだけは、死んでも見られる訳にはいかない。

「しかし本当に凄い所ですねぇ。視界に入るもの全てがウン千万はしそうな高級そうな備品ばかり……まるでSF映画の世界に迷い込んだみたいです」

「この異能普遍社会そのものがSF世界のようなもんだろう」

「ものの例えですよ。それにしても、凄い。あ、これなんて世界の景色が投影される液晶ホログラフィーじゃん。これ、普通に買ったらウン千万もするものなんだけど」

 興味津々な様子で喋りつつ、実験室の中をゆったりと歩き回る煮麼筮を、苑奈は静かに見つめた。壁のように高くそびえ立つ彼女が空間を動き回ると、本来ならば十分に広いはずの第六実験棟が、ひどく窮屈で手狭なものに錯覚してしまう。

「さて、無駄話はここまでだ。それで、君の秘めたる真実について聞かせてくれ」

 苑奈は、白衣のポケットに両手を突っ込み、鋭い視線を向けて本題へと切り込む。

 煮麼筮は歩みを止め、ゆっくりとこちらを振り向いた。

 先程までの飄々とした空気を瞬時に切り替え、こほん、と小さくひとつ咳払いをする。

「ええと、正直に申し上げますと。戸籍上に登録している能力と、私の真の能力は全く違う性質のものなので、厳密には能力偽装罪に問われてしまうんですが……そこはどうか目を瞑って頂きたいです。多分、いや絶対に、世間に公に露見してはいけない危険な代物だと思うので」

「あ、ああ。分かった。なに、能力偽装罪と言っても、のっぴきならない事情があるのならば、多少の違法行為には目を瞑るのが科学者の情というものだろう」

 苑奈は、無意識に息を飲んだ。

 世間に露見してはいけないとは。それはつまり、自身の助手である星ヶ咲針我の感情で天候を変える能力のように、国家機関が特別に監視体制を敷く国家指定危険能力クラスの、未曾有の災害をもたらす様な凶悪な能力であるという示唆なのだろうか。

「あ、そうだ。苑奈さん、私の話の前にひとつ良いですか?」

「ん? なんだ、条件ならば既に飲んだはずだが」

「いえ。それとは別に」

「別に?」

「先に、苑奈さんの持つ能力の詳細をちょっと詳しく教えてくださいよ。物質をナノテクノロジーに変換する能力、という大まかな概要は一般公開の文献や動画で知っているんですが、ネット上の情報だと詳しくは詳細が分からないので。苑奈さんが個人的に公開している実験動画や学術誌の写真なんかで、体から銀色のナノテクアームを生やして重機みたいに立ち回ってる勇姿はよく見るんですがね」

「……ふむ。まぁ、いいだろう。私ばかりが一方的に秘密の開示を迫ってはフェアではないしな。特別に、この身に宿る神の数式を見せてやろう」

 苑奈は、まんざらでもない様子で薄く笑みを浮かべ、作業机の上に放置されていた古い鉄製スタンドへと視線を向ける。

 所々に赤茶けた錆が浮き、金属疲労も目立っている。そろそろ廃棄処分のタイミングを計っていた廃棄物ゆえ、デモンストレーションの生贄には丁度いい。

 静かに歩み寄り、スタンドの支柱を素手で掴む。

 そして、能力を発動させる。

 物質をナノテクノロジーに変換する能力。

 ジジジ……、と微弱な放電音のような金属鳴りが響き渡る。掌から未知の波長が流れ込んだ鉄製スタンドは、瞬く間にその分子構造を分解され、煌めく銀色の流体金属たるナノテクの群れへと変換されていく。それはまるで意思を持つスライムのように、空中で流動的にその形を変化させた。

「見ての通り、私の能力は、対象物質に直接触れ、このようにナノテクノロジーの集合体へと変質させることが出来る。もちろん、無機物有機物、何でも手当たり次第という訳にはいかないがね。主にガラスや金属等の鉱物、あるいは精密機械類が対象だ。木材やプラスチック、人体等の有機化合物には適応されない。とは言え、変換プロセスを経る際に、表面に付着した埃や錆、不純物などの汚染物質類は完全に濾過され除去される。だから、汚れて使い古した実験器具や、たとえ放射線で汚染されたものであっても、一切気にせず純粋なナノテク資源に変えられるのさ」

 空中で蠢いていた銀色のナノテク群は、やがてシュルシュルと吸い込まれるように苑奈の掌から体内へと透過し、完全に消失した。

 ふむふむ、と煮麼筮が興味深そうに手を顎へ当てて観察を続ける。

「そして、能力の真髄はここからが本番だ。この体内へ透過・格納された大量のナノテクは、私の体内に無数に点在する、別の亜空間座標に直結している特殊な超次元ナノテク受容体……〈ポケット・レセプター〉の内部に全て収容されている。質量そのものが外界の物理法則から完全に隔離されるから、どれだけトン単位の巨大なナノテクを取り込んでも、私の体重はほとんど変わりがない。普段から肉体強化や身体能力向上の目的も兼ねて、常にナノテク群を全身の骨格や筋肉繊維に沿って血液のように循環させてはいるが……それでも、全体としての体重の変化は微々たるものだ」

 得意げに自らの能力特性を一気に捲し立てたため、脳に新たな酸素を送り込むべく、深く一息つく。

「それで、ここからが君も動画で見たことがあるというものだな。このナノテクは私の意志で変幻自在に操作できるのだが……ポケット・レセプターから引き出して肉体の外に出せば、君らがよく知るこの状態になる」

 背中の肩甲骨付近に意識を集中させる。

 極細のナノテクが白衣の布地をすり抜け、莫大な量を噴出。瞬時に形を成し、六本もの巨大で屈強なナノテクアームを作り出した。

 さらに両腕からもナノテクがとめどなく放出され、苑奈の細い腕を完全に覆い尽くし、右手は巨大な鉤爪、左手は煌びやかなブレードに変貌させる。

「おおっ、これは生で見ると大迫力ですね!」

 煮麼筮が目を輝かせ、パチパチと拍手をして息を飲んだ。

「ふふん。この圧縮されたナノテクは、戦車の装甲をも容易く粉砕する凄まじいパワーを発揮する。その反作用に耐えられるようにこれを体内へ張り巡らせて筋骨を強化している訳だが……まぁ、万能に見えても致命的な欠点はある。これらのナノテクは、私の肉体が発する微弱な生体電流に直結して制御している都合上、ほんの数ミクロンでも私の肉体、あるいはナノテクから完全に切り離されると、瞬時に情報伝達が途絶え、このようにただの鉄屑に変わってしまう」

 苑奈が背中のアームを構成するナノテクの一部を意図的にパージすると、切り離された瞬間に銀色の輝きは失われ、ただの無機質な鉄屑へと成り果ててバラバラと無惨な音を立てて床に落ちた。

「これはこの能力に課せられた絶対的な法則らしく、過去に何度も条件を変えて色々と実験を繰り返したが、この天才たる私を以てしてもどうしようもなかった」

「なるほど、そんな欠点が」

「こうして物質としての死を迎えてしまうと、もう私がいくら触れても再度ナノテクへ変換することは叶わん。リサイクル不可の使い捨て。実に非効率で、一番残念な欠点だ」

 解説を終え、展開していた全てのナノテクを、再び体内へと格納した。

「つまり、私の能力の本質は、物質のナノテク化と、生成したナノテクの操作を併せ持つ、二重属性というわけだ。まぁ二重属性自体は珍しくも何ともないが」

「へえ、流石は研究者ですね。ご自身の能力の仕組みや限界を、恐ろしいほどに詳細に詳しく把握しているんですね。微細な条件までそこまで完璧に網羅しているとは……それにしても、聞けば聞くほどなんとも難解で複雑な能力ですねぇ」

「さぁ、私の手札は見せた。では、次はいよいよ君の番だが」

 床に落ちた鉄屑を拾い上げつつ、傍らに立つ煮麼筮を鋭い視線で見上げる。

 二重の綺麗な瞼。

 深淵を覗き込むようなヴァイオレットの瞳。

 両者の視線が、静寂の空間で真っ直ぐに交錯する。

「あ、苑奈さん。その前に一つよろしいですか。机の上にあるこの三角フラスコ、ヒビが入ってますけど、もういらなかったりします?」

 緊張感が高まる中。

 ふいに煮麼筮の目線が逸れる。

 彼女が長い指先で示した先には、作業机の端に置かれた一つの三角フラスコ。よく見ると側面に致命的な亀裂が入っており、耐熱実験などにはもう使えそうにない代物。

「ん? あぁ、まぁそうだな。それは後で私がナノテクにして取り込んでしまう予定だが」

「では、これを、私が処分してしまっても?」

 その唐突な発言に、苑奈は、ははん、と内心で即座に合点がいった。つまり、言葉による説明ではなく、己の能力を直接行使してこのフラスコを処分してみせる、ということか。

 さて、一体どんな恐るべき能力なのだろう。

 もしや一瞬にしてガラスを蒸発、溶解させてしまうほどの規格外の熱量を放つ炎の能力なのか。はたまた、自身の持つポケット・レセプターの様に、対象物を未知の別空間へと強制送還する空間転移か。それとも、物質の存在そのものを書き換える強力な現実改変でも行うというのか。

 脳裏を幾千もの予測と仮説が駆け巡るが、苑奈は押し黙り、彼女の次の行動を待つことにする。

 さぁ、君の隠された真の力を私に見せてくれ。

 煮麼筮が静かにフラスコに触れ、目を伏せる。

「あー、やっぱりこれ単体じゃダメか。じゃあ、いつも通り総動員で」

 独り言のように、ぽつりと謎めいた言葉を呟いた。瞬間。

「なっ……!?」

 丸メガネの奥で、苑奈の瞳が極限まで見開かれた。

 煮麼筮の手が触れている三角フラスコが。ジジジ……、と、先程苑奈自身が発したものと全く同じ音を立てて──瞬く間に流体金属たるナノテクへと変換されていく。

 煮麼筮は、あっという間に変換されたナノテク群を事も無げに自身の体内へと透過・格納し終えると、ゆっくりと苑奈へと向き直る。

 長い右腕を高く上げ、大きな手のひらを広げる。

 その白魚の様に美しい指先。

 カチャッ、と小気味よい金属音を立て──先程苑奈が見せたものと全く同質の、ナノテクノロジーで構成された鋭利な触手が生え出し、まるで意思を持った獰猛な生き物の様に空中でうねり、蠢いた。

「ふぅ、こんな感じでしょうか。結構操作が難しいですね」

 苑奈は、目の前で展開される絶対におかしいはずの光景が信じられず、喉の奥が引き攣り、声を出せずに彫像の如く固まった。

 目の前の長身の巨女が今、息をするように起こしている異常な現象は、自分の能力と似通った──いや、全く同じもの。

 目の前で不気味に蠢くナノテクノロジーの色味こそは、苑奈の銀色とは異なり、妖しく輝く紫色に染まってはいるが。

 対象物質のナノテク化という第一段階から、体内への格納、そして外部への放出という発動プロセスに至るまで、まさに苑奈の能力である物質をナノテクノロジーに変換する能力そのもの。

「ついさっき、苑奈さんが直々に実演して解説してくれるまでは、私の中での理解が足りなかったんですよ」

 静止した苑奈を見下ろし、煮麼筮が淡々とした口調で語り始める。

「あの森公園で初めてお会いした日も、試してみたのですが、ドクター・苑奈アゲハの能力を使うことは出来なかった」

 足音が一つ。

 一歩。

 煮麼筮が長い脚で、苑奈へと歩み寄る。

 苑奈は、圧倒的な未知の恐怖にたじろいだ。

 無意識のうちに、革靴の踵が床を擦り、後ずさる。

「なるほど、確かにこんなに複雑なプロセスが絡み合っていると、本質が理解出来ない。私の能力発動条件を満たすのは、自力では厳しかった」

 煮麼筮は、震える世界的権威の姿など意に介さず、淡々と語る。

 苑奈の胸中で、心臓が早鐘のように激しく跳ねる。

 冷や汗が一筋、頬を伝い落ちた。

 今、正に目の前で起きている現象。

 苑奈アゲハの能力を使うという、常軌を逸した発言。

 いや、ありえない。

 そんな神のような異能が、存在していいはずがない。

 だが。

 まさか。この女、まさか。

「亜鳴蛇……煮麼筮……君の、真の能力は」

 驚愕で小刻みに震える口を、どうにか開く。

 煮麼筮は、空中で蠢かせていた紫色のナノテクをシュンと体内に収めると、バーカウンターで見せたような、にまっとした底知れぬ笑みを浮かべた。

「ええ、苑奈さんの想像通り……とは少し違いますが、おおよそ予想の範疇通りです。私の能力は、視認した能力を劣化行使する能力です」

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