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オール・ギフテッド  作者: パラデミコプス
第二部 第一章 異能の花

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夜井出葉琉依はクソ小説を読まされる

          二


 東京。

 地雷系女子大学を未曾有の混乱と甘い恐怖に陥れた、狂気的な菓子・パンデミック。その大災厄もすっかり終息に至り、狂乱の渦にあった広大なキャンパスにもようやく日常の平穏が舞い戻った。桃色の外壁にこびりついた規格外のアイスクリームや、瓦礫と化した板チョコ、散乱するポップコーンの山々は、外部から招集された多様な異能を有する清掃業者らの手により迅速に撤去された。幸いにも汚染の少ない甘味の残骸は、近隣の牧場へと運ばれ家畜の飼料へと姿を変えるなど、持続可能なエコ精神のもと、可能な限り無駄なく処理された。

「どうでしょうか、夜井出さん! 私の魂を込めた最新作の出来栄えは」

 先の菓子・パンデミックの元凶たる絶対的暴君にして、新たに国から国家指定危険能力者の烙印を押された地女大の頂点、莎我夜美奈。彼女は開放された誰もいない空き講義室の椅子にふんぞり返り、得意げな笑みを浮かべていた。視線の先には、この高度に電子化された時代には珍しい、虚空に浮かぶホログラムではない物理的なタブレット。そこに投影された自身の執筆した小説を凝視している目の前の相手へ向かい、溢れんばかりの自信に満ちた声を放った。

「……夜美奈ちゃん、これ……」

 隣の席に身を縮めるように座る夜井出葉琉依は、眼前の端末に流れる文字列を見つめつつ、酷く顔を引き攣らせ、物凄く言いづらそうな表情を浮かべて呟いた。

「その……すごく」

「すごく?」

「すごく、つまらない……」

「………え?」

 莎我の満面の笑みが、まるで時が止まったかのようにピシリと凍りついた。

 夜井出は、普段のやかましいほど元気な表情は何処へやら、まるで世界の終焉を目の当たりにしたかのような絶望的な表情を浮かべ、恐る恐る真実を口にし始めた。

「いや、これは本当に凄まじいよ……わ、私……夜美奈ちゃんが広大なキャンパスを狂気のお菓子まみれにしたあの日より、正直言ってずっと驚愕してる……。つまらなすぎる。つまらなすぎて、逆に畏敬の念すら抱くレベル……夜美奈ちゃんは、どうしてこんな言語の冒涜みたいな物を生み出しておきながら、そんなに自信満々でいられるの……? め、目が腐りそうだ……」

「………」

 ナニヲイッテイルノダロウ?

 莎我は、目の前の相手が発する未知の言語を脳が理解する事を拒絶し、完全に石像の如く固まった。

「え、ええと。具体的に、私の作品のどの辺が満足出来なかったんですか?」

 震える声帯。

 必死に制御し、ようやくその唇を開いた。

「ど、どの辺がって……? まず、文章の構造が根本から支離滅裂……改行の概念すらろくに理解出来てないし、誤字脱字がゲシュタルト崩壊を起こすほど多すぎる。肝心の物語の内容は……設定の土台が矛盾まみれで崩壊してるし、主人公は意味不明なチート能力で無自覚なイキり散らかしをするだけの、純度百パーセントの不快感の塊……。これで子供の頃からずっと執筆活動を続けていた……? あ、ある意味とんでもない天才だ……私の能力が導き出した要約は、控えめに言って〈クソ〉というたった二文字の結論しか弾き出さないよ」

「な、ななな、なんてことを言うんですか夜井出さんはぁ!!」

 たまらず、莎我は激情のままに机を両手でばんと力強く叩き、喉を震わせて悲痛な叫び声を上げた。その透き通るような声は、誰もいない静寂の講義室内に虚しく木霊する。他の生徒がいない閉鎖空間であったため、余計にその声は鼓膜を劈くように響き渡った。

 だが、事態はそれだけでは終わらない。

 叩きつけた白い両手。

 冷気。

 突如として発生し、パキパキと不気味な音を立てながら、瞬く間に机の表面を分厚い氷の膜が覆い尽くしていく。

「ああーっ!? あの校舎を埋め尽くした国指定危険能力、お菓子を実体化させる能力の余波が漏れ出て、物理的に机が凍りつき始めてる!? そ、そうか! 恐らく巨大なアイスクリームや氷菓を出す際の、その冷気のみを抽出してこの超常現象を起こしているのか……! でも夜美奈ちゃん、感情をコントロールして能力を抑えて! また校舎を甘い地獄のお菓子まみれにしちゃ絶対ダメだよ!」

「ちょっ、それ今このタイミングでそこまで事細かに解説しなくていいですから!」

 莎我は、慌てて異能の暴走を解除し、凍てついた机から手を離す。

「というか、明らかに私の小説を酷評する時より、今の解説の方が流暢で饒舌になってましたよね、夜井出さん」

 半眼のジト目で夜井出を恨めしそうに見つめ、不満げに唇を尖らせて呟いた。


 そもそも莎我は、少し前、自身がライフワークとして執筆し、小説家にナローに投稿している異世界ファンタジー小説の新たなネタが全く思いつかず、深いスランプという名の創作の泥沼に陥っていた。そこで彼女の狂気的な思考回路は、己のお菓子を実体化させる能力を全解放し、この校舎内を甘ったるい香りのする巨大菓子で完全に埋め尽くすという、常軌を逸した非日常空間を創り出すことを決意した。そして、あわよくばその異常事態に釣られて現れた強そうな能力持ちの猛者を相手に、情け容赦のない能力戦を仕掛け、死力を尽くした極限の勝負をしたいと熱望。

 その生死を懸けた(大げさだよ)闘争の刺激を脳髄に受けることで、枯渇した創作活動の意欲を劇的に復活させよう……という、一般人には到底理解不能なあまりにも馬鹿げた身勝手な理由で、あの歴史に残る菓子・パンデミックを引き起こしたのだ。

 結果として、無数の巨大菓子をキャンパス内や、空中に浮かばせるという圧倒的な非日常空間を構築。そして、国から国家指定危険能力者に認定されるという強烈なスパイス。極めつけは、偶然その場に現れた最強の存在、亜鳴蛇筮麽との神話レベルの能力戦における、圧倒的な完全敗北。それらの濃密な経験を極上の糧とし、見事無事にスランプの泥沼から脱出を果たした。

 そうして筆が乗り、無事に書き上げた自信作の最新小説。その神聖なる作品を、この大学の名物とも言える、あらゆる事象を面白おかしく解説・実況している夜井出に読んでもらい、今後の崇高な創作活動の参考にするべく、心躍らせながらその感想を求めていたのだ。

「……だって、本当に嘘偽りなく、純粋なクソとしか表現のしようがないんだもん」

「なんですと?」

「この狂気の羅列を延々と読まされる私の身にもなって欲しいよ。まさに視覚から脳髄を破壊される、読む拷問と言っても過言じゃないわっ」

「ヨ、ヨムゴウモン? 江戸時代の人か何かで?」

「拷問ね。江戸で言うなら石抱。これ、読む石抱」

 夜井出葉琉依の真骨頂、それっぽく解説する能力。

 そのメカニズムの真髄は、夜井出がこれまでの人生において見聞きし、経験してきたあらゆる体験・知識の断片を元に、その場の状況に合わせて脳が超高速で演算を行い、適切に言語化をする事が出来るという精神系の異能。完全記憶能力者のように、夜井出本人がこれまでの人生で得た膨大な知識を全て明確に意識して覚えている訳ではない。だが、脳の海馬の奥底にはしっかりと情報が刻み込まれており、能力を発動した瞬間に必要な知識が自動的に引き出され、論理的に繋ぎ合わされて見事な言語化が為される。

 例え夜井出自身が全く予備知識のない未知の事象であろうが、断片的な知識がパズルのように繋ぎ合わされ、あたかもその道の権威であるかのように淀みなく解説が可能。とはいえ、その知識の絶対的な供給源は、夜井出本人の元々の知力や見識の広さに完全に依存する。夜井出は別段、向学心に溢れ学習意欲が高い訳ではないし、特定の専門分野を深く解説しようとなると、大抵は専門外の素人が浅知恵で薄っぺらいことを語るだけの、底の浅い結果に終わる。大学の高度な講義でこの能力をうっかり使おうものならば、老獪な教授に「素人意見で恐縮ですが」と皮肉で返され、公衆の面前で痛い目を見るだろう。

 なので、あくまで彼女の解説は〈それっぽく〉聞こえるという程度のものであり、夜井出自身も己の異能の性質は十分に承知している。故に、国に登録する戸籍上の能力名も、誇張することなくそれっぽく解説する能力、と正直に申告している。

「むー……でも、少しくらい褒められる点はないんですか? そこまで木端微塵にコテンパンに言われてしまうと、繊細な私の心はまた深いスランプに陥って、今度はキャンパス全域にベタベタな水飴の雨を降らすという大惨事を引き起こすかもしれませんよ」

「夜美奈ちゃん、それだけは絶対やめてね? 周りの無関係な人間を巻き込む大規模な能力使用は厳重に控えるように、って国指認定の時、国の怖い役人の人にキツく言われたんでしょ」

「じゃあ私の作品の、輝かしく良かった点をお願いします」

「うーん」

 夜井出は、唸り声を上げながら腕を組み、何とか称賛の言葉を捻り出そうと脳味噌を回転させた。以前のお菓子パニックは非日常感が凄まじく楽しかったが、流石に何度もあのような甚大な被害を起こされれば、国が黙って見過ごすはずがない。

 なんとか、莎我の機嫌を取らねば。

 しかし、酷く困ったものだ。どんなに無理矢理褒められる点を導き出そうと能力をフル回転させても、自身の異能はそれを頑なに拒絶し、何一つ導き出せない。

 莎我の執筆した小説は、剣と魔法が交差する王道の異世界ファンタジーもの。

 しかしその中身は驚くほどスカスカで、世界観の設定もツッコミどころまみれの穴だらけ。主人公を不当に貶める為だけに不自然に生み出されたような、ヘイトを集めるだけの薄っぺらい悪役キャラが登場したり。そんな道化のような相手に対し、主人公が何の努力もせずに与えられたチート能力で、特に苦戦する描写すらなくただ無双するだけという、虚無のような物語。そこにはカタルシスも、胸のすくような爽快感も一切皆無。

 こういう類の排泄物にも劣る代物は、現実世界では冴えない底辺の人物が、鬱屈した自己投影を満たす為に書くものだ。

 夜井出の能力は冷徹にそう結論を出したものの、その作者が現実世界でも容姿端麗な超絶チート能力者であるという揺るぎない事実が、演算の強烈なノイズとなった。莎我にとって、理不尽な最強チート能力など生まれた時からの当たり前の日常であり、本人は主人公の圧倒的な力に何の疑問も持たずに執筆しているのだ。

 何度自身の能力をオーバーヒート寸前までフル回転させても、脳内に弾き出される結論は、やはり〈クソ〉の二文字のみ。

 莎我は、あの亜鳴蛇筮麽という女の触手能力に敗北した経験を活かし、作中の主人公が禍々しい紫色の触手を大量に生やした巨大モンスターに苦戦する……という、緊迫感溢れる展開を意気揚々と書いたらしい。だが、肝心の情景描写の表現能力が死ぬほど終わっており、同じく結論は救いようのないクソだった。

 この高度情報化時代、AIすなわち人工知能によって自動生成された小説も巷に溢れ返っており、それを自身の手書きだと言い張る恥知らずな輩も多い。AI小説は往々にして文脈や設定が破綻することが多いので、夜井出も一瞬それを疑った。だが、ここまで常軌を逸して酷い文章は、逆に論理的なAIには絶対に出せない、と異能が冷徹に分析。全てが莎我本人の手による完全な人力だという事実が、余計に夜井出の精神を深い絶望の淵へと叩き落とした。

 夜井出は、目の前で期待に満ちたキラキラとした目で自分を見つめる莎我と、そっと視線を合わせた。

 艷やかな薔薇色の髪に、精巧なビスク・ドールのように整った完璧な顔立ち。声色は聴く者の心を穏やかにする1/fゆらぎを帯びた癒しの波長であり、誰に対しても丁寧な敬語で話すという、育ちの良さと上品さを全身に纏った可憐な少女。そんな非の打ち所のない完璧な美少女が、まさかこんなおぞましい駄文生成機だとは、世界の誰も想像すらしないだろう。莎我の見た目から受ける地雷系女子特有の危うさは少ないものの、いざ蓋を開ければ重度の戦闘狂であったり、読む拷問としか思えない小説を嬉々として産み出すなど、その中身は見事なまでに地雷まみれであるという恐ろしい事実を、夜井出は肌で実感した。

 夜井出は、自身の能力で莎我の小説を無理に褒めるという不可能な答えを出すことは完全に諦める。

 結論。

 自力。

 結局、最後はこれに至る。

 夜井出は、能力に頼らない自力のみで、当たり障りのない回答を捻り出す事に決めた。

 普段からも、自身の異能がショートして役に立たない状況に陥った時は、己の誇る地頭で乗り切って来たのだ。

 もはや破綻した小説の内容に深く触れることは避け、単純に全てがオリジナル作品であるという一点のみを褒めるという作戦にシフトする。

「あー……他人の褌で相撲を取らずに、一応全部オリジナルの世界観でやってるのは、すごくいいんじゃないかな。ほら、世の中には他人の作った既存の人気作品に、自分の考えた最強のオリキャラを無理やり出して無双させる……みたいな、道徳観念の欠如した酷いジャンルもあるんだけどさ」

「あぁ、既存作品に寄生する二次創作のオリキャラ……所謂、オリ主ってやつですね。流石の私でも、そんな他人のふんどしで相撲を取る夢小説の亜種みたいな恥ずかしいものは書きませんよ。あんなの、小中学生の黒歴史の妄想ノートを全世界に公開しているようなもんです。原作の練られた設定を都合よく利用して承認欲求を満たしているだけですし、何より命を削って生み出した原作の作者様にも大変失礼ですよ。酷いものだと、原作キャラに変な男が憑依転生してそのガワだけ使う、とかもあるんですよ? 反吐が出ますね。殺された元の人格が不憫でなりませんし、よりにもよって既存作品でそれをするなんて……リスペクトがありません、リスペクトが」

 君のその冒涜的な小説は、それ以前に文学そのものに対して失礼極まりないだろ、と夜井出は内心で盛大に毒づいたものの、その言葉をぐっと喉の奥に噛み殺すことにした。

「アレらみたいに、他人が苦労して作った原作の設定を都合よく借りるんじゃなくて、キャラクターから世界観の設定まで全部自分で一から考えて構築してるのは、純粋に凄いことだよ」

「うーん……それ、本当に私の作品を褒めてるんですか?」

「褒めてるよ。内容はアレでも……その、想像力は豊かだなぁ、とは心から思うし」

「ふむむ……まぁ、素直に賞賛と受け取りましょう」

「というか夜美奈ちゃん。そもそも、自分の書き上げた小説を後から読み返したり推敲したりしたことはあるの? 普通に読めば、いくらなんでも猛烈な違和感に気付けると思うんだけど」

「あまりしてませんねぇ。思いついたアイデアを勢いのままに書くことが何より楽しいので。基本、最後まで書いたら即座にネットへ更新ですよ」

 莎我は屈託のない無邪気な笑顔でにっと笑うが、対照的に夜井出は苦虫を噛み潰したような酷く苦しい顔をした。

 夜井出自身、小説を書いた経験など一度もないが、完成後の推敲や添削は文章を書く上での基本中の基本だと思っている。まさか、そんな初歩的なことすら一切していないとは。そりゃあ、あれだけ支離滅裂な酷い内容にもなるものだ。というか、幼少期から長年書き続けていて、どうしてこの程度の惨憺たるざまなんだ? という根源的な疑問が、脳内を完全に埋め尽くしていた。

「内容はともかく、とりあえず勢いだけで投稿するんじゃなくて、自分の書いた文を一度冷静になって読み返して見ると良いんじゃないかな? そうすれば、少しは自分の作品を客観視出来ると思うし」

 夜井出は、これ以上の議論は無駄だと悟り、締めくくりとして端末のタブレットを莎我へと突き返す。

「……なるほど、言われてみれば確かにそうでした……まさか、こんな文章執筆における初歩的な事にすら気付けなかったなんて……。夜井出さん、的確なアドバイスありがとうございます! 初心に帰って、また一から文章構成をやり直すことにしますっ」

 タブレットを受け取った莎我が、満面の笑みを浮かべてもう片方の手を虚空へと掲げ、能力を発動した。ぽん、という軽快な音と共に、可愛らしいミニサイズのエクレアが何もない空間から実体化される。甘い香りを漂わせるそのエクレアがふわりと空を舞い、夜井出の目の前に静かに浮かぶ。

「どうぞ、有益な助言に対する私からのささやかなお礼ですが」

「え? あ、ありがとう」

 夜井出は、引き攣った苦笑いのまま、空中に浮かぶエクレアを手に取る。

「では、本日はこれで失礼します! また情熱を込めて新作を書きますので、その時は一番にまた夜井出さんに読んでもらって、高尚な感想をもらいますねっ」

 莎我は、満足げな様子で椅子から勢いよく立ち上がる。

「は、ははは……まぁ、程々に頑張って」

 どうやら、またあの見るに耐えない駄文を読まされるらしい。

 夜井出は、また被害に遭う自身の異能に内心で深い詫びの念を捧げた。

 表情筋が完全に死滅した顔を変えぬまま、去りゆく嵐に向かって空虚なエールを送った。

 齧ったエクレアは、クソの味しかしない小説とは違い、ベテランパティシエの作りたての様な、一級品の甘い味がした。

 本人は不味いとしか思えない残念な性質を持つが、他人からしたら極上の味となる、莎我の生み出す菓子類。

 本人は自信満々で至高の内容と思っているが、他人からしたら目が腐敗し腐れ落ちかねない、莎我の生み出す小説。

 異能の性質と、本人の性格は真反対なのだろうか。

「というか、この凍った机どうすんのさ……」

 分厚い氷で覆われた机をちらと見て、ぽつり独りごちた。

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