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オール・ギフテッド  作者: Paracoccidioidomicosisproctitiss
第一部 第二章 夏休み

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強盗に遭遇-後編-

 だが。

「な、なんだよそれ……」

 銃を放った質量倍の男。彼は、相棒のバラバラに崩れ落ちた銃の残骸など既に視界に入っておらず、目の前の信じ難い光景に、その両の眼球を限界まで見開いていた。

「……あ、あっぶねぇな……マジで引き金引くのか、失うものとかないんか? 無敵の人かよ、あんたら……」

 柄長がぽつりと、心底呆れたような呟きを漏らす。彼女の顔面前方、距離にして僅か三十センチメートルの空間。そこに、本来ならば彼女の頭蓋を貫通していたはずの重金属の弾丸が、空中に縫い留められたかのように完全に静止していた。その表面には、高密度に圧縮された水色の微弱な電磁波が、火花を散らすことなく静かに纏わりついている。

「ほいっ」

 柄長が指揮者のように軽く指を下ろす。その動作に連動し、空中の制約から解き放たれた弾丸が重力に従って床に落下し、カラン、という無機質で虚しい金属音を立てた。西圓寺は、自身の理解の範疇を遥かに超えた目の前の出来事に対し、脳の処理能力が完全に追いつかず、彫像の如く固まってしまう。

 同じく、予想外の結末に直面した強盗の男二人も、己の常識が崩壊した衝撃に固まり、じりじりと後ずさりたじろぐ。

 その刹那。店舗の外部から、空気を切り裂くような甲高いサイレンの音が急接近してくる。警察機構の到着。どうやら、二人の強盗の注意が柄長に完全に逸れた数分の隙を突き、恐怖を乗り越えた店員が見事に通報の任務を完遂していたようだ。

「動くなっ! 警察だっ!」

 対異能犯罪用の最新鋭の防護装備で重武装した機動隊員たちが、訓練された連携で店内へと雪崩れ込む。

「ひっ、ひええっ!」

「はっ、離せっ! くそっ、離せっ!」

「時刻、十一時四十五分。犯人両名の身柄を完全に確保した」

 頼みの綱であった武器を失い、素手となった程度の小悪党が、鍛え抜かれた治安維持組織に敵うはずもない。あっという間に床に押さえつけられ、抵抗の意志を砕かれた。

 冷たい手錠を掛けられ、情けない声で喚きながらパトカーの後部座席へと押し込まれていく二人の男。


 暴力の嵐が過ぎ去った店内。

 極限まで張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れ、徐々に日常の落ち着いた雰囲気を取り戻していく。安堵の溜め息が至る所から漏れ、泣き出す者、同席者と無事を喜び合う者など、生命の危機からの生還を噛み締める人間模様が広がる。

「あ、あの……お怪我は……?」

 事態の収拾を図るべく各テーブルを回っていた店員が、柄長の前へと歩み寄り、心底からの心配を込めた声音で問い掛けた。

「え? あぁ、いやいや、大丈夫です。どこにも何とも」

 柄長は、まるで先程の死の危険など幻であったかのように淡々と返し、衣服の皺を伸ばしながら立ち上がる。

「ええと、帰ろっか、郝躬」

 テーブルに置かれた伝票を手に取る。

「え? あぁ、うん」

 西圓寺も、まだ夢見心地のまま反射的に立ち上がるが。

「あ、ちょっといいかな? 他の客から目撃証言を聞いたんだけど、君の能力のおかげだって? この男たちの銃を物理的に分解し、発射された弾丸を空中で静止させたのって」

 現場の状況確認を行っていた一人の警官が、鋭い眼光を向けながら柄長に向けて声を掛けた。

「え? まぁ、事実としてはそうですけど……」

 自身の身を守るための正当防衛であると理屈では理解しつつも、公権力を持たない一般市民が強盗に対して直接的な物理力を行使したという事実。能力自由行使法的にもグレーかもしれない。過剰防衛として叱責されるのではないだろうかという一抹の不安が過ぎり、柄長が微かに身を強張らせるが。

「いやぁ、実に見事で素晴らしい能力だね、君っ! 君の機転と実力のお陰で、無関係な市民に犠牲者を出すことなく、犯人を迅速に無力化出来た。そして何より特筆すべきはその勇敢な精神だ。緊急時とはいえ、殺傷力のある銃器を所持した危険な相手に単身で立ち向かうなんて、並の人間には到底真似できることじゃない」

 警官は手放しで、柄長の勇気ある行動を素直に褒めたたえ、敬意を表した。

 同時に、周囲で様子を窺っていた他の客たちからも。

「すげぇ! 至近距離からの弾丸を止めるなんて、防衛特化の超強能力じゃんっ!」

「ふっけぇ! 二重属性か? あんな強能力、見たことないぞっ!」

「分解もしてたよな、一体どんな原理の能力なんだっ!? サインとか貰えないかな!?」

 興奮冷めやらぬ目撃者の客たちから、熱烈な賛美と感嘆の声が次々と浴びせられる。

「え……? い、いやぁ~、それほどでもぉ。善良なる一市民として、当然の義務を果たしたまででぇ~……」

 先程までの深刻な態度はどこへやら、分かりやすく表情をだらしない笑顔へと崩し、嬉しさを隠しきれずにもじもじと身をくねらせる柄長。彼女は、普段は論理的で真面目な思考回路を持っている割に、他者から直接的に褒め称えられるという事象に対しては、防御力がゼロに等しいほど非常に弱い。

「そっちの君は、精神的に具合が悪くなったり、怪我はないかい?」

「あっ、ないですけど……」

 西圓寺は警官の気遣いに礼を述べつつ、隣で顔を赤くして有頂天になっている柄長を横目で見て、強烈に嫌な予感が背筋を駆け抜けるのを感じた。柄長の根底にある、隠された本質の一端が明確に理解できた気がした。

 このまま放置しておけば、共通の友人である伽羅部のように際限のない承認欲求の波に身を任せ、ペラペラと自身の能力の詳細を語り出し、挙句の果てには警察署での長時間の事情聴取という最高に面倒な事態に巻き込まれかねない。

「あーっと、すみませんお巡りさん。私たち、この後すぐに外せない用事があるもので……。ほらっ、柄長、行くよ」

「えっ!? いやいやちょっと待って、一応事件の当事者として巻き込まれたんだし、重要参考人として調書を──」

「行くぞー、柄長っ。時間を守れないのは社会人になったら失格だぞっ」

「あっ、ちょっとぉー! まだ私、皆からの拍手喝采を浴びてないぃー!」

 自己顕示欲という甘美な毒に飲まれそうになっている女の襟首を掴み、床を引きずるようにして強引に店舗の出口へと向かった。


       ◆❖◇◇❖◆


 迅速に会計処理(もちろん割り勘だ)を済ませ、外界の空気へと触れる。

 すぐさま騒動の場から距離を置き、二人で足早に歩道の端を歩く。

「全く。君にそんな、褒められると調子に乗るチョロい一面が隠されていたなんて、想像もしていなかったよ」

「いやぁ~面目ない。ごめんごめん、つい気分が高なってさ」

 先程までの無敵の能力者としての威厳は欠片もなく、ぺこぺこと頭を下げて平謝りする柄長。

「でも、あのお店美味しかったなぁ。長野にもあればいいのに」

「……で、あの信じられない芸当。至近距離からの銃弾を止めたのは、一体どういう物理法則を捻じ曲げたのさ。電気を操る能力の応用?」

「ん? あぁ、あの防御手段ね、君には特別に原理を教えてあげよう」

 再び得意げな表情を取り戻し、人差し指を立てて解説を始める。

「最近、ずっと持て余していた電気能力の新しい性質に気付いてね。電力制御で強力な磁界を作り出して、いわゆる擬似念動力が形成できるようになったんよ」

「へぇ、そりゃまた反則級に便利そうで」

「うんにゃ、便利に見えて実はでかい欠点もあってね。物に高密度の電磁波を纏わせる都合上、どうしても空中への漏洩電流が発生してしまうし、万が一スパークなんて事態を引き起こしたら、周囲の環境や人体にとって極めて危なっかしいんよ。屋外の公共空間で無闇に力を使ったら、それこそ関係ない一般人に甚大な危害が加わりそうだし。なんで、それを防ぐために、いつも私の体の周囲数十センチの空間に、ほんの少しの微弱な電磁フィールドを常時纏わせといて、不可視の防禦バリアみたいに展開してるわけ」

「な、なるほど。理屈は分かるけど、常時展開なんてそれこそエネルギーの暴走とか、色々と危なっかしいような……」

「あはは、その懸念はごもっとも。もちろん、さっきの銃撃みたいに、私の体に直接的な危害が加わりそうな危機的状況をシステムが感知した時だけ、瞬間的に出力を引き上げて自動発動するよう安全装置を構築してあるから、日常の生活において全く問題はないよ。それに、向かってくる物体の質量や速度に合わせて出力は自動制御される仕組みにしてあるから、仮にチンピラに素手で殴られそうになっても、防壁に触れた相手がせいぜい静電気より少し強い程度に軽く痺れるくらいになるように調整してある」

 つらつらと、まるで新しい家電製品の機能でも紹介するような軽い口調で説明を続けるが、それを聞く西圓寺は内心において深い驚愕に似た感情を抱き、完全に絶句していた。この小柄な水色髪の女、もしかしなくても、今の人類の枠組みから見ても、常軌を逸脱したとんでもない化け物なんじゃないか。

 そう、実際のところ、日常の退屈を持て余した柄長が、ほんの気まぐれに自身の能力の鍛錬を開始した結果、その能力の成長曲線は留まることを知らず、指数関数的な数値を叩き出しながら増大して行った。自身の肉体から生み出される電力発電量は、既に中規模の火力発電所の総出力を軽く上回る領域に達しており、電波を介したテクノロジーの操作範囲は国境を越えてぐんぐんと伸び続け、応用技術として編み出した磁界操作による擬似念動力、そして自動防衛の電磁バリア。しかも恐ろしいことに、これらの驚異的な現象すら、彼女のポテンシャルからすればまだまだ成長の過渡期、発展途上の段階に過ぎないという事実。

 鴨紅柄長という人物もまた、あらゆる能力の模倣という亜鳴蛇筮麽とは別ベクトルで、この世界における規格外の超越的不可侵存在へと着実に変貌を続けていた。と言っても、強大な力を持った柄長本人には、現在の社会体制に対する反抗の意志もなければ、その力を悪用して犯罪に手を染める気など、細胞の隅々を探しても微塵も存在しない。彼女の精神性は、ただ平穏な日常と安価な娯楽を愛する、どこにでもいるただの小市民に過ぎないのだから。

「あー……まぁ、要するに色々と融通の利く、めちゃくちゃ便利な能力って訳ね。うんうん、理解理解」

 西圓寺は、これ以上深く追求することは自身の精神衛生上良くないと判断し、こくこく、と機械的に首を縦に振って同意を示した。

「やっぱり君、企業に雇用されるか独立開業するかはともかくとして、その神の如き能力の恩恵を最大限に活かせるIT関連の職に絶対就くべきだよ。社会の損失を防ぐためにも、絶対にそうした方が良いと思う」

 ただ一言、友人としての真摯な忠告として、それだけを念押しして言っておく。

「んー? まぁ、君がそこまで言うならそうだよねぇ。せっかく持って生まれた便利な二重属性だし、今後の社会生活における生存戦略として有効活用したいしね」

 柄長も、西圓寺の言葉の重みをそれなりに受け止め、素直に同意の意を示した。

「それよりさ」

 西圓寺は、重苦しい話題を切り上げるべく空気を変えた。視線の先に偶然入り込んだ、街角の喫煙スペースを指さす。

「君が吸う人じゃなかったらごめんだけど、死線も潜り抜けたことだし、食後の一服がしたいんだけどいい……?」

「おっ、素晴らしい提案。いいねぇ。私も嗜む口だよ。iQOSだけどね」

 柄長は不敵な笑みを浮かべ、使い込まれた鞄の中から、洗練されたデザインのiQOS本体を取り出した。

「へぇ、その小動物みたいにかわいい見た目して、意外とそういうのも嗜むんだねぇ。じゃ、共に煙を吹かしに行こうぜぇ」

 西圓寺も自身の衣服のポケットから、見慣れた箱入りの紙タバコを取り出した。愛用の銘柄は、刺激的な香りが特徴の<ブラックジャック・スパサワ・レモン>。

 二人は肩を並べ、紫煙の漂う安息の地、喫煙所へと歩みを進める。

 西圓寺は歩きながら、内心でひっそりと安堵の息を吐き出した。隣を歩くこのとんでもない能力を秘めた女が、先程の強盗連中のような短絡的で過激な思想を持たない、根は善良な小市民で本当によかったと、心底から世界に感謝した。

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