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オール・ギフテッド  作者: Paracoccidioidomicosisproctitiss
第一部 第二章 夏休み

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進路相談をしよう

 濃厚なスープを飲んでいる最中、注文された品々が卓上へと運ばれてきた。

 柄長の前には、視覚的な重厚感を放つ肉厚なハンバーグと、湯気を立ち昇らせる白飯が降臨。店員の練達した手捌きにより、芳醇な香りを漂わせるデミグラスソースが回し掛けられ、鉄板の上で弾ける飛沫が食欲を激しく攪乱する。

 対する西圓寺の目前に供されたのは、先程話題に上ったキラキラ銀粉末のスパゲティ。その名の通り、正体不明の銀色の微粒子が、麺の海を埋め尽くすように散布されていた。

「郝躬、なんなのさ、それは。ふざけた料理名といい、そんなのメニューにあったっけ」

 柄長は、自身の理解を越えた不可思議な料理に対し、素朴な疑問を呈した。

「ん? あぁこれ? 最近、異能の干渉で突如変異した新種の銀輝茸(ギマッシュ)っていうキノコを、極限まで乾燥させて粉末状に加工した代物なんだってさ。別冊の限定メニューにひっそり載ってるやつだよ」

「あ、ほんとだ。……って、高っ。ハンバーグの倍以上するな」

「これがまた驚くほど美味くてね。まぁ、希少価値が高い分、価格設定はかなり強気だけど」

 西圓寺はへらっと弛緩した笑みを浮かべ、銀色の粒子を纏った麺を器用に巻き取り、口腔内へと運ぶ。柄長もまた、肉汁を湛えたハンバーグを切り分け、咀嚼を開始した。肉厚で極めてジューシーな食感が口腔を支配し、白飯との完璧な調和により、食事の速度は加速の一途を辿る。柄長は一時の空腹を鎮めると、一旦箸を置き、対面に座る西圓寺へと視線を投げ掛けた。

「ちなみに、そっちは最近どうなのさ?」

「私? 特に変化はないかなぁ。バイトして、アニメのグッズを漁って。クソ暑いから、瞰のやつとプールに行ったりはしたけど」

「ぷ、プールか……」

 柄長の脳裏に、西圓寺と伽羅部の水着姿が鮮明に投影される。

 両名共に、天賦の才とも呼ぶべき圧倒的な肢体を誇り、とりわけ伽羅部瞰に至っては、その長身は百八十センチメートルに達せんとする勢い。筮麽といい、その姉といい、帝都の女たちは一様に生物学的な規格外ばかりなのかと、柄長は自身の未熟な体型を顧みて力無く苦笑した。

「で、柄長は?」

 西圓寺が、逆に質問の矢を放ち返してきた。

「私? 教授の性格が悪いのか、夏休みなのに課題があるんだわ。大学なのにね。私はフランス語学科なんだけど、<二十一世紀フランスにおける異能黎明期の社会的受容と、十九世紀の文学者、バルザックのコメディ・ユメーヌに見る群像劇的視座の考察>ってテーマで、全文フランス語による論文を提出しろとか」

「うげぇ。まじでぇ?」

 西圓寺は、その凄惨な課題内容を耳にし、嫌悪感も露わに眉根を寄せた。

「……そりゃあ、苦行だこと」

「まぁ、もう終わってるけど。ただ、あの筮麽のやつが<救援求む>としつこく縋り付いてくるんよ。どうせ昨年の二の舞で、私の成果物を丸写しにする腹積もりだろーし、自力で終わらせるまで接近禁止令出してるところ。おかげで、あの大食い魔神に振り回されることもなく、束の間の平穏を享受しているってわけ」

「ほうほう、たまには灸を据えてやるってことかい」

 互いに、共通の友人の横暴を思い浮かべ、ふっと噴き出した。

 暫刻、食器と銀色のカトラリーが交錯する音のみが卓上に響く、平穏な食味の時間が流れる。

 ハンバーグが半数にまで減少した頃、柄長は用意された白飯を完食。

 彼女はセルフサービスエリアへと足を運び、二杯目のスープとおかわりの白飯を補充。残された主菜を迅速に胃袋へ収めた後、スープを啜りつつ、遂に本日の主目的へと移行した。手提げ鞄から、使い古されたメモ帳とボールペンを取り出し、卓上に展開する。

「で、進路相談なんだけどさ」

「ん、そーいやその話しに来たんだったね」

 西圓寺も、本来の目的を想起したのか、その表情から遊びの色を消し、真摯な面持ちへと切り替えた。

「そうそう、私らってもう大学二年生でしょう? 必然的に、将来のこと、進路について考えなきゃならない時期じゃない。でも、私の中ではまだ方針が決まっていなくてさ」

 柄長は、自身の置かれた不透明な現状を吐露し始めた。自身が保有する、電波でテクノロジーを操るの能力を最大限に発揮できる、待遇の保証された巨大企業への就職を目指すべきか。それとも、電子機器の修繕やシステム復旧を請け負う孤高のフリーランスとして独立起業の道を歩むべきか。その葛藤を、熱を帯びた言葉で西圓寺に伝えた。

「なるほどなるほど。つっても、柄長。君、電波でテクノロジーを操る能力なんて、現代社会じゃ反則級のチート能力を持ってんだし、その気になれば覇権企業の門を叩くことも、独力で成り上がることも選択できそうだけど……」

 西圓寺は、スパゲティの最後の一片を口に放り込み、思索の海に沈んだ。

「就職活動はしているの? ほら、インターンに参加したりとか」

「いやぁ~、それがまだでさぁ。ほら、インターンなんて不用意に参加しようものなら、そのまま自動的に雇用確定しそうな、逃げ場のない空気感があるじゃない。面接の予行演習とか、ESとか面倒な手続きもあんだろうし」

「うーん、それを実戦の練習だと捉えてみたら? 将来的に起業するにしても、他者との円滑な交渉は不可欠だし、組織に属する以上に高度な専門知識が要求されるはずだし。IT企業の内部見学と割り切って、市場の最新の需要を把握するのも一つの手段だと思うよ」

「ふむふむ、そういった視点も一理あるか」

 柄長は、ボールペンを滑らかな手付きで走らせ、白紙の上に思考の軌跡を刻んでいく。ホロフォン等の電子媒体ではなく、旧時代の遺物とも呼ぶべき紙への直接記述。情報を身体に深く刻み込むためにはアナログな手法が最適であるという、彼女なりの揺るぎない信念に基づいた行動。電子機器を意のままに操る彼女だからこそ、真に肝要な事象は物理的な実体を伴うべきだと考えている。

「柄長の思索は、殆ど自身の能力に依存した進路形成に偏っているけれど、フランス語を媒体として何かを成し遂げようと考えたことはないのさ? せっかく難関のフランス語学科に入学したんだし」

「うーん、フランス語ねぇ。まぁ、人並み以上には解するようにはなったけれど……」

「お、まじ? ちょっと披露してみてよ」

 西圓寺が興味津々といった様子で身を乗り出してきたため、柄長は照れ隠しに熱いスープを一口含み。

「Cette maudite Zemma... Elle me fait toujours payer des repas hors de prix... Mon argent n'est pas inépuisable! <ゼニマのやつめ。いつもいつも私に高い食事奢らせやがって……こっちの金だって無限にある訳じゃないんだぞっ!>──なんてね」

「おお~、すごいすごい」

 西圓寺が感嘆の声を上げ、軽快に拍手を贈る。

「ふっ、でしょう? これでも真面目に講義を聴講して、学問を修めている身なんだから」

 柄長は自慢げに胸を張り、ふふん、と得意げな鼻息を吐いた。

 その承認欲求を隠そうともしない幼げな姿に、西圓寺はふと親友の伽羅部の面影を重ね、苦笑を禁じ得なかった。

「ちなみに、今なんて言ったのさ?」

「ん? 筮麽に対する愚痴の声を少々」

「ははは。そりゃ傑作」

「つっても、フランス語はそんなにだし、汎用性を考慮すれば英語の方が需要は高そうだしね」

「そうかなぁ? まぁ、日本だと需要は少ないかもしれないけれど……」

「でしょー? 知的好奇心から選んだ専攻だけれど、これが冷酷な現実よ。講義内容自体は非常に刺激的で面白いんだけどね」

 柄長は自嘲気味に呟き、再びスープを一口啜った。

 その後、暫刻に渡り、西圓寺による本格的な就活談義が展開された。

 独立を志すにしても、事業の根幹となるコンセプトをどう確立するか。活動資金の調達手段や、想定されるリスクを勘案し、まずは副業として地盤を固めるべきではないか。西圓寺の口から放たれる言葉は、学生の域を超えた現実味を帯びていた。

 柄長がそれらを整然とメモに纏めつつ。

「つーか、君、存外に思慮深いんだね。めっちゃ現実的な助言ばかりで驚いたわ」

「私はもう進路決まってる身だからねぇ。だからこそ、客観的な視点から色々アドバイスできるんだけど、まぁ所詮は一学生の主観的意見。話半分に聞いておいてくれて構わないよ」

 西圓寺は、自身の器に残されたスープを最後の一滴まで飲み干した。

「郝躬は確か、美容関係のエスティシャン志望なんだっけ?」

「ん、そそ。美容学科在籍だよん。まぁ、偉そうな講釈を垂れておきながら、私自身は完全に能力依拠の進路だけどね。ただ、人体を対象とする以上、能力の更なる研鑽と、国家認定の資格取得は避けて通れない道かな」

 西圓寺もまた、自身の将来像を思い描き、腕を組んで思索に耽る。

「インパクトがあったから覚えてるよ。中身抜き取りの能力だったよね。郝躬のは」

 西圓寺郝躬の能力。

 中身を抜き取る能力。

 それは、物理的な外殻に包まれた対象から、中身のみを透過するように精密に抽出する異能。

「ん、そうそう。人体にも使用可能だって前教えたでしょ? その気になれば、皮膚の表層に浮き出た色素沈着や、体内に蓄積された老廃物だけを、無傷で綺麗に抜き去ることができるんだよね」

「覚えてる。でも、生きた人間を対象にするわけだから、無機質な電子機器を相手にする私よりも、遥かに神経を磨り減らしそうだけど」

「まぁね。人体への施術には人体異能施術認可が必要だし、表皮の下を弄り回す訳だから、万が一にも負傷させれば取り返しのつかない大惨事を招く。だから、能力の完璧な制御は私の生命線そのもの。今、特定部位への精密な使用を可能にすべく猛特訓中なのさ。講師の指導とか、友達に協力してもらって、小さなシミやホクロを取り除いたりして練習を積んでいるところ」

 確かに、と柄長も深く納得して頷く。とはいえ、能力者としての天賦の才能に関しては、柄長の方が圧倒的に上位に位置している。実際、柄長のテクノロジー操作は、現代文明を支えるあらゆる電子基盤をほぼ掌握下に置くことが可能であり、その気になれば国家の根幹を揺るがすことすら造作もない。

 もし柄長が西圓寺と同系統の能力を有していたならば、恐らく血の滲むような努力を介さずとも、神業の如き施術を体得していたであろうが……。当の本人は、自身の異能に対する関心が著しく希薄。自身の才能を自覚したところで、それ以上に貧相な体躯という最大の劣等感すなわちコンプレックスが意識を支配しているため、能力を誇示して他者を圧倒しようという野心は皆無に近い。

 彼女にとって、自身の才能は<努力を要さず効率的に物事を進められる便利な道具>程度の認識に過ぎない。

 それこそが、異能普遍社会における最強クラスの電気系能力者でありながら、平穏を愛する小市民である鴨紅柄長の本質。

 そんな能力の多寡など、今この瞬間においては些末な事象。

 柄長が硝子杯に注がれた水を口に含んでいると。

「あ、じゃあせっかくだし、私の技術を実演して見せてあげようか?」

「え?」

 唐突な、西圓寺の提案。

 彼女は紙ナプキンを手に取り、柄長の剥き出しの右前腕を熱心に見つめている。

「柄長、その前腕に結構目立つホクロがあるよね。良ければ今、それを除去して、私の能力の神髄を披露してあげる。将来の美容・エステ業界を席巻する革命児の技を、その身で体感しなよ。痛みもないから安心して」

「あー、確かにこのホクロは前から気になってはいたけれど。……本当に大丈夫なのか?」

「平気平気。この西圓寺郝躬に万事任せときな」

 柄長は僅かな躊躇を見せたが。

 西圓寺の瞳。真剣な光が宿っている。

 気圧され、信頼を寄せることにした。

 静かに右腕を差し出す。

「じゃ、失礼して」

 西圓寺の柔らかな指先が、柄長の白い肌に触れた。

 もう片方の手には、獲物を待ち受けるように紙ナプキンが構えられている。

 柄長。固唾を呑む。自身の腕を凝視していると。

「おっ」

 すすすっ、という物理法則を無視した奇妙な感覚。根を張っていたはずの黒い斑点が、皮膚の表面へと滑らかに浮上し、何ら抵抗なく分離した。西圓寺はそれを紙ナプキンで手際よく拭い去る。

「どうよ?」

 西圓寺は誇らしげに、にっと満面の笑みを浮かべた。

「おおお……これはすごい」

 柄長は感激のあまり声を上げた。前腕を確認すれば、確かにホクロがない。傷跡や赤みすら存在せず、あたかも最初から存在しなかったかのような、完璧な仕上がり。

「凄いだろー? 私は将来、この異能を武器に美容・エステ業界の革命家として君臨し、巨万の富を築くつもりなんだ。地女大から、頂点へと成り上がってやるのさ」

 使用済みの紙ナプキンを丸めながら、胸の内に秘めた野望を熱く語る。彼女の脳内では、既に莫大な資産を背景に優雅な生活を謳歌する自身の姿が構築されていた。

「ま、私は着実に一歩ずつ歩むつもりだけどね。まずは雇用から初めて、経験を積んだ後に独立を果たす予定かな」

「へええ~、見事なもんだねぇ! 将来のビジョン、明確に見えているじゃん」

 柄長も感服し、美しく蘇った自身の前腕と西圓寺の顔を交互に眺める。

「ということは、この技術を応用すれば、毛根なども完全に抽出可能なの?」

「まぁ、論理的には可能だね」

「一撃で永久脱毛が可能というわけ!? 信じられないほど利便性の高い能力じゃない、郝躬。本当に羨ましいわ」

 柄長は自身の規格外の能力を完全に棚に上げ、純粋な驚きを隠さない。彼女は自己の能力には無関心だが、他者が保有する特異な異能には強い好奇心を示す傾向がある。

「ふふ。君にそう言われると光栄だよ。……ただ、毛根は複雑な神経や血管と密接に結合しているから、ピンポイントで悪影響なく除去するには、更なる精度向上が必要不可欠。誤って神経や血管まで抜き取ってしまったら、それこそ笑えない大惨事だからね」

「あー、そいつは冗談では済まされないわな」

 想像しただけで背筋に寒いものが走り、苦笑した。

「あと、私自身には能力使えないし。そうだったら最高だったのになぁ……」

「はは、そんな都合よくはいかないってもんでしょ」

 西圓寺は向き直り、

「柄長、もしも路頭に迷ったら、私が独立した暁には君を雇ってあげようか? 美容のノウハウを徹底的に叩き込んであげるよ」

「……それ、一体何年後の話になるのさ」

 現実的な視点から、即座にツッコミを入れた。

「ま、最悪の事態としてIT関連の道が閉ざされたとしても、バイト先のハンバーグ屋に、そのまま正社員として拾ってもらうという選択肢もあるけれど。究極の最終手段だけどね」

 自嘲気味にそう告げた直後。

 西圓寺の表情が微かに曇った。

「私が雇うとか言っておいてなんだけど、それは賢明な判断とは言えない気が……」

「え? 何故さ。あのお店、待遇も雰囲気も決して悪くないけれど──」

「柄長っ。失礼を承知で言わせてもらうけれど、飲食業界という枠組みに君の類稀なる才能を埋没させるのは、社会全体にとって計り知れない損失だって。正直、それはあまりに勿体ないっ」

 西圓寺は、珍しく声を張り上げ、熱を込めて主張した。

「たはは……。ま、まぁ、あくまで万策尽きた際の最終手段だから……」

 やはり、自身が宿す現代最強クラスという天賦の才を、全く無関係な分野で腐らせるのは、傍目から見れば冒涜に近い行為なのだろうか。

 柄長は複雑な色を帯びた苦笑いを浮かべ、既に冷めきったスープを最後の一滴まで喉に流し込んだ。

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