清掃戦線
三
自ら誘い込んだ得体の知れない劇薬たる女、亜鳴蛇煮麼筮を己の神聖なる研究領域へと招き入れる前。苑奈アゲハは、自らの異能、物質をナノテクノロジーに変換する能力によって、背部から顕現させた無数のナノテクアーム群を行使し、広大なラボ内部の徹底的なる浄化作業を敢行した。
平素ならば足の踏み場も無いほど床面を覆い尽くし、混沌の極みとして散乱していた紙のアナログ資料、最先端の異能解析論文、あるいは危険極まりない薬品の詰まった実験器具の数々。それら全ては、超高速で筋繊維の様に蠕動する銀色の触手群によって空を舞い、本来あるべき棚の定位置へと寸分の狂いもなく整然と収納されていく。自らの破滅的なだらしなさを熟知し、日頃から小言を絶やさない優秀なる助手、星ヶ咲針我ならばいざ知らず、流石に客人相手に、天下の苑奈アゲハが斯様な惨状を晒す訳にはいかない。
普段は助手などという名ばかりの雑用係として、清掃から何からを星ヶ咲に丸投げしていたこともあり、突然血相を変えて己の能力を駆使し、ラボ内の大掃除を始めた苑奈の姿を見た星ヶ咲は、
「すごいっ! ついにアゲハ博士がまともな大人になったんですねっ!」
などと、的外れな感動の涙を浮かべて手放しで喜んでいた。その純粋すぎる眼差しに居心地の悪さを覚えつつも、苑奈はただ威厳ある咳払いを一つ返すに留めた。




