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オール・ギフテッド  作者: Paracoccidioidomicosisproctitiss
第一部 第二章 夏休み

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48/54

進路について考えよう

          六


 空気が鋭利に張り詰め、肌を刺すような緊張感が周囲を支配する。

 バチッ、と鼓膜を劈く落雷のような轟音が鳴り響き、水色の凄まじい稲妻が虚空を駆け抜けた。しかし、その無軌道であるはずの巨大な稲妻は、空中でかくん、と不自然かつ精密に鋭角な軌道を描き、眼前に設置された絶縁体ポッドに向けて一分の狂いもなく吸い込まれ、完全なる静寂と共に消失する。

「こんなもんかな」

 鴨紅柄長は、肺の奥底に溜まった熱い息をゆっくりと吐き出した。

 休む間もない。

 さらに片手。前方へと翳す。華奢な手の平。放たれた青白い電流の束。

 それはまるで意思を持つ蛇のように空間をうねりながら二十メートル程先へ到達し、直径数メートルはありそうな巨大なコンクリートの瓦礫へと絡みつく。

 瞬間、柄長の頭脳は超高速の演算を開始する。空間の電磁場を局所的に歪曲させ、瓦礫の周囲に緻密な磁力線の網を構築。対象物に含まれる微細な金属元素や水分に対し、急激な磁束密度の変動による強烈な電磁誘導を発生させ、内部に巨大な渦電流を誘起する。そこへ自身の放つ外部電流を干渉させることで、莫大なローレンツ力を生み出し、重力に逆らう反発力へと変換した。

 地響きと共に、巨大な瓦礫がゆっくりと宙へ浮き上がる。さらに手から幾筋もの細い電流が枝分かれして走り、周囲に散らばる大小様々な瓦礫や岩石に次々と纏わりつき、それらを一斉に持ち上げた。そして、空中で旧時代、日本体育大学の集団行動の如く、一定の距離と法則を保ちながら旋回させ始める。何十もの瓦礫群が、彼女の指揮下で規則正しく天空を舞うが。

「ありゃ」

 不意に、柄長の口から間の抜けた声が漏れた。

 空中の瓦礫群のうち、ひと際質量の大きな数個が突如としてバランスを崩し、隣り合う岩石と激しく衝突する。複数対象への同時かつ精密な電磁場制御は、天文学的な数の連立方程式を暗算で解き続けるようなもの。ほんの一瞬の集中力の途切れが磁場の崩壊を招き、連鎖的に電流の位相制御が狂い始めた。空中の磁力線が弾け飛び、全ての瓦礫が一斉にコントロールを失ってバラバラと地面へ向けて落下していく。

「よっと」

 このまま無防備に落下させれば、巨大な岩石が砕けて周囲に危険な破片を撒き散らす。柄長は咄嗟に視線を動かし、質量の大きい瓦礫のみに瞬時に電磁気力を再収束させ、個別で再び持ち上げると、地表スレスレでクッションを挟むようにゆっくりと降下させ、ゴトン、と安全に安置した。

「まだまだ練習が必要かな」

 柄長は誰に言うともなく独りごちて、自身の手にパチパチと纏わりついていた残留電気を霧散させた。

 暦は既に八月も中旬を過ぎ、柄長の帰省先である長野県も、連日四十度を超える異常な猛暑の真っ盛りを迎えている。頭上から降り注ぐ凶悪な太陽光が、地面の無機質なコンクリートをじりじりと容赦なく焦がしていた。

 だが、柄長の額には不思議なことに汗ひとつ浮かんでいない。電気系の能力持ちは、体内で電熱エネルギーを変換している関係上、日常的に発生する焦耳熱から自身の肉体を保護するため、極めて高い熱耐性を有する特異体質へと進化している。もちろん、その耐性の限界値は本人の能力の基礎スペックに完全に比例するが。しかし、この広大な異能普遍社会においてもトップクラスの出力と精密さを誇る電気系能力者の柄長にとって、その熱耐性はもはや常軌を逸したレベルに達していた。故に、凡人であれば数十分で熱射病に倒れるこの灼熱地獄の中でも、彼女は全くの無傷でピンピンしている。

 と言っても、直射日光の下に立ち続けるのは精神的に些か疲労が蓄積する。柄長は軽く踵を返す。野生の草木が鬱蒼と生い茂り、ひんやりとした日陰を形成している場所の古いベンチへと歩み寄り、腰掛けた。ふぅ、と心地よい疲労感と共に再び息を吐く。

 現在、柄長は自身の所属する国際信州学院大学のフランス語学科から課された、全文フランス語で記述せよという狂気の沙汰としか思えない夏休みの課題レポートを既に完璧に片付けていた。さらに、まだ高校生で実家暮らしの妹がいる実家にも顔を出して親孝行という最低限のタスクも済ませている。

 翻って、あの果てしなく怠惰な悪友はどうだろうか。現在、亜鳴蛇筮麽は、柄長に泣きついて突き放された結果、必死の形相で夏季休暇の課題に単独で取り組んでいる真っ最中。正確に表現するならば、その絶望的な怠惰さ故に全く筆が進まず、ただ無意味に寝転がって日々をドブに捨てるように浪費しているだけだが。柄長は彼女に対し、課題が完全に終わるまでは絶対に一緒に遊ばない、と冷酷なまでに厳しく釘を刺していた。なので、あの食費を無限に吸い取る大食いの暴君とはしばし顔を合わせておらず、柄長自身はアルバイトのシフト以外に特に急ぎの用事もなく、この上なく自由で贅沢な時間が十分に確保出来ていた。

 だが、安穏とばかりもしていられない。柄長ももう大学の二年生、年齢も二十歳を迎えた立派な大人。そろそろ、卒業後の就職活動や自身の進路について、真剣に頭を悩ませなければいけない時期に差し掛かっている。

(どうしたもんかねぇ)

 ベンチに背を預けながら、柄長は深く沈思黙考する。

 自身の持つ、電波でテクノロジーを操る能力。

 この電気とテクノロジー操作の二重属性能力。電波を発生させる機能そのものは、本人の日常においてあまり使い道を見出せていないが、テクノロジー操作の方の恩恵は、現代社会において文字通り無法と呼べる程の圧倒的な価値を誇っている。全人類が何らかの超常的な力を持つこの世界において、個人の能力の性質と等級が、そのまま就職先の企業や今後のキャリアに直結する事も決して珍しい話ではない。

 柄長は現在、自身のテクノロジー操作能力を最大限に活かせそうな、待遇の良い大企業への就職を目指すべきか、それともあらゆる電子機器の修理やシステム復旧を請け負うフリーランスの技術者として独立起業すべきか、真剣に迷っていた。

 柄長本人も、能力に関心が薄いとはいえ、己の能力がこの社会においていかに需要が高く、強力で希少な才能なのかは痛いほど自覚している。彼女の能力のスペックだけを純粋に評価すれば、誰もが羨むような巨大な多国籍企業の中枢に滑り込むことも十分に可能かもしれない。だが、組織に雇用されるという形を取れば、その能力の異常な利便性故に、あらゆる部署から昼夜を問わず引っ張りだこにされ、国のインフラに関わるような重すぎる責任を伴うプロジェクトを次々と任せられる未来が容易に想像できる。それは非常に贅沢な悩みではあるが、生来の小市民的な気質を持つ柄長としては、過労で倒れるような多忙な日々や、過酷な管理職という重圧を一方的に押し付けられたくはない。

 なので、自由にスケジュールを組める独立開業の道を選び、あらゆる電子機器の電子的修理屋という看板を掲げ、細々と平和に生きていこうかと悩んでいる所存。だが、後ろ盾のない自営業という道が、どれほど残酷で大変な茨の道であるかは、社会の仕組みを少し調べれば容易に理解できる。事業が軌道に乗るまでは地獄の苦しみだろうし、将来が安定するという絶対の保証もどこにもない。

 現在働いているアルバイト先の炭火焼きハンバーグ屋、パオピットの優しい店長に頼み込み、そのまま正社員として雇用してもらうという平穏な手も残されているが、これは本当にどうしようもなくなった時のための、最終防衛ラインとしての切り札。

 だからこそ、どう自分の人生の舵を切るべきか、真剣に悩んでいるのだ。

 そもそも、此処は一体何処で、柄長は一人で何をしているのか。此処は、長野県の深い山中にひっそりと存在する、かつての巨大開発計画の頓挫によって廃墟と化したコンクリート地帯。無機質なコンクリートが打ちっぱなしのまま、半世紀以上も誰の目にも触れず手付かずで放置された寂寥感漂う場所。ここは、柄長にとって幼い子供の頃から頻繁に訪れている、誰にも邪魔されない特別な秘密基地。あの世界最強の友人、亜鳴蛇筮麽にさえこの場所の存在は教えておらず、あの友人が一度訪れた場所に瞬間移動する能力を利用して、突如背後から現れる心配も一切ない。

 一応、地元の管理組合から立ち入りの許可は得ているものの、夏の日差しが照りつける猛暑の山中へ、わざわざ好き好んで足を運ぶ物好きなど皆無に近い。なので、ここは完全に柄長だけの孤独で静かな安息の地帯として機能している。

 柄長は今のように思考が行き詰まった時、普段は平和な日常生活を維持するため程度しか使わず、持て余している能力を、ストレス解消の目的も兼ねてここで思い切り自由行使している。

 現行の能力自由行使法の観点から照らし合わせても、人気のない私有地での行使に法的な問題は一切ない。もちろん、既存の法律に従い、廃墟とはいえ建物の構造物を意図的に破壊すれば器物損壊の犯罪行為に該当するが、元から地面に散乱していた瓦礫や岩石を宙に浮かせて動かすだけの行為は、破損としては扱われない。とはいえ、先程の実験で数トン規模の巨大な瓦礫や岩石を引きずり回したため、周囲の景観は多少荒々しく変化してしまったが、誰に迷惑をかけるわけでもない。

 ちなみに、絶縁体ポッドはかつての開発で使われる予定だった装置らしいのだが、そのまま放置されていて、柄長としても電流操作の安全な的として使いやすいので、利用している。

 現在、柄長のテクノロジー操作の有効射程距離は、日々の無意識の鍛錬によって広がり続け、現在では本人の周囲四百メートルという広大な領域をカバーするまでに成長していた。これも偏に、以前からふらっと前触れもなく姿を消す放浪癖のある筮麽を探すため、彼女のホロフォンの座標追跡を日常的に行い、能力を伸ばそうとした結果の伸びようだ。

 そして、自宅の電気代をタダにするという極めてスケールの小さい目的以外にほぼ全く使っていなかった電流操作の能力。柄長は最近、強力な電磁力によって空間に磁界を作り出すことで、物理的に非接触で物体を浮遊させられる、疑似念動力が出来ることに気付いた。

 一般的な電気系能力者でも、静電気の引力を利用して紙切れや一円小銭程度の軽いものを引き寄せることくらいは出来る者がいる。だが、あれほど巨大で重厚なコンクリートの塊や岩石を軽々と持ち上げられるものは世界でも然うはいない。さらに無数の物質を空中で集団行動のように正確にコントロールしてみせるのは、柄長自身の内に秘められた能力者としての才能の原石ともとれる、生まれ持った神の如し電出力、空間認識能力と緻密な演算処理の才によるものだろう。

 とはいえ、柄長本人としては、生活に便利な念動力の代用品として手軽に扱えればいいな、くらいにしか思っていないに過ぎない。だが、電磁誘導を起こすために膨大な電気を空間に放出するという都合上、周囲の電子機器を破壊したり、物理的な物質への破損のリスクが常に付き纏う。先程は純粋な好奇心から、果たして自身の出力でどれくらいの重量まで持ち上げられるのか、限界を探るべく巨大なものを持ち上げてみたにすぎない。しかし、対象が重くなればなるほど、当然その分反発を生むために纏わせる電流の密度も暴力的に跳ね上がることがわかったし、複数の物を同時に操作すれば、磁場の干渉を防ぎながら制御を安定させるのは至難の業。

 そんな未完成な状態でうっかり街中で使おうものなら、周囲の建物が壊れたり、人がいる場所で盛大なスパークを起こして通行人を黒焦げにしてしまう危険性が高すぎる。

 やはり、そう都合よく安全で手軽な念動力としては扱えそうにない。

 そもそも論、複数属性でもないのに高出力の念動力のような力を扱えるのがおかしい話ではあるが。

(せいぜい、落としたペンとか日用品とか、軽くて小さいものを動かせるくらいが関の山か)

 柄長は膝に肘を突き、うーんと小さく唸って考え込む。

 そんな規格外の能力者が求めているのは、生活圏内で日用品などを安全に動かせる程度の、極めて精密で優しい出力操作。現在は無意識下で対象に最適な電磁波の波長を調整してものを持ち上げているが、ふとした瞬間に集中力が切れると、一気に磁場が崩壊し、漏電やスパークによる火災の危険性が発生する。つまり、安全性を第一に考えるならば、如何なる精神状態の時でも完璧に電磁波の出力を一定に保ち、安定させなければいけない。

「ま、今日の特訓はこのくらいでいいか。とりあえず重いものでも気合で動かせるって実証は出来たし、いつか何かの役に……立つかな?」

 首を傾げた。だが、柄長にとって能力の洗練や出力向上などは、人生の優先度としてはかなり低い位置にある。それよりも遥かに重要で急を要するのは、迫り来る今の自分の進路決定だ。

 パチ、と指先に軽い静電気を発生させる。自身の左手首に視線を落とす。皮膚の下に埋め込まれた生体極小チップによる、最近機種変した、最新鋭のホロフォン・デバイスが微弱な電流をトリガーにして起動し、空間に淡い水色のホログラム画面がふわりと浮かび上がる。

 誰か、この重苦しい就活の悩みを気兼ねなく相談できそうな相手はいないものか。連絡先をスクロールしながら思考を巡らせる。同じ国信大に通う気の置けない友人、普並木杏璃はどうか。いや、彼女は最近、自身の持つ出力の弱い電気能力の電流操作を本格的に鍛え直すだとかで、駅前の能力開発ジムに四六時中入り浸り、汗を流していると聞く。河海により無理やり入らされ、黒角の圧倒的強能力を見せつけられ、凹んだりするとか何とか言っているが、流石に邪魔をするのは忍びない。

 それに、あの女のことだ。どうせ、恵まれたスタイルを自慢してくるに違いない。

 醜いマウント合戦は今は勘弁なので、パス。

 その他の大学の友人らも、早期の就活インターンシップに参加していたり、地元へ実家帰りしていたり、連日バイトに明け暮れていたりと、夏休み特有の忙しさで中々連絡が取りづらい状況。だが、スクロールする指がふと止まった。ひとり、適任がいそう。

「あ」

 画面に表示されたLINEの登録名。<カクミン>こと、西圓寺郝躬。

 以前、筮麽の瞬間移動により東京まで足を運び、あの食欲魔人である筮麽が参加したケンタッキー食べ放題の凶悪なイベントにおいて、地雷系女子大学の伽羅部瞰と壮絶な大食い対決に発展した際、その伽羅部の友人兼ストッパーとして同席しており、自分と同じ苦労人の常識人ポジションとして意気投合し、連絡先を交換した同年齢の女子大生だ。あれから少し間が空いてしまったが、久しぶりに彼女に会って話を聞いてみるのも良いかもしれない。

見た目はあれだが、彼女もまた、将来について色々と考えていそうなタイプ。

『久しぶりー! 今ちょっと大丈夫?』

 直接画面には触れない。

 能力による念動力に近い微細な電波操作でテキストを入力し、メッセージを送信する。

『柄長じゃん、お久。全然大丈夫だよん。どうしたん?』

 驚くべきことに、返信は数秒も待たずに直ぐに帰ってきた。画面の向こうの彼女も、今は暇を持て余しているらしい。

 ほっと安堵の息を吐く。

 パチ、とまた微弱な能力を発動させた。

 空間に浮かぶホログラムキーボードを操作し、文字を打ち込んだ。

『実はちょっと、大学卒業後の進路とか就活のことで悩んでてさ。もしよかったら、少し相談に乗ってほしいんだけど、近々空いてる日あるかな? その時、私の方から東京まで遊びに行くからさ。私はいつでもだいじょーぶ!』

 送信ボタンを押し、既読のマークが着くのを待つ。しばらく画面を見つめて待つ。既読。

 すると、ピロッチという軽快な電子音と共に返信。

『あー、そういう時期だよねぇ、わかるわかる。なら、来週の三日後の木曜日なら一日中大丈夫。その日はちょうどバイトも入ってなくて、完全にフリーだから』

 よし、スケジュールも問題なく合いそうだ。

『あんがとー。なら木曜日で決まり。場所とか時間はまた後で決めよ。今ちょっと外にいるから、家に帰ったらまた詳しく連絡するわ』

 柄長は弾むような気持ちで返信を完了させ、ホログラム画面を閉じた。鬱々とした気分が少しだけ晴れ、未来への青写真を描くための第一歩をようやく踏み出せたような気がした。

「帰るか」

 立ち上がる。

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