能力戦-スカッフル-
鴨紅柄長は、大学側から配給された高カロリーな甘味の数々を胃の腑へと収め終え、ぼんやりと虚空を仰ぎ見た。視界を埋め尽くすのは、重力という絶対的な物理法則から解き放たれ、無軌道に中空を浮遊し続ける多種多様な菓子群。
(一体、これどう収拾つけるつもりなのだろうか……)
呆れと微かな好奇心が交錯する中、柄長はとりあえずの目的地として設定していた集合場所、巨大な噴水広場へと歩みを進めることとした。
電波でテクノロジーを操る能力。
パチリ、と水色の可憐にして高密度な極小の稲妻が脳天を駆け抜ける。
彼女の所持するホロフォンが使用者の意志に呼応して瞬時に起動。空中に展開された光学ウィンドウを触れずに操作し、現在地から地女大の中心部に位置する壮麗な噴水までの最短経路を導き出す。
狂騒に包まれたキャンパス内をしばし歩き、目的の建造物たる立派な大理石調の噴水前へと到着。
展開していたホロフォンの画面を消去した後、柄長は暫し、清冽な水を湛えた水面を静かに眺めていた。水圧をコントロールされ、間欠泉の如く高く打ち上げられる水の造形美。
「おお、こりゃまた随分と立派な噴水なこった」
感嘆の息を漏らしつつ水面を見つめていると、突如として不可解な物理現象が惹起された。
穏やかであった水面。
沸騰したかのようにぼこぼこと異常な隆起を始めた。
「え?」
柄長が怪訝な表情で覗き込むと、水面が一気にその体積を膨張させ、巨大な水柱となって立ち上がる。
すると、その無機物であるはずの水塊が突如、明確な意志を持った人の声帯を模倣して叫び声を上げた。
「わ──っ!!」
「ぎゃあああああ!!」
ビシャン!!
想定外の奇襲に柄長の心臓が跳ね上がり、驚愕のあまり彼女の体内に蓄積されていた莫大な雷エネルギーが漏れ出し、バチッ、と大気を焦がすけたたましい放電音が鳴り響いた。青白い閃光が弾け、周囲の喧騒を楽しんでいた野次馬たちがぎょっ、と目を剥いて後ずさる。
「うぎゃああああっ!!」
驚かそうとしたはずの水塊もまた、至近距離で発生した規格外の雷鳴と閃光に逆に肝を潰し、悲鳴を上げながら一気にその特異な形態を崩壊させ、ばしゃん、と情けない音を立てて元の水面へと落下し沈没した。
柄長は慌てて周囲の学生たちへ「お騒がせしました」とぺこぺこと軽い謝罪の会釈を繰り返し、再び静寂を取り戻した水面へと向き直る。
「なんなんだ、こりゃあ……」
独り言ちた直後、再び水面が不自然に隆起し、今度は柄長のすぐ隣の空間へと吹き出すようにして移動を完了させた。すると、その半透明の水塊はゆっくりと緻密な人間の輪郭を形成し始める。単なる肉体の造形に留まらず、衣服の繊維の質感までもが精巧に作られ、最後に色彩が定着し、完全に一人の人間の女の姿へと顕現した。
「び……びっくりしたぁ~……。死ぬかと思った……」
そこに立っていたのは、少し大きめのパーカーをだぼっと着こなした、水も滴るような女。文字通り水が滴っているが。
「びっくりしたのはこっちだわ。なんだ、あんたは」
柄長が、まだ僅かに放電の余韻を残し、ジト目を水女へと向ける。
「いやぁ、ごめんごめん。君がすごく小動物みたいで愛くるしくて可愛くて……つい出来心で驚かしたくなっちゃって。それにしても君、電気使い? 見た目に反してすごい火力だねぇ、痺れちゃったよ」
水女がへらへらと笑いながら弁明する。
すると、柄長の背後から突如として、
「へ、へぁぁぁ……。あいつは三年生の白高羂茘だ……。水と同化する能力を駆使して普段からこの噴水に潜み、自分好みの小さくて可愛い子を見つけたら突如として姿を現し驚かすという、あの悪名高き水魔……」
振り向くとそこには、ポニーテールを揺らし、目元を過剰なまでに装飾したケバいメイクを施した、いかにも地女大生らしい風貌の女が、何故か汗をかきながら芝居がかった口調で解説を始めていた。
「誰だあんた。なんで突然解説してるんだ」
柄長は流れるような動作で的確なツッコミを入れた。
めんごめんご、と白高は軽い調子で謝罪の言葉を口にし、再びざぶんと勢いよく噴水の水中へと身を投じた。瞬時に彼女の肉体は水分子と一体化し、完全にその姿を自然界の水へと溶け込ませ消え失せた。
柄長がこの大学の常軌を逸した生態系に当惑していると、
「やいっ! そこの水色サイドテールっ!」
またしても背後から、今度は鋭く刺々しい声が鼓膜を打つ。振り返ると、そこには淡黄色の美しいポニーテールを結い上げた女が立っていた。顔立ちは間違いなく美人な部類に入るが、身に纏う高価そうな衣服と尊大な態度は、見るからにプライドの高いお嬢様といった風情。彼女の全身にはバチバチと黄色い稲妻が龍の如く纏われ、静電気の影響で周囲の髪が逆立っている。
お次は何だ? と柄長が眉を顰めていると。
「ひ、ひぇぇぇ~! あいつは二年生の威乃森朋美だぁっ! 自他共に認める地女大の電気使いナンバーワンっ! まさか、先ほどの放電を見て、同じ電気使いとして強烈な対抗心を燃やしてやって来たというのか……!?」
「だからあんたはなんなんだよ。実況席でも用意されてんのか」
またしても先程のポニテ女が流暢な解説を初め、柄長は二度目のツッコミを入れた。
「地女大最強の電気使いとしての誇りにかけて、外部の人間に負けられないのっ! 私と勝負しなさいっ! そこの小生意気なサイドテールっ!!」
威乃森はビシッと柄長に向かって指を突きつけ、高らかに宣戦布告を行った。
「え? なんか始まる感じ? 私、そういうの求めてないんだけど」
「うわああっ! 高火力電気使い同士の能力戦かっ!?」
「キャー! 威乃森様っ! かっこいいっ!」
「威乃森様っ! あんな田舎者っぽいやつけちょんけちょんにしちゃってください!」
周囲にいた野次馬たちや、威乃森の熱狂的な取り巻きと思われる地女大の生徒たちも騒ぎに便乗し、野次を飛ばし始めた。完全によくある異能者同士の決闘のノリ。空飛ぶ菓子の狂乱も相まって、すぐさま場は異常な熱狂の渦に包まれる。
「しょうがないなぁ。売られた喧嘩は買うしかないか」
柄長はたはは、と乾いた笑いを漏らし、この挑発を受けて立つことに決めた。
なんだか断れる雰囲気でもなく、どうせ西圓寺郝躬が合流するまで手持ち無沙汰で暇を持て余していたため、この他愛のない余興に付き合ってあげるのも一興かと思ったのだ。お互いに噴水から少し距離を取り、周囲に被害が及ばない安全圏へと移動した後に、いよいよ能力戦が開幕した。
「刮目して見てなさいっ! これが私の電撃を放つ能力の真髄っ!」
遠巻きに無数の野次馬が固唾を呑んで見守る中。威乃森が鋭く叫び、天高く指をさす。その指先からバチバチと空気を焼き焦がす激しい雷撃が放射され始める。先程柄長が驚いて無意識に放出した電気よりも明らかに高出力であり、私の方が圧倒的に強いのだと誇示しているよう。
(おお。うちの妹並の火力じゃん)
柄長は、まだ高校生の妹を脳裏に想起した。
さらに威乃森は器用にその電気エネルギーを変形させ、大蛇の形を模した巨大な電気蛇へと変形させてみせた。
「おお、大口を叩くだけあって、ちょっとはやるじゃん」
柄長は素直に感心した。自分と同じ電気系の能力を持つ者はたまに見かけるが、これ程の火力を有し、更に精密な形態変化の操作の出来る電気使いは中々お目にかかれない。地女大ナンバーワンの称号は伊達ではないらしい。自身の通う国際信州学院大学に在籍する、同じ電気使いの友人たる普並木杏璃の顔が脳裏を過る。指先からスタンガン程度の微弱な電気しか放出できず、常に弱能力コンプレックスに苛まれている彼女が今の光景を見たら、嫉妬と絶望で狂いそうなほどの見事な電気出力。
すげぇー! かっけぇー! 威乃森様素敵! と野次馬たちが口々に騒ぎ立て、場のボルテージが一気に最高潮へと達する。
「ふふ、どう? あんたも中々やるみたいだけど、流石にこの高度な制御と出力までは──」
威乃森が完全なる勝利を確信し、勝ち誇ったように言い放った。
その、瞬間。
周囲の大気がビリビリと震える。
ビシャン!!
威乃森の放ったそれよりも、さらに巨大で鼓膜を破らんばかりの雷鳴。
辺りに轟いた。
「……へ?」
威乃森。
間抜けな声を漏らす。
柄長の華奢な体。その全身。眩いばかりの水色の稲妻が幾重にも走る。誰の目から見ても明らかなほどの、威乃森のを遥かに超える、次元の違う圧倒的な電気出力。
その轟音と閃光。周囲の人間全員がキョトン、と時が止まったように固まる。
「ええと、こんな感じでいいのかな?」
柄長はそのまま軽く念じ、圧縮された雷エネルギーによって巨大な青き龍を作って見せた。
「ハギョぎっ!?」
威乃森は驚きのあまり、大声をあげる。
彼女の操る黄色の蛇と、柄長の顕現させた水色の龍が中空で睨み合う。その体積差と威圧感は、まるで大人と子供の絶対的な隔たり。
静寂の後、一気に歓声のボルテージが限界を突破して爆発した。
「どうよ? 威乃森さんとやら。ちょっと強めにしてみたけど」
柄長はこともなげに、平然と言ってのけた。
他者との能力バトルなど普段は微塵も興味のない彼女だが、比較的高水準な電気使いの同類対決と言う珍しい状況と、周囲の野次馬たちの熱狂的な歓声がスパイスとなり、少しばかりノッていた。
「あ、あぐが……」
威乃森の顔色から血の気が引き、明らかに動揺して後ずさる。
「ほれほれ、遠慮しないでいいよ。もっと火力上げていいから。私はまだまだ余裕だから──」
柄長が更なる高みへと誘うようにそう言った途端。
「わ、私の負けですぅ……」
「あれ?」
威乃森の纏っていた黄色の稲妻がぷつんと霧散し、彼女は糸が切れた操り人形のようにへたりと地面に座り込んだ。柄長はきょとんとし、自らの生み出した水色の龍と稲妻をスッと霧散させてしまう。そして思わず、
「待て待てっ! これからが良い所なんでしょっ!? いくらなんでも降参早すぎないっ!?」
「え……? サイドテール、あんた今のまさか本気じゃ……」
「ぜんっぜん」
「は、はぇ……?」
「私らがこんな人口密集地で本気出したら危ないし、こういうのって程々に加減して遊ぶもんでしょ。まぁ、少しずつ出力を上げていって火力勝負はしようと思ったけどさ。……えっと、もしかして今の、あんたの全力……?」
「はぅっ……」
柄長の悪意なき無慈悲な言葉が決定的なトドメとなったのか、威乃森は口から魂が抜け落ちたように、完全にへたりこんでしまった。そう、先程の威乃森の能力は、彼女の出せる限界点、正真正銘の出力最大の全力だった。だが、相手が悪すぎた。柄長の保有する電力出力は今や、大規模火力発電所をも遥かに凌駕するほどの絶大な電気出力を誇っている。さらに、試しにやってみただけで威乃森のそれを凌ぐ精巧な龍を作って見せた電気の精密操作。世界中をくまなく探したとしても、鴨紅柄長程の規格外の才能と容量を持った電気使いは、恐らくほとんど皆無に等しい。
「きゃああ~っ! 地女大最強の威乃森様が、見ず知らずの女に負けたっ!?」
「す、すげぇ火力だったぞ今の……。何もんだ、あの子……!?」
「あんなに小動物みたいに可愛い顔してなにあのえげつない出力っ!? チョーすごいんですけどっ!」
威乃森の熱狂的な囲いたちが倒れた彼女の元へ駆け寄って介抱し、周囲からは柄長を称賛する嵐のような歓声が巻き起こる。いつもの柄長であれば、ここで隠し持った承認欲求が暴走し、くねくねと身を捩らせて悦に浸ってしまう所ではあったが。
「えーと……なんか、ごめん」
予想外のワンサイドゲームというまさかのオチに少々申し訳なさが勝り、手を合わせてペコペコと謝罪の弁を述べた。衆目を集め続けるのがいたたまれなくなり、柄長は熱狂する野次馬らから逃れるように、そそくさと元の噴水前まで撤退した。
「は、はわわわ……。あ、あの威乃森先輩に一瞥もくれず余裕で勝利……!? き、君は一体何者なんだ……!? まさか、神話に語り継がれる雷神の化身なのでは……!」
「誰が雷神の化身だ。てかあんたこそ一体なんなんだよ」
逃げた先にも当然の如く着いてきたポニテ女に対し、柄長は三度目の鋭いツッコミを入れる。
「あ、その子は一年生の夜井出葉琉依ちゃん。それっぽく解説する能力で、あらゆる事象を面白おかしく解説してくれる人だよ。地女大名物のひとつだね」
ざばっと、先ほど水に溶けた白高が再び水面から上半身を出現させて言った。
「あ、どうも夜井出です。漫画とかで言う、いわゆる解説役ポジションってやつですね。どうですか、結構ウケたでしょ?」
「は、はぁ……」
柄長は完全なる脱力状態に陥り、気だるげに答えた。
東京……というよりも、この地雷系女子大学という特殊極まりない閉鎖空間のカオスなノリには、真面目な彼女は困惑するばかり。




