能力戦-スカッフル- 四
眼前に展開する超常の激闘。
それをガーデンテーブルから優雅に見物する四人。
「で、どっちが勝つと思う? これ」
麤月輪が、まるで映画館のシートでポップコーンを頬張るかのような何気ない口調で言った。もはや完全に観客の気分に浸りきっている。
「どう見ても、普通に莎我でしょ」
西圓寺が紫煙を細く吐き出しながら、極めて冷静な分析を口にする。
「あの子がその気になれば、この校舎一帯どころかキャンパス全域を一瞬でまた致死量の糖分で埋め尽くしてお菓子まみれに出来ちゃうわけだし、そもそもの出力規模が違うというか。それに、洋の東西を問わず色んなお菓子を無尽蔵に出せちゃうのが、あの子の能力の最もチートなところ。亜鳴蛇の触手も確かに凄いけど、手札の数、引き出しの多さじゃ到底敵わないでしょ」
(……いや、筮麽はこれまで色んな人からコピーした能力無数に持ってるから、引き出しの数であいつと同じレベルに達するやつなんて、煮麼筮さんくらいしかいないと思うんだけどさ)
柄長は「うんうん」と適当な相槌を打ちつつ、内心で密かに突っ込みを入れた。世界最強の異能を誇る筮麽の真の恐ろしさを知るのは、この場において柄長ただ一人。
「郝躬ぃ。アンタは見てなかったろうけど、昼頃の筮麽もマジで凄かったんだからっ。緋羅々とのお菓子取りバトルで、今の何倍もの数の触手生やして、空中の巨大お菓子をバンバカバンバカ一網打尽に取っちゃったんだからっ」
伽羅部がなぜか自分の事のように胸を張り、自慢げに鼻息を荒くする。
「あー、でもさぁ。やっぱり莎我の方が圧倒的に手数の引き出しは上じゃない? あの子のまじにやばいところって、お菓子使ってほぼ何でも出来ちゃうことだし。ほんと、一人で軍隊と戦争できるんじゃねってレベルのチート能力すぎるんだよ。物理攻撃しかできない触手だけの筮麽じゃ、さすがに分が悪いって」
麤月輪がひらひらと手を振って、伽羅部の意見を否定してみせる。
「柄長はどう思う? この最強女決定戦みたいな勝負」
そのまま横でぼーっと目の前の戦いを見つめていた柄長に、麤月輪が話を振った。
「え? ……あー、まぁ筮麽じゃないの。みんなは知らないと思うけど、こと物理的戦闘においては、あいつに勝てるやつとか日本にほぼいないんじゃないかな」
柄長は知っている事実を隠しつつも、条件反射で正直な見解を答えた。
「ん、なにさ柄長? やっぱり仲の良い友達を身贔屓で応援しちゃう的なあれ?」
麤月輪がにやにやと意地悪く笑いながら言った。
柄長がやや苦い顔をして訂正しようとしたが、
「アタシは筮麽側につくわっ! 莎我のやつ、ただでさえルックスが良くて男受けしそうなのに、能力も派手で映えるし、強くて実力は地女大ナンバーワンっ!? ちょっと調子乗りすぎだっ! いけっ、筮麽っ! その生意気で小癪なお菓子女をコテンパンのメロメロにしてやれっ!!」
横から強引に割って入った伽羅部。
獣の如く吠え、両の拳を天高く突き上げて筮麽へ狂信的な声援を送り出した。
現実世界では常に他者からの注目を求め、インストなどのSNSでは自称大食い女王として様々な食事の写真を並べたり、大食い動画の配信などをし、他者からの賞賛を得て承認欲求を満たしたい、そんな悲しき業を背負う伽羅部のような女にとって、やはり莎我夜美奈のような「見た目よし、能力強し、学園での地位よし」という三拍子揃った完璧超人は、強烈な嫉妬心とルサンチマンの対象になるらしい。
柄長、西圓寺、麤月輪の三人は、呆れ半分、哀れみ半分で、口角から泡を飛ばさんばかりに熱狂する伽羅部へ冷ややかな視線を送った。
そんな伽羅部の怨念めいた声援を背に受けている筮麽。彼女の白魚のような指から生えたヴァイオレットの触手のうち一本が、大気を切り裂く程の速度でうねり、その極限まで硬化した鋭利な切っ先が、襲い来る莎我の強靭な水飴触手を熱したナイフがバターを撫でるように易々と断ち斬った。
「え?」
莎我が予想外の切れ味に素っ頓狂な声を上げた。
それと同時。
第二、第三の触手が躍動。
莎我が次の防御行動に反応するより早く、死角から迫る別の水飴触手をすぱん、すぱんと立て続けに切り裂いた。切断面から甘い匂いを漂わせる水飴は、そのまま重力に従い地にどすんと重い音を立てて落ちる。
しかし、水飴触手は超高速で筮麽へ向かって突進していた所を物理的に切断されたため、慣性の法則に従い、そのうちの巨大な破片のひとつが砲弾の如き速度で柄長らが座るガーデンテーブルへと飛んでいった。
「げえっ!」
凄まじい風切り音に真っ先に察知した柄長が、悲鳴に近い声を上げた。
水飴触手の先端は丸みを帯びているとはいえ、筮麽の硬質な触手と激しくぶつかり合えるだけの尋常ならざる硬度を持つ。あんな質量が直撃すれば、ただの打撲では済まず、骨の一つや二つは容易く粉砕されそうだ。
柄長が即座に能力で防ぐべく、咄嗟に右手を上げようとしたが。
その行動が完了するよりも早く、シュッ、と。銀色の鋭い針のようなものが、飛来する巨大水飴触手の中心に深々と突き刺さった。
「お、よかったよかった。綺麗に刺さった」
テーブルに身を乗り出した麤月輪の右手の五指から、鋭利な銀色の爪が刀剣の如く長く伸びていた。
柄長がそれを見て、
「びっくりした。それが緋羅々の能力?」
「そうとも。銀の爪を伸ばす能力だよ。どう? 筮麽のうねうねしたメタリックな触手も綺麗だけど、私のこのシャープな爪もなかなかいいもんでしょ」
「へぇー、こりゃ本当に金属みたいで綺麗だ」
柄長は麤月輪の銀の爪の放つ冷ややかな光沢を見つつ、感嘆の声を漏らした。
「で、この巨大水飴、串刺しにしたはいいがどうするよ」
麤月輪が爪に突き刺さった、人の頭ほどもある水飴の塊をひょいと持ち上げた。
「ん、アタシが食っちまうわ。ほれ、こん中に入れて」
「はいよ。大食いおばけめ」
伽羅部の広げた巨大な紙袋の中へ、麤月輪が水飴を乱暴に突っ込む。
「こらっ! 筮麽っ! ギャラリーのこっちまで巻き込むなぁー!! 慰謝料は今度のラーメン奢りで手を打つけどねっ!!」
早速袋から取り出した硬い水飴をバリボリとハイエナのように噛み砕きながら、伽羅部は遠くで戦う筮麽へ理不尽な文句の叫びを上げた。
「……伽羅部って、いつもこんな感じでテンションおかしいの?」
柄長が西圓寺にこっそりと訊ねた。普段はクールで落ち着いた雰囲気の柄長は、伽羅部のジェットコースターのような感情の起伏とテンションの高さに、早くも少し疲れ気味。
「まぁ、うん。無駄に元気でしょ、うちの瞰は。食欲と自己顕示欲の化身だから」
西圓寺がやれやれと苦笑いしつつ答えた。
「大変だね、お互い。面倒なのを抱える身としては」
柄長も同情の眼差しを西圓寺に向けて言った。
一方の筮麽は、さっさと目の前の面倒な薔薇色髪の女を無力化する為、次なる行動に移していた。
莎我が熱弁を振るっていた、小説家にナローというWeb小説投稿サイトの作品のネタが欲しいため能力で死力を尽くした勝負がしたい、という彼女の個人的な狂信的欲求など、筮麽にとっては本当にどうでもいい。そもそも、純粋な能力での戦闘など面倒くさい以外の感想がないし、彼女の自慰的なお遊びに付き合うのも心底億劫になってくる。
このまま単調な触手の打ち合いを続けていても、一向に相手の能力の本質が把握できず、結果としてコピーには至れない。ならば、いい加減この茶番を強制終了させ、用事を手っ取り早く済ませたいという効率重視の思考のみが、筮麽の脳内を渦巻いていた。
「なにを、まだこれからです……! 私の能力はこんなものじゃありませんよっ!」
莎我が焦りの色を見せつつ、更に空中に大量の水飴の玉を発生させ、触手の手数を倍化させる。しかし筮麽は涼しい顔のまま更に触手を細かく枝分かれさせ、襲い来る水飴触手を全て木っ端微塵に切り落としつつ、じりじりと莎我の元へ歩み寄る。
「……なるほど。どうやらこの単純な触手勝負では、圧倒的にそちらに分があるようですね。物理的な力では敵いません。では、ここからが私の真骨頂、本番ですっ!」
シュン、と。莎我が叫びつつ指を鳴らすと、空中に浮かんでいた水飴の玉が幻のように掻き消える。
「え? いや本番とか別にいいんだけど……もう降参して能力の種明かししてくれない?」
「行きますよっ! お菓子を実体化させる能力、全開放してお相手致しましょうっ!!」
筮麽の静止の言葉など全く聞く耳を持たず、莎我は高らかに宣言した。
そんな彼女を問答無用で捕縛すべく、真横から筮麽の柔らかく粘着質に変質させた触手が大蛇の如く迫る。
しかし、それは虚しく空を切った。先程までそこに立っていたはずの莎我の姿が、忽然と消え失せている。
「お?」
筮麽は冷静なまま、気配を感じてスッと上へ目をやった。
すると、十数メートル上空。そこに突如出現した、直径三メートルはあろうかという巨大なチョコレートドーナツ。その中心の穴にすっぽりと身を収め、天空に高く浮かぶ莎我の姿。
莎我の有する能力は、単なる菓子の創造に留まらない。実体化させた菓子を、極めて強力な念動力のように自在に空中移動させる特性を持つ。その反重力的な浮力を利用し、巨大なお菓子を簡易的な乗り物として代用し、空中浮遊を可能にしているという訳だ。
「驚きましたか? ですが、私の真の力はまだまだこんなものじゃ──」
莎我が天空から見下ろし、自慢げに台詞を口にする間もなく。即座に筮麽の紫色の触手は、彼女へ向け天を突くように急激に伸びていく。
「おやおや、人が気持ちよく喋ってる途中ですよ、亜鳴蛇さんっ! せっかちですね!」
しかし莎我はそう軽口を叩きつつも、極めて冷静。直ぐにドーナツから手を離し、自ら空中に身を躍らせた。そのままだと自由落下を余儀なくされ、高さ十数メートルの高空から硬いコンクリートの地上に叩きつけられ、シュークリームのように潰れてしまう。
だが、莎我の万能な能力にかかれば、そんな物理法則による悲劇は起きない。落下地点の真下に、瞬時にフカフカの巨大な綿飴を作り出し、トランポリンのようにそこへ無傷で着地した。
「へぇー、すごいね。綿飴に乗っかるなんて、そんなことも出来るんだ?」
筮麽が、敵の鮮やかな立ち回りに対し素直に感心し、声を上げた。
感心したと言いながらも、ちゃっかりと触手は逃げる彼女へ向け容赦なく伸ばす。しかし莎我は、足場の綿飴を宛ら仙人の乗る筋斗雲のように空中で高速移動させ、迫り来る触手の乱舞を軽やかに躱していく。
「驚くのは早いです! まだまだこれからですよっ!」
莎我は両手のひらを上げ、三十センチ程の巨大なポップコーンを虚空に出現させ、筮麽に向け格闘ゲームの波動拳の様に手を突き出し、凄まじい速度で射出した。
筮麽の触手が、向かってくる巨大ポップコーンを的確に突き刺す。それと同時に、ポップコーンは本来のコーンの如く爆弾のように激しく弾け、数千ものポップコーンに分裂し、散弾となって筮麽に降り注いだ。
しかし、筮麽の防壁もまた完璧。即座に右手の指先から、髪の毛程の極細の糸のような触手を数百本、ビシッと高速で網の目状に伸ばし、空中で弾けた全てのポップコーンの破片を寸分違わず正確に捕らえた。
「お、美味いじゃん。君の作るポップコーンも。塩加減が絶妙」
早速捕らえた大量のポップコーン付きの触手を一気に口元に運び、ぽりぽりとリスのように咀嚼して食べる。
それと同時に左手側の触手も数十本に分離させ、さらにうなじから新たな複数の触手を生やす。引き続き上空の莎我を執拗に追い続け、遂にそのうち一本が莎我の乗る綿飴の端を捕らえた。
だが莎我は即座に、一切の躊躇なく綿飴から飛び降りる。
「では、もう少し速度を上げてみましょう!」
次に彼女が空中に出現させたのは、内燃機関からタイヤの溝に至るまで完全に飴細工で構成された、極めて精巧な実物大のレーシングバイク。同じく硬質な飴細工のゴーグルを出現させて目にかけ、バイクに跨る。
刹那、バイクが虚空を蹴り、先程の筋斗雲の比ではない猛烈な速度で空中を駆け回り始め、筮麽の触手との三次元的な鬼ごっこを開始する。
「どうでしょうか? 亜鳴蛇さん! 素晴らしいでしょう、私の能力はっ!」
「うん。そんなこともできるんだ。器用だね」
筮麽が感嘆の声で呟いた。
莎我の攻勢はそれだけではない。空中に粘着性を極限まで高めた水飴の玉や、衝撃吸収に優れたフワフワのケーキスポンジ、そして鋼鉄の強度を持つ飴細工の防壁を次々と瞬時に形成。自身の機動力を以て躱すだけでなく、迫り来る筮麽の無数の触手をそれらの甘い障壁で的確に防いでいく。
しかし、筮麽の放つ触手の精密さと速度は、さらにその上を行く。幾重ものガードの隙間を縫うようにうねり、とうとう莎我の華奢な身体に迫った。
だが。
「惜しい! あと数センチ。もう少しでしたね、亜鳴蛇さんっ!」
触手が莎我の肌に触れる寸前、突如として触手の先端が白く凍りつき、完全に静止した。
これも莎我の能力の応用。かき氷やアイスクリーム類を具現化する際の、その<冷気>のみを抽出して出現させ、冷気で筮麽の触手を凍結させて受け止めたのだ。
「……すっげぇな、あの子。マジでなんでもありじゃん。あんなの、もう一つの能力の枠に収まってないでしょ」
そんな常軌を逸した空中戦を地上から眺めつつ、柄長がぽかんと間の抜けた声を上げた。手にしたiQOSのデバイスを、危うく地面に落としそうになる。
無数の異能を保有し、あらゆる事象を可能とする文字通り<何でもあり>な筮麽の暴れっぷりを見慣れている柄長でさえ、単一の能力でここまで多彩な現象を引き起こす莎我の能力の汎用性には、心底驚愕した。
「でしょ? ほんとに凄すぎるのさ、あの子。お菓子を出して動かすと言っても、その造形の精度や操作の緻密さも半端ないの。去年、二輪バイクの免許を取ったらしいんだけど、その直後にお菓子でバイクの構造まで完璧に再現して、空飛ぶバイクを作ったりしたんだよ。とんでもないでしょ?」
「いやほんとにすげぇよ。あれで単一属性? 信じられん。多重属性じゃないのか……?」
「まじで単一属性だからね。ま、生まれ持った天才的な才能ってやつだねぇ、あれは」
西圓寺は、柄長に向けてそうボヤいた。
伽羅部、麤月輪も「それ見たことか」という呆れた表情で、天空の激闘を見上げていた。




