表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オール・ギフテッド  作者: Paracoccidioidomicosisproctitiss
第一部 第二章 夏休み

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/54

紫吳紫怨は情が厚い

          四


 薄闇が這い寄りつつある天穹。

 突如として極彩色の光華が劈いた。

 黄昏時を迎えた帝都、東京。

 夏期という季節の絶頂期を象徴する、祭祀の幕開け。蒼穹に現出した巨大な焔火は、旧来の牡丹や冠菊といった単純な円状の光の軌跡に留まらない。幾何学的な紋様を精緻に描き出し、あるいは型物と称される鯨や獅子といった多種多様な動物の姿を象る。そして驚くべきことに、それらの光の塊は瞬時に消散することなく、夜空という広大な水槽を回遊するように、悠然と宙を泳ぎ回ってみせるのだ。これこそが、現代の極致に至った科学技術と、特異な異能が高度に融和した産物、幻影立体焔火げんえいりったいほむらと呼ばれる新時代の娯楽芸術。

 狂騒と熱狂が支配する夏祭り。

 全人類選ばれし者(オール・ギフテッド)と称される、超常の力が遍く満ちたこの異能普遍社会の現代においてすら、夏季特有の催しが放つ根源的な魅力は色褪せない。旧時代を生き抜いた先人たちと同様、いや、それ以上に、老若男女を問わず無数の民衆がこの熱気を享受し、享楽の渦へと身を投じている。

 その熱気渦巻く喧騒の只中、星ヶ咲針我は軽快な足取りで駆け抜けていた。極彩色のネオンサインが網膜を灼く。反重力素子によって中空に固定された無数の自律型浮遊照明オート・ランタンが、星屑のように瞬きながら行き交う中を進む。

 本日はこの壮大な夏祭りにおいて、無二の親友との待ち合わせが予定されているためだ。

 両脇にひしめき合うように立ち並ぶ、無数の屋台。香ばしいソースの焦げる匂いや、甘い綿菓子の香りが鼻腔をくすぐる。人混みを縫うように駆け抜け、視界が開けた先に広がるのは、祭り会場に隣接する広大な自然公園。その中心にそびえ立つ、古びた西洋様式の時計台こそが指定された目印。

 標的の姿を探す。いた。群衆の中にあっても瞬時に視認できる。周囲を行き交う平均的な体格の人々と比較しても、一際飛び抜けた圧倒的な長身。わざわざ探し回る労力など、一切必要としない。

「ごめんっ、紫怨しおん、待たせちゃったっ!」

 荒い息を吐き出し、僅かに額に滲んだ汗を拭いつつ、星ヶ咲は眼前に佇む女へと言葉を投げかける。

「あー? いやいや、全然待ってないけど。ちょっと一服する時間が出来たし」

 紫怨と呼ばれた女が、口腔に満たした紫煙を緩やかに空へ吐き出し、応じる。彼女が自らの左手首を軽く叩くと、皮膚の下に埋め込まれた人体には完全無害な生体極小チップが起動。直後、幻影通信機ホロフォンのエメラルドグリーンの発光画面が、空虚な空間へと鮮やかに浮かび上がる。表示されたデジタル時計の時刻は、待ち合わせの十九時をわずかに過ぎたあたりを指し示していた。

 乱れた呼吸を整え、眼前にそびえ立つ親友を見上げる。耳に小さいリングのピアスを付けた彼女──紫吳紫怨しぐれしおんの最大の特徴は、何と言ってもその百九十センチに到達する圧倒的な長身。女性としてはやや高めな背丈を持つ星ヶ咲でさえ、彼女と並べば、まるで大人と子供のような顕著な体格差が生じる。

 ゆったりと背中まで流れる、深いボルドー色のロングヘアー。そして、目鼻立ちのくっきりと整った、涼やかでいて力強い、美人と言うに相応しい秀麗な顔立ち。薄手の衣服の上からでも容易に判別できる、豊満な胸元。まさに一流のファッションモデルと言っても差し支えのない、完璧なプロポーションの持ち主。

「星ヶ咲、もう息整った? じゃあ、そろそろ行こっか。屋台でも回ろーぜ」

 吸い終わった煙草をスマートな手付きで携帯灰皿へと収め、そのまま長い脚を大股に踏み出し、歩き始める。

「あっ、ちょっと待ってよっ!」

 星ヶ咲も慌てた様子でその後を追いかけ、隣に並び立つ。二人は肩を並べ、魅惑的な匂いと喧騒が満ちる屋台通りへと歩を進めていく。

「にしても、お前が遅刻するなんて珍しいな。いつも五分前には絶対いるのに」

「いやぁー、アゲハ博士がさ、すごいお酒飲ませようとしてきたんだよっ! 流石に今日は友達と大事な用事があるからって、必死に断ったんだけどさ」

「アゲハ……あぁ、星ヶ咲を助けてくれたっていうあの天才科学者の人か。ホントにあの変人のラボで助手してるんだな」

「うんっ。と言っても、実質ただの片付けとかお掃除ばっかの雑用なんだけどね。私の人生を救ってくれた大恩人に変わりはないんだけど、あの人、いっつも真昼間から強いお酒飲んで、ソファでだらしなくしてるだけなんだよねぇー」

「はっ。そりゃまぁ、なんとも大変なことで」

「今日は友達と夏祭りに行くから、お酒は飲めないですよーって言ったらさ、あの人なんかすごいあからさまに落ち込んじゃって。私はどうせ永遠に孤独なんだーっ! とか言って床を転がり回るの。あんなに寂しがるなら、無理にでも連れて来ればよかったかなぁ」

「冗談じゃない。そりゃお前の恩人だから無下には出来ないけどさ。あの手合いのマッドサイエンティストに私の能力とか知られたら、興味本位で生きたまま解剖とかされそうじゃん」

「あははっ、そんなひどい人じゃないよー、アゲハ博士は。変人なのは絶対に否定できないけどねっ」

 そんな、他愛のない、しかし温かな会話を交わしつつ、二人は祭り会場の熱気の中を彷徨い歩く。

 紫吳紫怨は、星ヶ咲と同年齢の二十一歳。そして、帝都にキャンパスを構える超難関、聖神大学に通う同級生。

 二人の出会いは、まだ星ヶ咲が自身の強大すぎる天候操作能力を完全に制御しきれず、大学内でも他の学生たちから腫れ物のように扱われ、やや気を使われていた時期に遡る。星ヶ咲は、たまたま同じ教養科目の講義で彼女と隣り合わせた。その時、国の厳重な監視と、いつ暴走するかわからない自身の能力への恐怖による極度のストレスから寝不足に陥っており、不覚にも講義中にウトウトと居眠りをしてしまった。講義終了後、絶望する星ヶ咲に対し、無言で完璧にまとめられたノートを見せてくれたのが、紫吳紫怨という女。

 しかし当初、星ヶ咲は彼女に対して明確な恐怖を抱き、少しだけ身を引きがちになっていた。自分の制御不能な能力が及ぼす被害への恐れもあったが、何より紫吳本人に対する強い警戒心が存在したからだ。確かに息を呑むほど美人な彼女だが、鋭い猛禽類のようなつり目と、百九十センチという威圧感すら与える長身。その見た目の圧倒的な異質さ故に、大学内でも常に孤立しており、不良の元締めだの、怒らせたら半殺しにされるだのといった、謂れのない<やばいやつ>というレッテルや不穏な噂が広く蔓延していた。星ヶ咲も友人たちからその手の噂を幾度となく耳にしていたため、ノートを見せてくれた代償として、裏路地に連れ込まれてカツアゲでもされるのではないかと、本気で震え上がっていたのだ。

 だが、その予想は完全に裏切られた。

 彼女は、その見た目とは裏腹に、根は優しい心の持ち主だったのだ。

 紫吳は、一つの街を壊滅させかねないほどの圧倒的な破壊の可能性を秘めた星ヶ咲の能力の正体を知っても、一切の動揺を見せることなく、まるでただの風邪の悩みでも聞くかのように、ただ親身になって相談に乗ってくれた。星ヶ咲は、彼女の強面な外見や根拠のない噂だけで勝手な悪印象を持ち、怯えていた己の邪な心を深く恥じ、猛烈に反省したのを今でも鮮明に覚えている。

 やがて、二人は自然な流れで無二の親友となった。過剰な気遣いも、腫れ物を触るような態度も一切見せず、ただの普通の友人として真っ直ぐに接してくれた紫吳の存在。そのお陰で、星ヶ咲の心を縛っていた重いストレスは劇的に軽減された。極度のストレスによって天候が荒れ狂い、ストームや暴風雨が巻き起こるような事態もパタリと止み、彼女の住む地区の上空には、常にぽかぽかとした穏やかな小春日和が展開されるようになった。

 そして、同時期に極秘裏に進められていた苑奈アゲハの手による画期的な能力制御治療の成果もあり、ついに能力が星ヶ咲自身の意志で完璧に制御可能になったと知った時。紫吳は自分のことのように喜び、心から祝杯を上げてくれた。その瞬間、星ヶ咲は紫吳に対し完全に心を許し、生涯の友として大切な存在になったと確信したのだ。

「あっ、紫怨っ。私、そこの屋台の唐揚げ買いたいなっ!」

 星ヶ咲が、強烈な香りを漂わせる屋台の前でピタリと立ち止まり、目を輝かせる。

「ん、いいよ。美味そうだし、私も買おうか」

 紫吳も屋台の看板を見て、気怠げに応じる。

「おじさんっ、この唐揚げ大でっ!」

「私も同じく」

「あいよー、姉ちゃんたちっ。ちょうど今揚がったばかりの熱々だよー。一つ五百円ねっ」

 ねじり鉢巻を巻いた店主の威勢の良い声が響く。

 二人は、それぞれ肩から下げた手提げバックを探り、財布を取り出すと、五百円の硬貨を一枚ずつ店主の手へと渡す。どれほど電子決済や仮想通貨が高度に発達した現代社会においても、こうした祭りの屋台などの一時的かつ簡易的な店舗においては、依然として物理的な現金払いが基本システムとして根強く残っている。

 二人は、紙コップに山盛りにされた熱々の唐揚げを持ったまま、人の波を抜け、少し開けた公園の広場へと出た。

 空いているベンチを見つけ腰を下ろすと、星ヶ咲は待ちきれない様子で備え付けの爪楊枝で大きめの唐揚げを一つ刺し、口いっぱいに頬張った。揚げたてで衣は小気味良い音を立ててパリパリと砕け、中から溢れ出す熱い鶏肉の脂の暴力的な旨みが、一気に口内を満たしていく。

 ドン、と。腹の底に響くような重低音が夜気を震わせた。

「お、見なよ星ヶ咲。花火、第二波が上がってるよ」

 紫吳は唐揚げを頬張りながら、空いた手で夜空を指さした。

 見上げれば、巨大な菊の花の形をした、これぞ王道たる鮮やかな大輪の焔火が、暗闇をキャンバスにして咲き誇っている。

「わぁー、すごいっ! 綺麗だねっ!」

 星ヶ咲も食べる手を止め、純粋に目を輝かせて子供のようにはしゃぐ。だが、隣に座る紫吳は、ふっと不敵な笑みを漏らした。

「ふーんだ。私の方が、あれよりずっと綺麗な光、出せるんだけどー?」

 その対抗心も露わな発言の直後。紫吳の周囲の空間に、突如として無数の光の粒子が凝集を始める。巨大な星型、シャープなひし形、可愛らしいハートマーク、そして優雅に羽ばたく蝶々の形。色とりどりの光を放つ半透明の実体が、まるで魔法のように次々と空間へと現れ出た。紫吳は目の前に浮かぶ、金色に眩く光る手のひらサイズの星型エフェクトを無造作に掴み取り、星ヶ咲の目の前でひらひらと振って見せる。

「おっ! いいね、紫怨の能力。特にこういう暗い夜の場所だと、すっごい映えるよねぇ」

「だろ? 私のエフェクトを実体化させる能力も、あの花火の光に負けてないんだからっ」

 得意げに鼻を鳴らし、ふふんと胸を張った。

 紫吳紫怨が有する異能。

 エフェクトを実体化させる能力。

 それは、まるでゲームや映像作品の特殊効果のような、大小様々な形状の光るエフェクトを、物理的な質量を持つ実体として空間に出現させるという特異な異能。さらには、生み出すエフェクトの大きさと発光色を、本人の意志で自在に変化させられるという、極めて映える二重属性の能力。

「ママー、見て見て! あのお姉さんの周り、お星さまとかキラキラがいっぱいで、すっごい綺麗っ!」

「ふふ、本当ね。随分と可愛らしくて綺麗な能力ねぇ」

 遠くを歩いていた親子の歓声や、突如現れた幻想的な光の群れに思わず足を止め、注目する人々のざわめきが周囲に広がる。

「いやぁー、でも紫怨の能力って本当にすごい見映えがいいよね。しかもこのエフェクトって、見た目に反してすっごい頑丈だから、咄嗟に出せば強力な盾にして身を守れるし」

 星ヶ咲は、自身の真横に浮かぶ巨大な球体のエフェクトを、コンコンと拳で叩いて見せる。硬質なガラスを叩いたような鈍い音が響く。

 実は、紫吳の能力の真価は、その見掛け倒しの美しさではなく、実体化させるエフェクトの異常なまでの硬度にある。例え大型の装甲車が猛スピードで激突しようとも、表面にヒビ一つ入らないほどの絶対的な強度を誇る。さらに、空間に固定するだけでなく、彼女の念じるままに念動力のように自在に空中を動かせるという、攻防一体の極めて優れた戦闘向けの能力なのだ。

 だが、彼女は一端の女子大生に過ぎない。

 この強力無比な能力を主にインストへとアップロードし、フォロワーたちから「綺麗!」「エモい!」といった絶賛の返信を大量に貰い、自己承認欲求を満たすという、実に小市民的かつ平和的な用途にしか利用していない。

「まぁねー。とは言え、これでも私、結構血の滲むような努力をしたんだぜ? 発現した昔は、出るエフェクトの形も大きさも完全にランダムで、空中に自在に動かすことも出来なかったんだから。今ではさ、足場にして乗って、空飛んだり出来るだろ?」

「あっ、たまにエフェクトで作った透明なボックス型の乗り物にして、タダで空の旅させてくれるよね。最初は落ちそうで、すっごい怖かったけど」

 過去の空中散歩の記憶を思い出したようにし、ふふ、と楽しげに笑う。

 紫吳は残りの唐揚げをもっしゃもっしゃと咀嚼しつつ、星ヶ咲へと視線を向ける。

「星ヶ咲の能力はどうなのさ? もう完璧に制御出来るようになったんだし、天候操作とか、それこそすんごい映えそうだけど。ちょっと雪とか降らせてみない?」

「いやいや、オンオフの切り替えはもう完全に自在にできるけどさ、やっぱり根本的な<自分の感情の起伏に合わせて天候が変わる>っていう本質的な部分は変わらないわけよ。だから、もし今ここで能力を発動させたら、お祭りですっごい楽しい気分だから、多分この辺り一帯が真夏なのにさらにポカポカの陽気になっちゃうと思う」

「げぇっ、それは勘弁してくれよ。ただでさえ人の熱気で暑いってのにさっ、これ以上気温上げられたらたまんないね」

「まっ、能力の利便性の話はさておき。紫怨の綺麗なエフェクトもいいけど、今はせっかくの夏祭りを全力で楽しもうよ。この特別な花火は、今しか見れないでしょ?」

 星ヶ咲が満面の笑顔で言い、串に刺さった最後の唐揚げを勢いよく頬張った。

「しゃーないなぁ。まぁ、確かに今は私の能力より、あの花火見た方が良いかもね」

 紫吳は、周囲に展開していたエフェクト群をふっと瞬時に消散させ、柔らかい笑みを浮かべると、同じく最後の唐揚げを口へと放り込む。

 また星ヶ咲が、弾けるような満面の笑みで、夜空の彼方を指さしてはしゃぐ。

「あっ、見て見て紫怨っ! すっごいでっかい花火が上がってる!」

「ほんとだ、今日一番でかいかもね。特大のお出ましだ」

 すっかりと日が沈み、真の闇に包まれた天穹に、今日最大規模となる特大のスターマインの焔火が、轟音と共に絶え間なく打ち上がり続けていた。

 二人の女の瞳。

 極彩色の光の雨が降り注ぎ、鮮やかに焼き付いていく。

 また花火が上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ