菓子取り
甘美なる香気が充満し、前代未聞のスイーツ・パンデミックの中心地と化した地雷系女子大学の広大なキャンパス。
本来ならば学問と装飾的自己表現の研鑽に励むべきその神聖なる領域は、今や完全なる狂騒の坩堝と化している。正門付近には特ダネを嗅ぎつけたマスコミの報道陣が黒山の人だかりを形成し、けたたましいシャッター音と飛び交うフラッシュが白昼の太陽を凌駕する勢い。それに群がるようにして押し寄せた無数の野次馬たちや、当事者である奇抜な装いの女子大生たちが、空中を浮遊する未知の糖分を求めて狂喜乱舞の様相を呈している。
ある者は、自身の保持する串を数メートルの長さへと変成させ、中空を悠然と漂う芳醇な匂いを放つ巨大なメロンパンを串刺しにして捕獲する。またある者は、天を仰ぎ見ながら手を下へと振り下ろし、その物理的動作に完全連動する形で急降下してくる塩味のスナック菓子を、待ち構えた大きな口の中へと直接放り込む。さらにまたある者は、強靭な脚力を生み出す生体強化の異能を行使して数メートルの高度まで一気に跳躍し、雲の如く重力から解き放たれた巨大なバームクーヘンを両腕で抱え込むように直接掴み取る。
特に、日常の平穏な生活圏内においては些か持て余し気味であり、お世辞にも有用とは言い難い<特定の物体の長さを任意に伸縮させる>や<身体の一部をゴムのように伸ばす>といった、限定的を保有する者たちが、ここぞとばかりに己の存在価値を証明せんといきり立ち、張り切って能力を行使している模様。
「待てぇーっ! そこの巨大な八ツ橋っ!」
一人の、目元を過剰なまでに黒く縁取り、病み的な雰囲気を醸し出す濃いメイクを施したいかにも地雷風の女子生徒が、空を飛ぶ二十センチほどの巨大なニッキの香りを漂わせる八ツ橋を追いかけている。
「あっ! くそっ!」
しかし、女子生徒が必死の形相で手を伸ばすも、意志を持っているかのように空を舞う八ツ橋はすんでのところでその滑空軌道を鋭く変え、彼女の細い腕は虚しく空を掻いただけに終わる。激しい舌打ちと共に悔しげな表情を浮かべる彼女の傍らへ、ひとつの影が寄り添う。
「ほら、落ち着きな。あたしが代わりに取ってあげるから」
連れ添いの、頭部に異常なほど巨大で派手な薔薇の髪飾りを付けた女子生徒。彼女が標的の八ツ橋に向けておもむろに空へ左手を伸ばし、何かを強く握りしめるように五指を硬く折り曲げる。
その瞬間、彼女の握り拳が眩いばかりの翡翠色の燐光を放つオーラに包まれ、それと全く同時に、逃走を図っていた八ツ橋の表面もまた同色のオーラに包み込まれ、空中の座標にピタリと静止する。そのまま彼女が握った左拳を自身の胸元へと勢いよく引くと、見えない力場に牽引されるかのように八ツ橋もまた猛スピードで引き寄せられる。もうひとりの濃いメイクの女子生徒の眼前まで迫ったところで、髪飾りの女子がゆっくりと左手を開くと、対象を縛っていた翡翠のオーラも霧散して解除され、自由落下に従って濃いメイク女子の差し出した両手の中にポスッと収まる。
「ありがとぉー! ……うんまっ! それにしても、こういう時やっぱり便利だね、あんたのその念動オーラを操る能力」
嬉しそうに目を細め、ニッキと餡子の絶妙な調和を堪能しながら八ツ橋を頬張りつつ言う。
「傍目にはそう見えるかもしれないけど、そうでもないさね。いつも愚痴ってるけどこの能力、発動までに色々と面倒な制約があんだよ。発動条件が<対象物を見て拳を握る>ことだし、物も大雑把にしか動かせないし」
「そぉかなぁ?」
「そうだよ。しかも一番厄介なのが、左手でしか使えないっていう。だから、咄嗟の時右手を出しちゃって、不発とか日常茶飯事なんよ。あたし、右利きなのになんでよりにもよって利き手じゃない方なんだ、この力」
深い憂鬱を孕んだ重いため息を吐き出すが、
「そんな贅沢な悩みを聞かされたら、人差し指が一センチ伸びる能力しか持たない私の立場はどうなるのさっ。実質無能力みたいなもんなんだからっ」
濃いメイクの女子がぷくっと頬を膨らませ、不満の意を表明するように右手の人差し指をピンと立てる。精神を集中させてほんの一センチだけにゅっ、と指を伸ばして見せる。あからさまな能力格差の話題へと発展し、泥沼の自己憐憫に陥りそうになるのを察知した髪飾りの女は、慌てて話題を転換する。
「悪い悪い。……ほら、機嫌直して。そっちに飛んでるポテチも取ってやるからさ」
「やったー! じゃあ、あそこの柿の種も一緒にお願いっ! ……って、ええっ!?」
突如として、彼女たちの視界の端から、禍々しくも美しいメタリックバイオレットの光沢を放つ無数の触手が、群蛇の如くうねりを上げながら爆発的に伸びてきた。それは目にも止まらぬ神速で空を切り裂き、彼女たちが狙いを定めていたポテトチップスや柿の種はおろか、周辺の空間に浮遊していた多種多様な菓子類を片っ端から根こそぎ掻っ攫って言った。
一瞬の真空地帯が生まれたかのような静寂の後、すぐさま周りの野次馬たちからどよめきとざわめきが波紋のように広がり立つ。
皆が一斉に視線を向けた方向。そこには、一般的な女性の平均値を遥かに凌駕する規格外の長躯を持つ人物が、両手の十指の先端から生やした触手を幾重にも蠢かせ、空中の菓子を文字通り一網打尽に捕らえ続けている異様な光景。
「す、すっげ……ちょっと見てよあの人、モデル顔負けってくらいめっちゃ美人だし、何よりあの能力がえぐいというか……もしかして地女大のトップ層の生徒かな?」
濃いメイクの女が、自身のちっぽけな能力との圧倒的な差に絶望する暇もなく、ただただ感嘆してぽかんと口を開いた。
「いや、あれは外部からの参加者の人でしょ。あんな近寄りがたいモデルみたいな雰囲気を纏ってて、おまけにあの飛び抜けていい見た目とスタイルなら、閉鎖的な地女大の学内で絶対に噂になってるハズだし」
「だよねぇー。……って、感心してる場合じゃないっ! 私たちのポテチも柿の種も全部取られちゃったじゃんっ! 別のところ行って新しい獲物を探そうよっ」
「あっ、おいちょっと待てってば」
驚きよりも食い気が勝り、ズカズカと足早に走り去る友人の小さな背中を、髪飾りの女は慌てて追いかけて行った。
そんな、一般市民や学生たちによる多種多様な能力行使が交錯する、平和的かつ牧歌的な空飛ぶ菓子採集風景がそこかしこで繰り広げられている中。
(お、あの遠くで光った能力、なかなかいいな。もらい)
亜鳴蛇筮麽は、先ほど捕獲したばかりの巨大な和菓子を無感情に齧りながら、周囲の有象無象が披露する多種多様な能力を自身の真なる異能──視認した能力を行使する能力によって密かに己の脳内データベースへと次々にコピーしつつ、極彩色のキャンパス内を悠然と闊歩していた。
乱痴気騒ぎの広がるキャンパス内を優雅に散策しつつ、掲げた両手の指先から生やしたバイオレットの触手で、機械的な精密さを持って菓子採集を継続する。
鋭利な槍と化して串刺しにされたドーナツ、粘着性を帯びて絡め取られた菓子パン、網目状に編み込まれてすくい上げられたクッキー類やグミの雨が、片っ端からブラックホールのような筮麽の口元へと運ばれ、神速で咀嚼され次々に底なしの胃袋へと吸い込まれ消えていく。
しかし、指先という末端部分から重量のある触手を伸ばし続けるという行為。彼女の強靭な肉体からすれば、一切の重さを感じていない。しかし怠惰なこの女。物理的疲労は一切ないのに関わらず、精神的な面倒くささが勝り、次第に億劫になってきた。
筮麽は立ち止まる。
両手をだらりと下ろす。
次の瞬間、彼女の背面に垂れる濃桔梗色の美しい長髪の隙間から、シュッ、という風を切る鋭い音と共に、新たなる無数の触手が爆発的に顕現する。指先という制限を捨て、自身のうなじ周辺の広い面積から直接無数の強靭な触手を生やし、背後や頭上の死角に浮かぶ菓子群をも全方位的に捕獲し始めた。
さらに、伸びた触手を樹木の枝のように細かく枝分かれさせ、網を打つかのようにどんどんと空の菓子を包み込んで捕まえ、次々と己の口へと放り込み瞬時に完食していく。これぞ、既存の能力の枠組みを利用した、圧倒的なまでの能力の有効活用。
しかし、現在彼女がこの狂騒の中心を彷徨い歩いているのには、単なる食欲を満たすこと以外にもうひとつの明確な目的が存在した。
そう、この常軌を逸した大規模な騒動を引き起こし、今朝方政府機関によって国家指定危険能力者という物騒な称号を与えられたと報道されていた、元凶たる未知の女子生徒の捜索。
もし仮に、その原因不明のパンデミックが、<自らの意志で任意の菓子を無尽蔵に召喚できる能力>という夢のようなメカニズムなのだとしたら。それこそ、莫大な糖分とカロリーが必要な筮麽にとっては喉から手が出るほど欲しい、過去に類を見ない至高の能力に違いない。
ニュースの報道によれば、朝方には多数のレポーターなどのメディア陣がこの学園へと押しかけて突撃インタビューを敢行し、その渦中の人物は一躍時の人となっていたという。現在の時刻においては、押し寄せた報道陣の熱狂からも解放され、キャンパス内の何処かで自由に行動しているという不確かな情報だが、果たしてこの広大な敷地と莫大な人だかりの中、何処に潜伏しているのだろうか。
そうこう、歩きながら脳内で深い思想の海に沈んでいると。
突如として彼女の右側の死角。
五本の鋭利な銀色の針のようなもの。
シュッと空気を裂いて伸び、獲物を捕らえていた筮麽の紫の触手のすぐ真横に、牽制するようにピタリと並んだ。
「ん?」
筮麽。
即座にその異物に気付く。
緩やかな動作で横を向いた。
するとそこには、自身の右手を掲げ、伸ばした五指の先から伸びた金属的な光沢を放つ銀色の爪を長く伸ばしている、風に靡く長い銀髪を揺らした見知らぬ女子生徒が不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「げ、全然ビビってねぇ」
銀髪の女は、筮麽の微動だにしない鉄面皮に心底驚いたような声音で言った。
「ほら、危ないから、さっさとその爪引っ込めて」
「ごめんごめん、あの紫の触手見てたら、似たような能力を持ってる者同士として、なんか対抗心が芽生えちゃってさ。……で、馬鹿みたいに食ってるこいつが、あんたのよく知る知り合いってやつ?」
「そ。まぁこんなお菓子食べ放題騒ぎだし、絶対にいるだろうとは思ってたけどさ」
銀髪の女が親指で指し示したそのすぐ横。そこには、常人ならばひとりじゃ食べきれないであろう量の巨大菓子が詰め込まれた巨大な紙袋を大事そうに抱え込んだ、漆黒の重厚なゴスロリ服に身を包む長身の女子生徒が立っていた。
それは、筮麽のよく見知った顔──規格外の胃袋を共有する悪友たる、伽羅部瞰の姿。
伽羅部が呆れたように銀髪の女を窘めると、彼女も素直にシャッと音を立てて銀の爪を本来の長さにまで引っ込めた。
「よっ。暴れ回ってんのは、やっぱりアンタか、筮麽」
伽羅部が気さくに片手を上げて挨拶を送る。
筮麽は未だに口の中で菓子をモグモグと咀嚼しつつ、
「あ、瞰じゃん。奇遇だね」
と、抑揚のない声で返す。宙に展開した触手にまだ大量に刺さったままのクリームたっぷりの菓子パンを幾つかまとめて口の中に放り込み、一瞬で胃の腑へと送り込むと、不要になったうなじからの触手をシュルリと体内に引っ込めた。
「なんか、さっきから周りの連中が<紫の触手を生やした化け物みたいな女が、狂ったようにお菓子を取りまくって食いまくってる>って噂してたから、直ぐにアンタのことだって分かったわ。んな真似ができるやつ、東京にゃアンタくらいしかいないし」
「まぁね。君の方も、相も変わらず見事なほどのいい食べっぷりだね」
「当然でしょ。タダで極上のスイーツが湧いてくるこんな歴史的大イベント、アタシの誇りにかけて逃す訳にはいかないし」
伽羅部は口ではそう言いながらも、手元の袋から取り出したバスケットボールほどの大きさのシュークリームを、目にも止まらぬ恐るべき速さでペロリと平らげている。どれだけ食物を摂取しても強靭な臓器が即座に食物を消化吸収し、満腹中枢が限界を告げない、いくらでも食べられる能力は今日も極めて健全に機能している様子。
「で、その隣の人は? 瞰の友達?」
筮麽は少しだけ視線を落とし、銀髪の女の顔を真っ直ぐに見た。
「ん? あぁ、そだよ。こいつ、同じ学年の──」
「麤月輪緋羅々。堅苦しいのは抜きにして、緋羅々って呼んでいいよ。あんたのぶっ飛んだ噂は、普段から瞰から耳にタコができるくらい聞いてる。亜鳴蛇筮麽だよね? よろしくっ」
麤月輪は軽く手を上げて気さくに言った。
見た目のクールさに反して、結構軽い感じの口調。
「ん、緋羅々ね。おっけ。覚えた」
筮麽は必要最小限の言葉で軽く返した。覚えるとは言ったものの、多分すぐ忘れる。
「てかすっごいな、実際見ると。異能の出力もデタラメだけど、瞰よりさらに背も高いし、ちょっとびびるくらいスタイルめちゃくちゃいいじゃん。おまけにクソ美人だし、神様は不公平すぎない? 瞰さんよ」
麤月輪は筮麽の全身を舐め回すように見やり、特にその端正な顔立ちや、ゆったりとした服の上からでもはっきりと主張の分かる、その圧倒的に豊満な胸元へと視線を釘付けにした。
比べるように伽羅部と見比べる。
「い、いやいやっ。アタシだって総合的なポテンシャルじゃ負けてないからねっ。能力はともかくとして、大食い勝負とインストのフォロワー数なら、絶対に負ける気しないしっ!」
伽羅部も隣の美の暴力に対抗するように、自慢の大きな胸を反らして張った。
「……あー、ところで、緋羅々。君のさっき見せてくれたその能力は、一体なにさ? 結構イケてる感じで実用性高そうだけど」
筮麽はそんな生産性の欠片もない、どうでもいい身体的マウント合戦から強引に話を逸らし、早速新たなる異能を完全に模倣すべく詳細を訊いた。
「ふっふっふ。よくぞ訊いてくれたね」
麤月輪はまさにその質問を待ってましたと言わんばかりに得意げに鼻を鳴らし、両手を筮麽の目の前へと交差させ翳した。
「よく見てな? これが私の銀の爪を伸ばす能力よ」
すると、元々は透明だった指の爪が瞬時に綺麗な銀色へと変色し、シャキッという金属音と共に鋭利な刃物のように数十センチほど伸びる。
「見た目も派手で綺麗だしインスト映えするし、ただ色が着くだけじゃなくて、鋼鉄みたいに凄い頑丈なんだよね。だからほら、こうやって」
片手をスッと上げ、五本の爪を空に向かってシャッと槍のように伸ばした。狙い違わず空中のバームクーヘンを貫き、そのまま爪を縮めて手元へと引き寄せる。
「どうよ? まぁ爪なんでまっすぐにしか伸ばせないし、あんたの触手みたいに自由自在にぐねぐねとは行かないけど。シンプルでかっこいいでしょ? ん、これ絶品」
麤月輪は自身の能力を自慢げに誇示し、引き寄せたバームクーヘンを満足げに食べる。
「おぉー、すごいすごい」
筮麽は軽く拍手をする。
そして、その動作の裏側で即座に、自身の脳内へとその銀の爪を伸ばす能力の構造を完璧にコピーし保存した。日常生活における使用はともかくとして、ヴィジュアル的には非常にかっこいい、コレクションに加える価値のある能力。
「正直悔しいけど、こういう陽射しの下で見ると凄い綺麗なんだよ、緋羅々のこの能力はさ」
伽羅部が麤月輪の銀色に輝く爪先へ、羨望の入り混じった眼差しを向ける。
「伸ばすのはともかく。ただ爪を銀に変えておくだけなら、それだけで高級なマニキュア要らずの美しい銀の爪だよ? 女子力が物理的に高いってやつ」
「いやいや、それを言うなら瞰の能力も十分羨ましいよ? 好きなものを無限に食べれるし、カロリーが顎の筋力だの消化能力に消滅して絶対に太らないって言うんだし。ま、私の能力も、気分に合わせて金色や他の色にも自由に変えれたら最高だったんだけどねぇ。まぁ、持たざる者もいる世界だし、そこは高望みして贅沢言わないけどさっ」
麤月輪はふふっとイタズラな笑みを浮かべ、標的を筮麽へと変える。
「筮麽、あんたのそのやばい能力もちゃんと教えてよ。瞰からある程度は聞いてるけど、その触手を色々自由自在に変化させられる超レアな多重属性なんだって? ちょっと私にも見せてみてよ」
「お。いいよ」
筮麽も少しばかり乗り気になったのか、左手の五指を先ほどの禍々しい触手へとスムーズに変形させた。本来の金属のように鋭利で硬質な触手の状態から、瞬時に粘性を持ったチューインガムのように柔らかく変化させたり、先端を幾重にも枝分かれさせてみたりし、中空でうねうねと生き物のように動かして見せる。
「うわー、すごいなー。そんな風に自在に動かせて、性質まで変えれるのは使い勝手が良さそう。私の爪じゃ物を突き刺す訳にいかないから、物を優しく取ったり出来ないんだよ」
麤月輪が、眼前で蠢く触手をまじまじと見つめる。
筮麽は得意げな顔をして、
「ふふん。私の力はそれだけじゃないよ。こういうことも出来るね」
そう言うと、触手の表面の色を、眩いばかりの黄金色、ゴールドに変化させて見せた。
「うわぁっ!! めっちゃきんきらっ!! 何それ神々しいっ! いいなぁ、形状変化に色変化の複数属性ー。私は爪の変色と伸ばせるっていう一応は二重属性なんだけど。色は銀色固定で変えられないからさ」
「ふんだ。アタシはどうせ単一属性ですよ」
能力の話題にあまり混ざれない伽羅部が野次を飛ばす。
「しっかしほんとすごいな。触手系能力は友達にもいるけど、多重属性は初めて見た。しかも万能っぽいし」
「でもね緋羅々。こいつのこの万能に見える触手、多重属性と出力の代償で燃費が死ぬほど悪いらしいんだよねぇ。だから能力を維持するためにアタシばりに大量に食わなきゃいけないし、ガス欠が怖くて日常生活での普段使いはなかなか出来ないらしいよ」
伽羅部が、親友の弱点を暴露するようにいじらしそうに言った。
「え、そうなん? 最高の能力なのにそんな致命的な欠陥が?」
驚く麤月輪に、
「ん、そういうこと。だから調子に乗って無闇に能力を使うと、反動ですぐにお腹空きまくりの飢餓状態になる。こんな最大出力で周りを気にせずガンガン使えるのは、文字通り食べ物が無尽蔵に供給されるこういう特異な状況の時くらいだけだねー」
筮麽も伽羅部の援護射撃に合わせて、もっともらしくそう言った。
実際には、彼女が常にカロリーを欲し、燃費が悪く大食らいなのは、筮麽の真の能力である模倣能力によって、これまでにコピーしてきた途方もない無数の異能をその身に内包し、維持しているせい。異能をカテゴリ別に一纏めにする行為は面倒なので、以前のような極端に燃費が悪くなるまでしていない。ドカ食いが出来なくなるから、という個人的理由もあるが。
伽羅部と出会った当初、純粋な大食い能力ではないのに明らかに人類の胃の許容量を遥かに超える質量を平然と食べていたことを不審に思われ、彼女を納得させるべく<触手能力の代償>としてそう論理的な嘘を説明したのを、しっかりと覚えていたのだ。
「はぇー、そりゃあまた難儀なこった」
「そそ、<The great power comes great sugar content>ってやつ」
「うお、英語? 綺麗な発音だな。それ確かスパイダーマンのやつか」
「<Responsibility>ね。アタシみたいに頭ん中お菓子になってるよ」
横から伽羅部のツッコミ。
「頭お菓子なるでってやつか」
筮麽がふざけて返し、
「ま、万能の力にも重い代償があるってわけだ。でも、太ることを気にせずに好きなだけ美味しいものを食べれるなら、それはそれで女の子としては羨ましいなぁ」
麤月輪もうんうんと深く頷き、妙に納得した様子を見せた。
「あれ、そう言えば今はいつものあの西圓寺と一緒じゃないの?」
筮麽が、伽羅部の傍らにいるはずの友人の姿がないことに気づき、問いかける。
「郝躬? あぁ、あいつならさっきホロフォンに連絡があって、呼び出されてどっかに行っちゃったよ。あんたの連れの、あのビリビリ電気使いのちっこい子に」
「あー、柄長が連絡したのか」
「うん。なんでも、わざわざ遠い長野からワープ・ゲートで来てるんだって? こんなカオスな状況なのに、わざわざご苦労様なこったよ」
「長野からぁ!? ……いやまぁ、こんな一生に一度お目にかかれるかどうかってレベルの菓子パンデミックを、ネットからじゃなく直接現地で見たいってのは分かるけど」
麤月輪も、その行動力に心底驚いたように言った。
そして、何か面白いことを思いついたように悪戯っぽく微笑み。
「あ、そうだ筮麽。立ち話もなんだし、なら私と一緒にお菓子取り対決でもしない?」
「お菓子取り対決?」
「うん。どの道この空飛ぶ異常なお菓子の大群は、誰かが何とかして片付けないといけないって学長が言ってたし。校舎の壁面にべったり張り付いちゃった巨大なやつは業者に任せるとして、空中を漂ってるやつくらいは、あらたか私らの手で片付けようよ。あ、捕まえたお菓子を食べる処理係は当然、大食いの瞰ね。私は爪で取るだけの純粋なハンター」
「お、いいね。やろー」
筮麽は乗り気となり、二つ返事で快諾する。
そんなテンポの良い会話が始まり、取り残された伽羅部が、
「ちょっとあんたたち。処理係って、何勝手に人を処理班前提にして話進めてんのさ」
「まぁいいじゃんそういうの、アンタいくらでも食えるんだし。私の爪と言っても、ただ銀に変わるだけで不潔な成分が出てるわけじゃないからさ。ちゃんと衛生面はクリアしてるよ」
「……まぁ、タダでいっぱいスイーツが食べれるなら別にいいけど。緋羅々、自分から勝負を吹っかけた以上、なら絶対にこのバカでかい触手女に負けるなよっ!?」
「無駄話はこれくらいにして早くいこーよ。今、触手の属性使いすぎて、急激にお腹減った」
ずかずかと、長い脚を活かして筮麽が先陣を切る。
麤月輪がそれに並ぶようにして歩き出す。
「ちょっと、待ってよっ」
伽羅部は大きな菓子袋を抱え直しながら、意気揚々と進む二人の背中を慌てて追いかけた。




