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オール・ギフテッド  作者: パラデミコプス
第一部 第三章 強能力

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映画<二十一世紀>

          二


 国信大。その広大な敷地を彩る木々の葉が色付き始め、蕭殺たる秋の風が吹き抜ける季節。肌を撫でる空気が心地よい涼気を帯び、季節の移ろいを肌で感じさせる気候となっていた。

 とりわけ周囲を深い山々に囲まれた長野県域においては、季節の推移に伴う気温の較差が著しく顕著に現れる。

 この異能普遍社会にあっても、自然界が織り成す地域特有の激烈な寒暖の乱高下というものは、未だ世界に異能という超常現象が存在しなかった旧時代の自然環境と比較しても、何ら遜色のない猛威を振るい続けていた。

 この時期の国信大の校内において、見慣れた日常の風景となるのが、頭上の虚空をせわしなく飛び交う自律型熱気散布機(ホット・ドローン)の群れ。標高の高い山奥に位置する学舎周辺の急激な冷え込みは、都市部の平野部とは比較にならないほどの苛烈さを持つ。故に、こうして無数の小型飛翔機械が空を巡回し、内蔵された機構から人工的に生成した熱気を広範囲に散布。急激な気温低下によって学生たちの肉体が冷え切り、体調不良に陥る事態を未然に防ぐという、過保護なまでの空調管理が徹底されている。

 そもそもこの広大な学び舎、その起源を紐解けば、過去の電脳空間におけるインターネット・ミームによって悪ふざけで創造された、完全に架空の大学に過ぎなかった。それが如何なる因果か、現実改変系の能力を保有する熱狂的な有志たちの手によって、現実に物理的建造物として強制的に具現化させられたという、実に数奇で混沌とした歴史を持つ。それにも拘わらず、現在のその実態や運営体制は驚くほどに強固かつ堅実であり、多数の学部と優秀な教授陣を擁する、学術機関として極めて真っ当な機能を有しているのだから世の中分からない。

「みんなは観た? 今話題のあの映画」

 そう言ったのは、鬨波海香ときはうみか

「あー、見た見た。<二十一世紀>でしょ」

 即座に小気味良い返答を返したのは、十文字奈由じゅうもんじなゆ

「あれ面白かったよね。あたし、普段あんまり長い映画とか観ないんだけどさ。途中で絶対眠くなっちゃうし。でもあれは最初から最後まで全部観れた」

 火位ひいカルナも興奮気味に言葉を継ぎ、テーブルに身を乗り出す。

「主演の美馬みまヨシヤ、まじでイケメンだよねー。あの憂いを帯びた瞳がたまらないというか」

「わかる。それでいて演技もアクションもめちゃくちゃ上手いのなんの。スクリーン越しでも迫力が伝わってきたもん。あれでまだ私たちと同じ二十代なんだって? もう人生の密度が違いすぎて信じられないよ」

 彼女たちの間で最新の娯楽作品に関する談義が熱を帯び、華やいだ空気が漂い始めた頃。

「柄長は観たの?」

 鬨波が、傍らで黙々と割り箸を動かしていた女へ話を振った。

「あぁ、二十一世紀ね。観たよ、この前。筮麽と一緒に観に行った」

 鴨紅柄長は、口内へ運ぼうとしていたソース焼きそばの麺をすする動作を止め、淡々と答えた。

 現在、午前中の講義も無事に一段落を迎え、柄長は大学で親しくしている友人らと共に食堂の片隅に陣取り、安価な学食を腹に収めながら、こうして他愛もない雑談に花を咲かせている最中。

「筮麽……あぁ、亜鳴蛇か。柄長、ほんとに仲良いよね、亜鳴蛇と」

 どこかからかうような響きを含ませて、十文字。

「ま、なんだかんだ一緒にいて退屈しないからね。それより、映画なんだけど」

「うん」

 柄長の言葉に、鬨波が興味深そうに相槌を打つ。

「私、てっきり最初ドキュメンタリーだと思ったんだよね。タイトル的に。歴史を振り返るお堅い奴かと。なのに、なんか開始早々突然ド派手な異能バトルが始まって、あれ? とはなったな」

「え? 予告見てないの? 思いっきり、みんな戦うアクション映画だったと思うけど」

 呆れたような十文字の的確な突っ込みが飛ぶ。

「予告は見ない派なの。最近は予告の段階で一番いいシーンとか、ネタバレされることも多いし」

「いやいや、だって主演美馬ヨシヤだよっ!? 日本のアクション映画と言ったら、絶対美馬ヨシヤでしょっ! それを知らないなんてあり得ないっ!」

 火位が机を叩かんばかりの勢いで詰め寄るが、

「……悪かったな。俳優あんまり知らなくて」

「それ以前の問題だっ。ポスター見れば一発で分かるでしょ!」

「まぁまぁカルナ。そう熱くなさんな」

 そもそもあんなに広告打ちまくり街中で大々的に宣伝されていただろう、と喚き散らす火位を、二人が宥めすかして収束させる。その喧騒の中、柄長はバツが悪そうに視線を泳がせ、目を細めた。実のところ、流行の芸能人や銀幕の俳優の顔と名前を一致させるような大衆文化の知識には決定的に疎い性質を持つ彼女からすれば、こればかりは致し方ない。それよりも、進路のことや、生活費や実家に仕送りをするためのバイトなどで忙しい。

 あらゆる超常現象が日常の風景に溶け込んだこの新時代においても、映画というものは不朽の娯楽として世界中の人々に愛好され、楽しまれ続けている。

 彼女たちが話題にしている<二十一世紀>とは、最近になって大々的に劇場公開されたばかりの、国産の超大作映画作品。

 そのあらすじは、かつて、遥か宇宙の深淵より地球へと飛来した謎の巨大隕石、すなわち<天墜御神石デウス・エクスマキナ・ライト>に付着していた未知の地球外ウイルスが世界中に蔓延し、その影響によって全人類が突如として特異な異能に目覚めたとされる、今から百年以上前に起きた二十一世紀の異能黎明期、つまりは彼女たちが生きる現代という時代の幕開けを舞台としたもの。未曾有の事態によって無秩序状態に陥った現代日本において、異能の自由行使を法的に規定する能力自由行使法が国家の威信を懸けて制定されるまでの苦難の道のり。そう銘打たれた、一応は歴史的実話に基づくという触れ込みの物語。

 だが、その実態はと言えば、現実の歴史的経緯や大まかな出来事こそ形ばかり踏襲してはいるものの、本質は単なる見栄え重視のド派手なアクション映画に過ぎない。

 映画の中では、世界中、そして日本もまた異能の突然の開花によって血で血を洗う阿鼻叫喚の混沌と化した世界が描かれる。そこに正義の心に目覚めた熱血漢の主人公が立ち上がり、自らの能力を私欲のために悪用し、強大な異能の暴力をもって日本征服を目論む凶悪な秘密組織と熾烈な死闘を展開。激しい死闘の末に最終的に辛くも勝利を収めて万人の英雄となり、その後、平和を取り戻した日本において能力自由行使法が円滑に設立された、という極めて古典的かつ王道を行くヒーロー作品的な内容へと改変されていた。

 だが、史実は全く異なる。現代社会において、能力者同士が世界の覇権を争う異能戦争などという、野蛮極まりない血生臭いパンデミックなど一切起きてはいない。

 実際には、突如として超常の力を手に入れた人類の大多数が、<いかにしてこの便利な能力を駆使して日々の労働をサボり、だらだらと自堕落に過ごせるか>という、底知れぬ怠惰な精神構造を発揮。その結果、闘争への意欲よりも安楽への欲求が遥かに凌駕し、深刻な混乱が起きることもなく異能普遍社会が到来。それに合わせる形で、能力自由行使法を基本理念とした数々の異能に関する法律や公的機関、管理施設が迅速かつ事務的に整備され、日常の風景へと滑らかに溶け込み、わずか数ヶ月という驚異的な短期間で世界は完全なる平常運転へと回帰したというのが、嘘偽りない真実の歴史。

 この前、あの極度の怠け者である筮麽が珍しく観たいと口走ったため、柄長は同行して劇場へ足を運んだ。しかしその大仰な内容には、心底拍子抜けしたという感情が否めない。これでは歴史の闇を演出するフェイクドキュメンタリーですらない。てっきり、当時の政治的混乱や法整備の裏側を真面目に描いた堅苦しいドキュメンタリー映画かと思い込んでいた。そもそも冷静に思考を巡らせれば、あの亜鳴蛇筮麽が自ら進んで観たいと言い出すような映画が、難解でシリアスな社会派作品であるはずがない。実際の劇場内も、休日のカップルや無邪気な家族連れで大いに賑わっており、これは最初から頭を空っぽにして楽しむ純然たるエンタメ映画なのだと察しておくべきだった、と柄長は今になって己の洞察力の欠如を反省している。

「いやでも、映画自体はちゃんと面白かったよ。主人公の能力は格好良かった。あのド派手な火炎能力は、いかにも映画映えしてたし、迫力あった」

 柄長が友人の機嫌を損ねないよう、的確なフォローの言葉を補足する。史実との乖離はともかくとして、一本の娯楽作品としての完成度は高く、内容自体はちゃんと面白く堪能できた。

 彼女の小市民的な感性において強いてモヤモヤする点を挙げるとすれば、劇中において異能という個人の特性が、完全に敵と戦闘するための道具としてのみ扱われているという点。迫力満点の能力バトルが一般大衆に人気を博す理由は頭では理解できるが、日常生活において能力を専ら日常を少し豊かにする目的のためにのみ行使している彼女にとっては、異能を暴力の行使に向ける思考自体が少しばかり野蛮に思えてならない。なにせ現実世界がこれほどまでに能力の恩恵に浸りきった社会であるため、スクリーンの中の光景を完全に別世界の架空の物語と割り切って鑑賞しづらいという葛藤がある。

 また、登場人物たちがお互いに死闘を繰り広げる際、何故か銃器や重火器といった既存の現代兵器を一切使用せず、律儀に己の能力のみを駆使して戦い続けるという不自然な点。能力バトルというジャンルにおいては暗黙の了解であり、お約束の様式美ではあるものの、一応は現実の歴史をベースにしていると謳っておきながら、近代兵器がほとんど介入してこない展開には、些か強引な疑問符を抱かざるを得ない。

 とは言え、あくまでこれは観客のストレスを発散させることを目的とした、大衆向けの娯楽ヒーロー映画。エンターテインメントとしての側面から評価すれば、全然アリな構成。そういった重箱の隅を突くような横槍を入れるのは野暮というものだと弁えているため、柄長もその点をわざわざ口に出して批判するような真似はしない。

「でしょでしょっ! ちなみにあのかっちょいい炎は、美馬ヨシヤ本人の能力なんだよ。柄長に教えておくけど。一切電子合成皆無、つまりCGなしなのよ、これが」

 火位が鼻高々に、己の手柄であるかのように自慢げな口調で語る。

 現代の映像産業やエンターテインメント業界においては、出演する俳優や演者が保有する実際の能力を、そのまま作品の演出として直接的に反映させるケースも非常に多い。その場合、通常であれば現代の最新鋭の電子合成技術やCGテクノロジーを駆使して、視覚的により派手で強力な演出を施したりするのが業界のお約束。しかし、この美馬ヨシヤという絶大な人気を誇る俳優。自身の持つ火炎を放つ能力に関しては、一切のデジタル加工を拒絶し、全てを当人の練り上げられた能力の出力のみで魅せるという、いわゆるノン・CGのリアルな表現を最大の売りとしている。

 確かに言われてみれば、劇中で放たれる炎の揺らめきや熱のゆらぎには、人工的な合成では表現しきれないような、生々しくリアルな迫力と質量が画面越しにもありありと伝わってきた。

「イケメンで能力もかっこいいとか、ずるいよなぁー。神様は二物を与えてるよ」

「わかるぅー。私も、あんなパーフェクトな彼氏ほしいわぁー」

 残りの二人も、熱に浮かされたように顔を見合わせて同意の溜め息を漏らした。

「あれ? 海香、彼氏いたんじゃなかったっけ」

 その会話の文脈に違和感を覚えた柄長が、不思議そうな顔をして問い掛けた。記憶が確かならば、この鬨波という友人は、つい最近まで頻繁に惚気話を披露し、彼氏の存在を自慢していたはず。

「あえー? 別れた。先週」

 鬨波は、まるで昨日の天気を報告するかのような平坦な声で言い放った。

「えっ、なんでさ。あんなに仲良さそうに写真とか見せてたのに」

 目を丸くして驚きを露わにする。

「浮気だよ。男ってのはこれだから、少し目を離すとすぐ他の女にフラフラ行く生き物なのさ」

「そりゃあ……まあ、ご愁傷さま」

 かける言葉が見つからないが、

「未練はないね。不貞の輩だと、浮気されたって知った時点で、一瞬で百年の恋も冷めた。もう今となっては赤の他人だわ」

 ははは、と未練の欠片も感じさせない快活な笑い声を響かせ、鬨波は自らの器に盛られたうどんを、ずずずと勢いよく豪快に啜り上げた。

「ええ。私なら当分立ち直れなくて、部屋で一人で凹みそうだけど……」

「海香って、案外ドライな性格してるんだね」

 流石にそのあまりにも早すぎる感情の切り替えと、未練を一切感じさせないさっぱりとした態度には、柄長だけでなく十文字や火位も少しばかり引いたような視線を向け、顔を引き攣らせていた。

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