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オール・ギフテッド  作者: パラデミコプス
第一部 第三章 強能力

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能力戦-スカッフル- 五

(素晴らしい、本当に素晴らしいですよ、亜鳴蛇さんっ!)

 莎我夜美奈は、絶え間なく続く激しい攻防を繰り広げつつ、その胸中を狂おしいほどの歓喜で満たしていた。

 お菓子を実体化させる能力。自身がこれまでの人生で一度でも食べたことのある菓子類を実体化させ、さらに自在に動かすという異能。

 物質を無から実体化させて念動力のように動かすという物質具現化能力自体は、この異能普遍社会においてはそれほど珍しいものでは無い。だが、彼女が保有する異能の規格外な所は、出力される圧倒的な規模と汎用性、そして神業の如き精密さ。

 ただ巨大な菓子を無尽蔵に出現させる、暴力的な出力だけでは無い。

 菓子を正確な軌道で動かすだけではなく、あらゆる複雑な機械や構造物の形を寸分違わず再現できる精密性。それだけではなく、先程披露した氷菓子の冷気のみを抽出する、あるいはホットスイーツからは熱エネルギーのみを抽出するなど、まるで多重属性であるかのごとき、汎用性の異常な高さ。

 その強力無比かつ万能な能力故に、彼女はこれまでの人生の能力戦において一度たりとも敗北や苦戦を味わったことがなく、常に無敗の女王として学校ナンバーワンの座に君臨してきた。

 この魔窟、地雷系女子大学に入学してからも、その圧倒的な覇道は変わらない。

 今年度入学するや否や、まず最初に自身の能力を鼻にかけてブイブイ言わせている不良生徒や実力者へ、同学年・先輩の垣根を問わず、次々と野試合の勝負を仕掛けた。

 地女大の電気使いナンバーワンと謳われる二年の威乃森朋美を筆頭に、戦闘系能力で学園を牛耳っていた女子生徒たちを全て力で捩じ伏せ、あっという間に弱肉強食の大学ナンバーワンの座を確たるものにした。

 しかし、彼女がそうして学園の頂点に立つ傍ら、情熱を注いで同時に行っていたのは、趣味であるネット小説の執筆活動。

 幼少の頃から作家志望であり、日夜キーボードを叩き続けていた。自身が体験した出来事や、異能普遍社会という現実世界を元にした、リアリティ溢れるバトル・ファンタジー小説を書いていたのだ。

 とはいえ、莎我がこのように敗北の苦汁も、苦労など一切知らずに無双して生きてきたため、どうも主人公が苦戦する緊迫した描写や、血に塗れた泥臭い感情の機微が中々上手く書けず、致命的なスランプに陥ってしまった。

 そうして創作の壁を破るために起こしたのが、今回起こした前代未聞の菓子・パンデミック。自己の能力をリミッターを外して全開放し、あっという間に広大な校舎一帯を菓子まみれにした。甘い狂気の飛び交う大学という非日常空間を作り出し、極限状態から新たな閃きを得るという、狂気に満ちた作戦だった。

 当然、世間を巻き込む大騒ぎになり、国から<国家指定危険能力者>の認定を受けてしまったが、それすらも彼女にとっては、自身の作品制作を彩る最高のスパイスに過ぎなかった。

 しかし、莎我が心の底から真に求めていたのは、そんな一方的な蹂躙劇ではない。自らの全存在を懸けて戦える、実力の拮抗する強者との勝負だった。

 これまで、莎我は一度たりとも自身の能力をフルに解放し、限界を超えた能力戦をしたことはない。この地女大で数多の実力者に完勝したのも、莎我からしたらほんの少し「戯れた」程度の、退屈な準備運動に過ぎなかった。

 とは言え、彼女も一応は最低限の倫理観と常識は持ち合わせている。能力戦と言っても、この世界には能力自由行使法という法律が存在する。

 そのため、相手を能力で傷付ける訳にもいかず、そもそもそんなことをするつもりもない。だが、そうすると必然的に、圧倒的に弱い相手に合わせて大幅な手加減をしなければならない。

 実力の拮抗する相手と、互いの全てをぶつけ合う勝負をしたい。というのが莎我が一番望む切実な願いだったが、それは現実的に極めて厳しく、半ば諦めの境地に達していた。

 そんな絶望の中、突如としてキャンパスに現れたのが、亜鳴蛇筮麽という規格外の女だった。

 この惨状にも飽きて来て、屋上から退屈そうに眺めていた時、眼下に現れた、圧倒的な触手の暴力で空中の菓子類を次々と掴み取っている長身の女。これ程の洗練され、さらに高出力な異能の使い手は、莎我の今までの人生で見た事がない、まさに本物の強者。

 すぐにでも地上に降り立ち、全力の勝負を挑みたかったが、予想以上に大勢の野次馬やメディアが校舎周辺に押し寄せてしまった。これでは周りの無関係な一般人を巻き込む恐れがある為、思うように能力を発揮できない。

 さらにそこへ、威乃森を赤子の手をひねるように軽々退けた謎の電気使いの女、鴨紅柄長まで現れた。外部から来た、地女大には存在しないであろう圧倒的実力者たちの来訪に、莎我の心臓は狂おしいほどの歓喜に打ち震えた。

 しかし、中途半端な能力戦では終わらせたくなく、結局はキャンパスの騒動が落ち着くまで、屋上でじっと息を潜めて何も出来ずにいた。彼女らが帰ってしまう前に何とか接触を企図しようと焦っていたが、幸いなことに、向こうからこの屋上へと足を運んでくれた。

 そして筮麽へ果し合いの能力戦をしかけ、目論み通り、今こうして血湧き肉躍る至高の能力戦を繰り広げることが出来た。


 空中。凄まじい数の巨大な極彩色の菓子が浮かび上がり、同じく無数の紫色の触手が乱舞し、天空を駆ける飴細工のバイクを執拗に追いかける。

「最高です、亜鳴蛇さんっ! 本当に素晴らしい能力ですね! ですが、私も負けていませんよ!!」

 莎我が、風を切り裂きながら心の底から嬉しそうに叫んだ。能力を全開放した戦いなど生まれて初めてであり、その銀鈴のような声は、かつてないほどの喜悦と興奮に満ち溢れていた。

「うん。すごいね、莎我。本当に、こんなに何でもできるなんて、心底感心するよ」

 筮麽もまた、気怠げな無表情を少しだけ崩し、口角を上げていた。

 あらゆる異能の完全コピーという世界最強の異能を持つ筮麽からすれば、莎我のしている<菓子であらゆるものを再現する>という事自体は、形どころか実物の物質、あるいはそれに極めて近いものを創造して再現するなど、その気になればいくらでも簡単に真似できる。

 しかし、自分のような何でもありの万能なズルい異能ではなく、ただ一つの異能を極限まで鍛え上げ、ここまで様々な事象を引き起こすその異常な執念と才能には、偽りなく感心していた。

 筮麽の心境もまた、徐々に変化していた。

 最初はただコピーするための作業としか思っていなかった興味のない能力戦が、彼女の卓越した技術を前にして、ほんの少しだけ面白く感じて来ていたのだ。

 反撃の狼煙を上げる。

 現在この厄介な薔薇色髪の女、莎我相手に駆使している能力。それは、彼女の有する真の異能にして世界最強の反則技、視認した能力を行使する能力の存在を周囲から完全に隠蔽する為、表向きの擬態として構築したオリジナルの偽装能力。

 すなわち、身体から触手を生やす能力のみ。

 とは言っても、その機能はただ単に肉体の表面からヴァイオレットの触手が生え出るだけ、といった単純な生物的変異には到底留まらない。

 幼少期、彼女がこの偽装能力を脳内で設計・構築する際、自身の無尽蔵なコレクションから数多の能力の要素を複雑に抽出、ブレンドし、色彩の変異や硬度・質量等の形質変化など、およそひとつの能力に留まり切らないほぼ万能の異能に仕立て上げてある。あまりの万能っぷり、汎用性の異常な高さを他人に問われた際には、複数の異能特性を併せ持つ特異体質、多重属性(ミクス・スキル)ということにしてあるが、異能の真実を知る柄長からすれば白々しい言い訳の極み。

 今現在でも、筮麽はこっそりと見た目上目立った変化のない地味な能力を新規にコレクションから追加し、自らのぐーたらで怠惰な日常使いでより快適にする為、密かに触手のアップデートを続けている。

 そして、この見慣れた愛用の触手だけで目の前の小娘など赤子の手をひねるように捩じ伏せるつもりだったが、まさかここまで執念深く食い下がって来るとは完全に予想外。あらゆる能力を無造作に模倣し、無数の異能をただの便利ツール扱いし適当に使い散らかして来た自身とは違い、この莎我夜美奈という女は、ただひとつの異能を狂気的なまでに極め、これほどまでに多彩で華麗な芸当を披露してくれた。

 眼前。

 精緻な飴細工のバイクで猛スピードで駆け回る女の才覚を多少は認め、ほんの少しだけ深淵の力を奮ってやることにした。

 視認した能力を行使する能力。

 深層心理に広がる無辺大の能力コレクションから、今までコピーしてきた幾千万の能力のうち、現在の状況に最も適切な能力群を瞬時に抽出する。

 人間を感知する能力。

 視覚や聴覚といった五感に頼らず、第六感的な霊的波長で対象の人間を感知できる、極めて高精度な感覚系異能。

 ただし、近くのガーデンテーブルで呑気に観戦している柄長や伽羅部、あるいは校舎周辺に群がる地女大の生徒達の雑多な生体反応は除外し、その探知対象は上空を飛翔する莎我一個人のみに絞り込む。

 対象をロックオンする能力。

 筮麽の冷徹な視界に、最新鋭の戦闘機や軍事用の戦術レーダー画面のような幾何学的な照準マーカーが浮かび上がり、高速移動する莎我の姿をミリ単位の誤差もなく正確に捉えた。

 そして、ホーミングさせる能力。

 これを、自身から伸びる無数のヴァイオレットの触手に対して直接発動させる。

 本来この能力は、自身の身体が対象の引力に多少引っ張られるだけという、いささか使い勝手の悪い弱能力。だが、そこにさらに、ものを正確に追跡する能力を同時発動させ、対象の軌道予測と追尾精度を極限まで高めることで、その欠点を完全に補完・相殺した。

 さらに駄目押しとばかりに、自動で反射する能力を発動させ、このロックオン能力の機能群と掛け合わせる。

 これら複数の異能が織り成す、まさに神の如き異能の暴力。

 これにより、いくら莎我が空中を縦横無尽に動き回ろうとも、筮麽の触手は自律的な殺戮兵器と化し、目標である莎我の急所へと永劫に自動追跡することになる。

「……おや? 触手の動きが、変わりましたね」

 空を駆ける莎我は、肌を刺すような悪寒と共にそれを鋭く感じ取った。

 いままで筮麽の放つ無数の触手は、獲物を狙う巨大な蛇や生物のように有機的にうねりながら追いかけて来た。しかし先程からの動きは、それまでとは全く打って代わり、まるで感情を持たない冷徹な機械の如く、最短距離と最適解の軌道を描いて正確に自分を追跡し始めた。

 莎我が空中に散りばめた、防御用の分厚いスポンジの障壁や粘着質の水飴の網を、プログラミングされたかの如き正確無比な動作で次々と避け、ただ目標たる自身のみを執拗に追跡してくる。

 何とか触手の猛威を防ごうと、さらに水飴の触手や巨大マカロンなどの手数を狂ったように増やす。だが、筮麽の触手はそれら有象無象の障害物を全てミリ単位の身のこなしで正確に躱し、怒涛の勢いで莎我に向かって迫り来る。

 いくら莎我の能力の精密性が天才的な域に達しているとはいえ、所詮その司令塔を担う脳はただの人間。

 対する筮麽の、複数の能力を悪魔的に組み合わせた超常の追尾性能は、人類の科学力が生み出した最新鋭のミサイル追尾装置すら遥かに上回っており、もはや人間の反射神経や動体視力では対処不能の領域へと突入していた。

「なっ……!?」

 先程までの狂喜に満ちた余裕の表情は完全に消え去る。 

 焦燥に駆られ、筮麽の触手の動きを物理的に止めようと、遂に能力の出力を自らの限界を超えた最大値へと引き上げた。

 天空を覆い尽くすほどの、触手が絶対に避けられない巨大な水飴の海や、絶対零度の冷気を放つフリーズドライの巨大アイスの氷壁を出現させ、即座に迫る触手群へ纏わりつかせた。そのまま急速冷凍・硬化させ、触手の動きを完全に固定・封殺しようと試みる。

 しかし。触手はそれらの堅牢な防壁を紙屑のように貫き、一瞬で粉々に破壊してのけた。筮麽は追尾機能だけでなく、触手そのものにも身体強化の異能を幾多も多重発動させており、既にその運動エネルギーと破壊力は、莎我の出現させられる如何なる菓子類の硬度をも一瞬で粉砕できるほどの異常な火力水準に達していた。

「くっ……!? なら、スピード勝負ですっ!」

 あっという間に背後まで迫り来る紫色の死神。

 額に冷や汗をかき、莎我は跨る飴細工のバイクのスピードを限界の最高速度にまで引き上げた。

 しかし。

 神速で移動する能力。

 筮麽もまた、冷酷な瞳で莎我を見据えたまま、加速系の能力を容赦なく発動させた。

 空気を劈くような爆音と共に、風を切り裂き触手が一気に亜光速の如き速度へと加速。瞬きする間もなく、遂に逃走するバイクの車体へと到達した。

 ガキッ、という衝突音と共に、一瞬にして飴細工のバイクはバラバラの破片へと破壊され、無数の甘い部品の残骸が虚空に飛散した。

「わわわっ!?」

 足場を失い、同時に高空へと無防備に投げ出された莎我。咄嗟の判断で、眼前に極厚の巨大スポンジケーキを出現させ、それを緩衝材にして落下の衝撃を軽減しようと試みた。着地後即座にそのスポンジを新たな飴細工の乗り物へと変形させ、空中で体勢を立て直そうと念を込める。

 だが。

「あ、あれ……?」

 自身の身体に触れているはずの巨大スポンジが、一向に自身の意思に呼応して変形する様子がない。

 それどころか、手足に強烈な圧迫感を感じ、身体が全く動かない。

「ま、まさかっ……!?」

 莎我が全身から脂汗をかき、戦慄と共に視線を自分の身体へと落とした。

 彼女を優しく受け止めていたのは、フワフワのスポンジケーキなどでは決してなかった。それは、筮麽の能力により極限まで柔らかく、かつ強靭に変質させられた無数の紫色の触手。触手は幾重にも莎我の華奢な身体を隙間なく覆い尽くし、手も足も出ない状態に完全に捕らえていた。

「……そうですか、負けちゃったんですね」

 莎我は、己の敗北を悟り、直ぐに静かな声で負けを認めた。

 一切の身動きすら取れず、完全に生殺与奪の権を握られる。

 弁解の余地もない完全敗北。自身の敗北を認めず、みっともなく大声で駄々をこねるような無様な真似は、彼女の誇りが許さない。

 莎我はスッと能力を解除し、キャンパス上空を埋め尽くすように浮かんでいた無数の巨大な菓子類を、幻影のように一瞬にして虚空へと消失させた。

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