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オール・ギフテッド  作者: パラデミコプス
第一部 第三章 強能力

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莎我夜美奈はスランプを脱したい

          七


 亜鳴蛇筮麽は、指先より射出していた強靭な紫色の触手を瞬時に収縮させ、地雷系女子大学、通称<地女大>の最高層たる白堊の屋上へと軽やかに着地した。その足裏が捉えた屋上の床面は、本来ならば平滑に整備された無機質な防水コンクリート。しかし現在、その風景は決定的に常軌を逸した異次元の様相を呈している。天を突く古代神殿の円柱の如く、あるいは摩天楼を模したオブジェの如く、巨大なチョコレートコーティングのポッキーや、粉砂糖を纏った螺旋状のチュロスが幾本も屹立。甘ったるい香気が大気を支配し、シュールレアリスムの絵画を具現化したような狂気の光景が広がっている。

 しかし、筮麽の気怠げな双眸は、そんな奇想天外なパノラマなど一切意に介していない。彼女の最大の目的はただ一つ。この狂騒極まるお菓子パンデミック、いわゆる局地的異能災害を引き起こした張本人の能力を、自身の目で直接観測し、我が物としてコピーすること。

 だが、視線を巡らせども、広大な屋上にそれらしき女子生徒の姿は見当たらない。

 とはいえ、筮麽にとって対象の隠蔽など些末な問題。彼女は自身の膨大なストック・コレクションの中から、探索に最適なあるひとつの能力を無造作に発動させた。

 霊長類を感知する能力。

 猿やヒトなどの高次霊長類が周囲に存在するか否かを、第六感的に知覚する異能。

 ただし、無駄な情報の流入を防ぐべく、能力の効果範囲を意図的にこの屋上空間のみに絞り込む。

 結果、即座にひとつの反応あり。次に筮麽は、重ね掛けの要領で生体エネルギーを視認する能力を起動。刹那、筮麽の視界が真っ赤なサーモグラフィー映像のように変転。無機物たる巨大菓子の森は冷たい青黒色に沈み、その中で唯一、巨大なチュロスの陰に潜むようにして、脈打つ熱量を持った白色に輝く人型のシルエットを発見した。

「そこか」

 筮麽は探知能力をぱっと解除し、通常視覚へと回帰。その長い脚を優雅に繰り出し、チュロス柱の方向へと歩みを進めた。そもそもこのような大袈裟な異能の行使などせずとも、ただ己の足で歩き回り、屋上を隈なく探索すれば済むだけの話。だが、筮麽の根底に巣食う底なしの怠惰な精神は、肉体労働よりも極めて無駄な能力使用を平然と選択した。

 だが筮麽がその柱の裏側へたどり着くよりも早く、巨大チュロスの影からぬっ、と一人の女が姿を現した。

 血のような、あるいは燃えるような薔薇色の長髪。

 非常に整った、まるで熟練の職人が精魂込めて造り上げたフランス人形のように可愛らしい顔立ち。

 奇抜な装いが蔓延る地雷系女子大学の生徒にしては珍しく、首元に華奢なハートのネックレスを輝かせている程度で、ことさら派手なメイクや奇抜な髪飾りはしていない。ファッションも清楚で一般的なワンピースを身に纏い、毒々しさとは無縁の出立ち。

 身長はおよそ百六十センチメートル。成人女性として実に平均的といった背丈。

「……君がこの騒動の元凶、お菓子能力者?」

 筮麽が平坦な声音で問うた。

「あら、わざわざお越し頂けたのですね、長身触手のお姉さん」

 薔薇色の髪の女が小さく口を開き、花が綻ぶようににこりと笑った。

 その口調は極めてお淑やかで、硝子細工のように透き通っており、どこか貴族的な上品さすら感じさせられる。

「ん? 私の事、知ってるんだ」

 筮麽が眉一つ動かさず、気怠げな声で返した。

「ええ。ずっと拝見しておりましたよ、この高みから。下界で飛び交う私のお菓子たちを、そのお見事な触手で次々と、それはもうどんどん捕まえていらっしゃいましたよね」

「あー、うん。そうだね。美味しかったよ、どれもすごく。甘味の暴力って感じで」

 どうやら、この女は屋上の特等席からずっと、筮麽、伽羅部、麤月輪の三人による熾烈なお菓子取り対決──能力戦(スカッフル)の一部始終を高みの見物と洒落込んでいたらしい。

「ふふ、心ゆくまで楽しんで頂けたのなら、創造主としてなによりです」

 薔薇色の女は白い手を口元に当て、クスクスと上品に笑い声を零した。

 そして一歩前へと歩み出でて、筮麽の長身を見上げる。

「しかし、間近で拝見すると本当に背がお高いですね。私の見立てだと、きっちり百八十八、と言ったところでしょうか」

「おっ、ぴったり。いい洞察力だね」

 筮麽は自身の並外れた身長を寸分違わずピッタリ当てた薔薇色の女に対し、素直に感心した。

「あ。申し遅れました。私、莎我夜美奈(すいがよみな)と申します。以後お見知りおきを」

 莎我夜美奈と名乗った彼女は、ワンピースの裾を摘み、淑女の如くぺこりと一礼した。

「ん、そっか。私は亜鳴蛇筮麽。よろしく」

 筮麽も最低限の社交辞令として名乗り返す。

 しかし。

(口ぶりからして、国家指定危険能力の子で間違いなさそうだけど……瞰たちの言ってた<関わるとしんどい問題児>って感じは、今のところ全然しないな?)

 筮麽は内心でそう評価した。敬語口調で礼儀も正しく、その声色もいわゆる1/fゆらぎを帯びた癒しの波長のようで、言葉を交わしているだけで奇妙な心地良さすら脳髄を撫でる。本当にこの清楚な人物が、周囲から噂される破天荒な問題児なのか、疑念を抱く。

「おーい筮麽っ。あんた、一人で勝手に飛び出してはしゃぎすぎだって。下に残された他のみんな、あんたの行動にめちゃくちゃびっくりしてたよ」

 突如、空から降ってきた聞き慣れた声。声の方をチラリと見やると、全身に眩い水色の高圧電気を纏い、重力を無視して空中に浮かぶ鴨紅柄長の姿。筮麽は以前、柄長の磁場操作による反磁性浮遊を既にお披露目してもらっていたため、今さら空飛ぶ小柄な友人を見ても特段驚くことはない。

 柄長は、そのまま滑るように空中を移動し、屋上の床面へとふわりと着地した。同時に能力を解除し、身体を包んでいた莫大な電気エネルギーがパチッと小気味良い音を立てて霧散する。

 一歩踏みよる。

 呆れ果てたジト目。

 筮麽に向けた。

「まったくほんとにあんたってやつは……。少しは協調性とか団体行動って言葉を辞書で引きなよ」

「いやー、つい興奮しちゃって。体が勝手に」

 筮麽の真の能力、視認した能力を行使する能力という規格外の模倣異能を知っているとはいえ、自らの欲望に忠実すぎる彼女の大胆な単独行動には、柄長も呆れを隠しきれない様子。

「おや? そちらの可愛らしい貴方は……お昼頃、この地女大が誇る電気使いナンバーワンの威乃森先輩に圧勝した、恐るべき電気使いの子じゃないですか。お空も飛べるなんて、本当にすごいですねぇ。威乃森先輩では到底そんな真似、出来ませんよ」

 莎我が柄長の方をチラリと見やり、感嘆の息を漏らす。

 柄長がその声と容姿に過敏に反応する。

 西圓寺から事前に聞いていた通りの薔薇色の髪、そして非常に上品な立ち振る舞い。

 一瞬で目の前の女の正体に気付いたようだ。

「あ──っ!! 筮麽っ、そいつっ!! その莎我夜美奈って子が、キャンパス中を甘いお菓子まみれにしたっていう大事件の黒幕っ!!」

 柄長が指を突きつけて叫ぶ。

「うん、知ってる。今さっき自分で名乗ったし。でも、なんかみんなが言うほど思ったより問題児って感じはしないよ? ……まぁ、私的には色々と腹の底が読めなくて面倒くさそうな人だけど──」

 筮麽が平坦な調子で柄長に言った。

 普段極めて怠惰でぼけっとしている筮麽にとって、慇懃無礼で本心の見えない莎我の態度はやや面倒な性格に映ったらしいが、柄長が食い気味に言葉を挟む。

「騙されちゃ駄目っ! そいつ、作家志望でネットの<小説家にナロー>ってサイトで趣味の小説を書いてたんだけど、ひどいスランプに陥って、執筆のネタ探しに新しい刺激が欲しいってだけの理由で自分の能力を全開放したっていう、とんでもなく自己中心的でやばいやつなんだよっ!!」

「………なるほど?」

 筮麽がコテンと首を傾げるが、

「柄長、小説家にナローってなに? 応募サイト?」

「……そっちかよ。あんたの思考も大分だよね。ほら、あれだよ。異世界転生だの、悪役令嬢だのがやたらと流行ってるネット小説の投稿サイト。ほら、旧時代から根強い人気の異世界アニメとか、たまにネットの配信でやってるでしょ」

「あぁ、そんなのあったね。興味ないからどうでもいいけど」

 筮麽はそう言ったサブカルチャー系の事物に一切の関心はないらしく、極めて興味無さそうに生返事をした。

 だが。

「そう、そうなんですよ……」

 ざわっ、と。

 空気が凍りつくような音。

 莎我の纏う雰囲気。

 清楚な淑女から一変した。

 得体の知れない情念を孕んだものへと劇的に変わる。

 柄長と筮麽もその異様な気配の変転を感じ取り、即座に莎我の方を向き直った。

「一ヶ月……丸々一ヶ月ですよ。まるで喉の奥に小骨が、いや、胸のつかえが取れない様に、面白いネタが全然思い浮かばなくて……パソコンの前に座っても、一文字も、ただの一文字すら執筆できずにいました。あの虚無の時間は地獄です」

 莎我の可愛らしい目が、淀んだ暗黒に曇る。

「それで……思いついたんですよ。天才的な閃きです。私の能力でキャンパス内にちょっとしたパニックを起こせば、阿鼻叫喚の地獄絵図から新しい発想が思い付くと思いまして……それで、昨日の早朝、誰もいない時間に実行してみた訳です。まぁ、想定以上に規模が膨らんで、ちょっとやりすぎてこんな大騒ぎになって、私は晴れて国家指定危険能力者に認定されちゃいましたけど。まぁ、普通の人は絶対に経験出来ない非日常的な体験ができ、作品のリアリティを増す良いネタになったので結果オーライです。些末な問題です」

 彼女の口調が、先程までのゆったりとしたテンポから一転、ペラペラと狂気を帯びたようにどんどん早口になって行く。

「しかし、やはり私の目論見は成功でしたっ! こうして空前絶後のお菓子の楽園という非日常空間も作れて、なにより貴方たちのような、規格外の──私の作品のボスキャラのネタに出来そうな強力な能力者も、甘い匂いに釣られてこの大学に来てくれて。ああ、素晴らしい、これで長きに渡ったスランプが完全に解消されそうですっ!!」

 両手を広げ、くるくると踊るように嬉しそうに回ってみせる。

「でも」

 ピタリ、と。

 その回転が不自然に止まった。

「まだ足りないんです。少し、あと少しなんです。ほんのひと押し。極限状態の緊迫感、能力と能力がぶつかり合う火花。それさえあれば、このつかえを完全に取り払える気がするんです」

「つまり?」

 筮麽が、無駄話はいいから早く結論を言えという感じで促した。

 筮麽の頭の中には、スランプだの小説だのといった事情はどうでもよく、ただ早くこの莎我にその特異な能力を目の前で使ってもらい、自身の網膜に焼き付けてコピーしたいという純粋な欲求しかなかった。

 一方の柄長は、莎我の瞳に宿る狂気的な光に嫌な予感を感じ、ブルリと身震いした。

「どうでしょう? 亜鳴蛇さん。そちらの万能な触手と、私の能力で、死力を尽くした勝負をするというのは。あ、もちろん、横の優秀な電気の子も一緒にかかってきて良いですよ? 多勢に無勢、大歓迎です」

 莎我が挑発的な笑みを浮かべ、そう言い放った。

 筮麽は顎に手を当てて考え込む素振りを見せ、柄長は露骨に不快げに眉を顰めた。

 そう、彼女が心の底から求めていたのは、小説執筆の為の非日常的なスパイス。

 血湧き肉躍る闘争の記録。

 なので、その可憐で清楚な見かけとは裏腹に、意外と莎我夜美奈という女は非常に好戦的で闘争本能に満ちた性格。彼女は自分の小説に圧倒的なリアリティを求めるため、現実の能力社会で経験できそうな荒事はなるべく自ら体験しておきたいという狂信的な創作意欲の持ち主。

 この地雷系女子大学に入学して早々、莎我は己のインプットのために学年問わず積極的に能力戦(スカッフル)を申し込み、その圧倒的な力量であっという間に学園ナンバーワンの座に上り詰め、絶対的王者として君臨した。だが、その国家指定クラスの強大すぎる能力故、彼女とまともに張り合える相手は早々に枯渇し、誰もいなくなった。

 これでは趣味の小説が、ただ主人公がチート能力で無双するだけの単調でつまらない内容しか書けなくなってしまい、結果致命的なスランプに陥った。

 そこで彼女が起死回生の策として起こしたのが、非日常的風景を拝もうと行った自らの能力による未曾有のお菓子・パンデミック。そして今、眼前に撒き餌の菓子に釣られてやって来た、自身に匹敵していそうな未知の能力者が目の前に二人。絶好の獲物を前に、勝負を挑まない理由がなかった。

 自由奔放すぎる狂った思考と、それを現実のものとするだけの圧倒的な力を、莎我は確かに持っていた。

 まさに、地女大一の手に負えない問題児という称号に相応しい怪物。

「いいよ。相手してあげる」

 筮麽が口角を吊り上げ、にやりと好戦的な笑みを浮かべた。

 どの道、このイカれた女には何らかの形で能力を目の前で使って貰わないと、自身の能力でコピーする条件を満たせない。本来、筮麽の怠惰な性格からすれば、こんな他人の趣味に付き合う無駄な戦闘になど少しも興味はないが、菓子を自在に出せる能力は、今後の食生活を豊かにし、自らが保有する莫大な数の能力による飢餓に対応出来る、極めて魅力的かつ実用的な代物。この狂人の茶番に付き合ってやる価値は十二分にある。

 しかし柄長は、手を振って全力で拒絶の意を示す。

「おいっ、筮麽。何やる気出してんだよっ、こういう時だけ面倒事に乗っかるな。あー、悪いけど莎我さんとやら、私は遠慮するわ。今日は色々あって疲れてるんだ。勝手に二人でやっててくれ」

 今日はただでさえ、この地女大という特異な狂人隔離空間で予想外の事態に巻き込まれ続け、精神的にひどく疲弊している。こんな馬鹿げた創作活動のための能力戦に付き合う気など毛頭なく、さっさと安全圏へと引き下がった。

「あら、それは残念です。素晴らしいスリーマンセルが見れると思ったのですが。まぁ良いでしょう。では、亜鳴蛇さん」

 莎我が、獲物を狙う肉食獣の如き鋭い視線で筮麽の方に向き直った。

「とくと見せてあげましょうっ! 私の、お菓子を実体化させる能力の真髄をっ!!」

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