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オール・ギフテッド  作者: パラデミコプス
第二部 第一章 異能の花

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密約

         一


 夜の帳が帝都を包み込む頃。

 東京の摩天楼群に威容を誇る巨大娯楽ディスコ施設、ジュリアナ東京改。

 その絢爛豪華なエントランスへと、苑奈アゲハは再び足を運んでいた。

 薄暗い森公園で遭遇し、前回この場所で言葉を交わした謎多き長身の女、亜鳴蛇煮麼筮。彼女の内に秘められた絶大なる異能の正体を解き明かしたいという、能力研究家としての抑えきれぬ知的好奇心が、苑奈をこの享楽の坩堝へと再び引き寄せた次第。

 重厚な防音扉を押し開け、極彩色のレーザー光線が乱舞する狂騒のフロアへと足を踏み入れた瞬間。鼓膜を物理的に震わせたのは、あまりにも胡乱で奇天烈なユーロビートのメロディ。

〈ネクタイデカスギ ネクタイネクタイデカすぎる〉

(何だこの曲!?)

 思わず、眉間を深く寄せて内心で激しいツッコミを入れた。

 天井の巨大ミラーボールが回り出す。

 放たれる光の奔流の中、重低音に乗せて響き渡るのは、ただひたすらにネクタイの大きさを連呼し、さらには胸囲が落ちた、でもビートは落ちてない、などの歌詞を陽気に歌い上げる珍妙極まりない男ボーカル。

 確か、旧時代のインターネットでこんなミーム曲があったような……。

 某〈王(キング)〉の曲を選曲されていないだけマシではあるが、なぜこの最新鋭の巨大ディスコで、そのような化石のごとき珍曲が大音量で流されているのか。理解不能な選曲センスに頭を抱えそうになるが、周囲の客層に目を向ければ、その疑問は更なる混沌へと変貌する。

 フロアで狂喜乱舞する老若男女の多くが、明らかに規格外のサイズを誇る巨大なネクタイを首からぶら下げ、あるいは肩に巻きつけ、重低音のリズムに合わせてノリノリで腰をくねらせている光景。

 中央の男性ダンサーが、白いスーツをキメて胸を張り、ネクタイだけが主張する。

 眩い照明の下、汗を散らして青春のエネルギーを爆発させる人々の姿を見て、相変わらず引きこもり気質の苑奈は胸焼けにも似た眩暈を覚える。しかし、前回の絶望的なまでの拒絶反応に比べれば、ダメージは微々たるもの。流石に二度目ともなれば幾分かの耐性は獲得した様子。

 チカチカと点滅するネオンライトの強烈な光跡が、丸メガネに反射してやや視界を阻む中、苑奈は群衆を縫うようにしてフロアの奥へと歩みを進めた。


 目的の場所はすぐに視界へ入った。

 狂騒の中心から少し外れた一角、紫色のネオンサインが妖しく、静かに光を放つ併設のディスコバー。

 そして、カウンターの奥でグラスを磨く一人の女。

 いた。

 亜鳴蛇煮麼筮。

 百九十八センチの、女性とは思えない超長身。艶やかな紺桔梗色の長髪を背に流し、漆黒のタイトなスーツの上からでも容易に主張してくる豊満な胸元の起伏。何より、神が自らの傑作として精魂込めて創りたもうたが如き、完璧にして圧倒的な美貌。

 控えめに言っても、この数千人を収容する巨大ディスコ内において、最も異彩を放ち、誰よりも目立つ存在であると言って過言ではない。

「あ、ようこそ苑奈さん。また来てくれたんですねっ」

 煮麼筮がこちらに気付くや否や、まるで大輪の向日葵が綻ぶような、ぱっと明るい親愛の笑顔を向けてきた。

「ああ。君の作るカクテルの味が、どうにも気に入ってしまってな。またあの美酒を求めて足を運んだというわけさ」

 知的な博士の表情を取り繕い、カウンター席の隅にある背の高いスツールへと優雅に腰を下ろす。遠くのカウンター席には先客が二名。既にアルコールの海にどっぷりと浸かりきっている雰囲気で、何杯も空けた色とりどりのグラスが卓上に乱雑に並べられている。

 苑奈の鋭い視線が、ふとカウンター奥の棚へと向けられる。酒瓶たちに囲まれるようにして、特注のルースケースに厳重に保管された一つの石塊。人類の遺伝子構造を書き換え、異能という名のギフトを与えた宇宙ウイルスの付着物、天墜御神石《デウス・エクスマキナ・ライト》。

 前回は周囲の喧騒と若者たちのノリに流され談笑を楽しみ、極上の酒に酔い痴れて本題を訊きそびれるという失態を犯した。今回こそ、目の前の女が秘めたる真の能力について必ず聞き出す。その強固な決意を、決してアルコールの忘却の彼方へ追いやらないよう、己の精神に深く刻み込む。

 なお、ジャミング・ストロボに関してだが、流石に公共の場で使用し騒ぎを起こす訳にはいかないという理由で、持ち歩きはやめる事にした。何より、彼女に危害を加えたい訳ではないからだ。

「ふふ、お褒めいただき光栄です。では、今夜は何にしましょうか? この前のプロ・セプティコ・ナイチンゲールの沈黙と同じものにします?」

 煮麼筮が、嬉しそうにメニューを一瞥して尋ねてくる。

「いや、今日は少し気分を変えたい。喉が渇いているから、ガツンと来る刺激の強いやつはないか? 炭酸系がいい」

「炭酸でガツンと、ですね。承知しました。なら、私の特製、ヒート・ビット・ヒット・ビート六号をお作りしましょう」

「……ふっ」

 相も変わらず脈絡のない、長大で胡乱なカクテル名に、苑奈の口から思わず乾いた笑いが漏れる。六号などと大層なナンバリングが施されているが、前回の適当な名付け法則から推測するに、これにも一切の深い意味や系譜など存在しないはず。

 煮麼筮は、手馴れた流麗な手つきでアイスピックを操り、巨大なブロックの氷を滑らかに削り出す。美しい球体に形を整えられた氷を、繊細な意匠のサワーグラスへと滑り込ませる。

 そして銀色のシェーカーを手に取り、数種類のリキュールを注ぎ込んで華麗に振り始める。シャカシャカというリズミカルで小気味よい氷の激突音が空間に響き渡り、やがて完成の合図と共にシェーカーが開かれた。

「どうぞ。お待たせしました」

 恭しく差し出されたグラス。

 その内部の液体は、見事な二層構造を描き出している。

 上の層は深淵を思わせる漆黒、下の層は鮮烈なマゼンタ色で満たされ、その境界線で微細な炭酸の気泡がシュワシュワと心地よい音を立てて弾け飛ぶ。

「どうも」

 グラスを手に取り、まずは鼻を近づけて芳醇な香りを感じ取る。甘く熟れたフルーツの甘美な香りが、鼻腔の奥深くへと抜けていく。ひとくち飲むと、まずは濃密なグレープの深い味わいが舌を覆い、続いて濃厚なモモの甘みがシュワッとした爽快な炭酸と共に押し寄せる。

 だが、そのまま喉の奥へと流し込んだ瞬間。

 カッと燃えるような強いアルコールの刺激が、ガツンと脳天を突き抜ける。しかしその強烈な刺激が過ぎ去った後には、複雑な計算式の波に揉まれたり、論文作成や、生真面目な助手たる星ヶ咲針我による、普段のだらしない私生活への小言等によるダメージなどで、酷使された一日の脳疲労が、泥のように解されていく心地よい浮遊感。

「……なるほど、これは効く。だが、信じられないほど美味いな」

 苑奈が思わず感嘆の吐息と共に呟くと、煮麼筮が我が意を得たりとばかりに得意げに豊満な胸を張り、

「でしょう? フルーツ系の炭酸カクテルだと、私もこれが一番美味しい黄金比率の調合だと思ってまして」

「本当に美味いよ。レシピが知りたいくらいだ。定番商品として市場へ大々的に売りに出しても、間違いなく飛ぶように売れるはずだ」

「わぁっ、最高の賛辞ですねっ。光栄です。あの世界的権威のドクター苑奈アゲハにそこまで言ってもらえると、バーテンダー冥利に尽きるというものです」

「ただ、そのあまりにも前衛的すぎるネーミングセンスで、莫大な損はしそうだがな」

「えーっ? そこがいいんですよぉ、インスピレーションというか、芸術爆発っていうか」

 煮麼筮は、何故私のこの研ぎ澄まされたハイセンスが理解されないのか、と大げさに肩をすくめて不満げな瞳を向けてくる。

「しかしだな、君はこれほどの容姿を持ちながら、どうして裏方のバーテンダーなどに?」

 カクテルをもうひと口含み、一呼吸置いてから苑奈は核心に触れる前の世間話として口を開いた。

「えーと、そうですねぇ。私が成人したての頃に、偶然立ち寄ったオーセンティックバーがあったんですけど。その時肌で感じた、静寂と大人のゆったりした雰囲気がすっかり気に入りましてね。それで、私もあんな空間を作りたいと思ってバーテンに弟子入りしたんです。まぁ、いざ店を持たせてもらったら、なんかこんな阿鼻叫喚の喧騒の中ですることにはなりましたが、これはこれで毎日お祭りみたいで好きですよ」

 煮麼筮は、懐かしい過去の記憶を思い返すように目を細めて語る。

 なるほど、と苑奈は相槌を打ち、グラスの縁を指先でなぞる。

「しかしそれでも、君ほどのプロポーションと美貌ならば、モデル業の世界に飛び込んでも瞬く間にトップに君臨できそうなもんだが。芸能界が放っておかないだろう」

「あー、確かに学生時代は、歩くたびに街角で胡散臭いモデルスカウトの人から声はかけられたりしたんですけどねぇ。でも、全部きっぱり断っちゃいました」

「ふむ? 煌びやかな世界には気が進まなかったのか」

「まぁそうですね。撮影のスケジュールに縛られたり、事務所に収入を中抜きされてキツかったりするとはよく聞きますし」

「それはあるだろうな」

「苑奈さんもそう思いますか」

「ああ。正直、私もなりたいとは思わんな」

「はは、同じですね。それでもし万が一有名人になんてなったら、それはそれで私生活の自由がなくて窮屈になりそうというか……ほら、ああいう公の職業になると、根も葉もないスキャンダルとかである事ないことメディアに面白おかしく言われそうじゃないですか。その道では超が付く有名人の苑奈さんなら、嫌というほど心当たりありそうじゃないですか?」

「あぁ、確かに。それは痛いほどよく分かるよ」

 普段は堅牢なセキュリティに守られた研究室にこもりっきりの苑奈自身に直接の醜聞の経験はない。しかし、能力研究の第一人者として国家機関や社会的影響力を持つ大物、巨大多国籍企業と関わる機会が多い立場上、裏社会の汚職や隠蔽による不祥事の暴露、あるいは全く事実無根のライバル企業による醜聞の拡散など、嫌でもそう言った人間のどす黒い欲望に塗れた類の話は耳に入る。有名税という言葉の重みを、苑奈は嫌という程熟知している。

「まぁ、私は誰にも縛られない自由な生活の方が性に合ってるというか、好きなので。この長身を活かしてくれとバスケなんかのプロスポーツの世界なんかにも熱烈に誘われたことはありますけど、やっぱり好きなことをマイペースにしたくてですね。それに、今の時代は派手に能力を戦略に組み込んだ異能スポーツの方が大衆にウケるので、私のこんな地味な能力じゃとても第一線では通用しませんし」

 そう自嘲気味に笑い、煮麼筮は右手の人差し指と中指を軽く擦り合わせる。

 ぽっ、と。指先から百円ライター程度の、本当にささやかで小さな赤い火が灯る。

 真偽のほどはともかく、本人曰くこれが自身の有する能力の全て、らしいとか。確かにこれだけの火力では、危険行為以外での能力使用が合法化された現代のド派手な異能スポーツの競技において、戦力として使えるとは到底思えない。

「ああ、君が以前言っていた、指から小さな火が出る能力か」

「違いますよ苑奈さん。指からちっさい火が出る能力、ですね。戸籍上の正式な登録はそうなってますから」

「そ、そうなのか。ニュアンスの違いがよく分からんが、すまん」

 どうやら、その名称には並々ならぬ強いこだわりがあるらしい。

 戸籍上の能力名は本人の自由意志で決定できるとはいえ、公の場や人に能力名を申告する時に、ちっさい火、などという幼児語めいた名称は言いづらくはないのか、と苑奈は首を傾げる。

「まぁ、プロの異能スポーツでは全く使えそうにはありませんけど、このバーの仕事では結構役に立つんですよ。うちでは上等なシガーも扱っているんですけど、ガスライターやバーナーを使わずに私の能力でスマートに火をつけてあげることが出来るんです。変な香りがつく事もないですよ」

「ほう、シガーがあるのか」

 その甘美な単語に、苑奈の脳髄が鋭く反応した。

 星ヶ咲の目がある前では極力避けてはいるが、徹夜の論文執筆の後や、誰もいないラボで一人の時間を過ごす時など、嗜好品として密かに高級葉巻を嗜んだりする習慣がある。

「はい。苑奈さん、もしかして葉巻はお吸いに?」

「吸うとも」

「へぇー、それは初耳ですね。色んな雑誌やネットの記事なんかで苑奈さんの事は見てましたけど、葉巻を吸っているのは知りませんでした」

「あくまで趣味だからな。わざわざ公表する必要もないだろう」

「それはそうですね」

「最近は小煩い助手がいてあまり吸っていなかったが……良質なものがあるなら、是非とも一本出してくれないか」

「なら、キューバ産がありますよ。徹底した温湿度管理で、いい感じに熟成されてます」

 煮麼筮が、カウンターの下に備え付けられた巨大なワインセラーの下段を静かに開ける。中には、多種多様な銘柄のシガーが整然と美しく保管されている。

「銘柄は何が良いでしょうか?」

「コイーバ・シグロIIはあるか?」

「もちろんです。流石ドクター苑奈、お目が高い。通、ですね。吸い口のカットはどうしましょうか」

「Vカットは出来るか? 長年の経験上、あの形状が一番香りを引き立たせてくれて美味い」

「わかりましたっ、お任せください」

 煮麼筮が恭しい手つきでシガーと専用のVカッターを取り出す。

 そのカッターはシュッとした流線型の洗練されたデザインで、表面には微細で美しい装飾が施されており、流石場末のバーにあるような安物ではないことが一目で伺える。

 熟練のバーテンダーは慣れた手つきでパチン、と小気味よい音を立てて葉巻のヘッド部分を切り落とす。そして再び指先からぼっと小さな火を出し、フット部分を均等に炙り始めた。

 苑奈は、その流麗な所作を眺めつつ、丸メガネに手を伸ばし、内蔵された異能出力測定装置、精神波動可視化機構《オーラ・ヴィジュアライザー》を密かに起動した。

 特殊なレンズ越しに、煮麼筮の全身を取り巻く薄紫色のオーラ……異能の出力を視覚的に表す波長が可視化される。しかし、観測される数値と光のゆらぎは、やはり一般的な小市民の体をうっすらと覆う程度のか細く平凡なもの。

「はい、綺麗につきましたよー」

 煮麼筮の朗らかな声。

「あとこれ、灰皿です」

 ことりと、専用の灰皿を卓上に置き、火のついた葉巻を差し出してくる。

「どうも」

 苑奈は葉巻を指に挟んで受け取り、ゆっくりと口腔へと濃厚な紫煙を吸い込む。ドローは極めてマイルドで滑らか。上質なコーヒーの苦味、バニラの甘い香り、そしてローストしたナッツの香ばしいスパイスが複雑に絡み合い、極上のハーモニーを感じさせる。口や鼻腔から抜けるそのアロマのバランスも絶妙であり、シガーに対する彼女の確かな知識と、徹底した品質管理が為されていることが伺える。

 丁度、そのタイミングで酔いつぶれかけていた先客の二人が、千鳥足で席を立ち、会計を済ませて狂騒のフロアへと消えていった。

 カウンター周辺には、苑奈と煮麼筮、二人きりの空間が訪れる。

 周囲に邪魔者がいないこの好機。苑奈は、知的好奇心を満たすための本題に入ることに決めた。

 甘い煙をゆったりと虚空へ吐き出しつつ、鋭い視線を煮麼筮の双眸へと突き刺す。

「……それで、君の能力だが」

「あー、やっぱり気になりますか」

 途端に、煮麼筮を覆っていた空気が一変する。

 先刻までの陽気で人懐っこいバーテンダーの態度がスッと鳴りを潜め、静謐で底知れぬ深淵のような雰囲気を纏う。だがその実、彼女の整った顔立ちは、その質問が来ることは最初から予想通りだった、と如実に物語っている。

 苑奈は、葉巻を咥えたまま、煮麼筮の反応を油断なく見やった。

 あの日、東京の巨大なスクランブル交差点を丸々飲み込む程の途方もないスケールで展開された、あの絶望的なまでに巨大な異能出力オーラ。あれが彼女の真の力であるならば、指先から小さな火花を出す程度のこんなちっぽけな能力であるはずがない。

 煮麼筮は、自身の長い髪を指先で弄りながらしばらく沈黙し、思案を巡らせた後に口を開く。

「確かに、ドクター苑奈さんの優秀な頭脳が導き出した推測の通りですね。色々とのっぴきならない諸事情がありまして、このちっさい火の能力は、私の本当の力ではありません」

「な……」

 天才たる己の思考を完全に読まれた、と苑奈は内心で舌を巻き、僅かに目を見張った。まだ、「君の能力だが」と、主語を投げかけただけに過ぎないというのに。

「分かりました。苑奈さんに免じて、特別に教えても良いですが……ただし、私から幾つか絶対に守ってほしい条件が」

「なんだ?」

 苑奈は身構え、葉巻を持つ手に微かに力を込める。

「まず、記録を、音声・映像問わず一切残さないこと。あと、私の能力について、その優秀な頭脳や設備を使って詳しく調査・研究なんかも控えて貰いたいですね。あくまで、苑奈さんの個人的な脳内完結の秘密、ということでお願い出来ますか?」

「む……まぁ、分かった。良いだろう、研究者としての名誉に懸けて約束する」

 学術的データとして残せないことに多少の不満も覚えたが、ここは嘘偽りない本心で返した。

 プライバシーにも関わる重大な事だろうが、それにしてもやけに慎重な姿勢だなと勘ぐる。だが、この得体の知れない規格外の女の謎を解き明かし、純粋な知的好奇心を満たしたい、という渇望が勝り、煮麼筮の提示した条件を丸呑みすることにする。

「とは言え、この壁に耳あり障子に目ありのディスコバーで、そんなディープな話をするのは流石にアレですね。場所を変えたいところですが、どうしましょう? 個人的にお会いするのは構いませんが、如何せん場所が……」

「なら、私の研究所、個人ラボなんかはどうだね? あそこは私が作った防壁がある。外部に情報が漏れる心配は万にひとつもあり得まい。何、勝手に生体データや隠し撮影などを強行するような野暮な真似はしないから安心してくれ」

 苑奈の自信に満ちた提案に、

「あ、それは良いですねっ! 私も学生時代は大学の能力研究サークルに所属していたので、世界的権威であるドクター苑奈の最先端のラボ内部は、以前からすっごく気になっていた憧れの場所なんです。是非お邪魔させてください」

 煮麼筮も、先程までの警戒を解いて嬉しそうに何度も頷いた。

「苑奈さん、近々で予定が空いてる日はありますか? 私はシフトの関係で、この日が大丈夫ですけど」

 ホロフォンを出し、直近の休日の日付を提示してくる。

「ああ、その日ならスケジュールを空けておくよ。助手には適当な理由をつけて有給でも取らせておく」

 苑奈は、未知なる真実へ近づける興奮を悟られないよう、努めて冷静な声色で答えた。

 すると煮麼筮が、悪戯を企む子どものように、にまっと魅惑的な笑みを深める。

「ふふっ。なら、その日で決まりですね。ドクター苑奈との秘密のデート、楽しみにしてます」

 狂騒の音楽が響き渡る不夜城の片隅で、天才科学者と謎多きバーテンダーの間に、ささやかで危険な密約が交わされる。

「デート……という言い方はないだろう」

 苑奈は煮麼筮を見た。

 期待で胸が高鳴るのを隠しきれない。

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