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オール・ギフテッド  作者: パラデミコプス
第一部 第三章 強能力

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謎の女

          四


 東京都心部に位置する某大学キャンパスにおいて勃発した、前代未聞の菓子・パンデミック。突如として発生した無数の巨大菓子群が校舎一帯を覆い尽くし、更には宙を舞い踊るという奇天烈極まりない超常現象のニュースは、苑奈アゲハの耳にもとうに届いていた。この未曾有の騒動を引き起こした元凶たる女子生徒は、瞬く間に国家指定危険能力者として政府から正式認定されたという。情報の波が激しく交錯する現代の電脳網では、事件の舞台となった教育機関は即座に特定されており、巷間では地雷のような気性の女が寄り集まる<地雷系女子大学>なるひでぇー名称。

 当の女子大生により生み出された数多の巨大菓子類は、成分を解析した結果全く問題なく飲食可能ということで、現在は大学側が物見遊山で訪れる来場者たちへ無償で配給しているという牧歌的な後日談も耳に入っていた。だが、苑奈はわざわざその喧騒の中へ身を投じ、参加する気には到底なれなかった。

 巨大な質量を持つ菓子を無尽蔵に生成するという異能のメカニズム自体には、世界最高峰の頭脳を自負する研究者として舌を巻くほどの深い知的好奇心を刺激される。だが、如何せん先月、彼女は齢三十という人生の決して小さくない節目を迎えてしまっていた。胸焼けを催すような豪快なスイーツ類を大量に胃袋へ収めるには、少々肉体の若さが心許ない年齢へと差し掛かっている。というより、生来より己の非凡な才能を持て余し、今日に至るまでひたすらに研究一筋の孤独な道を歩んできた苑奈にとって、青春の「せ」の字すら謳歌した経験がないという事実が重くのしかかる。華やかで騒がしい女子大生しかもギャルたちがキャッキャと群れ集う空間へ身を置くこと自体が、自身の致命的な青春コンプレックスを無慈悲に抉り出す凶器に他ならない。あの眩しすぎる若さの熱量に当てられれば、積み上げてきた天才の矜持を粉々に打ち砕かれかねない危惧があった。

 故に、苑奈は俗物たちの集う祭典を羨望の眼差しと共に黙殺し、表参道に面した瀟洒なカフェ<ォテーイタ>のテラス席にて、独り優雅にコーヒーグラスを傾けていた。琥珀色の液面が揺れる銘柄は、厳選された高級豆のマンデリン。舌を刺すような浅薄な酸味ではなく、深い渋みと重厚なコクを孕んだこの一杯こそ、知性と美貌を兼ね備えた孤高の天才たる自分にこそ相応しい。苑奈は、そんな極めてナルシズムに満ちた陶酔感にどっぷりと浸りながら、鼻腔をくすぐる芳醇な香りをゆっくりと堪能する。

 事実、苑奈アゲハ程の絶世の美女(ただし三十路)がテラス席で静かにコーヒーを嗜む姿は、まるで一流の画家が魂を込めて描き出した一枚の絵画のように完璧に完成されている。艷やかな髪が春風にふわりとなびき、知性を宿した双眸が伏せられる度、道行く通行人たちの視線が磁石に惹かれるように彼女へと吸い寄せられていく。その羨望と感嘆の眼差しを柔肌で感じつつも、彼女は一切動じることなく悠然と長い脚を組み替えた。

 とはいえ、この優雅な時間はあくまで擬態に過ぎない。本来の目的は、芳醇なコーヒーを味わうことでも、衆目を集めて己の顕示欲を満たすことでもなかった。

 苑奈はカップをソーサーへ静かに置き、鼻梁に掛けた細い丸メガネ越しに、眼前のスクランブル交差点を行き交う有象無象の群衆を睥睨する。一見するとただ近眼を補正する為の意匠に見えるこのレンズには、他の機能も搭載されている。彼女自身が極秘裏に開発した精神波動可視化機構オーラ・ヴィジュアライザーなる特異なシステムが組み込まれていた。

 事の発端は、かつて彼女が研究対象として目を付けた、オーラを視認する能力を持つある人物のデータ。本来のオリジナル能力は、対象の微細な感情の揺らぎや元来の精神力、果ては思念の形までをも克明に読み取る、極めて複雑かつ繊細な視覚系能力。しかし、この丸メガネに搭載された機能は、その能力の完全な模倣ではない。苑奈は卓越した頭脳でその異能のメカニズムを独自に解析し、元来の精神力、すなわち異能の出力値と強弱のみを的確に数値化して視覚へ投影できるよう、合理的に改良を施していた。

 眼下に広がる巨大な交差点では、信号が青に変わる度、何百何千という人々が波のように押し寄せ、幾重にもすれ違っていく。

 彼女の拡張された視界には、道行く人々の身体から立ち上る、色彩豊かで大小様々なオーラの揺らめきが鮮明に映し出されていた。この色相は対象の人間性や気質を如実に示しており、温厚で善良な精神性を抱く者は柔らかな緑色、短気で好戦的な者は燃え盛るような赤色といった具合に、千差万別の輝きを放っている。そして、そのオーラの体積が大きければ大きいほど、宿している異能の火力が強大であるという揺るぎない証拠。

 能力の細かな性質や利便性までは判別できず、単純な出力値しか計測できない。隠された潜在能力までは看破できないため、あくまで現時点での異能の強さしか反映されないという仕様には、天才学者として少なからず不満が残る。オリジナルの能力者であれば、さらに複雑に絡み合う色調や、対象によって千変万化するオーラの形状など、より緻密な情報まで読み取れたという記録が残っているのだから尚更。

 だが、未知の強能力者を探索するという現在の目的に照らし合わせれば、異能の強弱さえ把握できれば当面は十分な成果と言える。しかし、

(まぁこんなものか)

 苑奈は退屈そうに短く息を吐いた。レンズ越しに視える群衆のオーラは、そのどれもが風前の灯火のように微弱で頼りないものばかり。

 あらゆる人間が何らかの超常の力を持って生まれるこの異能普遍社会にあっても、人類の大半が有するのは日常の些事を少し便利にする程度の、些細で無害な能力に過ぎない。稀にやや大きめのオーラを放つ者を見かけても、苑奈の底なしの知的好奇心を強烈に惹きつけるほどの逸材は見当たらない。正直な胸の内を明かせば、天を衝くような、常軌を逸した途轍もない光芒を期待している自分がいた。

 事実、彼女のラボで日夜雑用をこなしている助手、星ヶ咲針我の放つターコイズブルーのオーラは、本人の華奢な身体を中心として半径十メートルもの広範囲を覆い尽くし、その高さはそびえ立つ高層ビルに匹敵するほどの威容を誇っていた。それは地区一帯の気候システムを根底から塗り替える、彼女の感情で天候を変える能力の、暴力的なまでの出力の異常さを如実に物語っている。

 星ヶ咲ほどの神懸かった力を持つ超常存在など、世界を股に掛けてもそうそうお目にかかれるものではない。だが、国家指定危険能力クラスに分類されるほどの凄まじい異能を隠し持った一般人が、この穏やかな日常の風景に紛れ込んでいるのもまた、紛れもない事実。

 いくら苑奈アゲハが宿す物質をナノテクノロジーに変換する能力が比類なき汎用性と強靭さを誇るとはいえ、国家レベルの脅威と認定される規格外の火力を前にしては、流石に分が悪い局面も想定される。これまで世界中を巡る調査の中で幾度となく目の当たりにしてきた国家指定危険能力レベルの異能者たちは、ただの一撃で堅牢な住宅街を更地に変える不可視の衝撃波や、触れた場所を問答無用で塵へと還す爆破能力、はたまた大地を真っ二つに叩き割る神話級のハンマーを具現化するなど、根本的なスケールが桁違いの代物ばかり。

 仮に不測の事態に陥ったとて、苑奈の圧倒的な実力と並外れた演算能力をもってすれば、対処や逃亡自体は十分に可能。だが、無益で野蛮な闘争によって、ポケット・レセプター内の美しきナノテク群を無駄に消耗させたくはない。故に、今日に至るまでリスクの高い強能力者との不用意な接触は極力避けて通ってきた。

 しかし、つい最近、相手の能力を強制的に狂わせる画期的な発明品、ジャミング・ストロボが遂に完成を見た。この切り札の存在により、ようやく危険な強能力を宿した者たちに対しても、ある程度の安全を担保した上で強気な接触を試みる算段が整った。

 とはいえ、いくら治安が良く凶暴な性質を持つ者が比較的少ない日本人相手であろうと、苑奈が後先考えずに安易な接触を図るはずもない。対象の選別は、極めて慎重に行う必要がある。

 桁外れの能力者を発見し、尚且つそのオーラの色が温厚さを示す穏やかな色合いであった場合のみ、まずは遠巻きに素性を調べ上げ、然るべき後に安全な接触を試みる。それが現在の完璧な腹積もり。

(ダメだな)

 最後の一滴までコーヒーを飲み干し、優雅な所作で席を立つ。

 伝票を手に取りスマートに会計を済ませると、店外へ出て交差点を改めて見渡した。

 波のように行き交う人々を隈なく観察してみたものの、せいぜいが平均よりやや大きめなオーラを纏う者がちらほら確認できた程度。やはり、歴史に名を残すような圧倒的な強能力者など、そう容易くその辺りを歩いているはずもない。もし見つけたとしても、不用意な接触が招くリスクは依然として計り知れない。

 苑奈は肩から下げた、自身のナノテクで緻密に編み上げられた漆黒のバッグの隙間から中を覗き込んだ。そこには、圧倒的硬度を誇るバラクノイドで覆われた真新しい異能撹乱装置。無骨な試作品から一転、その外装カラーリングは自身の艶やかな髪色と同じ、洗練された薄荷色へと美しく塗装し直されていた。

(こんな無作為な探索など、広大な砂漠の中からたった一カラットのダイヤを探し出すようなものだ。そもそも、異能の強弱だけで対象の有用性を判断しようなど、我ながらあまりに浅はかだったな)

 苑奈はうむむ、と小さく唸り声を漏らす。知性の結晶たる自分が、なんと幼稚で非効率な発想に囚われていたのだろうか。

 ジャミング・ストロボという護身用の発明品が完成した高揚感に当てられ、少々浮かれ過ぎていたのかもしれない。徒労感と共に、丸メガネのテンプル部分に指を添え、オーラ・ヴィジュアライザーのスイッチをオフにしようとした。

 その、刹那。


 ずあっ、と。

 視界の全てを塗り潰すような、濃密で毒々しい薄紫のオーラが、突如として苑奈の全身を容赦なく包み込んだ。

 なっ、と喉の奥で息が詰まる。

 身体が石像のように硬直した。

 弾かれたように周囲を見渡す。

 眼前に広がる広大なスクランブル交差点。

 その中心。

 放射状に広がる約三十メートルにも及ぶ広大な一帯。

 まるで異界の帳が下りたかのように、禍々しくも美しい薄紫の波動で完全に覆い尽くされている。

(バカな……)

 背筋を粟立つような悪寒が駆け抜ける。

 指先が微かに震えた。

 星ヶ咲の放つ、あの規格外のターコイズブルーのオーラすらも、遥かに凌駕している。

 圧倒的に、大きい。

 視線を上へと向ければ、薄紫のオーラの頂は周囲を囲む商業ビル群の高さを軽々と超え、まるで天を突く巨大な塔のようにそびえ立っている。

 これほどの質量。これほどの密度。

 発生源であるオーラの中心に立つ対象者は、過密な群衆の海にあっても、もはや探すまでもなかった。

(あいつか)

 周囲を行き交う平均的な成人男性よりも、さらに頭一つ分以上は抜きん出た長身。

 女だ。年齢はおそらく二十代前半程度と見受けられる。背中まで伸びた艶やかな長髪は、深い夜空を思わせる紺桔梗色。

 その女は、群衆をモーゼの十戒のごとく自然に掻き分けながら、一定のリズムで歩みを進め、苑奈の視界から徐々に遠ざかっていく。

 苑奈の硬直した身体が、女の放つ規格外の薄紫のオーラの領域からようやく脱出した時。

「ま……待てっ」

 接触すべきではない。

 世界最高峰の頭脳が、即座に最大級の警鐘を鳴らす。視界から得られた情報だけで判断すれば、あの星ヶ咲をも上回る、正真正銘、規格外の怪物だ。ジャミング・ストロボという切り札を持っているとはいえ、オーラの色合いも温厚さとは程遠い、得体の知れない不気味な薄紫。不用意に近づけば、文字通り身の保証はない。

 だが、地面に縫い付けられたはずの足が。

 世界一の天才たる彼女の知的好奇心が、本能的な恐怖を完全に凌駕していた。

 思わず、無意識のうちに歩き出している。

 苑奈アゲハは、人混みに消えゆく紺桔梗髪の女の背中を、ふらふらと追いかけていた。

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