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オール・ギフテッド  作者: Paracoccidioidomicosisproctitiss
第一部 第二章 夏休み

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破廉恥な半裸騒動

 一見するとただの無機質なコンクリートの壁。

 しかし、苑奈がすっと白魚のような手をかざすと。その透き通るような皮膚から銀色のナノテク群を無数に湧き出させる。壁に向かって放たれた微小機械の群れは、まるで意志を持った液体塗料のように一気に広がっていき、瞬く間に一枚の重厚なドアの形を成す。すると、プシュッという気圧の抜ける音と共に壁が開き、地下へと続く深い階段が現れた。

 そう、これはこの研究施設の主である苑奈にしか開けられない、極めて厳密かつ高度な絶対生体防壁。普段は彼女の持つ高い技術力と異能の融合により、物理的に完全なただの壁と化している。彼女自身の生体電流を帯びたナノテクにのみ化学反応を起こし、隠し扉になるという強固な仕組みだ。

 薄暗い階段をゆっくりと降りると、先程までの雑然とした空間が嘘のように、広大な地下の実験場が眼前に広がっている。白く美しい、最高級の大理石が敷き詰められた壁や床。地上のラボと比べると、潔癖なまでの清潔感が漂い、チリ一つ落ちていない。苑奈の個人的な趣味が色濃く反映されているのか、広大な空間の所々に、宇宙の神秘的な星雲や銀河の景色のホログラムが、超次元投影機ハイパー・ホログラファーによって天井や空間に映し出されている。ゴミや資料が散乱し、足の踏み場もなかったラボや本館の惨状とは完全に異なり、この地下室は息を呑むほどに綺麗で幻想的だ。その一角、光を一切反射しない特殊な漆黒の壁の前に、苑奈と星ヶ咲は並んで立っていた。

「さて、それでは早速、待ちに待った実証実験といこうじゃないか」

 苑奈は、先程完成させたばかりの異能撹乱装置──ジャミング・ストロボをその右手にしっかりと持っている。

「まずは無事に電源が着くかなのだが……」

 カチリと、ジャミング・ストロボの側面に付随する電源ボタンを親指で押し込む。瞬間、正面の分厚いレンズから強烈な赤いライトが照射された。彩度は極めて高く、血のように濃い赤。空気を切り裂き、妖しく光り輝きながら、目の前の黒い壁を円形に照らし出している。

「うん。無事に点いた。出力も安定していて全く問題ないようだな。あらかじめ組み込んだ波長スペクトルにも、人体に有害な紫外線や放射線の類はない。この光を肉眼で直視しても、特に体に害を及ぼすことはない安全設計だ」

 空いた左手に持った小型波長観測機の数値を細かく確認しつつ、うんうんと満足げに深く頷く。

「おおー、なんだか吸い込まれそうなくらい綺麗ですねっ」

 星ヶ咲はその幻想的で、どこか危険な香りのする赤い光に思わず見とれて感嘆の声を漏らした。

「さて、では記念すべき第一回目の検証を初めようか」

 苑奈は意気揚々とそう宣言するが、星ヶ咲はふと疑問に思い首を傾げる。

「アゲハ博士、こういう大事な実験って、いつもならホロカメラを何台も回して詳細な記録を取るじゃないですか。今回は記録は取らないんです?」

「ああ、今回は私が純粋に個人使用する為の護身用発明だからね、あえて映像やデータの記録は取らないでおく。万が一、この装置の設計図や能力を狂わす装置の実験記録がハッカーなどに盗まれ、裏社会や世に出回る事があれば、異能を前提として成り立つこの社会インフラそのものが崩壊しかねない。それこそ取り返しのつかない大事件になるだろうからね」

「あ、確かにそうですね。悪用されたら警察の能力者も手も足も出なくなっちゃいますし。あくまで博士の個人的な、秘密の護身用の装備ってことですか」

「そういう事だ。この天才の身を守る、最後の切り札というわけさ」

 苑奈はそう言うと、赤い光を放ち続ける異能撹乱装置を、そっと星ヶ咲の手へと手渡した。

「え? 私ですか?」

 唐突なパスに、星ヶ咲は目を丸くする。

「今回、光を浴びる被験者はこの私自身だ。まさか、国家指定危険クラスの能力を保有する君に、こんな得体の知れない真似事の装置を使用する訳にはいかんだろう。もし成功したとして、この装置が放つ光は、対象の異能を完全に封じ込める訳じゃない。あくまで出力や制御を狂わすだけだ。もし君の能力の制御が狂い、ラボ内どころか外界で巨大サイクロンや落雷のストームが巻き起きたら、それこそ私の命どころか、この高価なラボも、そして東京も一巻の終わりだ。大惨事極まりない」

「あはは、確かにそれもそうですね。私に当てられたら、また能力が暴走しちゃうかもしれませんし」

 過去のトラウマを少しだけ思い出しつつも、苑奈の的確な判断に納得し、軽く笑って承諾する。苑奈は装置を助手に任せると、踵を返し、光を吸収する黒い壁を背にしてスッと美しく立った。そして、自身の長くしなやかな指先から、銀色のナノテクの触手を何本も生やし始める。その触手をまるで手品師のようにシャカシャカと器用に空中で動かしつつ、余裕の笑みを浮かべて指示を出す。

「ささ、遠慮はいらない。そのライトの光を、私のこの美しい身体に向かって早速当ててみたまえよ」

「博士、いくら無害って言っても、ゴーグルはしなくて本当にいいんですか?」

 至極真っ当な疑問。

 苑奈はふっと鼻で笑う。

「全く必要ないね。これ自体はただの強力なライトを基準にして、光で能力を狂わす能力の波長を擬似的に機械で再現したものに過ぎない。そもそも、光を直視して失明などの物理的な害があったら、いくら野蛮な輩相手とはいえ、人道的に使うことなど出来ないからな。私の美学に反するし、護身用としても過剰だ」

 ふんすと自慢げに胸を張り、得意満面な顔をする苑奈。そして、まるで一流のファッションモデルがランウェイの先端に立ったかのように、自身の抜群のプロポーションを誇示するような扇情的なポーズを取って見せた。

 だらしなく羽織ったよれよれの白衣の奥。

 彼女の能力による、微細なナノマシン群が緻密に編み上げて構成している、漆黒の極薄インナー。大きくV字に深く切り込まれた胸元からは、重力に逆らうような豊満にして巨大な双眸の膨らみが、零れ落ちんばかりに激しく主張している。透き通るような白い肌と、その間に刻まれた深く妖艶な谷間が、深い陰影を作り出し、尋常ならざる色気を放っている。くびれた見事なウエストのライン、女性特有の柔らかさを残しつつも無駄な贅肉が一切ない完璧な曲線美。

 右手を腰に当て、左手で艶やかな髪をかき上げるという、あざとさすら感じる仕草で星ヶ咲を見つめた。

「そんなグラビアアイドルとかモデルの撮影会じゃないんだから……もっと真面目にやってくださいよ」

 あまりの無防備さと堂々とした態度に呆れ果て、思わずジト目でツッコミを入れる。だが、やはり彼女の圧倒的な美貌と、何よりその神が創り出したかのような完璧なスタイルには、同性である星ヶ咲であっても思わず目を奪われ、見とれてしまうほどの強烈な魔力がある。

 だが、もし自分が男だったとして、これほどの美貌と肉体を、果たして同じような傲慢な態度を取り、惜しげもなく自分に見せびらかすのだろうか……。いや、この性格が破綻した天才博士なら、間違いなく息をするようにやりそうだ。

「おーい? どうしたんだね針我くーん? ぼけっとしてないで早く光を当てたまえよー」

 急かすように、長い脚を少しパタつかせ促す。

 その絶対的な自信と余裕。

 防護ゴーグルも無しに直接強烈な光を当てても本当に良いのかと、助手としては多少の心配は残るものの、世界最高峰の頭脳を持つ彼女が大丈夫だと断言するなら、きっと大丈夫なのだろう。

 小さく首を振り、雑念を振り払って気を取り直した。

「じゃ、行きますよーっ! スイッチ、オンっ!」

 元気にそう宣言し、手に持ったジャミング・ストロボの銃口を向け、早速その赤い光を苑奈の全身に真っ直ぐに当てた。光を一切反射しない漆黒の壁を背に、彼女の扇情的なポーズをとる美しい肢体が、ストロボの妖しくも鮮烈な赤い光の帯によって、より一層際立ち、一枚の退廃的な絵画のように美しく照らし出された。

 地下室に、暫しの静寂と沈黙が降りる。

 赤い光は彼女の身体を包み込んでいるが。

「あれ、何も起こらないですね」

 十秒ほど照射を続けても変化はなく、星ヶ咲は拍子抜けしたようにポツリともらす。苑奈も気取ったポーズを元に戻し、指先から生やした銀色のナノテクアームを器用にクネクネと動かしつつ、首を傾げた。

「ふむ、そうだな。私自身にも、能力の出力にも特に異常や問題は感じられない。失敗か? やはり、去年から一年近くも放置していた未完成品だからな。基礎理論から丸ごと組み直す必要があるのかも……お?」

 言葉の途中で、苑奈が自身の身体の僅かな異変に気づく。意のままに動いていたはずの指のナノテクアームが、突如として痙攣するように震え出し、全く制御が効かなくなったのだ。

 そして、パラパラと乾いた音を立てて、その銀色のアームの表面からナノテクの結合が剥がれ落ちていく。彼女の強固な生体電流のネットワークから強制的に切り離された微小機械たちは、即座にその神秘的な機能を失ったのか、ただの黒ずんだ鉄クズの砂利と化して、ザラザラと大理石の床へと無惨に散らばっていく。

 星ヶ咲はそれを見て、ぱぁっと顔を輝かせ、感銘の声を漏らす。

「おおっ! 凄いです! 能力が崩れましたよっ! これって大成功ですよね!?」

「はははっ。見ろ、見事に制御が乱れている。だが、まだまだ実戦に向けた改善点の余地は大いにあるがね。この十数秒にも及ぶ照射時間の長さと、効果が現れるまでのタイムラグは、生死を分ける非常時の戦闘においては致命的な弱点だ。とりあえず、能力を狂わせるという基礎的な効力の発揮に関しては成功ということにしよう。究極の理想は、オリジナルの対象者の能力のように、照射したと同時に効果が即座に現れる圧倒的な即効性なのだが……そこまでの完全再現となると、流石のこの私でも一筋縄ではいかず厳しいな。ともかく、ここからさらに改良を重ねて、実用出来るレベルに引き上げるまでの目処は立ったぞ」

 苑奈が満足げにそう言って快活に笑うが、ここで彼女の計算に決定的に欠けていた、神をも恐れる大問題が突如として発生した。

 そう、彼女が現在、よれよれの白衣の下に着込んでいる、あの身体のラインを極限まで強調した漆黒の服は、彼女自身の異能であるナノテクで緻密に編み込まれた代物なのだ。

 赤い光を浴び続け、能力の根幹が著しく乱れたことにより、指先のアームだけでなく、その服を構成していたナノマシンの分子結合までが強制的に引き剥がされたのか、パキパキと微かな破裂音を立てて黒い繊維が急速に崩壊していく。

 つまり、それが意味するところは、一体何が起こるか。

 防御力を失った白衣の下は、彼女の柔肌がただ容赦なく外界に晒されるということだ。

「はっ、博士っ! 服、服がっ!」

 異変にいち早く気付いた星ヶ咲が、顔を真っ赤にして慌てふためき、急いで手に持っていたライトの電源スイッチをオフにした。

「ん? 服がどうかしたか?」

 苑奈が自身の身体に視線を落とし、事態に反応した頃にはすでに遅かった。

 豊満な胸を包んでいた黒のVネックの布地は、砂のように全て剥がれ落ちて完全に消滅していた。さらに運の悪いことに、直接肌に触れる下着に至るまで、全て彼女の利便性を追求したナノテクで編まれていたせいか、それらも等しく崩壊。

 結果として、抜けるように白い美肌と、先程まで生地越しに主張していた豊満で柔らかな胸の圧倒的な膨らみ、そして日々の鍛錬を感じさせる綺麗な縦ラインの入った腹筋、引き締まった美しい腹部、臍に至るまで、その完璧な肉体の全てが無防備に晒されていた。

 能力由来の物質ではない、ただの布である白衣が羽織られているお陰で、胸が完全に剥き出しになるという最悪の事態だけは免れているが、それでも上半身は一糸まとわぬ全裸に等しく、そこに白衣を一枚羽織っただけという、実に破廉恥極まりない扇情的な格好をしていた。幸いにも、下半身に履いていたタイトなスカートは市販の普通の服だったようで、ナノテク崩壊の被害は上半身のみに留まっていた。

「ああ、そういえば、白衣の下に着ていた上着と下着は、私のナノテクで適当に編んで作ったものだったな」

 だが、当の苑奈は自分の裸体が助手の目に晒されているというのに、顔を赤らめるでもなく特に気にした様子はない。むしろ、自分の開発した発明品が、自分自身の能力の産物までも見事に破壊し、ちゃんと目論見通りに機能したという科学的喜びに満ち溢れているようだった。

「いやいやいや、アゲハ博士っ! なんでそんな平然としてるんですかっ! 恥ずかしくないんですかっ!? もっとこう、キャッとか言って身を隠すとかしてくださいよっ!」

 星ヶ咲は手で目を覆いながら、指の隙間からチラチラと見つつ、あわあわと大げさな様子で叫ぶ。呆れるほどに非の打ち所のないスタイルを持つ苑奈アゲハの、ほぼ上半身半裸の姿。それは、下品なエロスと言うよりは、まるでルーヴル美術館に飾られている女神の彫刻のような、圧倒的な芸術的、官能的な美しさすら備わっている。

 だが、流石に純情な女子大生である星ヶ咲にとっては、目のやり場に非常に困る刺激の強いものがある。

「ん? 前はちゃんと白衣の布地で最低限隠されているじゃないか。何故君がそんなに真っ赤になって慌てる必要があるんだ」

 だが、苑奈は星ヶ咲の悲鳴を柳に風と涼しい顔で受け流す。焦って白衣のボタンを留め、前を覆い隠そうという素振りすら一切見せない。

「そういう物理的な問題じゃないですってっ! もっとこう、女性としての恥じらいってものをですね……」

「ははは、若いな、君は。そのウブな反応、実に新鮮で面白いじゃないか」

 面白がり。わざと前をはだけさせたまま。

 つかつかと足音を鳴らす。

 慌てふためく星ヶ咲の元へ歩み寄る。

「さては見蕩れたな? この天才にして絶世の美女、苑奈アゲハの圧倒的美貌と肉体美に」

「ひょげっ!」

 至近距離まで詰め寄られ、星ヶ咲は情けなく声が裏返り、蛙が潰れたような変な声が出た。彼女の身長は百六十五センチメートルと平均よりは高めだが、長身の苑奈との身長差はおよそ十センチメートルもある。

 至近距離で見下ろされる。

 少しでも目線を下に下げてしまえば、白衣の隙間から覗く、彼女の豊満で艶めかしいむき出しの胸の谷間が強制的に視界に飛び込んで来てしまう。

「あ、あわわわっ! ち、近いですっ!」

 流石に世の常識が通用しない美しき天才学者のその破天荒すぎる行動に、星ヶ咲も頭がショートし、まともに言葉が出てこなくなる。

 そして、極度の混乱と羞恥心という強い感情の揺らぎにより、無意識に彼女の異能が発動し露見したのか。星ヶ咲の頭上の空間より、小さなフワフワの雲と、ポカポカとした春の陽気が複雑に混ざり合ったような、七色の虹色の光を眩しく発する美しい彩雲がポンッと現れた。

「ほう、これは珍しい。彩雲か。天候を操る君は、こんな局地的な気象現象も自由に出せたんだな。針我くん、君の脳内物質は今、一体どういう複雑な感情の起伏を描いているんだ? 実に興味深い現象だ。ぜひ詳しく話して──」

 その時、苑奈の身体に流れる生体電流の乱れが収まり、能力の制御が完全に正常に戻った。それに気付いたのか、おっ、と小さく声を上げた。

「ふーむ、光の照射による能力の乱れの影響が露見してから、自然治癒までの効果の継続時間はおよそ一分間と言ったところか。実戦で相手を無力化するには十分な時間だな。相手の能力の強度によってどれくらいの照射時間が必要なのか、効力は最大でどれくらいの時間まで続くのか、オリジナルの能力者の放つ波長と比べて、体内の波長はどれくらい正確に乱れるのか……これから膨大なデータ収集と色々検証していかねばなるまいな」

 瞬時に研究者の顔に戻る。ペラペラと考察を口にしながら、直ぐに自身の皮膚から再び銀色のナノテク群を勢いよく出し、瞬く間に自身の身体を覆う服を編み上げた。あっという間に、元の胸元の谷間が大きく露出した、扇情的なVネックの黒服が完成し、破廉恥な半裸騒動は幕を閉じた。

「も、もうっ! 人の純情をからかわないでくださいよっ、アゲハ博士の変態っ!」

 星ヶ咲は自身の頭上で光る彩雲を恥ずかしそうにスッと消しつつ、ぷんすかと頬を膨らませて本気で怒って見せた。

「おっと、これはすまないね。まだうら若き年頃の君には、大人の魅力が少しばかり刺激が強すぎたかっ」

 はっはっは、と地下室に響き渡る声で高笑いする苑奈。

 星ヶ咲は疲れたようにふぅ、と大きく息を吐き、呼吸を整えた。同性同士だからということもあるのだろうが、いくら何でもあの天才は無防備で世間知らずすぎやしないか。いつか痛い目を見るのではないかと、助手として本気で心配になる。

「さて、有意義な検証は終わった。それより、散らばっている、さっき崩れ落ちて出たナノテクの鉄クズの山を綺麗に掃き集めて片付けてくれないか。言うまでもなく、君の助手としての立派な仕事だ。私が何のために、こんな広大な地下室まで君をわざわざ連れてきたと思っている」

 苑奈は、自身の半裸騒動など何事も無かったかのように偉そうに腕を組み、先程自分が立っていた場所を顎で指さす。そこには、機能を失い、結合が崩れ落ちたナノテクだったただの黒い鉄クズが、こんもりと砂山のように積もっている。

「ええーっ。またお掃除ですかぁ? さっき第五実験棟を全部片付けたばかりなのにぃ」

「当然だろう。散らかった現場の事後処理や後始末は、優秀な助手の最も重要な役目だろう」

 至極当然だと言わんばかりの態度で、冷たく返される。相変わらず、研究のサポートという本来の助手らしい知的な業務はほとんど任せてもらえず、肉体労働ばかりだ。

「まったくもう。……あっ、そうだ。この掃除が全部終わったら、またこの間みたいに銀座の高級レストランにでも連れて行ってあげよう。私の歴史に残る世紀の大発明、その完成への第一歩を共に歩んでくれた君への、ささやかな記念のディナーだ」

「しょうがないですねぇー。分かりました、やりますよ。そのご飯、もちろん私のお金じゃなくて、博士のポケットマネーで食べるんですよねー?」

「あ、あぁ。そりゃもちろん」

「ならやりますっ!」

 星ヶ咲の瞳が、高級料理という言葉に釣られて現金にキラリと輝く。

 全くもって自分勝手で振り回されてばかりの毎日だが、今のこの賑やかな環境に決して文句はない。学生の身分には余るほどの高額な時給と、経費や奢りで遠慮なくお腹いっぱい食べる超高級料理店の数々。過去の自身の能力の暴走に怯えていた暗い日々に比べれば、自分には十分すぎる程、毎日が明るく充実している。

 小さなため息を一つこぼし、それでも口元には笑みを浮かべながら、黒い鉄クズの片付けをすべく、清掃用の道具が入った地下室の収納具へと軽い足取りで歩を進めた。

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