遠雷
「でも……あのヤロウ、平然と<ごめん、他に好きな人できた、もう付き合ってる>って私に言ってきたんだけど……あぁ、思い返したら腹が立ってきたっ!」
未練こそ綺麗さっぱり霧散しているものの、理不尽な仕打ちに対する純然たる憤怒の情までは抑えきれなかったと見え、鬨波は周囲の喧騒を圧するほどの怒声を荒らげた。
感情の沸点に達した彼女は、その衝動に任せるままに右の拳槌を大きく横へと振りかぶる。
真横の虚空を目がけて渾身の力で殴りつけた。
その瞬間。
ビキビキ、と鼓膜を震わせる不穏な破壊音と共に、本来ならば不可視かつ不可触であるはずの空間そのものが硝子のようにひび割れ、鮮明な亀裂が虚空へと刻み込まれた。
突如として目の前で発生した超常的な空間破壊の光景。
十文字と火位の二人は、食事の手を止め、ぎょっとして椅子から身体を跳ね上がらせた。
「おーい海香、能力能力」
日常茶飯事の暴走を前に、柄長だけは至って冷静沈着な声音。
友人の不用意な異能行使を即座に指摘した。
「あ、ごめんごめん。つい興奮して」
我に返った鬨波。
慌てて突き出していた拳を自身の元へと引っ込めた。
「そのうち自然に修復されて元に戻るから、なーんも気にしなくていいよ」
いつもの笑みを浮かべる。
鬨波海香が宿す異能とは、空間を叩く能力。
本来であれば干渉不可能なはずの虚空に対して物理的な接触を可能とする特殊な性質を誇るものの、発動の条件として、ある程度の重さを持った衝撃を加えない限りは現象として顕現しないという制限を伴っていた。
「しっかし、いつ見ても不思議だよねぇ。海香の能力ってやつは。こんなに視覚的に分かりやすく空間にヒビが入っているってのに、あたしたちの手じゃあ絶対に触れることすらできないんだから」
火位が、その虚空の亀裂へと指先を伸ばす。
触れようと試みた。
その手。
すか、と虚しく空気をすり抜けるのみにとどまった。
「それって、空気とは違うわけ?」
十文字が素朴な疑問を口にする。
「このヒビ割れは空気の層じゃなくて、空間そのものなんだよ。ややこしい概念ではあるんだけど、大気と空間は、完全に別モンの領域なわけ」
「でも、他人が触れられないなら、通りすがりの人がうっかり触れて切創なんかを負う心配はないのか。空間が、本物のガラスと同じようなのかは私には知らんけど」
柄長の、冷静な分析。
「直接干渉して触れることができるのは、私と同じような空間系能力者だけだからねぇ」
鬨波が自らの人差し指でそのヒビの輪郭をなぞってみせる。
今度は確かにその指先が虚空の境界線でピタリと静止し、接触している様子が窺えた。
「あ、それさ、踏みつけて空間の上に立てたら、そのまま空中を自在に駆け回ったりすることはできるんじゃない? ほら、薄い氷の上を走り抜けるみたいで。インスト映えとかして大層バズるんじゃないかな?」
柄長は持ち前の知的好奇心から、その異能が秘める発展的な応用性について尋ねてみた。
一歩を踏み出す度に虚空に美しい結晶のようなヒビが入り、それを強固な足場として縦横無尽に空中を疾駆する彼女の雄姿を脳裏に思い描いた。
それは現代の若者文化において、極めて優美かつ幻想的な光景として賞賛されるに違いない。
だが、鬨波は、
「そう都合よくは行かないのよ、これが」
苦笑いを交えながら即座に否定した。
「空間ってやつは、みんなが想像している以上に脆いんだよ」
「脆い?」
柄長、十文字、火位の三人の声が、見事なまでに美しくハモった。
「そ。本物のガラスと違ってさ、めちゃくちゃ脆い。例えば、こうして軽く叩くとするでしょ」
鬨波は拳を軽く握り、まるで上品な洋館のドアノックを試みるかのように、眼前の虚空をコンコン、と小気味良い音を立てて叩いてみせた。
「で、そこから少しだけ強めに力を込めて叩くと」
彼女が先ほどよりも強く空間を小突く。
ピキッという繊細な硬質音。
拳面が接触した位置を中心として、先ほどよりも一回り小さなヒビ。
「ね? こんなに簡単に、大した力も入れずにヒビ割れちゃう。で、さっき私が結構強めに叩いたこれは、ご覧の通りでかいヒビでしょ」
「えーと、つまり、もっと強い衝撃が加わると……?」
柄長の質問に対して、
「突き抜ける。私だって子供の頃、空中を駆けてみようと、実際に試したことあるけどさ。一歩目でそのまま空間のヒビを派手に突き破って、足が地面に着いた。空間ってやつはすんごいデリケートで不安定な存在なんだよ。ガラスなんかより全然脆い。しかも、私自身は触れられるせいで、その割れたエッジで普通に切ったりするんだわ。その時は、足をざっくりやってぎゃん泣きしたし。しかも、砕け散った空間の破片が周囲に飛び散って、どうしたらいいか分からずに慌てふためいたし」
「な、なるほどね。ちなみに、その砕け散った空間そのものは、最終的に一体どうなってしまうのさ」
十文字が怪訝そうな表情を浮かべながら問いかけた。
「それもしばらくすれば、何事もなかったかのように自動的に元に戻る。空間ってのは面白くてね、何があってもプレーンな状態に戻る。こればっかりは私自身の能力とは全く別モンの世界法則だから、私がいくら能力鍛えても変わらん」
「へぇ~~~~」
空間系能力者だからこそ語れる、極めて専門的かつ興味深い持論。
三人の感嘆の声が再び見事にハモった。
「で、砕け散った空間のその割れ目の奥は、どうやら完全なる無の状態になっているらしいんだよね。気になったから試しに、その無の領域に向かって木の棒をかざしてみたんだけど、綺麗さっぱり削ぎ落とされるみたいに無くなったのね、その部分だけ」
「え、こっわ。どうなったのさ」
「ん? 普通に直った」
「直ったのか」
「そ。空間の修復機能が働いて元に戻ったら、何事もなかったかのように棒は元通りに戻ったけど」
「む、無に行ってる……ってことぉ?」
火位がやや顔を引き攣らせる。
「なにがあるんだろうねぇ、その無って」
「わかるよ」
と柄長。
「お、なに?」
「無があるんだよ」
「そりゃあ無だからそうでしょ」
鬨波が気を取り直し、
「宇宙みたいに無限の闇が広がっているのか、はたまた本当の意味で何一つ概念が存在しない空間なのか……流石に頭を突っ込んで覗き込む勇気は私にはないし、下手したら閉じた破片で首が飛ぶから私は絶対に見ないけど」
「き、気になるかも……」
十文字が好奇心に駆られたように何気なく呟く。
「覗いてみる?」
鬨波がいじわるな笑みを浮かべる。
完全なる無という未知の恐怖を脳内でリアルに想像してしまい、十文字の額からはタラリと冷や汗が伝い落ちる。
「冗談冗談。あまりにも危険だから、もう私自身、空間破壊は完全に封印しているし、その無の環境がどうなっているかによっては、下手をすれば殺人事件に発展しかねないわ。ま、そんな怖い話はこれくらいにして、自分の周りに適度なヒビを作って撮影すれば、それだけでSNS上じゃバズりまくるよ。画像編集の加工いらずの天然エフェクトだもん」
「あぁ、見た見た。この前の投稿ね」
背筋が寒くなるような話の流れを強引に変えるべく、火位が元気よくその話題に乗っかった。
チックトックに投稿されていた、空中に自ら意図的に作り出した空間のヒビをエフェクトとして活用した、鬨波の独創的なダンス動画。
振り付けの最中に打撃モーションが巧みに混ぜ合わされ、最新の編集ソフトによるデジタル加工を一切介さない、本物の空間の亀裂が虚空に次々と刻まれていくそのパフォーマンス動画は、ネット上でも結構な注目を浴びて上位にトレンド入りを果たしていた。
「それに比べて、あたしは生まれつきこんなハズレ能力だしなぁ……。日常生活において、一切なんの役にも立たないわ、これ」
火位は露骨に肩を落とし、テーブルへと項垂れた。
火位カルナが保有する固有の能力とは、コーヒーとミルクを分離させる能力。
その名前が示す通り、市販のコーヒー牛乳やカフェオレといった、既に完全に混ざり合って一体化している液体に対して能力を行使することで、コーヒーの成分と牛乳の成分だけを、まるで理科の実験のように美しい二層のグラデーションへと強制的に分離させることが可能というもの。
しかしながら、現代社会においてそんな手の込んだ分離作業を行う合理的意味などどこにも存在しないし、仮にそのような層に分かれた視覚的な飲み物が欲しければ、市販のダルゴナコーヒーを購入すればそれだけで事足りる。
大分類としては物質分離系の能力カテゴリーに属してはいるものの、その利便性や社会的需要は皆無に等しかった。
本人曰く、これではほぼ無能力者と変わらないという自虐的な評価に落ち着く。
「あー、こんなひっどいハズレ能力じゃなくて、あたしも美馬ヨシヤみたいに、戦う姿が一枚の絵になるようなかっこいい能力がよかったなぁー!」
「まぁまぁカルナ。私だって世間一般から見れば、お世辞にも大した能力じゃないし。私のなんて、口の中に水を出す能力だよ? せいぜい、歯を磨く時にうがいが楽に出来るくらいしか使い道なんてないって」
同じく日常生活におけるハズレ能力の烙印を押された同志として、十文字が親身になって慰めの言葉をかける。
「奈由はそれだけでも自給自足ができるからマシでしょぉっ! よく考えてもみてよ、コーヒーとミルクを分離させる能力なんて、一体人生でいつ使うわけさっ!?」
「あー、例えばほら、間違えてコーヒーの中に牛乳をドバドバと混ぜちゃった時とかに、あ、やっぱりブラックが飲みたかったわって後悔した瞬間とか……?」
鬨波が苦し紛れのフォローを試みる。
「そんな都合の良いシチュエーションが日常にあるかっ!」
火位はぷんすかと頬を大きく膨らませた。
「まあ機嫌を直しなって。生まれつき備わっている能力の性質に関して、今更あーだこーだと文句を言ってもどうしようもないでしょ」
柄長。穏やかに慰めの言葉をかけた。
「柄長だけは、絶対にそれを言っちゃだめでしょおっ!?」
火位。まるで親の仇でも見つけるかのような勢いで柄長に向かって詰め寄った。
「ええっ」
予期せぬ猛反発。
思わず小さく身を退いた。
「それはそう」
十文字と鬨波の声が、今度は見事なまでにハモリ、鋭い視線の矛先が一斉に柄長へと向けられた。
「現代は超高度情報化社会だよ? その現代で、文字通りのチートとしか形容できない凶悪な能力だからこそ、そんな風に余裕ぶちかませるんですなぁ、柄長は」
鬨波が、意地の悪い笑みを口元に湛えてみせる。
「しかも、贅沢な二重属性」
「私ら三人、単一属性だもんな」
「ただでさえ単一で、強力な電撃を自在に操れるくせに、その上でテクノロジー操作も同時にこなせるなんて。天は二物を与えすぎでしょ、なんじゃこの不公平極まる格差はっ!」
残りの二人も、不満の言葉。
それも無理のない話。
柄長が宿すテクノロジー操作能力と、それに付随する強大な電撃の出力は、現代のインフラ社会においてはチート極まりない、文字通りの国家戦略級の価値を秘めている。
「い、いやぁ~。それはまぁ、私個人が選んだわけでもないし、仕方のないことというか……」
友人たちからの猛烈な嫉妬の集中砲火を浴び、柄長もややバツが悪そうな顔をして視線を泳がせた。
能力の格差というものは、この異能普遍社会においてどうしようもない厳然たる事実。
自身の能力が日常の利便性においても、単純な戦闘力でも、群を抜いて優れており、世界的な基準に照らし合わせても、あまりにも強力すぎる部類に位置していることは当人が一番よく理解している。
さらに言えば、彼女はこの突出した能力を最大限に活用し、将来の安定した進路や就職先をどのように選択するかを真剣に模索している最中であったため、あまり強い口調で言い返せないという事情もあった。
「ここだけの話、実は学内の噂話じゃあ、あの亜鳴蛇に続いて、国信大の実質的な実力者第二位って密かに言われているんだよ、柄長は」
十文字が、少し声を潜めて告げた。
「え? まじなん?」
柄長は驚きのあまり目を細る。
ジト目を友人へと向けた。
自身がそんな大層な二つ名や評価で学内の噂の俎上に載せられていたなんて、完全に初耳の事実。
「うん。トップに君臨する亜鳴蛇の、あの多重属性の触手の暴力は、もはや人知を超越した天災みたいなもんだから、理解不能だし除外するとして。柄長の能力のスペックも相当にやばいんじゃねぇかって、もっぱら男共や能力研究サークルの間じゃ噂されてんの。純粋な電気の火力もさることながら、現代の全ての防衛システムを無力化しかねないテクノロジー操作の汎用性が強すぎるって」
「なんともまぁ、不名誉な称号だなぁ」
男というものは戦う事を考えるのが大の好みで、当然柄長の強力な能力には目を向ける。柄長の見た目の可愛らしさも相まってそのギャップも余計にあるせいだ。そして女はそういう噂話が大好きで、すぐに広まる。こう言った性別間の特徴は、いつの時代も変わりがない。
はは、と柄長は引き攣った苦笑いを浮かべるしかなかった。
「柄長、どんだけお金に困ったとしても、そのチート能力を使って絶対に悪さなんかするなよなー。お前、もし一回でも大罪を犯したら、即座にナショナル・デンジャー・クラスに指定されかねないんだからっ!」
火位が羨望と嫉妬の入り混じった目で睨みつけながら、ビシッと柄長を指さした。
「ナショ、なに……?」
横文字の専門用語に疎い鬨波。
小首をかしげて頭上に巨大な疑問符を浮かべた。
「国家指定危険能力のことね。ほら、二十一世紀の中でも、社会秩序を脅かす存在候補って大々的に取り上げられていたでしょ」
柄長が補完する。
「あぁ、そういえばそんな物々しい話があったなぁ。急にカルナが横文字使うからびっくりしたわ」
「本当にカルナは、観たばかりのモンにすぐ影響されるよなぁ。国家指定危険能力の英名なんて、専門の行政官じゃあるまいしわざわざ日常で使わないよ普通は」
十文字も呆れたように肩をすくめて言った。
あの普並木杏璃もよく使ってるじゃねぇかよ、と柄長は思っていたが。
再び、三人の視線が柄長へと集中する。
「悪さなんて、するわけがないでしょ。流石にそんな不名誉すぎるレッテルを貼られるのは御免だわ」
柄長は手を振り、その疑惑を全力で否定した。
国家指定危険能力認定制度と言えど、決してその対象者を凶悪な犯罪者として拘束・管理するための仕組みではなく、単に常軌を逸した強力な能力を保有する一般市民の力が、何らかの偶発的な事件や事故によって世間に露呈してしまった際、政府が治安維持の観点から認定する、一種の<注意喚起ラベル>に過ぎないシステム。
認定されたからといって、二十四時間の監視体制がついたり自由が制限されたりする訳ではなく、個人のプライバシーも能力自由行使法に基づき完全に保証されるものの、国家の危険人物リストにその名が登録されるというのは、小市民として実直に生きたい彼女にとっては不名誉極まりない事態。
「本当に気を付けなよ。お前の能力は見た目も派手だし規模もでけぇーし、街中でちょっとしたでかい物損事件とか、電力網のパンクでも引き起こしたら、それだけで即座に国家認定されそうだよ」
「……善処するわ。気をつける」
火位の言葉は、一見すると嫉妬の裏返しによる警告のようでありながら、その実、友人が破滅の道を歩まないようにと本気で心配している優しさが滲み出ていた。
どれほど能力の格差による軽口を叩き合おうとも、一線を越えない確固たる友情の線引きが、彼女たちの間にはしっかりと確立されている。
「あ、国家指定危険能力の話題と言えばさ」
何か重要なニュースを思い出したかのように、十文字がポンと手を叩いた。
え? と、その場にいた全員の視線が、自然と彼女の元へと集まる。
「東京の方で、まさに今朝、出たらしいよ。新しく国家指定危険能力者が」
「まじでか」
柄長が即座に眉間に深いシワを寄せた。
すなわち、日本のどこかに、自分のような社会的な脅威となり得る強力な能力者が現れ、その力でなんかやべー事件を起こしたという事実に他ならない。
将来的に同じような境遇に立たされるかもしれない身としては、到底他人事とは思えないニュース。
「しかも、私たちと全く同世代の、現役の大学生らしいよ」
「え、どんな能力の人なのさ」
「どんな能力かはまだ取材中らしいけどさ、とにかくその能力が発動した結果、大学の広大な敷地全体がお菓子まみれになったらしい」
「はぁ?」
「今お菓子っていった?」
「そう、お菓子。現在進行形で大騒ぎになってるんだって」
「お、お菓子……? どうなってんだ、都会の大学は」
国家指定危険能力という、極めて物騒な単語の直後に飛び出してきた、あまりにも緊張感に欠けるお菓子という単語の凄まじいギャップに、ぷくくと鬨波が堪えきれずに笑いを漏らした。
十文字が自身のホロフォンを空間に起動し、網膜から照射された鮮明なホログラム映像。
網膜投影型の高いモデルらしい。
みんなに見えるようにテーブルの中央へと拡大表示してみせる。
そこに映し出されていたのは、壁がピンク色の大学校舎やキャンパスの全景。
しかし、その光景は常軌を逸していた。
建物の壁面や路面には、原色の巨大な水飴や、今にも溶け出しそうなアイスクリームの山、色鮮やかなグミの結晶、何層にも折り重なった巨大なパイ、そして巨大なロールケーキといった、ありとあらゆる種類の菓子類が、まるで奇怪な菌類のようにべったりとへばりつき、さらには重力を無視して空中をふよふよと浮遊しているという、一種の地獄絵図。
甘味をこよなく愛するお菓子好きの人間からすれば、夢のような天国。
しかし、客観的な都市機能の観点から見れば、完全なる大災害の様相が形成されている。
「んだこりゃ……」
柄長は、そのあまりにも現実離れしたサイケデリックな映像に対して、割とマジで引いた。
映像越しでさえ伝わってくるかのような、空間全体の暴力的なまでの甘ったるい匂いの充満。
そして何よりも、このまま時間が経過して放置されれば、確実に周囲一帯から恐るべき数の虫が大量に湧き出すであろう悲惨な未来が容易に予見できた。
この大学に籍を置き、朝から真面目に通学してきた一般の生徒たちに対しては、同情を禁じ得ない。
「テレビじゃ大学名とかは伏せられてるけど、もうネットの掲示板やSNSの特定班の間じゃ、どこの大学で事件が起きたか秒速で判明しているのさ。どうやら、<地雷系女子大学>って場所らしいよ」
「地雷系女子大学ぅ?」
「そ、通称<地女大>」
「なんだ、その狂った大学名はっ!」
またしても、鬨波がその独特のネーミングセンスに耐えかねて、盛大に吹き出した。
「外見からして、見るからに地雷みたいなメイクやファッションをした癖の強い女子ばかりが集まることで有名な私立大学らしいよ。インストの投稿でも話題になっているみたいだけど、文字通り地雷っぽい女たちが、降ってきたお菓子を前に大喜びではしゃぎ回っている動画が拡散されてる。ちなみに、浮いてるお菓子は普通に美味いらしい」
十文字が別のホログラム画面へとスワイプすると、そこには空中を漂うマカロンやドーナツを捕まえようと笑顔で走り回るギャルや、建物の壁から生えた巨大なドーナツやキノコチョコを毟り取って豪快に頬張っている派手なギャルたちの姿が映し出された、インスト動画。
この二十二世紀という、生まれながらにして異能社会の混沌に完全適応している新時代の若者たちが持つ、底抜けたバイタリティと活気たるや、恐ろしいものがある。
(いや、ここ……)
だが、柄長の思考が、ある一点において完全に凍りついた。
その特徴的な地雷系女子大学、通称地女大という風変わりな大学名。
彼女には、その名前に明確な聞き覚えが存在していた。
「カルナぁ。今こそ、あんたの眠れるハズレ能力の使いどころかもしれないよ。現場に突撃すれば、ぐっちゃぐちゃに混ざり合って崩壊した巨大ティラミスの層を、コーヒーとミルクに綺麗に仕分ける職人として大活躍できるかも」
鬨波が、ここぞとばかりに意地悪く、火位をからかい始める。
「んな仕分け作業をして、なんになるのさっ!?」
「ほら、ミルク部分を分離させて、全体の甘ったるさを軽減して食べやすくするとか」
「なんで私がその得体の知れない巨大お菓子を、現地までわざわざ行って食べる前提で話が進んでいるんだよ」
「どうやら校内で無料配布してるらしいよ、学外の人でも貰えるとか」
十文字がニュースを見て言った。
「そうなの?」
「らしい。現地アナウンサーも食べてるみたい」
「そんな出所不明の不気味なお菓子なんて、口が裂けても食べたくないわっ!」
「でも無料だぞ」
「それでも嫌だわっ」
「ま、私らには関係ないでしょ。まず第一、東京はここからじゃ遠すぎるし。ワープゲート・サービスは値が張るし、わざわざ行く必要はないっしょ」
三人が賑やかに談笑を続ける中。
柄長だけは、完全に言葉を失ったまま、深刻な表情で黙り込んでいた。
「あれ、柄長。どうしたんさ、急に静かになっちゃって」
異変を察知した十文字が声をかけた。
「んぁ? いいや、なんでもないよ。ちょっと焼きそばの紅生姜が辛かっただけ」
柄長は瞬時に平静を取り戻し、答えた。
(地雷系女子大学……。あそこは確か、郝躬の……)
地女大は、東京の友人、西圓寺郝躬が現在通っているまさにその大学。
そして、同じく彼女の友人であり、常軌を逸した胃袋と食事量を誇る大食い系能力者の伽羅部瞰が、その降って湧いたお菓子の山に対して目を輝かせ、狂喜乱舞しながら文字通り片っ端から食いまくり、その傍らで西圓寺が「相変わらずだな、瞰……」と、頭を抱えて呆れ果てているであろう光景が、驚くほど鮮明に脳裏をよぎった。
ニュースの報道を見る限り、幸いにも建物が損壊した程度で、怪我人が出たような凄惨な刃傷沙汰の事件ではないらしい。
とはいえ、あの二人はいま現在、本当に無事なのだろうか……。
この後、西圓寺に連絡してみた方がいいな、と柄長は思った。
ふと、鬨波の座る座席の横の空間へと視線を向ける。
先ほどまで虚空を裂いていた空間のヒビは、世界の絶対的な自己修復機能によって、跡形もなく綺麗さっぱりと消失し、元のプレーンな状態へと戻っていた。




